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Avalon Rain ~終焉の雨と彼女の願い~  作者: 音無 一九三
第一章【凶変の召喚魔法】
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05 レーヴェティアへようこそ!

 レーヴェティア──地上にある4つの大陸の内、最大面積を誇るギリア大陸の、その中でも1、2を争う程の力を持った街だ。

 レーヴェティアは騎士団によって統治、運営される街だ。騎士、と言ってもそう堅苦しいものではない。この街には貴族や身分の差は無い。というよりも、現在に至って未だ貴族制や王制を設けている国は殆ど無い。


 騎士というのも、その名残が残ってそう呼ばれているだけで、やっていることは殆ど何でも屋のようなもので、ハンターギルドとほぼ同義だ。

 ならば何故、ハンターギルドと騎士団が区別されるのかと言えば、たった1つの理由しかない。


 人類最大の敵であるイクリプシアとの戦い、その戦力に計上出来るか否か、である。要は、実力によって分かりやすく二分されているだけなのだ。


 騎士団に所属していれば騎士、ハンターギルドならばハンターと呼称され、その肩書きが個の実力を──牽いては、その者が身を置く街の力量を示す訳だ。



 円形に大きく広がったレーヴェティアは、その周囲を高い外壁に囲まれている。壁より上は、常時結界によって護られており、並大抵の魔物では突破することは叶わないだろう。

 この街の入り口は、東西南北4ヶ所にある大門だけだ。従って、街に入るには門をくぐる必要がある。


 夜になると門扉は閉まってしまい、出入りするのが若干面倒になるので、開いている時間帯に戻ってくることができて幸いだった。



「アルフ・トゥーレリア、帰投しました」


 南門に辿り着いたアルフは、門番に向かってそう話し掛ける。すると門番の隊員は、手を挙げながら返答する。


「おお、帰ったかアルフ。今回はまた随分長かったな」


 アルフがリィルに出会った時点で、既に街を出て1週間──この世界では、1週間は5日間、1ヶ月は6週間、1年は12ヶ月で計算される──が経過していた。


 そこからリィルが目を覚ますまでに1日、戻って来るので3日。計10日間の遠征だったことになる。

 もし、真っ直ぐにあの森に向かうのであれば、馬を利用していただろう。そうしたら、仮に同じだけサソリ蜘蛛を見つけるのに時間が掛かったとしても、5日もあれば十分だっただろう。


 そこを、他にも幾つかの討伐依頼を受けたために、徒歩で向かわざるを得なかった。


「ちょっと欲張り過ぎちゃったからね。けど、その分素材になりそうなのはたくさんあるよ」


「まあ、お前の収納のデカさならなぁ。さすがは『戦える荷馬車』だな!」


 たはは、と笑いながら、門番の隊員がアルフの背中をバシバシと叩く。それは、からかい混じりではあるが、アルフを労ってこそのものだ。

 アルフもそれを理解しているから、苦笑しながら言う。


「その呼び名はやめてくれよ!」


 しばらく2人で笑った後、アルフは切り出した。


「それより、叔父さ──ラーノルド団長から聞いてる?」


 門番はああ、と頷くと、視線をアルフからリィルに移した。肩の辺りで切り揃えられた艶やかな黒髪、蒼い瞳、白雪のような肌。そして、服の上からでもわかるプロポーション。

 旅人用のローブは、足の稼動を邪魔しないように、腿の辺りまでの丈をしており、そこから覗く生足は非常に美しかった。


 じろじろと見られて恥ずかしそうに目を伏せるリィルのその表情は、どこか嗜虐心を昂らせる。


「聞いているよ。エライべっぴんさんを連れてきたものだな。グレイのヤツが暴走しなければいいが……」


「……それはオレも心配ではある」


 欲望に忠実な、自分の兄貴分のことを思い出してため息をつくアルフ。多分──いや、間違いなく、絶対に飛び付くだろう。そんな光景が頭に浮かんで頭痛を感じ始めたアルフだったが、門番が話を続けたことでその考えから離れることができた。


「まあ、それは今は置いておくとして。団長が一度話をしたいそうだ。その子を連れて、団長室に行くといい」


「ん、了解」


 短く返事をして、未だ居たたまれなくなっているリィルを連れて、門を抜けるアルフ。門の中に広がる光景を見て、リィルは息を呑んだ。

 美しく整備が行き届いた石畳に、建ち並ぶ建物。魔力によって光を放つ鉱石を利用した街灯が定間隔で配置され、薄暗い黄昏時の街並みを、明るく照らしている。


「──綺麗…」


 魔物、そしてイクリプシアの脅威に晒されている人間の街とは思えない程に人の手が行き届いたその街並みを見たリィルは、呆然と立ち尽くし、そう言葉を漏らした。


「だろ。落ち着いたら、街の中を案内するよ。けど、ごめん、今は行かなきゃなところがあるから、ついてきてくれ」


 笑いかけながらそう言って、アルフは歩き出す。我に返って慌てて追いかけるリィルは、アルフの隣に追い付くと、口を開く。


「確か…この街の騎士団の団長さんのところ…よね?」


「ああ。オレの叔父さんなんだけどね。まあ、心配しなくて大丈夫だよ。取って食ったりはしないさ」


 ──心配な奴はいるけれど。

 口の中でそう呟いて、アルフは苦い顔をした。願うのは、どうかあの馬鹿野郎が仕事で街を離れているか、少なくともこれから向かう先にいないこと、だった。



 レーヴェティアの街は、まずもってそんじょそこらの街よりも遥かに広大だ。正直な話、街の端から反対側の端まで歩くとなれば、朝日が昇る前に出立しても、着くのは下手をしたら日付が変わる頃になってしまう。


 それだけ広い街を護ろうとすると、当然騎士の数もそれなりの数が必要になるし、そうなれば騎士団の隊舎もそれ相応に大きくなる。

 街に迫る脅威から素早く住民を護るため、レーヴェティアには5つの騎士団の建物が存在する。

 門と同様に東西南北にそれぞれ1ヶ所ずつ。そして、街の中心に1つ。


 これから向かうのは、街の中心にある騎士団隊舎──レーヴェティア騎士団本部である。



 とは言え、(さき)に述べた通り、この街は広大だ。南門の付近にいるアルフ達が、仮に徒歩でこれを目指すとなると、着く頃には夜も更け、下手をしたら朝になっているかもしれない。

 もちろん、騎士団は24時間常に誰かしら控えてはいるのだが、いい加減早く休みたいアルフは、そんな手段を講じようとは思っていない。


 そんなことをするよりも、便利な手段があるからだ。



 門を通ってから歩くこと数分。目的の移動手段を有する場所に到着した。幾何学的な紋様の浮かび上がった4つの柱。その中心に、直径6メートル程の円形の光が広がっていた。魔法陣だ。


「転移魔法陣…?」


「ああ。まあこいつは、この街の中にある他の魔法陣に飛ぶことが出来るだけだけど」


 リィルの言葉に、アルフは頷いて青白く輝く魔法陣の上に移動する。


 転移魔法陣──。書いて字のごとく、対象を転移させる魔法陣だ。本来それは、大陸から別の大陸へ移動するためのもので、各大陸に1つずつしか存在しない。


 理由は幾つか存在する。

 まず1つに、人類が決して一枚岩ではない、ということだ。イクリプシアという、強大な共通の敵がいるからこそ人類は結託しているが、それでも隠れて牙を磨いでいるのが現実だ。

 特に大陸同士は常に腹の探り合いのような状態だ。


 そんな状況下での転移魔法陣は、とてつもなく重要なシステムだ。これを利用すれば、秘密裏に戦力を集結させて敵対拠点を叩くことが出来るし、逆に強力な騎士やハンターを各地に瞬時に配置できる。


 イクリプシアという強力な敵がいる以上、そんなことをしている余裕は無いというのに、そのような馬鹿げた思惑を浮かべる者がいるのも事実だ。


 故に、それを未然に防ぐため、各大陸に1つ、大陸間を移動するための最低数のみが許諾されている。



 尤も、仮にそんな取り決めが無かったところで、転移魔法陣を増やすことは叶わない。何故なら、大陸間を移動する程の魔法陣を展開するのも維持するのも、相応に強大な力が必要となるからだ。

 転移魔法陣の展開方法は、それを開発した街──ヴァスタードに秘匿されている。そのため、途切れてしまえば再展開するにはヴァスタードに展開し直してもらうしかない。


 そして、魔法陣を維持するのに必要な特別なアイテムの製法もヴァスタードによって牛耳られているため、実質的に魔法陣を増やすことは不可能だった。



 そう、詰まるところ、各街、各大陸はヴァスタードに協力することで転移魔法陣を使用させて貰っている状況なのだった。


 ヴァスタードという街が強大な力を持ったのには、理由がある。というより、持たざるを得なかったのだ。何故なら、ヴァスタードは対イクリプシア戦線の最前線に位置する街なのだから。


 ギリア大陸の中で最も東にあるその街の僅か目と鼻の先では、今この時も激しい交戦が続いている。

 ヴァスタードは、世界中から有力な者を集め、イクリプシアの進行を食い止めるという、非常に重大な役割を持った街だ。そんな街だからこそ、それ程の力を有する以外に、存続する術が無かったのだ。



 最早言うまでもないが、ギリア大陸における唯一の転移魔法陣は、ヴァスタードにある。ならば何故レーヴェティアに転移魔法陣が存在するのかというと、レーヴェティアはレーヴェティアで独自に転移魔法陣の開発に成功したからだ。

 と言っても、大陸を移動出来るような代物でも、街から街へ移動出来るものでもない。飽くまでも、このレーヴェティアの中のみを移動出来るという、比較的小規模な者だ。


 これを開発、展開、維持することが可能なのは、レーヴェティアという街がヴァスタードと争う程に魔導科学が発展している故だ。



 レーヴェティア内の転移魔法陣は、魔導式情報端末(テレサ)を持つ者がいれば誰でも利用出来る。移動先の位置情報が登録されていて、かつその場所への立ち入り許可情報が必要となるが、レーヴェティア内の殆どの魔法陣は、許可を必要としないもののため、基本的に移動に困ることはない。


 アルフ達が向かうのは、もちろん叔父であるラーノルドがいる、騎士団本部だ。

 魔導式情報端末(テレサ)を起動し、騎士団本部の位置情報を呼び出すと、魔法陣は光を強めた。

 やがて視界を光が支配し、次いで奇妙な浮遊感が訪れる。


 それも一瞬のことで、瞬きの間に、眼前の景色は切り替わっていた。


 それまで石畳の上にいた筈なのに、いつの間にか、足元は柔らかな絨毯になっている。


「ようこそ、レーヴェティア騎士団本部へ」


 横から掛けられた声に反応したリィルが振り返ると、20代半ばくらいのブロンドの髪の女性が、にこやかに微笑んでお辞儀していた。


 そこは、案内の通り、そこはレーヴェティア騎士団の本部の建物内だ。建物の入り口から入ったとすると、向かって正面に数メートル歩いた所に窓口がある。依頼者用とそれを受ける騎士用に幾つかずつ窓口が設けてある。

 そして、正面から視線を右に移すと、そこは素材の引き取りを行う場所だ。大型の魔物の素材も扱えるよう、受付だけでもかなりの広さだろうに、それを軽く越える広さを占めている。


 反対方向、左側はというと、ようやっとそこにアルフ達のいる転移魔法陣があった。

 魔法陣の周辺には何もなく、連続して複数人が転移してきても大丈夫なように、スペースが確保されている。しかし、その魔法陣から少し離れると、飲食スペースや談話を行える程度のテーブル等が設置されている。

 天井は高く、恐らく5メートル程はあるだろう。


 この街の騎士団の5つの施設の1階は、どれも同じような造りをしており、そのどれでも依頼の要望、受諾、報告を行うことが出来る。その全ての情報は最終的にこの本部にて管理されることもあり、やはり本部が一番大きな建物ではあるが。



「ああ、アルフ、お帰りなさい。団長がお待ちですよ?」


「ただいま、レーレさん。団長室だよね?」


「ええ。なるべく早く向かって差し上げて下さいね。またグレイとロッティのことで頭を悩ませてますので…」


「……またか」


 ブロンドの髪の女性の名は、レーレ・キャンベリア。騎士団本部にて主に案内係をしている女性だ。柔和な表情に、それを表したような柔らかな態度で丁寧に接するため、すこぶる評判の良い人物だ。

 美しく、優しく、その上仕事の腕も相当に高い。


 そんな彼女の悩みは、いつまで経っても恋人が出来ないことだった。まあ、それもこの街に住んでいる者なら納得の理由があるのだが。



「さ、リィル。とりあえずはついてきてくれ」


 困ったような笑みを浮かべるレーレに挨拶をして、アルフはリィルに声を掛けて歩き出した。向かうは、この建物の最上階。団長室だ。


 リィルを連れて左手奥にある階段を上り、5階へと向かう。ちなみに階段は右奥にもある。

 騎士団に関わる者以外で一般に開放されているのは、1階だけだ。それより上は、完全に騎士団の関係者のみ立ち入ることの出来るエリアとなる。


 2階は騎士達の食堂や浴場等の施設があり、3階、4階は騎士──家庭を持つ者は居を改めるため、いるのは独身の者で、かつ希望者だけだが──が暮らす住居スペース。そして5階に団長室や会議室等がある。



 5階に上がって、しばらく廊下を歩いた先に、『団長室』と札付けされた扉があった。

 ノックをしてしばらく、

「入ってくれ」

 と声が聞こえてから、アルフはドアを開いた。


 両サイドが背の高い本棚で囲まれ、中央にテーブルとソファがワンセット。そして部屋の一番奥に、長机と座り心地の良さそうな椅子がある。


 その椅子に座って眉間に手を当て項垂れているのは、この街の騎士団を統べる長、ラーノルド・トゥーレリアだ。焦げ茶色の落ち着いた髪型。40代手前のその人物は、酷くやつれていた。


 普段の彼は、厳しさと優しさとが同在した頼れる人物なのだが、今はまるで憔悴仕切っているように見えた。

 いつもなら副団長や他の係の人とかがいるのだが、どうやらみんなラーノルドをそっとしておこうと気を遣ったらしい。部屋にはラーノルド以外の人影は無かった。


 両サイドにところ狭しと広がる本棚の圧迫感も相まって、団長室の空気はずしりと重い。



「お、叔父さん…ただいま」


 そのあまりの姿に、言葉に詰まりながらもそう口にしたアルフに、ラーノルドはやはり力無く笑った。


「よく帰ってくれた…。まずは、ご苦労だったな」


 ラーノルドの前に歩いていきながらも、普段ならまず叔父さんではなく団長と云々言われる筈なのに、と思い、余程のことをあの馬鹿どもがやらかしたのだろう、と悟った。


「…聞いたよ。またあいつ等が何かやったみたいだね」


「ああ…。全くもってトラブルに事欠かない奴等だ。……っと、それよりも今は、その子のことだ」


 卓上のカップに残るコーヒーを全て飲み干し、一時的に悩みを棚上げしたラーノルドが、視線をリィルに移す。


「彼女はリィル。リィル・フリックリア。途中で報告も入れたけど、記憶喪失みたいなんだ」


「あ、あの…初めまして! リィル・フリックリアです!」


「ふむ…。確か魔力銃で戦うことが出来るとのことだったな。アルフ、客観的に見て、彼女の実力は?」


「申し分無いよ。そんじょそこらの騎士よりよっぽど強い」


「……性格は?」


「見ての通り、真面目でしっかり者だと思うよ。ちょっと今は緊張してるみたいだけど」


「そうか……」


「あ…あの……」


 困惑するリィルを他所に視線を交わすアルフとラーノルド。2人の頭に浮かぶ結論は、同じだった。

 レーヴェティアに戻ってくる道すがら、アルフはもう一度、ラーノルドに報告を入れていた。タイミングとしては、キースとの戦闘があったその後の夜。交代で見張りをしつつ仮眠を取っていた時だ。


 リィルの戦闘力を見たアルフは、何とか叔父に、せめて記憶が戻るか行く宛が見つかるまで、自分のパーティに加えられないか、相談していたのだ。


 そして、それはラーノルドにしてみても好都合な話だった。

 魔物、イクリプシアとの戦いで殉職する騎士は多く、いくら魔導科学が発展していて安全な街だとはいえ、人手があるに越したことはない。


 それに、真面目な性格ならば尚更だ。

 アルフのパーティには、問題児が2人もいる。そのストッパーが増える意味でも、それは非常に魅力的な話だった。


 こうしてリィルがこの場に来る前に、実は本人の預かり知れない所で既に8割方話はついていたのだ。

 ラーノルドが呼び出したのは、最終的に会ってみて確認したいという、言うなれば内定後の面談のようなものだった。



「ああ、すまない。本人を差し置いて失礼なことをした」


 軽く頭を下げるラーノルド。その頭部には、あまりの心労故か、白髪が目立ち始めていた。

 その下げられていた顔が引き上げられた時には、そこにあったのは憔悴の色を浮かべた男ではなく、レーヴェティアという街の騎士団を導く強い男を思わせるものだった。


「リィル・フリックリアさん、だったな。どうだろう、しばらくうちの騎士団で働いてみる気はないか?」


「えっ?」


「真面目な話、記憶が無いのでは、どこか頼る宛があるというわけでもないだろう。ならば、記憶が戻るか、あるいは行く先が見つかるまでの間、この騎士団で働いて生計を立てる、というのは悪い話ではないと思う」


「えっと…その……」


 リィルからすれば、いきなりな話だった。招かれるがままに来たばかりの街の騎士団に、いきなり勧誘を受けているわけなのだから。

 騎士やハンターになるのは、別段難しいものではない。基本的には、割りとすんなりなることが出来るのだ。


 そこから、受けられる依頼は各人の実力を示したランクによって分けられるため、大概はまず最下級の依頼──採取依頼等──を行って実績を積み、ランクアップを目指すことになる。


 だから、騎士団に入ること自体には不思議はない。

 だが、見ず知らずの他人をいきなりスカウトするのは、戸惑いを覚える。

 リィルが返答に窮するのは当然のことで、もちろんそれはラーノルドも理解している。


 ならば、それを置いても何故勧誘するのか。

 (さき)に述べた通り、あの問題児2人のストッパーが欲しい、というのもそうだが、それ以外にも理由はある。


 1つは、記憶を失っている少女を見過ごせない、というものだ。これはラーノルドの副業故により強くそう感じている部分は否めない。

 仮にこれが無かったとしても、2つにリィルの戦力は是非とも欲しいところだった。


 そして3つめの理由──。それは、リィルの素性に関係する。記憶が無いから確かめようもないが、リィルの外傷は、明らかに件のサソリ蜘蛛から受けたもの以外の傷があった。

 それが魔物につけられたものならばまだいいが、それ以外である場合は厄介だ。


 例えば、イクリプシアとの戦闘で負ったものだとすれば、それはまず、イクリプシアから少なからず逃げ仰せるだけの実力があることを意味する。そして、そうならば何処かの騎士団に所属していたであろうことも窺える。

 つまり、騎士として活躍すれば、それだけ元いた騎士団の目にかかる可能性が高くなる。そうなれば、自ずと彼女が元いた場所も特定出来る。


 そして、別の例として、何らかの騎士団等に追われて受けた傷ならば、それは則ち彼女が追われる身であることを意味する。

 この場合も、やはり相手の目につきやすくなるため、そこから芋づる式にリィルの素性を知る手掛かりにもなるし、また、常に他の騎士と行動を共にさせることで、監視の面もマーク出来る。


 つまりこれは、ラーノルド個人としての、記憶喪失の少女を助けてやりたいという思いと、レーヴェティア騎士団の団長としての、不穏分子の調査という、2つに色を孕んだ提案だった。



「まあ、今すぐに返答をしろとは言わんさ。今は記憶喪失の事や、ここに来るまでの疲労もあるだろう。何日か時間を置くから、考えてみて欲しい」


「……わかり…ました」


 リィルの言葉を聞くと、ラーノルドはそれまでの真剣な表情を崩して、再び疲れきった表情に戻ったラーノルドは、

「何にしても、2人共、今日は休め。…というか私も休みたい…」

 そう溢してカップに再び手を掛けて、そう言えば飲み干してしまったのだったと頭を掻く。


「アルフ、確かお前の隣の部屋が空いていただろう? しばらくそこへリィルさんには泊まってもらうことにする」


「了解。それじゃあ叔父さんも、早く休みなよ? 他の騎士には見せられないような顔してるよ」


 そう言い残して、アルフは団長室を後にした。

 残されたラーノルドは、ようやくアルフが『団長』ではなく『叔父さん』と呼んでいたことに気づいた。いつもなら軽口のように言っているのに、会話が終わるまで気づかないとは…。


「……よっぽどみたいだな。今日はもう寝よう…」


 街を統べる騎士団の団長と言えども人の子だ。休息は必要である。眉間の辺りを揉みながら、ラーノルドは椅子から立ち上がった。

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