宙を舞い
―――頭を潰さなければ
長身の女魔法使い。姉妹の姉は考える。
眼前の骸骨がどんな魔法を使ってくるかわからない。速やかに倒さなければ!
踏み込む。渾身の一撃が敵の剣と激突。凄まじい衝撃に手がしびれる。
技量は互角。されど、膂力に埋めがたい差があった。
それでも、刃を二度、打ち合わせるまでは何とか打ち合えた。
三度刃を交えた時にはすでに防戦で手一杯となり、五度目で剣を弾き飛ばされる。続く一撃を転がって辛うじて回避。
なんという化け物。強すぎる。勝ち目が見えぬ。
そこへ立て続けに攻撃が来る。立ち上がる暇がない。受けようにも武器は取り落とした。着実に迫る斬撃。殺される!!
助けが必要だ。だがそんなものはいない。獣たちは敵と渡り合っているし、妹も表で防戦一方だ。どうすればいい。どうすればこいつに勝てる!?
◇
家の風下。
野伏は、戦況を観察する。
草むらの中を逃げ隠れしている限りは安全だ。もちろんそれだけではない。移動しながら敵の後頭部目がけて石礫を投じているのだ。特に、味方が危なそうなところを援護する。やり方次第で己も十分に戦えるのだ。
既に小鬼を十匹近く始末した。
次の攻撃目標を探すべく、視線を巡らす。―――あれは!
目に映る光景。骸骨を模した兜の剣士が襲い掛かっているのは長身の女。姉妹の姉が、今にも切り殺されかけているではないか。どこから出てきたのだ、奴は!?
拾い上げた石を、渾身の力で投げつける。
我ながら惚れ惚れする軌道だった。石は、骸骨兜の後頭部へと直撃。あれぞ致命的命中と呼ぶにふさわしい。
兜の上からでもさすがに効いたか。剣士の動きは明らかに鈍い。そこへ突き込まれた一撃。姉が、拾い上げた剣で剣士の腹部を貫いたのだ。
―――やった!
勝利を確信する。姉もそうだったに違いない。
間違いだった。
骸骨の剣士は、何事もなかったかのように動いた。剣を振りかぶったのである。
強烈な反撃が、姉を襲った。
その瞬間、宙を舞ったものを、呆然と見上げる。なんだあれは。なぜあれが飛んでいるのだ。
どうして、彼女の首が胴体と生き別れているのだ!?
姉の首は、刎ねられていた。
宙を舞う生首は、場違いなほど美しい。月光を反射する銀髪と相まって、まるで奇跡のように調和がとれた光景だった。
ありえない。そんな馬鹿な。許されない。
この瞬間、湧き上がって来たのは激情。
そして、狂気。
―――死なせるか!彼女を死なせるくらいなら私の正気くらいくれてやる!だから、だから彼女を助けろ!!
一心に、神へと祈る。狂気という祭壇を通じて、月神へと加護を請願する。
それは親しい人の魂魄へと絡みつく、ある種の祝福として顕現した。
目に見える加護ではない。術者と、被術者のみに何が起きたかを知ることができる。引き出されたのはそのような加護。
禁呪。指定した武器による負傷では決して死ななくなる呪い。長身の女魔法使いが、剣によって死ぬことを禁じたのである。
―――頼む。助かってくれ!
願いもむなしく、視線の先。姉の胴体が倒れる。首が転がり、そして動くことはない。駄目だった。乾坤一擲の加護。己の魂の正気を削り取って放った魔法ですら、彼女を救えなかったのか。
座り込む。現実と夢幻の境界が曖昧だった。甘美な狂気の誘惑が手招きしていたが、そちらに堕ちることはできぬ。極度の疲労は狂気に陥る事すら許さぬのか。いっそ狂いたかったというのに。
そこへ、骸骨の剣士が振り返り、こちらを見た。
目が合った。
―――落ち窪んだあの眼窩はなんだ。爛々と輝く赤い目はなんだ。この世界では不死の怪物も生者の姿になるのではないのか!?
分からない。ひょっとすれば魂そのものすらも腐っているのかもしれぬが。故に、あの不死なる怪物は、脇腹を貫かれても平然としているのだ。内臓も腐って消え失せていたから。
骸骨の剣士は、こちらを一瞥すると手勢へ命じた。
「そこの子供を捕らえよ」
小鬼どもがわらわらと集まると、こちらを捕縛してくる。もちろん抵抗などできようはずもない。
それをを見届けると、怪人は家の中へ入っていった。
もうひとりの魔法使いを捕縛するために。
◇
―――これならいける。
魔法使い姉妹の小柄な方。妹は、攻め寄せる敵相手に防戦を繰り広げていた。
先日大木を切り倒すのに使った斧へ魔法をかけ、敵勢を薙ぎ払わせていたのである。どうやら前の持ち主が戦いにも用いていたらしく、豪快に小鬼を切り殺していくのだ。他にも縄が絡みつき、あるいは桶が頭に覆いかぶさって視界を隠すなど善戦している。
的が小さい道具たちに、敵勢は苦戦しているようだった。
扉の陰から外の様子を伺い、道具たちを指揮していた彼女はだから、安心していた。何とかなりそうだから。
背後に歩み寄って来た気配を感じた時もそうだった。
「姉さ―――!?」
振り返り、相手が姉ではないことに愕然とする。骸骨の兜を付けた怪人。敵!
咄嗟に身構えた彼女の喉を、怪人は握りつぶした。
声が出せない。魔法が使えない!!
意識を喪失する刹那。怪人の向こう側。
彼女は、首を切断された姉の肉体を、見た。




