始まり―II―
「相変わらずここは花だらけだな。」汽車を降りて開口一番にロズはそう言った。
「花の国だし。しょうがないよ。」二人分の荷物を重そうに持ったクールはロズを慰めた。
「馬車を用意するってグナンスさん言ってたけどなあ。何処だろ・・・。」
辺りをクールがキョロキョロと見回していると、見るからに高級な箱馬車が近づいてきた。
二人の前に一寸の狂いも無く止まった。
手綱を握っていた初老の男は箱馬車の運転席から降りて二人に恭しくお辞儀をした。
「リレルクト公爵様とカーレンス様でございますね?わたくし、ダリオン伯爵家当主グナンス様に仕える執事のアレクサンドルでございます。以後お見知り置きを。」
「ああ。リレルクトでいいが?」
「失礼にならぬようにと主から受け賜わっております。」
どうぞこちらから。と言ってアレクサンドルは箱馬車の豪奢な細工のされた扉を開けた。
ロズは慣れた様子で馬車に乗り込んだ。
クールは慣れない様子だったがなんとか乗り込んだ。
コトコトと馬車は走り出した。
「どうかしたのか、クール。やけにそわそわとしているが?」
「いやぁ。なんかこんな豪華な馬車乗ったこと無いから落ち着かなくて。」
「ふむ。これが格差というものだな。」
はあ、とロズは溜息を一つ吐いた。
(時が流れてもこれはまだ無くならない、か。)
ロズは物思いに耽る為窓の外を眺めた。
クールも馬車の高級さに慣れてきたのか落ち着いて座っていられるようになった。
外の景色がだんだんと変わっていく様を二人は眺めていた。
馬車は花が覆い繁る、一般人侵入禁止という札が時折ある道を
進んで行った。
大きな鉄製の門の前で馬車は停まった。
厳つい顔の番兵が馬車を手振りで停めた。
「名前と通行証を提示しろ。」無表情な番兵は硬い声でアレクサンドルに言った。
「名前は、アレクサンドル・グラッゼ。グナンス・ダリオン伯爵家一等執事でございます。通行証はこちらに。」
通行証といって差し出されたそれは綺麗な深紅の薔薇のブローチだった。
「よし。それに乗っている奴らは誰だ。」
「ロズリィアイール・リレルクト公爵様とクール・カーレンス様でございます。例の件について解決してくれる人物です。」最後の方は他の者に聞こえぬように小声で番兵に囁いた。
アレクサンドルは馬車の運転席側に付いている小窓を二回ほど叩き、その小窓を開けた。
「御二人とも、何か身分を証明出来るものはお持ちですか?」
ロズはごそごそとポケットを探り、金の懐中時計を差し出した。
クールはそのような物は持ち合わせていないのか、首を振っただけだった。
アレクサンドルはロズからそれを受け取ると、番兵に見せた。
「これを。」
番兵はそれを受け取ると、驚きと悔しさを露わにした。
「噂のラプンツェルか…。」
どうやらこの番兵ロズの事をあまりよく思っていないようだ。
この世界には少なくない事だが。
番兵は懐中時計を返すと、鉄製の門を開けた。
鉄が擦れる独特の音がして門が開いていった。
アレクサンドルはロズへ丁寧に懐中時計を返した。
「どうぞお通りください。」
無表情で番兵は言った。
アレクサンドルは苦笑しながら会釈して馬車を走らせた。
大きな城が近づくにつれて、両脇に色とりどりの薔薇が沢山覆い繁るようになってきた。
「凄い薔薇の数だなあ。」外を見ていたクールはくるっと向きを変え、ロズの方を向いて言った。
「そうだな。『不思議の国のアリス』が根付いているから余計だろうな。」面倒臭そうにしながらもロズはちゃんとクールに返答した。
暫くして白亜の巨大な城に到着した。
余りの巨大さに二人は圧倒された。
とにかく大きかった。現代で言うと、高さは東京タワー(333m)くらいか?と言いたくなるくらいなのだ。(かなり高いことが分かって頂けただろうか?)
アレクサンドルは馬車を停めると、
「申し訳ありませんが、ここから降りてもらわなければならないのですが…。」と本当に申し訳なさそうに言った。
ロズはそれを聞き、自ら扉を開け、降りた。クールも釣られて降りた。
「では、これからは私達だけでゆくか。」
「ですが……。」
「大丈夫だ。『私』が来たのだからな。」自信たっぷりにロズは言い切った。
アレクサンドルは若干不安そうだったが目の前の相手は只者ではないと悟ったのか、大人しく下がった。
「何かありましたら、名前を呼んでいただければすぐに参りますので。」
それでは。と言い残して馬車を連れて去って行った。