草小人たちの村
夕日の降り注ぐ、こんもりとした草地だった。
いや。
よくよく観察してみれば、それは草地ではない。草に覆われた、丸っこい家屋である。土葺き。すなわち、骨組みの外側に樹皮や萱を葺いた上から土をかぶせ、草を植えた構造なのである。夏は涼しく冬は暖かい。欠点は湿気る事だが、この近辺はカラッとした空気なので大して問題なかった。ちなみに中は板張りあるいは丸太組みである。
外に出て活動している住人たちは小さい。みな草小人であった。草小人の集落なのだ。食料は、ため池で養殖している鯉。後は食べられる野草や、植えた樹木から木の実を採集してきてパンを作ったりもする。
草小人は根無し草である。子育ての時期と、老境。そして病や負傷などで旅を続けられなくなったものだけが、定住する。人間の村は彼らには大きすぎるから、小さな村を作る。建物がコンパクトなのだ。他種族向けの宿屋などは大きいが。
だから、草小人の村は戦える者がほとんどいない。夜が近づけば、皆が家に閉じこもる。身を守るために扉は頑丈であった。
もうすぐ、太陽が沈む。
◇
野伏は、村の一角。借りている部屋の中でゴロゴロしていた。床に獣のふかふかな毛皮が敷いてあり、それが寝具である。暖かくて快適だった。
仲間が―――女楽士が生き返るまで月が一度は巡る必要があるらしい。事前に聞かされていた通りにやってはいたが、何しろ野伏には魔法の心得がなかった。うまく行ったかどうか確証がないのである。そろそろ復活するはずなので、近日中に陵墓まで見に行かねば。
それにしても。闇の軍勢と渡り合うにしても、どうしてもう少し穏当な方法にしようと説得しなかったのか。幾ら女楽士が凄腕の魔法使いでも、多勢が相手では限界がある。そもそも彼女は楽士が本業であって、本職の戦士ではないのだ。いかに生き返る算段は付いていたとはいえ、死にぞこないになり果ててしまうというのに。
己の楽天的な性質が恨めしい。何とかなると思ったのだ。女楽士と自分とでなら、敵と渡り合えると。
まあ終わってしまったことをくよくよと考えても仕方がない。それよりはいかにして闇の軍勢と戦うか、である。
この村は人の類の勢力圏奥深く―――とまでは言わないが、近くに闇の種族が進出してきているわけではない。だからこそ拠点としたのだ。ほどほどに安全で、かつ情報を集めやすい。
女楽士と合流したら、まずはこのひと月で変化した情勢を伝えねばならぬ。その上で今後の方針を決めるのだ。仇を―――闇の者を討つのである。
今日は早めに寝よう。明日、一度陵墓まで行くのだ。女楽士が生き返っていればそれでよし。そうでなければその時はその時だ。
朝に出かけよう。
そうと決まれば善は急げであった。草小人は即断即決なのだ。
彼女は、眠りに就いた。迫りくる危機も知らぬままに。
◇
小鬼祈祷師は、林の中から前方の村を観察していた。襲撃するための下準備であった。
小さな村である。草小人どもが暮らしているから物理的に小さいというわけだ。奴らは略奪すべきものをさほど持っていないし、家々も外から焼くのが困難な構造である。女も小さくて面白みがない。とはいえ奴らの女子供を引き裂いて喰ってやれば、ここしばらくの行軍の疲れもとれようというものだった。
手勢は鉄の槍で武装した小鬼が数十、大小鬼が数匹。小鬼たちの騎馬である巨狼も数頭いる。そして巨鬼の用心棒。3メートルものこの怪物は、破城槌でもなければ傷つかぬ外皮と樹木を引っこ抜いて棍棒にするほどの剛力を誇る、1トンの怪物である。奴がいれば敵にたとえ重武装の騎士や火神の神官がいたとしても安心だ。
観察を終えた彼は、待機している部族の元へ戻ろうとして、林の中に小さな子供がいるのに気が付いた。
―――見られた!
小鬼祈祷師は即座に精霊へと祈願した。小さく声を上げ、両手で踊るような動作を行ったのである。
精霊は彼の願いを聞き届け、周囲の植物が、子供へと絡みついた。動きを封じたのだ。
素早く歩み寄った彼は、腰から抜いた短刀を子供の首筋に当てると、引いた。
鮮血が飛び散る。
危なかった。知らされたら少々面倒なことになっていたはず。
子供の死体を担ぎ上げると、今度こそ小鬼祈祷師は部族の元へ戻った。
日が沈んだら、仕掛けるために。




