竜殺しの魔剣
首なし騎士は、魔法的怪物としては最高峰の一つである。
より強力な魔法的創造物自体は多数存在する。だが。そんな怪物どもを上回る強みが、この不死の怪物にはあった。
急所がない。
より正確に言えば、急所を頭部という一点に集中させたうえで切り離すことで、並みの不死の怪物をはるかに上回る不死性を備えているのだった。首なし騎士は死なぬ。胴体を両断されようが、四肢を切り落とされようが、頭部さえ無事ならば動き続けるのだ。
だが。
そんな彼女らを、頭部を狙わず完全に屠る方法がひとつだけある。
不死の魔法の破壊。
彼女らの偽りの生命を支えているのは魔法である。それを破壊してしまえば、首なし騎士と言えども真に死すしかない。胴体の魔法を破壊すれば、霊的につながった頭部にまでも波及するのである。
今、暗黒魔導師が行おうとする術も、それを狙ったものだった。
◇
―――離れたか。よし。
暗黒魔導師は、戦乙女と首なし騎士の距離が離れたことを確認すると、魔法の詠唱に取り掛かった。
いかなる死にぞこないであろうとも確実に葬り去る事ができる、強力な魔法。
完全魔法消去。
すなわち、女勇者の生命を支える不死の魔法を破壊するべく呪句を唱え、印を切り始めたのである。
万物に宿る諸霊は彼の請願を聞き入れ、助力を与えた。
女勇者を焦点として、あらゆる魔法を破壊する魔力が収束する。
◇
―――なんだ。見えぬ。何が起こった!?
女勇者は混乱していた。首のない彼女が備える霊的な目。その視界が奪われたからである。
敵勢は離れているが気休めにもならぬ。敵首領は魔法使い。目が見えぬ戦士などどうとでも料理できよう。などという間に呪句が響き渡っているではないか!!
そこまで悟った女勇者は踏み込んだ。敵がいるであろう方向。乱戦に巻き込んでしまえば強力な魔法は使えまい。敵勢の刃で己の全身はズタズタにされるであろうが、火球の魔法で消し炭にされるよりはマシというものだった。仲間も目をやられている。後方から竜の吐息は来ぬから問題ない。
見えぬままに戦斧を振るう。手ごたえ。骸骨の一体を砕いた。幸先がよい。更に踏み込む。二度目は外れた。どころか、腕に衝撃。右腕が切断される。勢いのあまり、左腕から戦斧がすっぽ抜けてしまった。腕を切断した敵へと体当たりを敢行する。ごつごつした骨のような手ごたえ。そいつはこちらに抱き着くと動きを封じてくる。力ずくで振り払わねば。
そこで、敵の魔法が完成した。
―――なんだ。何が来る!?
己の内の霊力を高める。魔法に対する抵抗とはそれ自体が魔法である。魔法を拒否する魔法をぶつけることで、己にかけられた魔法の威力を低減するのだ。
最初に、視界が戻った。
盲目の加護が破れたと悟る暇もなく、もみ合っていた骸骨―――竜牙兵が崩れ去るのを感じ取った。
そして自分自身。抵抗の魔法だけではない。それとは別個。己の内側、生命そのものともいえる魔法。
不死の魔法が、強大な魔力に呑み込まれた。
それは、火に土を浴びせかけるのにも似ている。火より空気を断つかのように、魔法を支える魔力を圧し潰そうとする奔流。
目の前が真っ暗になっていく。盲目ではない。意識そのものが暗転していくのだった。
女勇者は跪くと、そのまま前のめりに倒れた。
◇
この場にいた蜥蜴人たちは、盲目の効果を受けながらも善戦していた。牝山羊と互角にもみ合っていたのである。竜の鋭敏な感覚を宿す彼らは、多少は支障が出たものの、視覚を失っても完全に行動不能になる事はなかった。
うちの一人、地竜へ変身していた青年は特に被害が少なかった。地下で活動する地竜は、そもそも光に頼らず、鼻先に生えたひげで振動を感じ取り、活動していたから。
仲間たちの中でも真っ先に立ち直った彼は、前方で女勇者が倒れたのを感じ取ると怒りのうめき声を出した。仲間の復讐をするべく、10メートルの巨体で突進したのである。
敵首領を守る竜牙兵の一体が跳ね飛ばされた。敏捷さが違う。体格が違う。何より、質量が違う。
次いで彼の眼前に立ちふさがったのは、青銅の剣を構えた戦乙女。
炎が効かぬのは彼も見ていた。だから、繰り出した攻撃は右前肢の鉤爪。
地竜の腕は穴を掘るために、頭部よりも前まで伸びる。長いのだ。そして爪は強靭極まりなかった。破壊力も凄まじい。
青銅の剣に激突する爪。
それは、砂礫のように切り裂かれた。
敵手は、青年の右側へと踏み込みつつ、刃を真横へ伸ばした。
まるで乳脂を切り裂くようにそれは青年の口へと潜り込む。どころか、戦乙女はそのまま前進したのである。刃を青年の体に突き込んだまま。
青年と戦乙女。両者がすれ違ったとき、青年の胴体は一文字に切り裂かれていた。口から尻までの右半身を断たれていたのである。刃の長さが足りていれば、一刀両断にされていたであろう。
即死であった。
竜殺しの魔剣を帯びた、竜の炎の洗礼を浴びし戦乙女。
まさしく竜の天敵たる彼女は、残った2名の敵に向けて構えを取った。




