監視
森の中の平原に、斧の音が響き渡る。
規則的なそれは、ひとりでに振るわれるもの。斧が自発的に動いているのである。道具を働かせる従者の魔法だった。対象は、家の横に生えている大木。
時折休憩を挟み―――斧の以前の持ち主も休憩していただろうから、その再現である従者が休憩しても不思議はない―――ながらも、伐採作業は続いた。
やがて切断された大木は倒れ伏していく。
それを見ていたのは家の住人達。獣。姉妹の妹。そして草小人の野伏。
野伏が木の洞で正気を失い、そして何とか回復してからさらに数か月の時が流れていた。
野伏は洞の中でのことを何も覚えていなかった。狂気に陥っている間、熱病に冒されてのうわごととしか思えぬ不可思議な事を口走ってはいたが。恐らく、狂気に陥らねば認識できぬものを見てしまったのだろう、というのが姉妹の見解だった。正気に戻った以上、記憶にあったとしても意識の上に登らせることができぬのだ。最も、野伏の魂の奥底には、月神と接触するための祭壇がまだ残っていた。狂気の火種がくすぶっていたのである。恐らく加護を得ようと思えばまだ可能ではあるはずだった。正気と引き換えになるだろうが。
とはいえ、うわごとと言えども貴重な証言である。姉妹は記録していた。粘土板に言葉を刻み、あるいは想像図をタペストリーで織り上げたのである。
それは世にも奇怪な内容で、理解を拒絶するかのようであった。されど、それらがあったおかげで、哀れな草小人が持ち帰った石板の解読が進んだのである。
どうやら、石板は異界やその住人たちについての記述らしい。研究が進めば、ひょっとすると過去に例のない魔法を生み出せるやもしれぬ。
ちなみにランタン持ちの男は無事帰って来た。しかしこの不死の怪物は頭があまりよろしくない。しょせんカブの霊魂である。質疑に答えられるだけの知恵を持たぬ。証言は得られなかった。というか、知恵があったらそもそもこやつ単独で探索させていた。
諸条件を勘案した結果、大木は切断されることとなった。木の洞が恐らく異界へ通じる門となっていたのだろう。よそに生えているならいざ知らず家の真横である。今までは何もなかったからよかったとはいえ、今後もそうとは限らない。門を閉じるべく、切断作業が行われたのだった。
切り株に残っていたのは、普通の木の洞の痕跡。あの、どこまでも続く深い空洞はない。やはり魔法的な穴だったのだろう。
全てが片付き、一同は安堵のため息を漏らした。
「終わったね……」
「ええ」
木が切り倒されたのを見ていた野伏と妹の会話。
この草小人は回復の過程で姉妹や獣たちにすっかり懐き、また姉妹たちも彼女を囚人ではなく家族の一員として遇するようになっていた。
「さあ。お昼にしましょう」
姉が宣言し、一同は家の中へと戻った。
この件はこれでおしまい。みんな、そう思っていた。
◇
いわゆる幽界。それも、人間が定住できる程に浅い階層へ侵入するのは難しくない。偶然。自然発生的な出入り口。まれに、完全な才能で出入りできる人の類も存在する。
ましてや力ある魔法使いならば、住人達に気付かれぬよう内部を監視することすら可能だった。
夜の平原。
星明りに照らされた世界にぽつん、と建っている家を見つめる目があった。
そいつは、いつまでも家の様子を観察していた。




