三
「これが薬師の家とはな。馬でも、もっとましな環境で暮らしているものだ」
冷ややかな声音の中に含まれた微かな嘲笑。
瓶に入っていたすりつぶした葉が、役人によって床にたたきつけられた。紐で天井から吊してあった茎も取られ、投げ捨てられた。さほど広くはない家に置かれていた薬草が、次々と役人の手によって汚されていく。
固唾をのんでその光景を見つめていたリーフェルは、彼が棚の一番上に置いてあった銀製の箱に目を付けたのがわかり、顔色を変えた。
「やめて――……っ、それだけは駄目!」
祖母の制止をはねのけ、役人にすがったリーフェルは、持って行いくなと必死に訴える。
「盗品、か」
目をすがめ、純銀製の繊細な小箱を仔細に見やった役人は、そう決め付けた。
「違うっ。これは母さんの形見よ」
「は、嘘をつけ。金がないのに、こんな高価な物をどうして手に入れられる――邪魔だ。これは領に献上する。きっと気に入られる」
その銀の箱は、どんなに貧しくとも、その日一日食べていくことができなくとも売らなかった大切な宝物。村に時折来る商人によって、村人全員を二年間養えるほどの値打ちがあるのは知っていたが、それでも売らずに手元に置いていたのは、唯一母親が残してくれた物だったからだ。
盗品なんかじゃない。これは母さんが診察のお礼にもらったものだもん。
「返し……きゃっ」
役人に食いかかったリーフェルは、不快そうに眉を潜めた役人によって、足蹴りにされ、反対側の壁まで勢いよく飛んだ。
背を出っ張りにぶつけたリーフェルは、一瞬、呼吸が止まって目の前が真っ暗になった。
「うるさいガキだ」
忌々しげに吐き捨てる役人の声は、ぞっとするほど冷たい。
「リーフェル…、リーフェルしっかりおし」
うつぶせに倒れたまま起き上がらないリーフェルに、血相を変えたルッドが駆け寄り、恐る恐る手を伸ばした。
祖母に抱きかかえられ、リーフェルがうっすらと瞼を開ける。しかし、小さな口から漏れるの、苦しそうな声だけだった。
ルッドは、骨が折れてないか触診すると、腰から下げた小さな巾着から煎じた薬草を取り出し、側の瓶からくんだ水と一緒にリーフェルの口に含ませた。こくんと小さな喉が動き、それを飲み下すのを見届けると、安堵したように息をついた。
「大丈夫、骨に異常はないよ。打撲に効く薬草を飲ませたから、すぐ治る」
孫の身を案じるルッドを冷めた目で見ていた役人の目線が、住人の名が書かれている洋紙に落ちる。すぐ顔を上げたが、何かが引っかかったのか、再び見た。その顔が、奇妙に歪む。
「そのガキはだれだ? お前の娘は四年前に死んでいるはず。新たな者が増える場合と、死人の届けは、そのつど領に報告するよう村長に言いつけてあったはずだ。届けが出ていない者を家に住まわすことは、法律で禁じられている」
「この子は、誕生石を持たぬ子。石がなければ、届けることさえできないのは知っているだろ」
宝物のようにリーフェルの体を抱き締めた彼女は、役人の視線から逃れるかのように俯いた。
「言い逃れか。前の役人はよほど抜けていたようだ。小娘の存在に気づかなかったとはな。それとも、村人たちに荷担し、領を裏切っていたか」
「……あんた、何もわかっちゃいないね。この子がどういう子だかわかって言ってるのかい? 統天神の寵児の話ぐらい聞いたことがあるだろう」
統天神の寵児という言葉に、蔑みの色を浮かべていた役人の顔に動揺が走る。
寵児とは、神に愛され、力を授かった者のことを指す。中でも万物の創造主である統天神の寵児ともなると、生死を司れるとも言われている。そのため、統天神の寵児は大変重宝され、悪用されぬように公主や光王お抱えの薬師となり、一生を城で過ごすこととなる。
寵児の地位は、持っている能力によって様々だが、統天神の寵児の場合は、宰相や補佐官、聖教主などの一級階級に次いで高い身分とされている二級階級が与えられている。
まさか、そんな……と呟いた役人だったが、すぐに嘲笑めいた笑みが顔に張り付いた。
「く、冗談が過ぎるな。統天神の寵児なら、こんなちんけな村にいるはずがない。それに、神に愛されし者が、罪人の子のはずないだろ」
誕生石を持っていないのは、親が罪人である証。牢獄で生まれた子には神の恩恵が与えられず、市民の権利さえも剥奪されてしまう。それは罪人の子が親と同じ過ちを犯さないよう考えられた法律。ゆえに、誕生石がない者の多くは迫害され、行くあてもなく彷徨い、早死にする。リーフェルのように何事もなく無事に過ごせたのは、ほんとんど奇跡といっていい。
親が罪を犯していなくとも、誕生石をもらい損ねた子は、すべて罪人の子されるだけに、子供の両親が生まれた子に真っ先にするのは、乳を与えることでも、顔をなでてやることでもなく、教会へ行って神の使徒と呼ばれる聖職者に誕生石を授けてもらうことだった。
誕生月を司る宝石に、生まれた日を呪印で書き込むことによって、その石は一生本人から離れないし、消えることもない。
それに、誕生石を重要視する理由はもう一つある。
島を治める主が崩ずた日。
その日が誕生日の者だけに、次代の後継者としての資格を与えられる。天啓であると聖職者は公言していたが、なぜよりにもよって崇高なる魂が天に還った日に生誕した者だけなのかという、真の理由はだれにもわからなかった。
けれども、理由はどうあれ、貧しい者はこの世の栄華を恋いこがれながら、富める者は更なる極みを目指しながら、誕生石を大事にした。




