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Avalon Rain ~終焉の雨と彼女の願い~  作者: 音無 一九三
第一章【凶変の召喚魔法】
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08 不穏な動き

「ひぃぃ…流石にキツいな…。いくら何でもこりゃあ多すぎやしねぇか?」


「……いいから手を動かせ、手を」


「へーい。アルフは真面目だなぁ。オレ1人なら今頃逃げ出してるぜ?」


「……そのせいでオレも一緒にこうやってるんだろうに」


 アルフの嘆きを孕んだ声が反響する。湿度が高いために不快指数もうなぎ登りなそこは、レーヴェティア騎士団の本部2階にある、大浴場だ。既に時刻は朝の4時を回っており、そこにはアルフとグレイ以外の姿はない。


 騎士団の大浴場は、午前6時から翌午前3時まで開放されている。この浴場は、傷の絶えない騎士を癒すため、身体の回復作用を促進、及び微弱ながら回復魔法と同様の効果を発揮する。

 そのため、開放時間の内は多くの騎士が入浴するため、かなり広いにも拘わらず人口密度も高くなる。


 では何故開放時間ではない時間帯にアルフとグレイがそこにいるかと言えば、このだだっ広い浴場の掃除を仰せつかったためだ。



 レーレがやって来てから今まで、騎士団の隊舎5ヶ所全てに存在するトイレ掃除をさせられて、ようやっと最後の掃除場所である本部の浴場に至ったという状況だ。

 今頃ロッティとリィルも、同様に女湯を掃除している頃だろう。


 アルフ達3人はこの浴場をもって終了だが、グレイにはまだまだやることが残っている。問題を引き起こした本人と、それに巻き込まれた側が同等のペナルティとはならなかったことに、心の内で溜め息を漏らすアルフ。


 むしろ、掃除くらいで済んで良かったというものだ。リィルがいる分、いくらか加減されたようだった。

 まあ、実際にドアや廊下を破壊したのはリィルなのだが、そも、その原因を作り出したのはグレイだ。幾分──というか過剰なまでにやり過ぎな感は否めないが、それでも誰に非があるかと問われるならば、まず間違いなくグレイだろう。


 それに、街に来たばかりのリィルにそんな過度のお仕置きが為されるというのも可哀想な話だ。……いや、既に朝を迎えそうな時間に至るまで掃除をさせられている時点で、キツいものがある気はするのだが。


(って言ってもなぁ……オレ、もう寝たいんだけど)


 10日間の末ようやく帰還したと思った矢先にこれである。疲労も溜まっているし、何よりすぐに休む予定だったのだ。何故こんな目に…。本当に呪われているのだろうか、といよいよ自身の人生に絶望すら覚えてくる。



 あまりの眠さと疲労、問題児への苛立ちで、若干言葉にトゲを持たせながら、

「お前のせいでリィルは借金を抱えることになったんだからな。ちゃんと反省しろよ」

 と言うアルフだったが、グレイの態度はあっけらかんとしたものだった。


「んー、逆に言えばオレのお陰でリィルはオレ等のパーティな入らざるを得なくなった訳だぜ? ここはオレに感謝するとこでしょうよ」


「……はぁ。勘弁してほしいよ」


 正式にはまだ決まっていないが、グレイの言うとおり、リィルはアルフ達のパーティに加わることになるだろう。いくら理由がグレイのセクハラだったとは言え、リィルが騎士団の隊舎を破壊したことに変わりはない。

 グレイのせいだから、と宥めるアルフとロッティだったが、リィルも自分のせいだと引かなかった。引かなかったところで、彼女にはまともな所持金も無かったし、弁償するとしたら働くしかない。けれど、1人で返済していたら、どれだけ掛かるか。

 アルフのような規格外の収納持ちなら話は別だが、一般的な騎士として稼いでいたら年単位の期間が必要だ。


 妥協案として、じゃあパーティで払うことにすると半ばごり押し、ようやっとリィルに呑み込ませるに至ったのだ。元々グレイもロッティもそうするつもりだったので、アルフのこの意見に反対意見は無かった。


 しかしながら、自分のやらかしたことを棚に上げて「オレのお陰」とは、何をほざくのかこの大馬鹿は。思わずこめかみの辺りを揉みながら、アルフは再びデッキブラシでタイル張りの床を擦り出す。


 ……さっさと終わらせてもう寝たい。その一心だった。

 そんなアルフに、同じく床を擦りながら「けどよ」と、グレイが付け加える。


「真面目な話、オレ等のパーティの戦力はバランスが悪いのも確かだろ。魔力銃を扱うリィルが加わってくれりゃ、鬼に金棒だろ」


 アルフのパーティは、メンバーが全員、近接戦闘に特化しているため、実のところバランスが悪い。


 アルフは刀を使った法撃を得意としており、法術は若干苦手気味だ。法撃は媒介を通して放つ性質上、法術と比べると拡散しやすい性質を持つため、遠距離攻撃には向かない。

 このため、アルフは専ら近距離から中距離を得意とするタイプであり、キースのような飛行タイプには苦戦しやすい。


 ロッティはロッティで、ブレードウィップと呼ばれるピーキーな得物を使用する。ブレードウィップとは、その名の通り鞭になる剣である。刀身が元々幾つかに分断されており、それ魔力のワイヤーで繋いで鞭のように扱う代物だ。特殊な磁力と使用者の魔力によって、普段は結合されて細剣の状態だが、鞘から抜くときに魔力を込めないと、鍔にくっついている刀身以外が鞘に残ってしまう。

 要は、どう使おうにも魔力を消費する上、鞭として使用するにはかなりの魔力制御力を要するため、とんでもなく扱いづらい。


 しかしロッティは、魔法──特に法術の才能は非常に抜きん出ており、近距離、遠距離問わず、法術を使わせれば他の追随を許さない程だ。だが、悲しいかな魔力の総量はそこまで多くはないため、あまりロッティに遠距離を任せすぎるとガス欠になってしまう。おまけに、どちらかというと至近距離でぶっ放すのが好みという始末。


 そしてグレイだが──これが最大の問題だ。何せ、グレイには遠距離攻撃の手段が一切合切存在しない。得物も剣や槍などではなく、何と拳と脚を使った肉弾戦である。法術も法撃も殆ど射程が無く、詰まる所超接近戦以外出来ないのだった。


 これでヴェルタジオ家はレーヴェティアで名高い法術の名家という、冗談だろうと言いたくなる肩書きまで付いてくる。まあ、グレイは家から勘当されているため、その肩書きもあってないようなものだが。

 グレイ・ヴェルタジオ──日常面でも戦闘面でも問題児なのだった。


 近接戦闘に比重が片寄っていてバランスが悪く、問題ばかり起こすアルフ達のパーティー──『勝利の御旗(フューリアス)』は、レーヴェティアではある意味有名だ。

 その本来のパーティ名は、『どんな困難にも負けず、勝利に向かって絶えず前進し、人々を導く御旗となる』、という大仰な望みから付けられたものである。ちなみに、名付け親はグレイだ。

 そんな名の意とは裏腹に、行く先々で問題を起こしまくり、様々な物を破壊しまくる彼等だが、その分それを帳消しにするだけの戦果も上げている。主にそれはアルフの収納魔法によってではあるが。


 いつだって問題ばかり、そのパーティの性質上突っ込みまくるためにボロボロになることが多く、その行動はいつだって苛烈で過激だ。いっそ清々しいまでのその様は、なるほど、正しく『苛烈なる問題児達(フューリアス)』である。

 確かにその問題行動故に怒られてばかりではあるが、その実力は確かに認められてはいるのだ。実績もなく、戦果も上がらないのであれば、今頃解散させられていることだろう。


 まあ尤も、ラーノルドが頭を痛めていることに変わりはないのだが。



 閑話休題──。


「あれ、オレ、リィルが魔力銃を使うってこと、話したっけか?」


 あの後すぐに掃除に向かわされることになったし、この浴場の掃除に至るまでは別々に、手分けしてトイレ掃除をしていた。こうして話しながら掃除をするのは、ここが初めてだ。

 だから、アルフの記憶の中では、グレイとロッティにきちんとしたリィルの紹介をした覚えはない。


 部屋に戻ってからはホルスターを着けていなかったし、アルフの記憶違いでなければ、グレイはリィルの得物や戦闘技術については知らない筈だった。


「へっ、オレの情報網を甘く見てもらっちゃあ困るな」


「……本当に、何だかなぁ。問題起こさなければ凄く頼りになるのに」


 時々グレイは、何で知っているのか問いたくなる程に、知り得ない筈の情報を見て来たかのように話す。そんなグレイに、アルフやロッティが助けられたことは1度や2度ではない。問題行動さえなければ、本当に頼れる男なのだ。


「何にしても、リィルが入りゃ遠距離攻撃に厚みが出てくるし、連携もバリエーションが増えるっしょ。目指せAランク!」


「その前に借金完済だよ…当面の目標はね。どうせまた増えるんだろうし…」


「……否定は出来んな!」


「しろよっ! ふざけんなよ! …ったく」


 返した先から借金は増えていく。貯金が出来ない『勝利の御旗(フューリアス)』だった。



「そりゃそうと、聞いてるかアルフ」


「話逸らしやがって…。何をさ?」


「何をって、イクリプシアが出たって話だよ」


「──ああ、街に戻ってくる時に、そう言えばあったなぁ、全体通知」


 リィルと出会った森を抜けてレーヴェティアを目指す最中、確かに連絡があった。


「それがどうかしたのか?」


「……何だかオレは、今回の連絡は変じゃねぇかって思うんだよ」


 珍しく真面目くさった顔をして、グレイがそう言う。あまりの物珍しさに、思わず手にしていたデッキブラシを手放してしまう程だった。

 ブラシの柄がタイルを打つカラン、と音が反響する。


「変って、何が」


「だってよ、出たって情報は届いてるのに、特徴も、背格好も、どころか髪の色さえ連携されて来ないんだぜ? 明らかに変だろ」


 グレイの言う通り、情報はイクリプシアが近郊に出現したという情報のみで、その詳細については明らかにされていない。

 イクリプシアは瞳の色という絶対的な特徴があるが、そうは言っても確かに不自然ではある。


「んー…単に魔導レーダーに引っ掛かっただけで、誰かが目撃したってわけじゃないからじゃないか?」


 魔導レーダー──。レーヴェティアやヴァスタード等の魔導科学が発展した街には取り入れられている、特別な魔力波動を感知するレーダーだ。

 イクリプシアや魔物が日常的に発する魔力の波動は、人間のそれとは異なったものが含まれている。それを感知することで、いち早く敵対象の位置を特定し、避難や迎撃を行うことが出来る。


 また、このレーダーは、登録済みの魔導式情報端末(テレサ)の反応もキャッチする。端末が起動状態であれば、その端末の所有者がどこにいるのかがわかるため、これによって出現した魔物やイクリプシアに対し、適切に人を派遣出来る。

 しかし、このレーダーの届く範囲にも限りがある。レーヴェティアのレーダーはかなり優れてはいるが、それでも限界はある。


 連絡では、レーヴェティアから徒歩で5日程の位置に現れたそうだが……。そう考えた時に、アルフはふと疑問に思うことがあった。


「あれ、うちのレーダーって、そんな遠くまで感知すること、出来たっけか?」


 街から徒歩5日間の距離と言えば、相当な範囲だ。

 それだけ広ければ、魔物が攻め入ろうとしてきても、イクリプシアが現れようとも、おおよその場合対応出来るし、むしろ常に先手を打てるだろう。そもそも、そんな距離をマーク出来るのであれば、アルフが必死に探したサソリ蜘蛛など、探すまでもなかった。

 ただ連絡してもらって、そこの座標に移動すれば良いのだから。


「そう、レーヴェティアのレーダーじゃ、そんな距離にいる奴は捉えられねぇ。かと言って、ヴァスタードとうちじゃもっと距離は拓いてるし、イクリプシアの出現が確認されたレーヴェティアの北東方向で、その位置のイクリプシアを捉えられるレーダーのある街はねぇ。そう考えると、何だかキナ臭くねぇか?」


「……確かに」


 これが普通の騎士であれば、『うちのレーダーはそんなところまで届くのか』とか、『どこか別の街のレーダーに引っ掛かったか』程度にしか思わないだろう。

 ところが、アルフやグレイは話が変わってくる。彼等のパーティ、『勝利の御旗(フューリアス)』は、レーヴェティアでも有名な問題児の集団だ。行く先々で色々とやらかす彼等は、よくラーノルドの雷を食らう。

 そのせいで、街からどの程度の距離でやらかすとすぐに身バレするか、身に染みて知っていた。


 レーダーの感知範囲内──則ち居所が把握出来る範囲でやらかせば、すぐに魔導式情報端末(テレサ)に連絡があるからだ。

 だからわかる。徒歩5日の距離など、レーヴェティアのレーダーでは感知出来ないと。



 その場所がレーヴェティアでも、まして近隣のどの街のレーダーからでも感知することが出来ない位置だというならば、つまりは目視されたということになる。なのに、出現したという情報以外に、何も伝えられていない…?

 見ているのならば、少なくとも瞳の色が確認出来るほど接近したのならば、当然背格好や髪の色、武装やらの情報も伝わるはずだ。



「叔父さんがそんな大事な情報を伝えないとは思えないし……だとしたら…。グレイ、この情報の出所は何処なんだ? まさかとは思うが…。いや、あそこ以外にないよな…」


「お察しの通り、あのヴァスタードだよ」


「…やっぱりか」


 ヴァスタード──。対イクリプシア戦線の最前線に位置する街であり、地上で最も力を持ち、同時に地上で最も重要な街だ。

 魔導科学の発展、及びそれを元にした技術力の高さを指して、地上ではこう言われている。


 ──攻めのヴァスタード。護りのレーヴェティアと。



 レーヴェティアは、非常に高水準な魔導科学の発展を遂げており、魔導式情報端末(テレサ)を発端に様々な技術の開発に成功している。この地上で、レーヴェティア程住みやすく安全な街は存在しないだろう。

 対し、ヴァスタードは事攻撃するための技術に関しては、レーヴェティアを圧倒するレベルに達している。転移魔法陣など、その最たる例だ。あれは、速やかに戦力をヴァスタードに集結させるためにどうしても必要だったもので、あれの完成が遅れていれば、人類はより過酷な現状を叩きつけられていただろう。


 要は、必要とされるものの方向性の違いだ。

 戦線の最前線の街で呑気に護りを固めているくらいなら、敵の護りを崩すことが出来るだけの攻撃を行った方がよっぽど被害は少ない。後手に回れば終わりなのだ。

 正しく、ヴァスタードにとって攻撃は最大の防御なのだ。


 一方でレーヴェティアは、確かにヴァスタードと同じギリア大陸に存在するが、こちらは別に最前線というわけではない。

 むしろ、護りを固めて騎士の育成に力を入れることが出来る環境が求められた。



 求められるベクトルが違うため単純な比較は出来ないが、それでもあえて順番を付けるなら、レーヴェティアはヴァスタードの次に力を持つ街に当たる。


 そんなレーヴェティアの魔導レーダーは、ヴァスタードよりもよっぽど感知範囲も精度も高い。にも拘わらず、だ。レーヴェティアのレーダーでは感知出来ない位置の情報がヴァスタードから来たというのだ。

 もちろん、ヴァスタードのレーダーが感知出来る位置でもない。



 つまり──


「意図的に隠されてる、ってことになるわけか」


「ああ。何せ相手はイクリプシアだ。あいつらが1体いるだけで、並みの騎士が束になったって勝ち目はねぇ」


 団長クラスなら別だけどよ、と付け足すグレイ。


 人類最大の敵であるイクリプシア。その個が有する力は人間を遥かに越える。そんな危険極まりない相手が近くに出たというのに、その詳細がわからない。

 戦うのであれ逃げるのであれ、対象の特徴がわかっているのとそうでないのとでは、比べるまでもない。


 そうなれば、わざと隠しているとしか思えなかった。

 だが、だとすれば何故そんなことをするのか。確かにヴァスタードは、ほの暗い部分の多い街だが、それでも腑に落ちない。


「何が狙いなんだろう…?」


 そんな疑問を口にしたアルフに、グレイが返答する。


「飽くまでオレの予想だけどな、多分ヴァスタードは、他の奴等に見つけて欲しくないのさ」


「見つけて欲しくない?」


「ああ。んで、自分達で見つけたいんだ。そのイクリプシアをな」


 グレイの予想は、確かに納得に足るものではある。

 イクリプシアが出たと言われれば、当然のことながら警戒意識は高まる。つまり、各街の守備が固くなる。そうなれば、イクリプシアの潜伏先も限られてくる訳で、必然的に情報を持っている側は捕まえやすくなる。

 なるほど、確かにそれはあり得る線だ。


「そのイクリプシアがヴァスタードの秘密を握っていたりしたら、尚更あり得そうな話だな」


 アルフの感想に、グレイは頷く。

 まあ尤も、と言いながらポイッとデッキブラシを放り投げるグレイ。


「そうわかったとこで、オレ達にゃどうしようもねぇんだけどな。それよりアルフ──気づいてるか?」


「──ああ」


 本当に、何でここまで目敏いのに問題ばかり起こすのか。頼れるのか頼れないのかわからない男だ。

 頷くアルフは、既に体内の魔力を高め、耐性を底上げしていた。

 閉め切られている浴場にまで漂ってくるこの甘ったるい匂い。余程強力なものをばら撒いたのか。


「……眠り薬、だね」


 あと1時間もすれば東の空が白んでくるか、そんな日も昇らない時間帯に、それは起こった。

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