六
「馬鹿言うな。リー先生だって匙を投げたんだぞ。お前のような子供になにができる!」
「聞いてなかったの? 私は薬師よ」
そう言い放つリーフェルの声が不機嫌そうに低くなる。
命を救う手助けをするために薬師はいるのだ。決して死なせるためではない。
苛々しながらも呼吸を繰り返し、心を静まらせ、小袋に入っていた金属製の針と糸に、殺菌作用のある葉の汁を垂らした。溢れる血を清潔な布で丁寧に拭い、綺麗になった傷口にも殺菌作用のある汁を塗る。糸を通した針を開いた額にあて、縫い合わせていく。
本来なら麻酔薬など使うところだが、リーフェルが使用する薬草は麻酔が効き始めるまで少しばかり時間がかかる上に、手元にちょうどなかった。ここの棚にも置いていないようだし。まあ、意識がないなら痛みは感じないだろう。
この揺れの中での縫合は骨が折れたが、リーフェルほどの力量を持ってすれば、揺れのせいで手元が狂うなどということはなかった。
縫い終わると、滲んだ血を殺菌作用のある汁を含ませた布で綺麗に拭い、先ほどのすりつぶした薬草をべったりと傷口に塗り込んだ。その上に清潔な布を巻いてぎゅっと縛る。
これで出血は止まるはずだ。
出血が酷い場合はカジの葉と針木の葉、ハシスの草、パスの草、コジの実、赤濫の実、ハズの根、紅石を使えばいい。これらは血を固める作用がある。
けれど死にかけた者を生き返らせるほど威力を発揮するだろうか。
リーフェルは必死に記憶を探った。
どの薬草を組み合わせればいいだろう。
心臓の動きを助ける葉は必要だ。
けれど苦みが強い。彼が飲むにはもう少し味を柔らかくしたほうがいいかもしれない。そうすると苦み消しも必要だ。
あとは治癒力を高める薬草も混ぜた方がいい。痛みを和らげる薬草も必要だ。血が抜けすぎているから、体内ですばやく血を作られるように紅石も少し多めに混ぜておこう。残りの紅石をすべて使うしかない。万能薬の紅石は、貴重なものだがこの際しかたない。
頭の中で考えながら、手を動かした。
すりつぶした様々な薬草にお湯を加え、さらに混ぜる。どろりとした液体になると、それを男の口元に持っていき、飲ませた。
「……ぐ…っ」
けれど、嚥下できずに吐き出されてしまう。
異物感に少しだけ意識が戻ったのか、ゆっくりと瞼が開いた。
しかし、まだ死相が濃い。さまよう視線は、何も映していなかった。
「しっかりして! 気を強く持つの!」
器を置くと、心臓に手をあてた。微かだが、まだ動いている。
「大丈夫。あなたは死なない」
凛とした声音で話しかけると、彼の瞳に少しだけ正気が宿った。
「さあ、これを飲んで」
こくんと小さく喉が動く。
今度は飲み込んだようだ。
だが、心臓はますます弱っていくばかりで、今にも音が止みそうだった。
「諦めろ。嬢ちゃんはよくやった」
動きを止めたリーフェルを見て、先ほど忠告した若者が一転して労るように声をかける。
けれど、死なないでと祈るリーフェルの耳には届かなかった。生きなさい、と弱まる鼓動に話しかける。
心臓に置いた掌にすべてが集中する。
周りのざわめきも忘れ、無我となったリーフェルの体が熱を帯び、全身を駆けめぐった灼熱が掌に集まる。
熱……っ。
腕の入れ墨を彫った時のような鋭い痛みに、脂汗が浮かんだ。歯を食いしばっていないと意識が飛んでしまいそうだった。
生きて────……!
痛みに耐え、全身全霊で叫んだ刹那、激痛と熱がするりと外へ抜け出ていった。
「こっちへ来い」
無力さを痛感して座り込んでいると思ったのか、若者は無理矢理リーフェルを立たせて引っ張っていこうとしたが、ふと男の顔を目に入れて、その瞳が驚きに見開かれる。
「うそだろ──! 血の気が戻ってる…」
驚嘆とした叫び声は、リーフェルの耳に入らなかった。
まるで全力疾走した後のような疲れがどっと押し寄せてきて、指先から精気吸い取られたかのようにふっと力が抜けるのを感じた。
体から何かが抜け出ていく、そんな奇妙な錯覚にとらわれ、一瞬、自分がどこにいるのかもわからなくなった。
床の上に倒れ込みそうになったリーフェルを若者がとっさに抱き留めた。
「大丈夫か?」
「……う、ん。平気。この人のことお願い。後でまた薬を調合するけど、高熱出すかもしれないし、まだ峠を越えたわけじゃないから目を離さないで」
わ、わかりました、と奇跡を目の当たりにした若者は、気圧されたように頷いた。




