蘇る脅威
神殿の周辺。
攻め寄せる数十の魔獣に対し、闇妖精の戦士たちは必死で交戦していた。すり鉢の中へと救援を走らせる余裕はない。ここで食い止めねば、さらなる敵の侵入を許してしまう!
若者の一人へと血走った眼で突っ込んで来るのは、20メートルもの巨躯を誇る氷竜。
足を止めるべく、呪句を唱え印を切り、万物に宿る諸霊へと助力を求めた若者。彼は、生じた火球を怪物のくねる胴体。その足元へと投げつけた。
生じる爆発。
密集して突撃してくる軍勢に対して投げつければ、十数の兵を死傷しうる攻撃魔法はしかし、役立たなかった。分厚い氷すら体当たりで破壊する魔獣の外殻を破壊することができなかったのだ。
すすけ、少々亀裂が入っただけのそいつは怒り狂う。かとおもえば、速度をさらに上げ、若者を跳ね飛ばしたのである。
宙を舞った若者は、感じた。場を―――己を包み込む、大いなる神の御手を。
そう。儀式がこの瞬間、完成したのである。神が降臨なされたのだ!
神に抱かれる至福を感じながら、若者は地表に激突。生命を終えた。
◇
少女は両腕を広げ、眼を閉じた。視覚を封じることによって内なる霊力を高めたのである。
これから執り行おうとするのは、暗黒神ですら難儀する作業であったから。彼に匹敵する格を持つ神性の封印を破ろうというのだ。
場の霊力が高まっていく。暗黒の力が、清浄なる氷神の封印を侵そうと押し寄せてきたのである。
小さな亀裂が、すり鉢の底に入った。
それは速やかに四方へ伸びると、凄まじい勢いでその深さと幅を広げていく。
そう。氷が砕けつつあったのだ。封印の氷が。
たちまちのうちに四方八方へと伸びた深い亀裂。それに、氷は耐えられなかった。数キロもの範囲の氷。そのことごとくが、砕け散った。
己が役目を果たし終えたことを悟った暗黒神は、速やかに依り代より立ち去っていく。
傷つき、圧し潰され、破壊し尽くされた少女の精神。その最後のひと欠片を残して。
力なく崩れ落ちる、混血児の少女。
巨大な一つの霊威が消え去った。
代わりに、新たなる霊威が顕現しようとしていた。
◇
―――やられる!
長老と刃を交える少年騎士は押されていた。今度は奇襲も通用すまい。女勇者は後方で敵を薙ぎ払っているが、こちらにまで手は回らぬであろう。
その時である。
突如として、敵手の背後から伸びて来た亀裂を見て取った少年騎士は、咄嗟に跪いた。その頭上を掠めていく刃。
次の瞬間、亀裂は拡大し、そして一気に床面は砕け散った。
バランスを崩す長老。一瞬の隙。
そこへ、騎士は刃を振るった。安定した姿勢から、最大限、力いっぱいに。
断たれる長老の肉体。
だが。
「くくく……勝った。我らの神が……竜王が復活なされたのだ……ふはははははははっ!!」
永き刻を生きた闇妖精の長老は、歓喜の中で絶命した。
そう。地上より去りゆく神の腕に抱かれ、冥府へと旅立ったのである。
騎士は、自分たちが敗北したことを悟った。
「ああ……なんてことだ……!」
氷の下で蠢く威容。それを、見下ろし、愕然とする騎士。
その背後で、敵勢を撃破し終えた女勇者が走り寄り、背に乗るように促した。
呆然自失としながらも、騎士は立ち上がる。さらには舞台の上で倒れている混血児の少女を抱き上げ、彼は女勇者の背へとまたがった。己の乗騎へと。
黒き成竜の姿をした黒髪の乙女は、天高く舞い上がる。
その下方で、巨大な存在が起き上がろうとしていた。




