表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Avalon Rain ~終焉の雨と彼女の願い~  作者: 音無 一九三
第一章【凶変の召喚魔法】
7/53

06 問題児その1 紅蓮の髪の少女

 アルフが暮らすのは、レーヴェティア騎士団の西隊舎の3階の端の方の部屋だ。廊下を挟んで正面にロッティの部屋、右隣には兄貴分のグレイの部屋がある。

 要するに、問題児は1ヶ所に、そして端の方に固めておこう、という配置だ。

 そして、左の角部屋は空いている。元々はグレイの騎士仲間の同期が住んでいたのだが、多発するロッティとグレイの問題行動に我慢の限界を迎え、別の部屋へと移り住んだのだ。


 各人1人に1つの個室を与えられているのも、他の者と同在などさせたら同居人の精神が持つか定かではない、という不名誉極まりない理由によるものだった。

 ちなみにアルフは、この2人の問題児のストッパーとして、そしてその苦労に対する対価として、せめて部屋でくらい1人でゆっくりさせてやろう、という他の騎士達の同情によって部屋を1人で使えているのだった。


 さて、そんな問題児の側にリィルを置いておいて良いのか、というのは真剣に頭の痛い問題なのだが、しかし唯一それなりに親しくなったアルフが側にいた方が何かと便利だろう、という利点を取ってのものだ。


 アルフ以外に知り合いはいないし、それでなくても記憶喪失により心細い筈だ。願わくば、あの問題児共が何もやらかさないことを、とはアルフとラーノルドの共通の思いだった。



 閑話休題──。



 アルフは言葉を発せずにいた。

 あの疲れきったラーノルドの様子から、余程のことがあったのだろうと、今から胃が痛い思いだったからだ。


 対して、リィルの方も無言だった。ラーノルドからの勧誘のことを考えているのか、はたまたあそこまで人を疲弊させる存在に脅威を感じているのか、それとも別の問題か。


 アルフの部屋の前にたどり着くまでは、確かにそんな理由から2人は言葉を交わせずにいたが、今はまた別の意味で言葉を失っていた。


『アルフ・トゥーレリア』──。

 そう書かれた表札の取り付けられた木製のドア。そのドアに、無数の木片が穿たれ、見るも無惨な様相だった。見れば、足元の板張りの廊下にもやはり木片が散乱しており、まるで爆発でもあったかのような惨状だった。


 そして、その向かい側──幼馴染みの少女が暮らす筈のその部屋には、ドアが無かった(・・・・)

 そう、ドアが──無かったのだ。


「……」


 アルフの行動は迅速だった。

 すぐに左隣の部屋にリィルを押しやり、

「リィル……ごめん、ドアをノックするまではこの部屋の中にいて欲しいんだ」

 と嘆願するなり、戸惑うリィルを他所にドアを閉めると、深く深く溜め息をついた。


「……またやりやがったのかあの大馬鹿娘は…!」


 もう部屋に入ってゆっくりするつもりだったのに、まずは説教をしなければならないらしい。

 そんな落胆の思いと共に、ドアの無くなった幼馴染みの部屋へと入り、開口一番──


「だからあれほど料理はするな……と…」


 ──言葉は続かなかった。

 部屋の中は、まるで爆心地か何かのようだった。焦げ跡のついた床、燃えカスとなったカーテン、役割を失った窓ガラス。部屋に備え付けのキッチンは、もはや原型を留めていない。

 それでも何とか死守したのだろうか、部屋の中には、無傷のベッドと衣装ダンスがあった。……部屋を爆発させる程にアホ臭いのに、何故こういうところは器用なのか、甚だ疑問である。



 部屋の中央に2つの人影。

 半べそを掻きながら正座をしてプルプルと震える、小柄で紅蓮の長い髪をした少女。

 もう1つは、その少女を柔和な表情で見下ろして仁王立ちする、ブロンド髪の女性。先程騎士団本部で会った、レーレであった。


「あら、アルフ。もう団長とのお話は済んだようですね」


「終わったよ。ところで、何でレーレさんが──って、聞くまでもないか」


 涙目で正座をさせられている少女と、それを見下して微笑む女性。誰がどう見てもどういう状況かは言うに及ばないだろう。


「うぅ…アルフー! 助けてー! もう2時間も正座してるんだよ! 足痛いよー!」


「……」


 この部屋の惨状を招いた結果か、それとも他にも要因があるのか。何にしても、色々やらかした罰として正座をさせられているのだろう小柄な少女の名は、ローゼリッテ・セブンスワース。名前が長いため、専らロッティという愛称で呼ばれている。


 アルフの幼馴染みであり、年齢はアルフの1つ下の17歳。腰まで届く夕焼けのように鮮やかな朱い髪と、コロコロと変わる表情を見せる、愛くるしい女の子だ。

 ただし、問題児でなければ、だが。


 アルフに気づいたロッティは、ふるふると震えながらそう嘆願する。それを見て、レーレは

「あらあら、うふふ」

 と楽しそうに笑っていた。


「音を上げるにはまだ早いですよ、ロッティ。やっていただきたいことは残っていますから」


 くふふ、と殺した笑みを浮かべるレーレは、狂喜の色を孕んだ瞳でロッティを見つめる。


 よく見れば、ロッティの側には2つの木箱があった。1つはよく磨き込まれた石が山積みになっていて、もう1つは空っぽだ。

 それを見て、アルフはロッティが何をさせられていたのかを悟った。


(ああ、2時間も正座のままあれをやらされたのか…)


 山積みになった木箱と、空になった木箱。それはロッティの頑張りの賜物であり、それだけ見れば称賛ものなのだが…。元はと言えば、こうなる原因を作ったのもまたロッティだ。この頑張りの成果を差し引いても、つまりはマイナスということなのだろう。

 どれだけやらかしたのだ、とアルフは呆れて言葉も出なかった。


 そんなアルフの目の前で、まだこの苦行が続くと宣告されたロッティは、

「いぃいぃいいあやぁああぁああああ!! アルフ助けてぇえぇえええぇええっ!!」


 ガチ泣きだった。

 それこそ、見ている方が苦しくなるくらいに、マジ泣きだった。

 それ程に怖いのだ、このレーレ・キャンベリアという女性は。彼女が怒ったところなど、誰も見たことがない。彼女は、およその場合笑みを絶やさない。


 そんなレーレ、実は大のお仕置き好きだった。

 普段の彼女からは想像がつかない程に容赦無く、普段の彼女通りの柔らかな笑みを浮かべながら、身の毛も弥立つような狂喜の色を孕んだ瞳でもって、相手を泣かし尽くす。

 とは言っても、別に痛々しいものとかではない。どちらかと言えば、勉強とかボランティアを強制されるのだ。


 しかし、その内容が半ば常軌を逸していることもしばしばあり、以前アルフも巻き込まれた際には酷い目にあった。

 それ故に、この街の男達は彼女の美しさに魅了され、優しさに癒されると同時に、畏怖を抱いている。彼女と付き合うなど恐れ多い。……というより、確実に尻に敷かれて、そして身が持たない、と。



 ちなみにレーレは、普段案内役などをしているのだが、騎士としての実力もかなりのものだ。


 騎士やハンターは、その功績と実力からG~Aのランク付けが行われ、受けることが出来る依頼にも制限が設けられている。成り立ての頃は通常はGランクから始まり、徐々にランクアップしていく。


 そして、騎士にはこれより上のS~SSSというランクが存在しており、このランクに至った者には、イクリプシアとの戦闘依頼が入ることになる。


 騎士、ハンターの分布としては、中層のC、Dランクが最も多い。これは、それよりも上位のランクの者の殉職率の高さの問題もあるのだが、ごく一般的な騎士やハンターの平均的な能力がその辺りだ、ということでもある。


 アルフやロッティは、現在Cランクに当たる。

 これは、そんじょそこらの魔物なら特に問題なく片付けられ、強敵に当たっても逃げ帰ることは出来るだろうとされるランクだ。20代前であることを考えると、かなり優秀と見なされる。


 対してレーレはと言えば、Aランクに相当する。場合によってはイクリプシア戦の補佐を任されることがある程の実力者、とされるランクだ。

 こんな人物が笑顔で滲み寄って来るわけだ、それはそれは恐ろしいものだろう。全力で逃亡を図ろうとも捕縛され、全力で歯向かっても返り討ちにされる。


 そんな彼女の相手足り得る男性などそうそういないだろう。



 さて、どうしたものか、とアルフは考える。

 流石にここまで全力で泣いているのを見ると、放っておくのも可哀想ではある。


「レーレさん、今日のところは勘弁してあげてくれないかな。後はオレが説教しとくからさ。それより、さっき一緒にいた子なんだけど、本人の返答次第ではしばらくうちに所属することになると思う。そっちの準備をお願いできないかな」


「あら、やはりそういう方向のお話でしたのね。アルフの拾ってきたあの子は、ロッティにとって救いの女神だったようですね。わかりました、こちらはアルフにお任せします」


 思いの外呆気なく、レーレはアルフの言葉に頷いてロッティから視線を外した。お仕置き好きの割にはやけにあっさりと納得したな…と、アルフはやや訝しむ。


 そも、こんな言い訳が通ると思っていなかったのだ。いくらレーレが非常に仕事の出来る人だからといって、案内係のレーレに新規に入団するかもしれない人の準備を依頼するというのは、頼む相手を間違えている。

 だから、もっと口八丁、色々と言い訳をしなければならないと考えていたのだったが、もしかしたら、他にもまだ仕事があるのかもしれない。


 うふふ、と笑いながら、レーレはロッティの側の木箱2つを、まるど重さを感じさせない程に軽やかに持ち上げ、そしてロッティの部屋から退出した。


「ロッティ、今回はアルフと可愛らしい美少女さんに免じてこの場は退きましょう。次の機会を、楽しみにしていますね?」


 最後に、そんな言葉を残して。

 廊下に響く、コツコツというヒールが床を叩く音が十二分に遠ざかり、音が聞こえなくなってさらに10秒程待ってから、アルフはようやっと深く息を吐いた。


「ふー……。とりあえずロッティ、正座はもういい──」


「うぅぅ…足がビリビリするー。アルフ、ありがと! 助かったよー!」


 アルフが何か言う前に、既にロッティは足を伸ばして痺れる足を(ほぐ)していた。

 さっきまで大泣きしていたというのに、ここまでコロコロと態度が変わると、(さき)の涙も嘘泣きだったんじゃないかと思えてくる。いや、というか嘘泣きだったのだろう。



「ったく…。で、今度は何をやらかしたのさ?」


 今に始まったことではないので、アルフはロッティの正面に腰を下ろして、ロッティにそう問いかけた。


「えーっと今回はね、まず魔物の討伐に出たときのやつかなー」


「…やっぱ1つじゃないのな…。魔物の討伐でどうしたんだ?」


「採取に来てた人を一緒にぶっ飛ばしちゃった」


 初っぱなから、アルフは目眩を覚えた。もし立ったままだったら、盛大にずっこけてただろう。


「おいおい…。何やってるんだよ」


「うー、あれはあたしも不注意だったと思う。鉱石を食べる魔物が相手だったんだけど、ちょうど囮に使えそうな鉱石がたくさん置いてあったから、そこに誘導して…って感じで倒そうとしたの。そしたら、その積んであった鉱石の影で寝てた人がいて…」


「…鉱石とその拾得者…かな。それごと魔法で吹っ飛ばした、と」


「そそ。最初に人がいないか確認しとくべきだったよー…」


 その前に、鉱石が積んであることを不思議に思わないのかこの子は…。

 悔しがるロッティを見て、アルフは内心ツッコミを入れる。尤も、収納魔法を使うでもなく、荷車や袋に入れるでもなく、魔物が出現する街の外で護衛も連れずに堂々と眠りこけるその人もその人だが。


「もうカンカンだったね。ちゃんと回復してあげたし、咄嗟に魔法で相殺したからそんな大した怪我にもならなかったんだけど。…まあ、鉱石は吹っ飛んじゃったけど」


「……まあ、それは災難だったね…。んで、他にもあると」


「うん。それから、家事代行の依頼で行った先の家主からすごーく苦情が来たり──」


「ちょっと待って。え、お前が家事をしに行ったの!?」


「うん! 頑張った!」


「…よくそんな依頼受けさせてもらえたな…」


「んー、なんか受付の人が見慣れない子だった。新人さんかな?」


(ああ、だからロッティのことをよく知らなかったのか…。その依頼者の家の人も災難だったな…)


 ロッティには、壊滅的なまでに家事スキルが一切無い。掃除をすれば、掃除前以上に散らかるかあるいは一切合切無くなるか。料理をすれば、良くて黒焦げの炭が出来上がる。つまり、彼女にそんな依頼を受けさせることは、騎士団としてはタブー中のタブーである。


 この2つだけなら、まだロッティだけを責めるのは一方的過ぎると言えよう。

 だが…。



「その他にも浴場の掃除をしてたら服がびしょびしょになっちゃったから、途中から掃除そっちのけでお風呂入ったり…とか、草むしりやってたんだけど面倒になって魔法使ったらぼや騒ぎ起こしちゃったり、とかとか」


「何で掃除とかばっかり引き受けてんだよ!」


 思わずそう言って目頭を押さえたアルフ。


「んで、挙げ句の果てがこの惨状か…」


「えへへ、ちょっと火薬の量を間違えちゃった」


「…そもそも何で火薬を使う発想に思い至るんだよ…」


 部屋に備え付けの設備は、魔力によって動作する。故に、料理を作るのに火薬を使う必要など皆無のはずなのだ。それも、部屋を吹っ飛ばす程の量を使用するなどもっての他だ。


「それでそれで! 団長さんに大目玉を食らって、ちょうどレーレさんにお仕置きされてたの。もう、大変だったよー。正座したまま輝石に魔力込めるの」


 輝石、というのは、この部屋や建物の中、それに街中の至るところに設置されている照明設備に使用される石だ。魔力を込めることで、その魔力を用いて光を放つ特性がある。

 この石に魔力を込める作業は、存外に難しい。高い魔力操作の能力がなければ、暴発して石が砕けてしまうのだ。


 それ故にこの作業には専門職が存在するほどで、それを2時間であれだけの量をこなすなど、規格外にも程がある。



 とは言え、なるほど、ラーノルドが疲弊しきった顔をする訳である。問題児の片割れだけでこれ程の量の問題を起こしているのだ。もう片方も同様かそれ以上の問題を起こしていたのなら、そりゃあ憔悴もするだろう。


「全く…叔父さんが凄い疲れきった顔してたよ。ちゃんと謝ったのか?」


「謝ったよー。けどもう最後の方は完全に無表情だったー」


「そりゃあな…。オレが叔父さんならもう逃げ出してるよ」


 それで、疲れ果てたラーノルドの代わりに、レーレがやって来ていたというわけか。本当にいい人だ。わざわざ憎まれ役を買って出るとは。

 アルフは頭を振りながら、いい加減こいつにも家事を叩き込んだ方がいいのだろうか、と考えていた。



「むぅー…。そんなことよりさ、アルフ! レーレさんの言ってた『アルフの拾ってきたあの子』って何?」


(……前言撤回だ。妙にあっさり退いたと思ったら、とんでもない爆弾を残していきやがった)


 わざわざ『連れてきた』ではなく『拾ってきた』という辺り、間違いなく確信犯だった。お楽しみを取られた意趣返し、といったところか。


 面倒くさい言い回しをしてくれたものだ、とアルフは思いながらも、しかし疚しいことはないわけだし、まあ普通に話せばいいだろう、とリィルと会ったときのことを話す。


「あ、いや、ほら、ここ10日ばかり街を出てただろ? その時魔物に襲われてたのを助けたんだよ。それで、記憶を失ってたみたいだったから連れてきたんだけど」


「レーレさんは拾ってきたって言ってたけど?」


「いや、あれは言葉のあやだよ」


 そう言えばオレも叔父さんに報告した時には「拾った」と言ったなぁ、などと思いながらも、訝しげに眉を潜めるロッティを宥めるようにそう言って、

(ふむ…リィルの返事次第だけど、色良い返事ならオレ達のパーティメンバーになるわけだし、連れてきた方が早いか?)

 と考え、首を後ろに向ける。その瞬間、ドン、バキバキバキ、と凄まじい音が響き、ドアを失い丸見えとなった廊下を何かが高速で横切ったのが目に入った。


唖然としてその光景を見ていると、ちょうどそこに、先程まで見ていた人影が現れた。


「……」


 ──何故出てきている。確かに頼んだ筈だ。ノックするまでは出てこないでくれと。実際レーレが来ていたから想像していたようなことはなかったわけだから、取り越し苦労だったのだが。


 それでも、出てくるなと言われてるのに外の様子が気になって出てくるようなタイプではないと思っていたのに。というか、先程の音は何だ。


 と、そこで気づく。リィルはこちらではなく、そのまま廊下の先を凝視している。悪いことをした子供のような、バツの悪そうな表情だ。

 しかも服装がやや乱れていて、おまけに両手で胸元を押さえている。

 それを見て、アルフは思った。まさか、と。


 思い当たるは、もう1人の問題児。欲望に正直なアルフの兄貴分の青年だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ