隠された品
しかし不用心だな。
棚を見上げながら歩く女剣士の生首―――猫へと姿を変えた彼女の感想である。
いかに強力な魔法の防御があるとはいえ、宝物庫の番がおらぬとは。卓越した魔法使いであれば侵入できることはたった今、証明された。まあおかげでこちらは楽ができたわけだが。
周囲を見回す。
しかし不気味な彫刻だ。あの老女の館―――友人が危うく肉体を奪われかけ、そして踊る剣と出会ったあの建物を思い出す。あそこも様々な魔法の宝物や彫刻がそこかしこにあった。
―――!?
再度、周囲を見回す。霊視の力を強める。首は基本的に肉眼だから意識しないと視えない。胴体の視覚がお留守になってしまうが、今はこちらの方が大事だった。
幾つかの彫刻の奥底に、かすかな霊気の流れ。いや、それは急激に活性化し、全体へ行き渡り、その四肢を賦活しつつあるではないか!
仲間たちへ警告の鳴き声を上げる。もどかしい。慣れていないこの体では俊敏に動けぬ!!
宝物庫の外に番兵がいなかった理由はもはや明白であった。中にいたのだ。
◇
振り返った少年の肩口へ、刃が突き立った。
女剣士《猫》の警告がなければ急所に突き刺さっていたであろう。敵手の腕へ短剣で切り付け、そして弾かれたのに少年は愕然とした。相手は、醜悪な面構えをした石像だったから。
力いっぱいに相手を足で蹴飛ばし、そして自らも転倒する少年。肩には短剣が突き刺さったままである。彼は素早く起き上がると周囲を見回す。何体もの石像が動き出しつつあった。こいつらすべてが宝物庫の番人なのだ!
露見した。速やかに撤退しなければ。
◇
女神官は、動き出した石像どもの1体が奥へと駆けていくのを目敏く見つけた。他は侵入者たる自分たちを排除すべく動いているというのに。
彼女は仲間へと告げた。
「あいつを追え!見られたら困るものがあるんだ!」
◇
翼を備え、自らの意志で動く石像―――石像鬼は、主人より与えられた命令を忠実に実行しようとしていた。すなわち、侵入者があれば、奥にある重要な品物を破壊せよ、との。
宝物の合間を駆け抜け、目当ての木箱。その目前までたどり着いた彼は、足を振り上げた。
一撃で砕け散る木箱。
その中から転がり出てきたのは、強力な魔法の品物。問題の品であった。
石像鬼自身はそれを破壊する能力を備えていないが、彼が手にしている銀の短剣は、任務を果たすことを可能にしている。
石像は、刃を振り上げた。
◇
女剣士は前方に転がり出て来た品物に仰天していた。なるほど、あれは確かに見られては困るであろう。そして破壊されれば私たちにとっても困る!
どうすべきか思案したのは一瞬。猫の体は今の彼女にとって使いこなせるものとは言い難い。堅実に走るべきであろう。
女剣士は、彼女の習熟度の許す限りにおいてのトップスピードを出すと、品物へタックル。
そこへ、刃が振り下ろされた。
身の毛もよだつような音。
刃が突き立ったのは、尻尾。女剣士の猫の体が伸ばしているそれが、銀の短剣によって切断されたのである。痛みはないが心臓に悪い。いや心臓も動いてはいないが。
生命に別状はないとはいえ、後でしっかりと埋葬する必要があった。
品物と目が合う。流れる銀の髪を備え、優しげな美貌に悲しい笑みを浮かべた生首が、問題の品であった。
女剣士は、自らに匹敵する質量の品物をくわえ上げると、仲間たちの下へ駆け戻った。
◇
女神官は加護を引き出した。自らの魂の内より衝撃波の力を発動させたのである。もはや半神の力を引き出すためには聖句すら必要なかった。掌から発された見えざる衝撃に、たやすく砕け散る石像鬼の一体。
グズグズはしておられぬ。兵士たちが騒ぎを聞いて、駆け付けてくるだろう。少年は負傷しつつも健闘していた。石像鬼に刃が通じぬと分かるや否や、力いっぱい押し倒し始めたのである。体重の重い石像鬼は立ち上がるのにも苦労している有様だった。一方、女剣士《猫》は問題の品物を咥えてこちらに疾走してくる。形は変われども強力な死にぞこないであることには変わりない。恐るべき怪力だった。石像鬼どもも相手の小ささゆえに苦戦しているようだ。
素早く女剣士《猫》と品物を抱きかかえ、少年の腕を掴んだ女神官は、内より大きな加護を引き出した。
退避の加護を。
3名と品物は、その場から消え失せた。




