降臨の儀式
すり鉢状の穴だった。
そこは氷の大陸。すなわちその全てが氷で出来た土地である。夏にも溶けることが決してない、永久の氷によって。
穴は、削り取られた大地であった。闇妖精たちが、少しでも神に近づこうとして長年掘り進んだのである。氷の下深くに封じられた漆黒の竜王へと。すなわちそこは聖地であり、神殿なのだ。
今、すり鉢の底で、神を降臨せしめんとする儀式が開始されようとしていた。
◇
恐ろしく広大な穴の中心で、混血児の少女は周囲を見回した。
氷を削り出して作り出したのであろう、すり鉢の底にあるのは精緻なる舞台。その中央で、宝飾品で身を飾られ、素足に薄絹一枚の少女は立っていた。
舞台を取り囲んでいるのは何十という数の闇妖精たち。少女も知っている者たちばかりであった。お世辞にも良好と言える関係ではなかったが。
混血児の少女は、己がこれからどのような目に遭うかを悟った。闇妖精の祭儀とは流血と邪悪、断末魔に彩られた歪んだ静寂である。それを嫌って光の神々に救いを求めた少女にとって、今の状況は悪夢以外の何物でもない。
己が儀式の生贄に供されるとは。
神に救いを求めようとしても声が聞こえぬ。この地は暗黒神と漆黒の竜王の悪しき祝福に満ち溢れており、光の神々との交信を妨げるのだ。
少女にできるのはただ、己が犠牲となるのを座して待つことだけであった。
今、彼女を取り囲む闇妖精たちの長―――部族の長老が、高らかに宣言した。
「―――儀式を執り行う。忌々しい氷神の封印を破り、我らが神を取り戻すのだ!」
静かに、熱狂が渦巻いた。
◇
極光に照らされた夜空を少年騎士は飛ぶ。黒き鱗に覆われし竜の乙女に跨って。
女勇者は成竜へと変じていた。あらん限りの咆哮を上げながら。それは水平線の果てまでも届き、そして恐るべき怪物どもを招き寄せんとしていた。
召喚の儀式。知恵なき魔獣を呼び寄せる、魔法の咆哮である。
操ることはできぬ。ただ、怪物どもを呼ぶのみ。
彼女は闇妖精たちへとぶつける気なのだ。何体もの魔獣を。
女勇者の背に跨る少年騎士は、己の乗騎が備える驚異的な力に畏れを抱いていた。まさしく単独で一軍にも匹敵する力。彼女は魔獣どもの王なのである。
その全てを捧げられる事の意味。
彼女は、屠られるために旅をしている。すなわち、女勇者を真に己の乗騎とする、ということは、彼女と共に戦い、彼女が死するであろう敵と戦って生き延びねばならぬ、ということであった。
恐らく、歴代の竜騎士の中でも最も困難な道を、少年は歩んでいる。だが構わぬ。
儀式を終えると、女勇者は降下に移った。後は魔獣どもがおびき出されてくるのを待ち、奴らを誘導しながら敵陣へと突入せねばならない。魔力を温存せねばならなかった。
決戦は、間近。




