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くっ殺から始まるデュラハン生活  作者: クファンジャル_CF
第六話 湖畔の陰謀
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流血

―――痛い。息ができない。溺れる。何が!?

喉を貫かれた野伏。彼女は即死してはいなかった。塗られていた毒が即効性ではなかったこともあるし、貫いた人間が戦いの訓練を受けていなかったからでもある。

とはいえ彼女の生命が失われるのは時間の問題であった。自らの血で溺れ死ぬのが先か、血が脳に回らなくなって死ぬのが先か。出血多量で死ぬか。あるいは毒が回るか。

刃を抜く。焼けるような違和感。傷口を押える。血が止まらない。倒れる。

ああ。駄目だ。どんどん生命が流れ出していく。死んでしまう。仲間の仇を討つ前に。

かすむ視界に、走り去る中年の男が映った。そのそばにいる小さな生き物にも。

―――やられた。

仲間たちが起きてこない。音がしない。魔法か。気付いていないのだ。

野伏を襲うのは恐怖。

草小人は恐怖と疎遠である。されどそれは、無縁であることを意味しない。

―――嫌だ。死にたくない!

自分を救えるのは女楽士だけ。彼女を何とかして起こさねば。だが音は伝わらぬ。どうやって?

そこで、気づいた。大量の流血が、土に浸み込んでいくのを。

女楽士の寝床まで這う。五歩の距離が遠い。力が抜けていく。

気を失わずに、目的地へとたどり着いたのは奇跡と言っていいだろう。

血が止まらぬ。土の下へと流れ込んでいく。大丈夫。きっと女楽士に届くはず。

野伏は、意識を失った。


  ◇


―――ああ。殺してしまった!

森の中、中年の男は逃亡していた。悪戯妖精グレムリンに先導されて。

後方では、喉を刃で貫かれた野伏が倒れ、もがいている。今まさしく死につつあるのだ。助かる余地はない。

男は戦いの心得こそないが医術に長けていたから、野伏の生存が絶望的だということは確信できたのである。

間違いない。死ぬ。あの草小人は死んでしまう。己が殺したのだ。

だが、男には悲嘆に暮れている時間すらなかった。あの魔法使いが目覚めれば、間違いなく追跡してくるであろう。彼女に捕まれば今度は逃げる余地がない。いや、不可抗力とはいえ仲間を殺したのが男だと知れば、復讐しに来ることすら考えられた。

むしろその方が望ましくはある。

されど、そうなることが予想できる以上、使命クエストの呪いは可能な限り速やかに逃走することを要求していた。

男は、走った。

瀕死の草小人を後に残して。


  ◇


―――なんだろう。血の臭い?

慣れ親しんだ臭いに、女楽士は目を覚ました。

尋常な量ではない。土に浸み込んできたそれが彼女の嗅覚を叩いたのである。

不審に思った彼女はすぐさま身を起こした。土をはねのけ、起き上がったのだ。

首を持たぬ女体のちょうど真上に倒れ伏していたのは野伏。

―――いったい何が!?

野伏を仰向けに寝かせて、女楽士は仰天した。

仲間の喉に開いているのは刺し傷。毒にやられたのか、黒く変色している。だがそんなものがなくても十分に死に至るだろう。

時間の問題だった。

癒しの歌では間に合わぬ。

女楽士は、呪句を唱え(・・)印を切ると、腰の小剣を引き抜く。

いや、唱えようとして失敗した。声が出ぬのだ。そう。魂の声さえも。

そこでようやく彼女は、魔法によって場の音が封じられていることに気が付いた。

術が使えぬ!

恐らく効果が残留する類の魔法であろう。どこまでが効果の及ぶ範囲か分からない。

いずれ魔法は消え失せるであろうが、それまで野伏の命が持つかははなはだ疑問だった。

―――何か、音に依存せず使えるものは。

そこで、思い出した。先日原野で作った魔法の品々。あの中に使えるものがあるはず。

すぐさま、木の根元に置かれた荷物へ駆け寄る。中身をひっくり返し、出てきたのは骨の短剣。

取って返した女楽士は、短剣を野伏へと振り下ろした。


  ◇


野伏が目を覚ました時、太陽はまだ高かった。

夜になっていないというのに女楽士が起き出している。眼前に座っている彼女の顔は泣きそうだ。どうしてだろうか。いや、よく見れば彼女は五体満足(・・・・)ではないか。首をくっつける手段でも見つけ出したんだろうか。

よっこいしょ、と身を起こした野伏は、自分を取り囲んでいる獣たちの姿に驚いた。

骨ではないのだ。肉があり、毛皮を纏っている。まるで生きているよう。しかし気配は今までと同じ。一体何が。

混乱する野伏は、周囲を見回すと。

喉に致命傷を負った草小人の死体を発見した。

そう。骨の短剣で胸を貫かれた、自分の死体を。

彼女はようやく何が起きたかを思い出すと、女楽士へ訊ねた。

「私は、死んだの?」

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