竜の住まう岩山
模倣とは魔法である。
どんな模倣も見様見真似から始まる。最初は稚拙であろうとも、習熟し、術理を理解し、やがては本物の域にまでたどり着く。時に模倣元よりも研ぎ澄まされ、より高みへとたどり着くことすらある。
そして、相似。似ているものは近しいものである。近しいのであればそれは同じものなのだ。故に。
崇拝するものを模倣し、それに成り切り、近づく事で、そのものへと転生しようという考えを持つひとびとがいる。
すなわち蜥蜴人。
竜を崇拝する彼らは、竜を知り、竜そのものへ近づくことを目指して生活を続けていた。火を崇め、毒を神聖視し、岩や砂すらも取り込み、やがては竜になろうという。
容易な道ではない。竜は強大である。竜そのものに近づくということは竜の強さを身に付けねばならぬという事でもある。
だが。そんな彼らは、竜に近いが故に独自の魔法体系を編み出した。
竜の力を模倣しうる、竜の言葉を聞くものたちの魔法。
すなわち竜語魔法を。
◇
広大な砂漠の中心。小さなな岩山を取り囲むように、小さな緑地があった。木々が生え、草が生い茂っている。そして、切り立った岩山の麓には水場。
オアシスであった。
今、そこに住まう者たちの間でざわめきが走っていた。夕日が沈みつつある西の方から、幾つかの人影が接近してくるからである。
住人の一人―――槍を持ち、ヤモリに似た頭部と尻尾を持ち、全身を蒼い鱗で覆われた直立二足歩行の亜人―――である蜥蜴人は、槍を投げ捨てると咆哮を上げた。
―――ＧＵＯＯＯＯＯＯＯＯＯＯＯＯＯＯＯＯ！！
直後。
その肉体が膨れ上がる。胴体が太くなり、尾の先端には毒針が生え、足の先からは凶悪な鉤爪が伸び、腕には被膜が備わり、そして全体が５メートルにまで巨大化する。
たちまちのうちに、飛竜へと姿を変えると、彼は空へ飛び立った。
◇
「―――飛竜じゃと！？」
老賢者の叫び。
旅を続ける一行は、ようやく目的地であるオアシスまでたどり着こうとしていた。前方に見えるのは小さな岩山と、その周囲に広がる緑地。水もたっぷりとあるだろう。
だが。
オアシスから飛び立ったのは一頭の巨大な怪物。飛竜と呼ばれる、翼の前肢と巨大な毒針の尾を備える竜に似た獣である。神々と同時期に誕生した原初の竜、すなわち竜王の一柱によって生み出された種族であるともいわれているが定かではない。
老賢者は早くも逃げ腰である。女勇者の影に隠れていた。
だが、子供は歓声を上げるとそちらへと向かって走り出した。
思わず女勇者は手を伸ばそうとするが。
その先、子供の前に、飛竜は降り立った。
―――Ｇｕｒｕｒｕｒｕｒ…
―――Ｇｕｕｕｕｕｕ……
何やら会話しているようにも見える飛竜と子供。
やがて納得したのか、飛竜は身震い。
かと思うと、それはたちまちのうちに縮み、２ｍほどの大きさの亜人。すなわち蜥蜴人へと姿を変えたではないか。
「……なんと」
驚愕する老賢者。女勇者も驚きを隠せない。これが彼らの魔法なのか。
老賢者は疑問に思っていた。あの規模のオアシスが維持できる人口で、闇の種族や怪物どもから身を守れるのだろうか？と。
その答えはここにあった。一族すべてが強力な魔法使いなのだ、彼らは。
蜥蜴人は人間たちを一瞥すると、ついてくるように促した。
もちろん、ふたりは従った。
