↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
くっ殺から始まるデュラハン生活  作者: クファンジャル_CF
第四話 いんたーみっしょん その2
56/213

事後

「おお。出来たじゃないか」

「……ぉ……」

夜の山中、川のほとり。女神官の顔が向かい合っていた。

同じ顔が二つ。

ただし片方には胴体がない。

魔法の練習中。女剣士はとうとう、変装《ディスガイズ》の魔法によって己の容貌を変化させることに成功したのである。この魔法に唯一欠点があるとすれば頭部しか変えられないということだろう。役に立たぬ。

先の魔神《デーモン》騒ぎから数か月。女剣士は必死で秘術の修練に励み、そしてとうとう初めて魔法を発動させるに至ったのである。きっかけは触手になぶられたことだった。霊体を蹂躙された時の感覚は、まさしく生前の肉体感覚そのものであった。あれが霊に触れるという事だと悟った後は早かったのである。怪我の功名と言えよう。後、霊に触れることで、ひょっとすれば己も肉体的快楽を取り戻せるのでは?という目論見もある。あの時、間違いなくある種の官能があった。触手になぶられてというのが嫌過ぎるが。秘術にも高位の魔法には幽体離脱《レイスフォーム》というものがあるではないか。自らの霊そのものを扱えるようになれば人並みの生活を送れるようになるかもしれぬ。さすがに女神官に生霊《レイス》になってもらい……というのは気恥ずかしくて言えないが。

外見だけではなく種々の問題が一挙に解決する糸口が見えて、それまで以上に習熟へのやる気が出てきたのが大きい。人間を突き動かすのはいつでも欲である。なんとしてでも、この禁欲生活を一刻も早く終わらせるのだ。女剣士とて年頃の娘である。それが一度も実用《・・》しないまま枯れ果てるなど許されることではないではないか。―――吸血鬼に凌辱されたのは数えないこととして。女神官も褒めていた。「私なんて魔法を発動できるようになるまで3年かかった」とのこと。彼女は独学な上に本来5年はかかる秘術を3年で習得したということだが。しかも他の勉学や修行の合間に。

女剣士と女神官の付き合いは長い。とある武門の家系に生まれた女剣士は、読み書き算術を習うために星神の神殿へ幼少期から通っていた。父は高名な武人で、星神の神殿でも武術指南を行っていたほどである。道場も開いていた。高名な武人はそれで食っていけるほどこの世界における武術の需要は高い。危険な怪物が闊歩しているから当然ではあった。それらの縁で、星神の神殿の教師より教育を受ける女神官と友になったのである。彼女が封印された書庫―――何やら鋼の戦神(マシンヘッド)と呼ばれる神話的存在に関する魔導書が封じられていたそうな―――へと忍び込むのに協力したのも一度や二度ではない。内容を聞いてもちんぷんかんぷんだったが。12ではなく16で桁が繰り上がる?数字で会話する?複素数平面《・・・・・》?相対性理論《・・・・・》とはなんぞや???

その縁で、女神官の巡礼に自らも同行する事となったのである。武者修行だった。この体ではもう実家を継ぐことはできぬが。一人娘なので父は弟子の中から養子をとることになるだろう。自分はどうするか。よく考えてみればあの厳しい実家から解放されたともいえるわけか。どうせなら前向きに考えよう。せっかく不老不死の体となったのだ、速やかに魔術を修めて爛れた生活を未来永劫送るのもよかろう。いやそれは流石に捕らぬ狸の皮算用か。

閑話休題。

さあ。早く魔術を修めるぞ。

というのが女剣士の目下の目標であった。


  ◇


やはり欲が絡むと熱心だな。

女神官の感想である。女剣士は必死で隠していたようだがバレバレであった。大変よろしい。あの魔神《デーモン》の一件の後、こっそり誘導した甲斐があった。

あらゆる肉の悦びが感じられないというのがどういうことなのか、まだ生者である己には想像しづらいが、首を落とされたその日からずっと死にそうな表情をしていた女剣士の顔を見ていればどれほど深刻か予想はつく。以前肉体の性能を実験》》していた彼女は本当に絶望のどん底にあったと思う。本人は見られていないと思っていたようだが。自分も秘術使いのはしくれである。隠れてみる手段などいくらでもある。姿隠し(コンシール・セルフ)の魔法とか。しかし、よくもまあそこからここまで持ち直したものだ。よかった。手間暇かけて彼女の霊体を改造《・・》した甲斐があったというものである。大したことではない。魔法の教授を通じて生前の肉体感覚を霊で再現できるように訓練しただけだ。こっそりと。まさか初めてが魔界の怪物となるとはさすがに想定外だったが。

あとは人並みに寝台で眠る方法や陽光の下でも平気になる方法、子を成す方法なども考えてやりたいところだが、残念ながら死にぞこない(アンデッド)の肉体を改造《・・》するのは自分の能力を超える。どうしたものか。さすがに知人の死霊術師師弟に尋ねても知りはすまい。そもそも彼らの目的は肉の喜びを捨て去り、魂をより高次の生命へと転生させることだし。ひょっとすれば彼らに尋ねたらそちらの道を勧められるかもしれないが、女剣士には無理だと断言できる。世俗の垢にまみれていてこそ女剣士だ。堅物ではあるが俗物なのだ。

彼女へ現状、一番手っ取り早く生命の息吹を感じさせてやる方法は神の加護を受けて生命力を吹き入れてやることなのだが、さすがにそのような用途で加護を乱用するのはどうかと思うので控えている。あの時は緊急時であったし。咄嗟に唇を重ねられて自分としては役得だったと思わないでもないが。しかし彼女の死せる肉体、血が通わぬ冷たい唇もまたよかった。もう一度口づけしたい。できれば舌を絡めて。いや駄目かさすがに。ああ、後自分が生霊《レイス》になって彼女を悦ばせてやるという手もあるな。肉体より霊の力が強い彼女相手なら可能だろう。だがさすがに我ながらどうか。悩ましい。

結局のところ女剣士の最大の理解者は女神官であるし、その逆もまたしかり。ではあった。


  ◇


そして第三の人物。黒衣の少年。

魔神《デーモン》騒ぎ。あの事件での処理が一通り終わったあと、彼は女神官たちに従者にしてくれと申し出た。家族を失った彼は自宅を手放した。最大のお得意先である岩妖精《ドワーフ》の一族が全滅し、どちらにせよ家業の行商を続けるのは困難という判断もある。何より彼は女神官に感銘していた。その素晴らしい霊力に。彼女がいなければ間違いなく彼は死んでいたし、姉も救えなかった。最期があのようになってしまったのは残念だが、それは女神官のせいではない。

女神官は困惑した。自分はまだ正式な神官ではないし、そもそも水神の神官であるにも関わらず加護を得ていないのだと。信じてもいない星神が加護を与えてくれるからと言って、それを他人に指南できるかと言われれば否である。女神官が指南できるものは博物学や秘術くらいのものであろう。

しかし彼は女神官という人物にほれ込んでいた。崇拝していたと言ってもよい。だから、女神官は告げた。「じゃあ巡礼の旅が終わったら、私たちの故郷の神殿で修行できるよう紹介しよう。水神でも星神でもどちらの神殿でも」と。故に少年はこの旅についてきた。

形としては対等な仲間のつもりである。女神官としては。もちろん少年としてはそうではない。

彼は、己が抱いている感情が崇敬の念だと思っている。それは間違いではないが、それだけではない。だが今はまだ、誰にもあずかり知れぬことではあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。