えくすとら・みっしょん
狩猟とは獲物との闘いである。
獣は注意深く、鋭敏な感覚を備えている。だから彼らに気付かれずに接近するのは困難以外の何物でもない。
ましてや、その状態で一撃を命中させねばならぬ。
夜の原野。
今、野伏は草むらに隠れていた。草小人の名の通り、小柄な彼女らは草に隠れるのが得意なのだ。
その前方にいるのは一匹の獣。丸々と太った野ネズミだった。
野伏が構えている武器は投げ棍棒。くの字型に曲がった木の棒である。回転しながら飛ぶために軌道が安定し、遠くまで届く。鳥の群れを追い立てるためのものは投げると弧を描いて戻ってくるそうだが、この投げ棍棒はただの木の枝である。そのような機能はない。
野ネズミが他所を向いた瞬間、投げ棍棒は投じられた。
そいつは回転しながら獲物へと迫り、狙い過たずに命中。即死させる。
立ち上がった野伏は戦果に喜んだ。今日の晩餐である。とはいえ一匹だけでは少々足りない。
あと何匹か手に入れなければ。
野伏は投げ棍棒と獲物を拾うべく立ち上がった。
◇
満天の星空。
その下に広がるのは広大な原野である。ところどころまばらに低木も生えているが、丈の短い草やわずかな起伏以外に身を隠せる場所はさほどない。とはいえ、なだらかな丘陵やちょっとした段差に囲まれて周囲から見え難い場所もないではなかった。
そんな場所のひとつから響いたのは硬いものを叩く音。
低木の一本。その枝葉の下に座り込んでいるのは、屍衣に身を包み、両手に槌とノミを持った首のない女体。
女楽士だった。
生首と武装は傍らに置かれている。彼女が向かい合っているのは動物の骨。野牛の類であろうか。恐らく死して久しいのであろうその骨は、綺麗に肉がそぎ落とされ、幾つもの部位に分けて並べられていた。
女楽士は魔法の道具を作っているのである。
真に力ある呪物を作り出せる魔法使いは希少である。金子で贖えるものでもない。故に強力な魔法の品物を手に入れるのは難しい。入手できるのはそれらの魔法使いの縁者くらいのものだ。あるいは奪うか。相続するか。自ら作り出すか。
彼女が作ろうとしているのは短剣だった。その横には既に加工が終わった骨もある。角笛。肩骨から削り出した手斧が二丁。それ以外にもこまごまとした品が。
骨を削り、魔法文字を刻み込み、柄をつけ、縄で縛る。
様々な部位から削り出した道具を並べ、聖別することで作業は終わった。
彼女が道具を片づけ始めた時、間近に気配が出現する。
驚いて振り返った彼女の視線の先にいたのは見知った相手。
野伏であった。どうやら気配を消して接近していたらしい。
「ただいまー。おー。たくさんできてるねえ」
完成した魔法の品々を見て目を輝かせる野伏。彼女が手にしているのは丸々と太った野ネズミ数匹である。女楽士が道具を作っている間、野伏は今日の晩餐を確保していたのだ。
肩に乗っているフクロウも誇らしげだった。この使い魔は自分の意志を持っており、女楽士が指示しないときは好き勝手に行動しているのである。野伏と共に狩りにいそしんできたのだ。既に獲物の何匹かは彼の胃袋に収まっていた。
そんな仲間の様子に女楽士も和んだ。工具類を素早くしまい、完成した道具を布で包むと場所を空ける。
和やかな時間が始まった。




