銀の槍
地の底に屹立する大いなる神器。剣とも槍ともつかぬそれの上空に霧が集まり始めた。銀の霧。この世に本来在り得ぬそれはたちどころに密度を増し、連なり、厚みを増し、そして実体化を始める。
刹那の間に物理的な形を得たそいつは、とてつもない巨体の神像。異界の武神像であった。
その姿を一言で言い表せば、銀の女神像。
戦衣をまとい、槍で武装し、兜で顔を深く覆い隠し、腰に剣を帯び、甲冑で身を守り、そして背中から何対もの巨大な翼を広げた彼女は、神器そのものにも匹敵する巨大さ。山岳にも並ぶ威容を誇っていたのである。どころか、女神像は、まるで生命あるかのように動き出した。
召喚者―――闇の神霊の命に従い、頭上の敵を屠るために。
◇
―――ああ。ここはどこなのだろう。
銀の女神。闇の神霊によって召喚された戦士は考える。
周囲はまるで闘技場を思わせる構造だが、とてつもなく巨大。五十メートルの巨体を誇る己であっても不自由なく動き回れるだろう。一体いつの間にこのような場所へと迷い込んでしまったのだろうか。
追手からはようやく逃れたはずだったのに、また次の敵。十三枚の翼を備えた生身の女は、上空に何の支えもなく浮遊している。同族であろう。ならば巨神を召喚される前に屠らねば。
五体の熱量を槍へと注ぎ込む。膨大なそれが、観測によって一方向へと束ねられた。
投じられる槍。三百トン、五十メートルもの長大さを誇る短槍の速度は、音の三十倍にも達した。
◇
―――なんだ。何を呼び出した!?
女神官でもある者の眼下。遥か彼方に出現したのは、大いなる銀の戦女神像。そいつはこちらを見上げると、手にした槍を構え、そして翼を広げたのである。
恐らく鋼の戦神の秘術を用いて召喚したのであろう存在。ならばその強大さも想像がつくというものだった。
女神像は、その霊力を槍に集中した。かと思えば、こちらへと投じてくるではないか!!
恐るべき運動エネルギーは、空洞内へと衝撃波をまき散らしながら数キロの距離を詰め、そして女神官でもある者へと激突。
されど、それは翼持つ半神を傷つけはしなかった。
《《静止》》していたのだ。
いかなる刃をも受け付けぬ星霊の権能。それによって阻まれたのである。槍が切っ先を備えていなければ、いかな半神と言えども四散していたであろうが。
尖塔にも勝る巨大なそれに冷や汗を流す半神は、しかし敵手が次なる手を打ってきたことに気付いた。翼を広げ、こちらへと向けてくるではないか。
次の攻撃は、槍ではない。
◇
―――なんという力。素晴らしい!!
神器の内部。闇の神霊は、己がこの世界へと引き込んだ戦士の力に満足していた。攻撃の余波で部下たちが肉片と化したが問題ない。神器によってすぐさま癒えよう。とはいえさすがにこま切れとなった死者を蘇らせるのは神器にとっても難儀らしく、星霊への攻撃が止んでいたが。構うまい。戦士の力は想像以上のものだ。惜しらむべきは、最初の攻撃に槍を使ったことであろうが。さもなくば、敵神は既に死していたであろう。
さあ。戦士よ。我が敵を滅ぼすのだ!!
◇
―――ああ。なんという強大な相。私の槍が通じないなんて。
銀の女神は思案し、次の攻撃手段を選択した。翼を最大限に伸ばし、そして一斉に敵へと指向したのである。
その全身が、まるで水面のように波打った。彼女の身を構成する流体。その原子がこすれ合い、響き合い、同調し、増幅し、そして束ねられ、翼から放射される。
それは、音だった。万物の連なりを破壊する力。最大級の大都市ですらも瞬時に亡者の蠢く冥界と化す、冥府の女王の相。
神すらも滅ぼす、絶対の権能が解き放たれた。
◇
半神は、自らに迫る攻撃をじっと観察していた。見えざる振動。細く絞り込まれたそれは先ほどの槍とは比べ物にならぬほど遅いが、秘めたる力の総量は遥かに上回るであろう。そして逃げ場はない。ならば、受け流すより他あるまい。
女神官でもある者は、頭上、すなわち故郷たる星界より盾を掴みだすと下方へと広げ、防御の構え。
敵の攻撃が到達する刹那、女神官でもある者は、仲間たちへと命じた。敵を己が引きつける間に、敵首魁。闇の神霊を討てと。
直後、破壊の音が彼女を襲った。




