骸竜の吐息
「―――敵襲か」
軍勢の中央、闇の者どもを率いる闇祭司は眉をひそめた。このまま前方の村を焼き払い、男は殺し尽くし、女は犯しつくし、子供は奴隷とし、そして実りは略奪する。記念すべき大遠征。その最初の戦いを勝利に終わらせるはずだったが、予定が狂ったか。
報告が混乱している。敵はたった一騎とも、持ち主のおらぬ剣が飛び交っていたとも、首がないとも。
闇祭司は、敵の正体を推測した。恐らく強力な魔術師が創造した魔法生物か死にぞこない。魔力を帯びぬ武器では傷一つつかぬ。軍勢の中央には寄ってこまい。ここには魔法使いである闇妖精がわんさといるのだから。雑兵どもを撫で斬りにして足を止めるつもりであろう。
だが問題ない。このような時のために準備はしてある。
「変身巨人どもをぶつけろ」
◇
やられた!だが大丈夫、かすり傷だ。女神官がかけてくれた防御の魔力のおかげであろう。抵抗にも成功した。敵術者は始末されたようだ。
女騎士は跳ね起きると、手近な雑兵を撫で斬りにする。
やはり踊る剣をスカウトしたのは正解だった。的が小さい。矢が効かぬ。己の隙を補わせる従者としては十分な実力だ。彼女に命じる。もうここはいい。移動するぞ!
その時だった。
四肢を用いて突進してくるのは毛むくじゃらの巨体。十にも近い数がいるそいつらは、各々が家屋ほどの大きさを備えていた。
―――変身巨人か!
奴らは魔法的生物ではないが、闇の魔法で肉体を変化させて動いている。すなわち素手で女剣士を傷つけられるのだ。おまけに刃はほぼ効かぬ。形がないゆえである。あの速度では逃げるのも難しかろう。
ならば。
女剣士は、万物に宿る諸霊へ助力を願い出た。呪句を唱え、印を切り、そして手にした大剣に付与した魔法は火炎武器。すなわち、魔力の炎を剣に宿したのである。
迫る変身巨人。先頭のそいつが振り下ろした腕を、剣は焼き切った。断面が醜く焦げ、そして変質する。既にそれは奴の血肉ではない。炭と化したがゆえに変化の魔法は通用せず、だから治らぬ。
炎の光が三度きらめき、そして闇の者は解体された。
女剣士は踏み込み、そして犠牲者を両断していく。まるで、熱したナイフで脂を切り裂くがごとき切れ味を発揮する火炎武器。
たちまちのうちに巨人どもを秒殺すると、彼女は駆けだした。踊る剣を従えて。
◇
跳ね回り、飛び回り、追撃してくる多数の敵を引き連れて来る黒衣の少年。手筈通りにやった彼の向こう側へ、女神官は術を投射した。
すなわち、掌の上に浮遊している火球の術を。
咄嗟に伏せた少年の頭上を飛び越え、敵集団の中央へ弾着したそれ。地面と接触し、はじけ飛んだ火球の魔法は、保持していたエネルギーを開放、爆発した。
凄まじい爆風と熱は、闇の者どもを焼き、吹き飛ばし、飛ばされた者がさらに外の者へ激突してそいつを殺した。凄まじい破壊力だった。
少年は飛び起きると反転、残った敵を切り殺して行く。
―――とはいえ数が違いすぎる。
女神官は優れた魔法使いだし、黒衣の少年も卓越した戦士だ。女剣士と踊る剣の組み合わせは軍勢相手では最高とも言えよう。だが足りぬ。絶対的な手数が。体力が。
このままでは敵勢に揉みつぶされる。時間稼ぎには意味があるが、ここで死ぬべきではない。生きている限り、特に女剣士がいる限り、自分たちは敵に損害を与え続けられるのだから。
だから、走る。森へ駆け込み、敵勢の横を抜け、女剣士と合流し、そして背後にまで回り込んで離脱する。それが女神官の考えている策である。策とも言えぬが。敵が追撃してくれば、村人達へ向かう軍勢も減るであろう。生きるのだ。
だが。
突如。森の中、敵勢の中央、木々ですら隠し切れない巨体。骸竜が、首を上げ、胸郭を膨らませた。かと思えばそれは真横を向く。
―――まさか!
女神官の予想をたがわず、そいつは、口から瘴気を吐き出した。恐るべき勢いのそれは木々を薙ぎ払い、射線上にいた闇の軍勢すらも溶かし、三百メートルもの扇状の範囲を破壊し尽くしたのである。
「竜の吐息―――!」
現在あそこにいる、敵軍から見ての脅威と言えばひとつしかない。友人が。女剣士が。あんなものを受けたのだ。
木箱の中。生首を見る。そこにあった女剣士の顔は、顔面蒼白であった。胴体がやられたのだ。
「……ぉ………」
首なし騎士は首さえあれば死ぬことはないが、胴体を肉片すら残さず破壊しつくされればもはや修復不可能となる。敵軍の中に彼女の肉体を放置していくということはだから、彼女が未来永劫、首だけで生きて行かねばならなくなるということを意味した。
なんとしてでも、回収しなければ。
◇
闇祭司は考える。
思わぬところで骸竜を使う羽目になったが、まあ問題ない。雑兵どもは放っておけばそのうち増える。脅威となる死にぞこないを撃破出来れば十分おつりがくる。
とはいえ万一生き残っていては面倒だ。
直卒の闇妖精の一人に命じる。
「手勢を率い、敵の生死を確認せよ。生き延びていれば殺せ」
◇
溶けた。
女剣士は、骸竜から右方、扇状に広がるクレーターの真っただ中にいた。甲冑のおかげかまだその肉体は原型をとどめてはいるが、隙間から入り込んだ瘴気によって肉は溶融し、そして受けた衝撃は全身の骨を砕いていた。数日埋葬せねば回復すまい。苦痛がないのだけはありがたい。
踊る剣は不幸中の幸いか、無傷。たまたま木陰にいたおかげのようだ。彼女に肉体があれば己を運ばせるのだが。無理だ。
と、そこへ。敵の一隊がこちらに向かってくる。逃げ場はない。
踊る剣は敵を見とがめると、主人を守る構えをとった。




