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くっ殺から始まるデュラハン生活  作者: クファンジャル_CF
第四話 星の娘
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水上での死闘

「馬鹿な……何故精霊が人を襲う?」

水精霊ウォーター・エレメンタル。この世とは異なる階層に住まう彼らは、一言で言い表せば水そのもの(・・・・・)である。しかし本来、彼らは物質界に現れるような存在ではないはず。一体なぜ?

この場にいる者の中でももっとも魔導に通じる死霊術師の疑問。それに答えられるものなどいようはずもない。

想定外。水の上で水そのもの(・・・・・)戦うハメになるとは。相手が悪すぎる!

「どうするね?」

必死に船を操りながらの船乗りの問いかけ。

「ありゃあ言ってしまえば水が、自分の意思で襲い掛かって来てるようなもんだ。ただ事じゃないぞ」

「そいつは参ったな」

鎌首をもたげたそいつは、船の真上から《《頭部》》を振り下ろす。

咄嗟に死霊術師が投じたのはかしらつきの魚の骨。

魔よけの力を持つそれを嫌ったか、水精霊ウォーター・エレメンタルは己の体を二つに裂く。船体の両側に落下する膨大な水。

手がかりが必要だった。死霊術師は叫ぶ。

「何でもいい!水に関するこの辺の言い伝えとかないか!?」

「言い伝え……」

「あっ。お社」

投げ出されないよう必死で赤子を抱く女の子の言葉に、船乗りがはっとした。

「この辺には昔、水を祀った小さな社があったんだけど、闇の種族が使った魔法で水底に沈んだんだ」

「そいつだ!

―――ちょっと見てくる(・・・・)!」

「え?」

死霊術師の肉体から抜け出た霊は空中で反転。速やかに水中へと潜った。


  ◇


突如として力を失った魔法使いの肉体。言葉通りに解釈すれば、水底の社を見るためにトランス状態になったのだろうけれど。

船乗りは考える。

二度の攻撃をしのげたのは彼のおかげだ。けれど、次は自分たちで対処しなければならない。いや、彼が戻ってくるまで持ちこたえなければ。

船員の青年に指示する。

「次にあいつが来たら、船首を向ける」

「は、はい」

横波は転覆に繋がる。それと比較すれば前方から来る波の方が持ちこたえやすい。

波を読む。風を読み、帆を操る。舵を動かす。小さな船でなければできない細やかな動き。相手がだというのであれば、読める。

だから、真正面から船が持ち上げられた時。予想通りになって、助かったと思った。

あいつに持ち上げられた船体が、頭から落ちていく。衝撃。皆が船べりにつかまった。いや、トランス状態の彼だけは、船と自分を繋ぎとめる手段が存在しない。

魔法使いは、水に投げ出された。


  ◇


―――川に流されたと思ったら、今度は素潜りか。

死霊術師は苦笑した。

沈んでいく。凄まじい速度で光が途絶えていく。

やがてたどり着いた水底。周囲を見回した死霊術師の霊魂は、すぐさま目当てのものを探し出した。

石を組んで作った素朴な社の幽体・・。水を祀るためのそれは、精霊と交信するために祈祷師シャーマンが用いたものだろう。精霊の住まう領域と繋がる門でもあるそれは、閉じていた。あの水精霊ウォーター・エレメンタルは、元の世界に戻れなくなって狂ったのであろう。

手を差しこみ、こじ開ける。

あちら(・・・)こちら(・・・)が繋がった。

あいつがこっちをみた。開いた門に歓喜の声を上げ、飛び込んで来る。その全体が潜り抜けたのを確認し、門を閉じる。

―――もうこっちにくるんじゃないぞ。

死霊術師は、肉体へと戻った。


  ◇


突如として平穏が戻った水上。

水精霊ウォーター・エレメンタルの攻撃をしのぎ切った船乗りたちは、目を皿のようにして水に落ちた魔法使いを探していた。

恐らく彼はやってくれたのだろう。

「生きててくれ……」

思わず漏れ出た船乗りの呟きに答えたのかどうか。

水が勢いよく盛り上がった。

ギョッとする一同。だがよく見てみるとそれは、骨怪魚だった。背には魔法使いを乗せている。

構えを解いた皆の前で、彼は手を振った。

「けほっ。

とりあえずカタは付いた。あいつはもう出てこない」

「よかった。ほら」

船乗りは手を伸ばすと、魔法使いを引っ張りあげる。これで一件落着か。

そう皆が思った時だった。

「あー!」

女の子の叫びに視線が集中。

「……おしっこしてる」

彼女が抱いた赤ん坊の粗相であった。

皆が顔を見合わせ、そして笑いあう。

船は、無事港町へ到着した。


  ◇


「いやあ、助かった」

「困ったときはお互い様だ」

港町の桟橋で、死霊術師と船乗りは握手を交わした。

死霊術師の左腕には赤ん坊。

船乗りたちは、しばらく港町で交易をするらしい。

「じゃあ、さようならだ」

「ああ。そっちも達者でな」

両者は、和やかに別れた。


  ◇


「……そうか」

空に星が瞬き始めたころ。

何重にも人を挟んだやり取りで、大賢者―――暗黒神を信奉する魔法使いの手元に文が届いていた。

執務机に向かう大賢者は、大きな葉で包まれた文を開封。樹皮に刃で刻まれた文章を読み終えると小刀を取り出し、文章を丁寧に削る。何度も確認し、削りカスともども屑籠へと捨てた。

まさか首なし騎士(デュラハン)が街に直接乗り込んで来るとは。もちろん他人の空似という可能性は十分にあるとしても、用心はしてし過ぎることはない。まずは宿の特定をせねばなるまいが、奴は死にぞこない(アンデッド)。どれほど上手く偽装しようとも、どこかでほころびが出るはず。

奴が死霊術師と合流すれば厄介だ。手を考えねば。

大賢者は振り返り、夜空を見上げた。

瞬く星々の世界。すなわち星界。その謎を解明すべく、天文学を修めた。並ぶもののない大賢者と言われるようになってなお、人の身の矮小さを感じる。調べれば調べるほど新たな謎が出てくるからだ。きっと星界の王である星神は嘲笑っていることだろう。

だが。

探索の末、あれを発見した。異界の戦神たちが使っていた神器の欠片。神話の時代、神獣がこの世界に現れた際、その身は既に酷く傷ついていたという。傷つけた者がいるのだ。彼らの武具、神獣の体を貫いていた鋼の神々(マシンヘッド)たちの刃のひとかけ。

神獣への足がかり。

己は暗殺者だ。暗黒神の代行者。太陽神へ毒刃を突き立てるその日まで、ただただ勤めを果たせばよい。そう。神獣という毒刃を。

「神よ。ご加護を」

大賢者は、祈った。

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