神器の欠片
神獣を御することはできぬ。それが大賢者の出した結論である。神々ですら封じるので精一杯だったというのに、矮小なる人の子がどうして意のままにできようか?
だが。
室内に毒蜂の巣を放り込めば相手を殺せるように、神獣の次なる攻撃目標を定める手段は分かった。そして、毒蜂を煙でいぶり殺せるように、神器を用いて神獣を処分する方法も。
そもそものはじまりは、神器だった。
鋼の戦神の神器の欠片。元来星界を漂っていたそれは、地上へと落下してきたのだ。時折星界に浮かぶ岩塊が落下してくることは知られている。原理的にはそれと同じである。
星界の探求のため、落下してくる岩塊について調査していた大賢者は、かつて森の奥、太古の昔に落下したのであろう神器の欠片を発見した。紅い―――この世にあり得るはずのない金属でできた、一抱えほどもある欠片を。
それは、控えめに言っても知識の宝庫だった。
単なる短剣であっても詳しく調べれば、どこでどのような手法で作られたのかが分かるように、欠片は調べれば調べるほど知識を吐き出したのである。いや、それ以上に。
欠片は、それ自体が生きていた。
信じがたい事に、欠片はある種の知性を備えていたのである。もちろん、それを手にしていた戦神たちほどのものではあるまいが。
神器の欠片の持つ言葉。大賢者はそれを解読しようと躍起になった。なって―――ある日、気づいた。
16。
そう。鋼の戦神たちは、十六進数で会話する。数こそが彼らの言葉なのだ!
それに気づいてからは、解析は加速度的に進んだ。
信じがたいほど調和のとれた、美しい言語だった。
この世のありとあらゆる事象を、ごく簡単な数式で表すことができた。彼らはあらゆる数と数式を知っていた。目に見えた現状を数式に当てはめる事で、遠い未来の事すらたやすく知る事も出来た。いや、全てを知っているのだ、彼らは。
これと比較すれば、人の類が商売や天文で用いている算術など塵芥にも等しかった。
まさしく神と呼ぶにふさわしい。
数式の解析に躍起になった。凄まじい量。恐らく生涯をかけて解読したとしてもすべては読み解けまい。
構わなかった。
だが―――ある一つの数式が、全てを変えた。
それは、虚無だった。
ごく簡単な方程式。それが指し示すのは、滅びだった。万物は滅ぶのだという真理が、ごく単純明快に導き出された。何度も自らで検算した。疑う余地はない。
彼らは知っていたのだ。自分たちの世界がいつ終わるのかを。永遠の命を持つ彼らは、その日に立ち会うのだ。
なんと恐ろしい。
死の恐怖は克服できる。だが魂の永遠が存在しないなど!
だが、欠片は、恐怖に立ち向かう方法は教えてくれなかった。
だから救いを求めた。信仰に道を求めたが、いずれの神も、鋼の戦神たちとは違った。回りくどく、迂遠で、とても調和がとれておらず、単純明快でもない。
そんな折だった。
暗黒神。最後にはあらゆるものが無に帰すという教え。
唯一、鋼の戦神たちの数式と同じ教えを、暗黒神は説いていた。
故に。その日から、大賢者は信仰に身を捧げた。暗黒神の敬虔なる使徒となったのである。




