闇を狩る者
月が出ていない夜だった。
皆が入り、入り口を塞がれた地下空洞。蜥蜴人たちは怪力である。小さな空気穴兼明り取りの隙間を除き、数個の岩できちんと塞がれていた。
寝床では、一番奥に子供たちが眠る。次いで客人。青年、老人と続き、集落いちばんの猛者―――昼間に女勇者と一戦交えた若者が最も入り口に近い。それはそのまま、安全な位置の割り当てであり、防衛のための配置でもある。敵襲があれば入り口に近い者から死ぬのだ。だから入り口のそばで眠るということは、名誉ある役割だった。最も、強力な魔法使いである彼らを害するのは極めて難しいが。
とはいえ、寒さは彼らの動きを鈍らせる。竜に変身すれば寒さは平気とはいえ、強力な姿ほど消耗も激しいから多用はできない。蜥蜴人たちは日が落ちれば速やかに眠る。
今から行われようとしている襲撃は、そんな彼らの習性を知り尽くしてのものだった。
◇
―――物音?
蜥蜴人の眠りは浅い。
外で何かの物音がしたのを感知した若者は起き上がると、入り口へ近づいた。さらに、ささやかな魔法を発動させる。竜の鋭敏な感覚を肉体に宿したのである。
外を伺おうとした次の瞬間、入り口が吹き飛んだ。外に張り付けられた火球の呪符。文言と図形によって封じられていたその魔力が解放され、強烈な爆発と化したのである。
爆風よりも、それによって砕けた岩石の破片に傷つけられ、若者は倒れた。
流血。裂傷。打撲。骨折。
瀕死の重傷である。
―――何が……っ!?
気力を振り絞って魔法を発動させる。蛇の治癒力を肉体に付与し、若者は意識を喪失した。
◇
凄まじい爆音と衝撃は、寝床にいたすべてのものをたたき起こした。
「―――なんじゃ!?」
―――Gururururu……!!
響き渡る警戒や混乱の声。
寝込みを襲われた蜥蜴人たちはしかし、素早かった。飛び起きると、入り口に近い者から魔法を発動させ、飛び出していったのである。
たちまちのうちに人間の十倍を超える巨体と化した蜥蜴人たち。その姿は様々だ。5メートルもある翼持つ飛竜がいる。10メートルの鱗に覆われた巨体に、地下で振動を感知するためのひげを備えた地竜がいる。蛇のような姿に翼を持つ、15メートル近い蛇竜がいる。
いずれもが恐るべき戦闘力を備える魔獣であった。
外へと飛び出した彼らは、敵勢を認めると威嚇の咆哮を上げた。
入り口を取り囲んでいたのは百近い数の闇の怪物ども。槍や弓矢で武装してはいるが恐れるに足りない。そんなものでは変化した蜥蜴人を傷つけるのは困難である。
―――さあ。報復をしてくれよう!
怒りに燃える彼らは、敵勢へ襲い掛かった。
◇
蛇竜へと変じた蜥蜴人の老人は、その驚くべき敏捷さで大小鬼へと襲い掛かった。鎌首をもたげ、相手の遥か上方より一気に食らいついたのである。
彼は敵の脚をくわえると、そいつを振り回し、他の敵へと叩きつけた。いとも簡単に肉片となる、二体の闇の種族。
―――脆い。
遥かな高みより、蛇竜と化した老人は敵を睥睨した。
―――これならば苦も無く撃退できるであろう。とはいえ先日子供がさらわれた件もある。やはり皆殺しにしておかなければ。
そこへ飛んでくる槍。老人は素早く頭部を動かし、ことなきを得る。
―――おっと。目を狙って来たか。あとで癒せるとはいえ、戦いの最中に目が潰されるのは困る。気を付けよう。
老人は、油断はしていなかった。ただ、知らなかっただけだ。
自分たちが想像もしていないような魔法が、この世にはあるのだということを。
目を狙ってくる攻撃に忙殺されていた彼の足元。すなわち巨大な蛇身と化した胴体のすぐそばへと忍び寄ってきていた小鬼は、手にしていた呪符を引き裂き、その魔力を解放させた。
すなわち、呪言と図形で封じられていた魔法解除の魔法を。
巨大な魔力が瞬時に膨らみ、老人を呑み込み、弾け、そして消滅する。
老人の内に満ち満ちていた強壮なる竜の力。それを維持していた魔法の力が、道連れに崩壊していく。
―――なんだ?何が起きた!?
混乱するうちにも彼の肉体は縮み、元通り、二メートルの亜人へと姿を変えた。
この状態でも、彼の肉体的能力は他の種族と比較して決して劣っているわけではない。むしろ優れている点も多々あった。しかし。
その鱗は、力一杯に突き込まれてくる槍衾に抗しきれるほどではなかった。
遥か格下であるはずの闇の種族たち。奴らの持つ、さび付いた何本もの槍に貫かれ、老人は絶命した。
◇
蛇竜に変じた老人だけではない。そこかしこで魔法解除の呪符が弾け、そのたびに蜥蜴人が刃に斃れた。
たちまちのうちに十数という蜥蜴人の手練れが命を散らす。彼らを打ち破った闇の軍勢は、残った敵を屠るべく、地下空洞へと殺到した。
◇
地下空洞へ突入したのは、槍を構えた小鬼や大小鬼どもであった。
彼らを地上から指揮する小鬼王者。すなわち、磨かれた甲冑を身に着け、盾と剣で武装した偉丈夫の小鬼は、たやすい仕事だと思った。
ここは狭い。敵も巨体に変身する事などできまい。奴らの武器はせいぜい石槍。対するこちらは人間どもから奪い取った鉄製だ。その差は歴然としている。
さあ!奴らを殺せ。そうすれば褒美は望みのままだぞ!!
彼の叫び。それに対する返答は、絶叫であった。
突入部隊が、身の毛もよだつような断末魔の悲鳴を次々に上げているのである。
地の底から響いてくるそれらはあまりにも恐ろしい。一体何が!?
彼は、すぐにそれを目にすることになった。
すなわち。
戦斧を両手で構え、血塗られた白き衣を纏い、そして首を持たぬ麗しき女人が、雑兵どもをなぎ倒しながら地上へと出てくる様子を。




