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くっ殺から始まるデュラハン生活  作者: クファンジャル_CF
第三話 魔法の王と白き魔女
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目覚め

女勇者は見上げていた。

木々を越える高みにまで鎌首をもたげた蚯蚓・・を。どうすればいい?灼熱の鎧はまだ効力を保っていた―――太陽が昇っている限り持続する―――が、あの質量相手では圧し潰されるに違いない。

陽光の召喚は意味がない。そもそも太陽光は燦々と降り注いでいるのだから。他の加護でもあの怪物を斃すのは不可能であろう。残念ながら女勇者は、あれを屠れるような加護を扱える位階にない。

打つべき手を悩む間にも、敵は動き出していた。

振り下ろされる、巨大な頭部。

大地へと激突したそれは、まるで大瀑布。汚水のごとき濃密な瘴気で出来た怪物の頭部は飛び散り、周囲の草木を汚染して腐敗させ、溶解させる。

咄嗟に飛び下がった二人だったが、しかしかわし切れなかった。飛び散った瘴気の欠片が、ふたりに降り注いだからである。

女勇者はそれでも加護の鎧に守られたが、少女を守るものは何もなかった。

白く美しい肌が、溶かされる。

「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああっ!?」

絶叫。

重傷であった。全身のそこかしこに、無残な火傷を負わされたのだ。

女勇者は素早く彼女を抱き上げると、太陽神へ加護を請願した。治癒の加護を。願いは無事に聞き届けられ、その傷は癒える。されど、失われた意識は戻らなかった。

敵へと視線を巡らす。

奴は鎌首を再びもたげた。それに合わせ、まるで時計を逆回しにしたかのように汚水が集まり、頭部が再び構築されていく。

おぞましい光景であった。

―――どうすれば。

女勇者は、少女を抱いたまま走り出した。


  ◇


森の木々をなぎ倒し、跡に溶融した大地を残しながら、汚水の蚯蚓は疾走していた。

女勇者は少女を抱え、時折こちらを振り返りつつも必死で逃走しているが、巨体を誇るこちらの方が早い。追いつくのは時間の問題だった。だから、遊ぶ。

わざと、一撃を外す。飛び散った瘴気は奴の加護に焼かれるが、大きな塊は焼き切れない。その霊の背中を直撃し、溶かす。

響き渡る苦鳴。

霊とは精神そのもの。それを傷つけられた女勇者の痛みは一体どれほどのものであろうか。素晴らしい。心を腐敗させられ、溶かされて行くのだ。その高貴なる精神が腐りはてた時、何が残るのやら。

幾度目かの攻撃。

そろそろ嬲るのも飽きた。殺そう。

鎌首を最大限に持ち上げた蚯蚓。その頭部が、振り下ろされた。


  ◇


駄目だ。もう避けられない。

死を覚悟した女勇者。彼女は、せめて抱える少女だけでも守ろうと、その身に覆いかぶさった。

ふたりを押しつぶし、腐敗させ、溶かし尽くさんとする蚯蚓の頭部。

まさしくその瞬間、攻撃が停止した。突如出現した壁によって阻止されたのである。

それは、炎だった。

まず最初に上がったのは火柱。最初小さかったそれはたちまち巨大になり、さらには左右へと広がっていく。

そこへと突っ込んだ怪物の頭部が蒸発・・した。凄まじい熱量によって焼かれていくのだ。

火炎の壁(ファイア・ウォール)と呼ばれる秘術。されど、その効果範囲はけた違いであった。高さ30m、幅は左右に200mにも及ぶのだ。さながら城壁だった。

突破を諦め、幾分小さくなった蚯蚓が後退する。強力な魔法による攻撃を警戒したのである。

ひとまず安全が確保されたことを悟った女勇者は、呆然と壁を見上げた。

―――なんと、凄まじい。

女勇者の内心。これを成した魔法使いは、さぞや強大な魔力の持ち主に違いない。

周囲を探した彼女は、すぐさま術者を見つけ出した。元々目指していた方角の上空に佇み、ヴェールで顔を隠した漆黒の魔法使いを。


  ◇


―――私の庭を汚しおったな!

魔王の内を占めるのは激情。

空中からは全てが見て取れた。あの蚯蚓のような瘴気の塊が這いずって来た跡を。美しかった森の木々が、腐り果てているのを。

奴が追っていた者たちに目をやる。

片方は、己の半身ともいえる友。蒼みがかった黒髪に抜けるような白い肌を持つ彼女は、この世界を魔王と共に治める魔女であった。気を失っているようだが、どうやら致命傷はない。安堵する。彼女は戦いがあまり得意ではないというのによくぞ無事だったものだ。

そしてもう一人。見覚えのない死者。怨念からなる蚯蚓に追われていた以上、あれが戦斧の持ち主に違いない。よくも私の領土へあのようなおぞましいものを持ちこんだものだ。断罪せねば。

とはいえ、これ以上庭を汚されてはたまったものではない。先にあの瘴気を浄化するとしよう。

魔法の王は、万物に宿る諸霊へと命じた。あの怪物を焼き払えと。


  ◇


女勇者が呆然と見上げる先で、魔法使いは呪句を唱え印を切った。万物に宿る諸霊は、それに応え、助力する。

光り輝く火球が、魔法使いの近くに出現する。一つだけではない。二つ。よっつ。八つ。十六。三十二。

たちまちのうちに出現した火球は、魔法使いが指し示した一点。すなわち汚水の蚯蚓へと向けて飛翔した。それぞれがまるで意志あるかのように動き、統率された軍勢のように別々の部位めがけてぶつかったのである。

立て続けに、爆炎が広がった。とてつもない量の瘴気からなる巨体が、たちまちのうちに焼かれ、消し飛ばされていく。

この魔力にかかれば、例え城砦であろうともたやすく消し飛ばせるであろう。そう思えるだけの破壊力。

やがて、怨念と瘴気で出来た怪物は、その痕跡すら焼き尽くされ、消滅した。

あっけない、幕切れ。

呆然とする女勇者の眼前に、魔法使いが降りて来た。ふわり、と優雅に着地した彼女が向けて来たのは、拒絶の意志。凄まじい威圧感に、女勇者は気圧された。


  ◇


「―――よくも。よくも我が庭にあのような魔物を連れ込み、更には我が半身までも傷つけおったな」

魔王は、事の元凶に怒りをぶつけた。力任せにその霊威を叩きつけたのである。

ただそれだけで、弾き飛ばされていく女勇者。

大地に倒れ伏した魔女を抱き上げると、魔法の王は宣言した。

「偽りの生命にしがみつく、おぞましき亡者よ。速やかにこの世界より立ち去るがよい。貴様がこの地へ足を踏み入れる機会は二度とないと知れ」


  ◇


漆黒のローブを纏い、ヴェールで顔を隠した魔法使い。彼女に威圧されていた女勇者は、違和感を覚えた。

最初に、加護の効果が終了した。女勇者の身から、灼熱の鎧が消え失せたのである。

次いで襲って来たのは、強烈な不快感。

そう。

陽光が再び女勇者を拒絶しだしたのだ。

それで、終わりではなかった。

―――え?

左肩が、断たれた。いや、かつて負った傷。鎖骨を半ば断ち切った負傷が蘇ってきたのである。次いで、左腕が消失。炭化した断面が露わとなり、腹部の半分が溶け崩れた。胸に穴が穿たれ、腿の肉がこそげ落ちた。左の頬がえぐれ、目の周りの皮膚が消し飛ぶ。全身に無数の細かい傷が出現し、そして最後に。

首が、落ちた。

半ば破壊された女体。地上をさまよい続ける哀れな首なし騎士(デュラハン)の姿が、そこにはあった。

―――うそ。こんなの。

全てが元通りになっていた。

それは、夢の衣を剝ぎ取られたが故であった。すなわち、幽界かくりょから追放され、物質界へと移動した事で、女勇者の姿も物理的なそれへと戻ったのである。

その、あまりにも無残な姿を見た魔法使いは眉をひそめた。

「なんと哀れな姿か。眠る方法すら知らぬとは。

よかろう。ひとつだけ慈悲をくれてやる。己をはふるがよい。さすれば、その見苦しい姿は癒えよう」

言い終えると、彼女は森の奥へと姿を消した。白き魔女を抱き、幽界かくりょへと去っていったのである。

残されたのは、全てが元通りとなった女勇者。そして、大地に転がり、宿っていた怨念が焼き尽くされた戦斧だけ。

―――いや。

女勇者の魂の叫び。

―――いやああああああああああああああああああああああああ!?

それは、いつまでも響き渡っていた。

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