寝室
日の差さぬ空間だった。
石造りの岸壁に接するよう、水上に建てられているのは石の土台を持つ木造の小屋。港町にある水神の神殿、神官たちが水行する場の一角に設けられたそれは、ある客人のための寝室である。客人が闇の中、人目を気にせず水葬することができるように、との配慮で建てられている。とはいえ水面下は水が淀まぬようにある種の開放構造だから、そちらから少々光が差してくることは避けられぬが。
そこで陽光から来る疲れを癒していた客人は、入り口の向こうからやってきた気配に気が付いた。
入って来た男は、上質なローブですっぽりと顔を隠した男。魔法使い。それもかなり高位の術者であろう。
彼は水葬中の客人へ告げた。
「……ぉ?」
「よう。実は今文が届いてな。神殿がてんやわんやになってる。どんな文面だと思う」
「……ぁ……」
「ああ。あの娘が帰って来たそうだ。連れともども、人前に出られない体になったらしい」
「…ぅ………ぁ……」
「あの事件からもう19年。しかし、まさか俺たちが来てる時に帰ってくるとはな」
「……ぉ」
「夜に着くそうだ。それまで寝てていいさ」
「…ぁ……」
会話を終えると、ローブの魔法使いは寝室より去っていった。
「……ぁ……」
客人の声なき声。そこにあったのは、喜び。そして一筋の不安が混じっていた。
◇
そこは森と人界との境。水の通った堀に守られ、大河に面した大都市。その西側にある、隠し門であった。
背後より照り付ける夕日を浴びながら、堀へ筏が降ろされるのを、ふたりの女が見ていた。
十三枚の翼を広げた女神官。そして、小脇に首を抱えた女剣士。
いかなる者であろうとも、この都市の門を、姿を偽ったままくぐることは許されぬ。たとえ光の神々に仕えし半神であろうとも。
堀のこちら側へと来た筏に乗り込んだ女剣士は、女神官へと手を貸した。まるで半神を守護する騎士であるかのように。
二人が乗り込むと、筏は岸を離れた。
◇
「おお……本当に星霊ではないか」
「信じられぬ……門を抜けた。あの姿が嘘偽りではないと」
隠し門。堀の内側には、迎えとして来た水神・星神両神殿の神官たちと、彼らへの使者としての役目を女神官より与えられた黒衣の少年がいた。
女神官の姿へ驚嘆している神殿の者たちへの、少年のまなざしは厳しい。この者たちが本当に女神官の味方と言えるのかどうか、信じられぬからだった。
やがて門を抜けた女神官たちが、少年のそばへやってきた。
「ご苦労」
「いえ」
短いやり取り。両者にはそれで十分だった。
三人は、迎えの牛車へと乗り込んだ。水神の神殿からの迎えの。
やがて、神官たちを引き連れ、牛車は動き出した。
夕日が、まもなく沈む。




