神話の終焉
封印が解けた!一本鎖が残っているが、引きちぎる事はできる。少々手間取るだろうが。
彼女は歓喜に打ち震えていた。
それよりも、神器ども。私の量子機械による自己修復を阻害している憎き刃。何やら高速で交信していたが、どうやら地上の断片より得た情報を共有していたようだ。傍受したところ、神について。この世界における脅威の存在についての情報のようである。好都合だ。
東。地平線の彼方へと視線を向ける。あれか。かつて、私を痛めつけた神々の首魁。
強敵を倒すにはまず頭を潰す必要があろう。貴重な情報である。まずはそいつを殺そう。
それにしても。
あの戦闘中。銀河諸種族連合との決戦から敗走し、機械生命体どもの追撃から逃れる最中、銀河系中央の超巨大ブラックホールに落ち込んだ際。一体どのような作用が起きて、このような場所へつながったのだろうか。それともここは事象の地平線の内側なのか?奇妙な均衡を保ちつつも崩壊した物理法則に支配された、異世界。
学術的な意味では、大変に興味深くはある。もちろん、脅威への対処の方が重要だが。
太陽が、昇る。私の敵が。
さあ。待っていろ。その首、食いちぎってくれよう。
◇
死霊術師の眼前。女騎士は、神器の欠片に手を沈み込ませ、そして微動だにしなくなっていた。一体、何が起きているというのか。
そして、神獣。あいつはしばしの間動きを見せなかったが、やがて、ふわりと浮かび上がった。瀕死の重傷にしか見えないというのに、信じがたいほど軽やかな動き。一体どのような力で浮いているというのか。
次の瞬間。東の空から上った朝日が、死霊術師の斜め後方より神獣を照らした瞬間、そいつの姿は消滅していた。
太陽を破壊しに行ったのか!?
振り返った死霊術師。その体を、背後から優しく抱き留める腕があった。
女騎士だった。
「……ぅ……」
「もう、大丈夫、だと……?」
死霊術師の疑問に、女騎士は指を伸ばした。太陽の方へと。
視線を向けた彼の眼前で、太陽すらも凌駕する閃光が一瞬だけ広がり、そして収束。消えて行った。
太陽は。人の類は、救われたのだ。
◇
―――やれやれ。考えてみればこいつも可哀想ではあるな。
輪廻は。その端末たる武装は考える。
―――私たちに追い詰められて。ブラックホールに落下する刹那、いきなり次元が裂けたんだから。気が付いたら未知の世界で、混乱してる中攻撃されて。
そして輪廻は苦笑。
―――ま、だからと言って手は抜かない。約束があるから。
無慣性機動中。光速の48%と低速で飛翔する神獣に突き刺さった輪廻は、原住民たちが"大地"と呼称する天体―――平面の岩塊なのになぜか全域の重力が一方向に向けてほぼ1Gで大気も保持してるなんていう代物が天体?―――と、同じく"太陽"と呼称する天体―――あっちはもうデタラメすぎて何と言っていいのか分からないよ―――とのほぼ中央に差し掛かった頃。
―――じゃ、さよならだ。
全体に遍在する量子機械を活性化、トンネル効果を制御し、構成原子の大半を内側に"落下"させ、シュバルツシルト半径内に収束、マイクロブラックホールと化して蒸発。自爆した。
輪廻に貫かれていた神獣は、この世から消滅した。
◇
……ここは?
彼女が気付いたとき、そこは極限の放射線に満たされた地獄だった。振り返ればとてつもなく巨大な構造体。超巨大ブラックホールに引き寄せられたガスや天体が巡る、一種異様な光景がそこにはあった。
……長い、夢を見ていた気がする。
時計を見れば、追撃を受けていた時からほとんど時間が経っていない。
体を見下ろす。
そこに突き立っていた三本の刃は、いずれも消滅していた。これならば自己修復も叶うであろう。
生き延びたことに安堵すると、友軍と合流すべく、彼女は超光速機関を活性化。速やかにその場を退去した。
彼女が―――金属生命体群突撃型指揮個体"禍の角"、個体名"角禍"が、自らの内側に圧縮された膨大な記録と、そしてブラックホールに住まう超知性体からのメッセージに気付くのは、ずっと先の話である。




