死の光線
「馬鹿な……」
死霊術師は生きていた。立ちはだかる刺客を倒し、時に生首を盾代わり(何しろ物理攻撃が通用しない)にして、そして中州の環状列石内部へとたどり着いたからである。
まさしくその瞬間、流星は落着。破滅的なエネルギーをまき散らし、そして見渡す限りの全てを消し飛ばしたのだ。
環状列石には結界が張られていたのであろう。その内側にはいささかも被害はない。
「ほぉ……とうとうここまでたどり着いたか」
漆黒のフードを降ろし、死霊術師と女騎士の首へと振り向いたのは、暗黒神の敬虔なる使徒である、魔法使い。
大賢者として知られる男であった。
彼の背後にある祭壇には、紅い金属。そして、上方に浮遊し、光り輝く13枚の翼を広げているのは、赤子。
「赤子は用が終われば返してやってもよい。
―――と言っても、聞かぬのであろうな?」
「当たり前だ。
―――お前、一体何を呼び出しやがった」
死霊術師も、あの存在を知ってはいた。もちろん、神話として。ある種の説話として。彼の知識と、そして眼前の状況から、何が起きたのかはうかがい知れた。
「貴様ほどの男が、分からぬはずはあるまい」
「―――星神の神獣―――星霊を使って、封印を解いたのか。」
「ご明察。とはいえまだ鎖の1本、星界にあれを繋ぎとめていたものを外しただけに過ぎぬ。
あれは、ただ落ちて来ただけなのだよ。それでこの有様だ」
大賢者は、話しながらも祭壇へと近づいた。そのまま、そこへ安置された紅の金属に手を触れ、そして続きを語った。
「あれを御することはできぬ。だが使い道はある。これのように」
「なにを―――」
制止する暇はなかった。
手が、沈み込んだ。紅の金属へと触れた大賢者の手が。
「これは、鋼の戦神の神器。その一部だ。見えているだろう。あの三本の刃のどれかの欠片だ。どれかまでは残念ながら私にも分からぬが」
死霊術師は、圧倒されていた。淡々と語る眼前の魔術師に。いや、その手が沈み込んだ紅い欠片の途方もない霊気に気圧されていたのである。
「これの持ち主たる鋼の戦神の名は"輪廻"。生命の循環を守護する女神にして、大いなる三賢神によって生み出されし始原の鋼の戦神。鋼の十六姉妹、その八女。
貴様は今、神話を見ている」
やがて、大賢者は、欠片から手を引き抜いた。
「終わった」
「何―――?」
「大したことではない。あれに敵の居場所を教えた。そして、神器に、ことがすめばあれを殺せと命じたまで。
太陽を砕けば、奴は用なしだ」
「な……っ!」
「とはいえ、奴の鎖を外さねばならぬ。貴様は少し眠っていてもらおうか」
告げると、大賢者は、死霊術師を無視して赤子へ歩みよった。
我に返った死霊術師は、そこへ駆け寄ろうとするが、その刹那。
「―――え?」
痛い。いや、熱い。冷たい。それらがないまぜになった感覚が腹部を襲う。
呆然と、そちらを見た彼は、着衣に小さな小さな黒い点が浮いていたことを知った。炭化していたのだ。その内側まで。
彼の肉体を、紅い欠片から放たれた強烈な死の光線が貫いたのである。
「もう一つ教えてやろう。鋼の戦神は言葉を伝える際、音を使わぬ。彼女らは、人には見ることのできぬ雷の波や、光などを使って会話するのだ。もっとも、それを人の身で浴びればその通りになる。
とはいえ少々意外であった。死にぞこないには効かぬか。いかんな。先に実験しておくべきだった」
瀕死の重傷を負い、跪いた死霊術師。彼の手から零れ落ちた生首の額にも、死の光線は投射されていた。ただ、効かなかったのである。死者であるがゆえに。
「……ぁ……ぁ……っ!」
「ふむ。その分では胴体も生きていよう。ここに現れるより先に始末してくれる」
懐から短剣を取り出すと、大賢者は歩み寄った。大地に転がる生首へと。
女騎士は、死を覚悟した。敵との目が合う。
いや。彼女にはまだ、ひとつだけ攻撃手段があった。敵を屠る、最後の手段が。
―――駄目だ。しかしこのままでは神獣の封印が解かれてしまう。太陽が消えてしまう!!
大賢者が刃を振り下ろし、そして―――




