告白
粉雪がちらつく氷原。いや、凍り付いた海を進むふたつの人影があった。
一人は女。片手に戦斧を携え、首の周りと肩口を鱗が覆い、穏やかな顔に厳しい表情を浮かべた白い衣の女。
一人は少年。革鎧で身を守り、分厚いマントで寒さから逃れ、腰に帯びた大剣は青銅。
女勇者、そして少年騎士であった。
襲撃の後。
負傷者の手当てで村は大わらわであった。幸い、数名の侍者が治癒の加護を用いることができたほか、村の薬師や騎士の医療の技も役立ち、息がある者はおおむね助かった。村長の受けた毒も、薬師が対処法を知っていた。死に至ることはないであろう。
とはいえ犠牲は少なくない。村長は昏睡状態であり、村の者十四名が帰らぬ人となったのだ。攻め込んできた闇妖精二十ほど(女勇者が倒した者の一部は跡形もなくなっており正確な数は不明である)を討ち取ったとはいえ。
少女は連れ去られた。少年騎士は、少女を連れ去った闇妖精―――周辺に住まう闇妖精たちの長老―――の使った加護を退避ではないかと推測している。術者が直接訪れたことのある安全な場所の中で、最も近い地点へと移動する加護である。近くにキャンプを張っていたのであればそこになるはずだが、さすがに場所の特定は難しい。あるいは、闇妖精たちが現在の拠点としている場所かもしれぬが、少女からの事情聴取で得られた情報では、近隣の闇妖精たちは定住せず、定期的に場所を移動しているのだそうだ。今まで発見されなかったわけである。
すなわち、脱走者が出た時点で移動している可能性すらある。彼らも根拠地を人間に襲撃されたくはあるまい。
また、村人たちも少女の救出については消極的だった。ただでさえ多勢の死傷者が出たばかりである。彼らも少女の身の上について同情的ではあったが、今は自分たちの事で精一杯である。
そんな状況で、女勇者はこう宣言した。少女をひとりで救出に行く、と。
なんと彼女は敵勢の位置が分かった。その驚異的な嗅覚によって水平線の彼方までも敵の臭いを追尾できたのである。
少年騎士も付き合うと宣言した。こちらはもはや義務感であったが、女勇者が往くところであればどこまででもついていく気であった。
ふたりはすぐさま荷物をまとめ、村を旅立った。救出がかなえば、少女を村に連れ帰ってくると言い残して。
今、過酷な氷原での追跡行が始まった。
◇
凍てついた海原に浮かぶ小島のひとつ。
そこに掘られた小さい洞穴の中で、少年騎士と女勇者は身を横たえていた。野営である。竜の吐息で温められた岩が足元と枕元に置かれ、暖かい。
女勇者は衣を脱ぎ捨て、全身を晒している。肩口と脇腹。そして首を鱗が覆っている肉体を。彼女は、騎士の前ではもはや獣性を隠さなくなった。人間らしく振舞うことをやめたのである。信頼を勝ち取れた、という事かもしれぬ。
少年騎士は、前から気になっていたことを尋ねた。
「あの。それってやはり……昨夜の傷ですか?」
肩と脇腹を指しての問いに、女勇者は首肯。
続いての問い。核心的な質問を、騎士は口にした。
「―――じゃあ。首の傷は。そんな傷を受けたら、生きてはいられないんじゃないんですか」
女勇者は微笑むと、両手で首を支えた。かと思えば、首の鱗が消滅する。その下に隠されていた傷口をあらわにしたのである。
切断されたままの、首を。
彼女は、自らの首を騎士のすぐそばへと置いた。
「―――じゃあ、やはりあなたが祖父の」
彼女は、代わりに違う事を口にした。唇を動かして。
―――生きた肉体が欲しい。
と。
この返答で、騎士は悟った。今、ともに横たわっている女性が、昔から祖父によく聞かせられていた黒髪の死者なのだと。
「―――でも。それじゃあ。生まれ変わったら、孤独に」
竜は親を持たずに生まれ、孤独に生きる。女勇者のもう一つの願いである、友が欲しいという事と並立しないのではないか。
対する返答は、こうだった。
―――生まれ変わったら、竜騎士を背中に乗せたい、と。
「それは……」
少年騎士はしばし思案すると、己の願いを口にした。
「僕は、あなたの背に跨りたい。あなたを、僕の竜にしたい。あなたの来世を、僕にください」
黒髪の死者は、柔らかく微笑んだ。
竜騎士の卵は、探索の果てに己の竜を見つけたのだ。
◇
夜が明けると同時に、ふたりは荷物をまとめ、追跡を再開した。




