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Avalon Rain ~終焉の雨と彼女の願い~  作者: 音無 一九三
第一章【凶変の召喚魔法】
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04 リィルの実力

 太陽が西日になり、草原の緑がオレンジ色に焼き付いた頃だった。その草原を切るように続く道をひたすらに北に向かって歩いていると、甲高い声が背後より聞こえてきた。自然と警戒体制に入るアルフは、ちらりと横を行くリィルの方を盗み見る。すると、彼女もやや腰を落とし、腰のホルスターにある魔力銃に手を掛けていた。

 やはり、記憶を失う前はどこかの街のハンターか騎士だったのだろうか。気配に対する反応が極自然だった。


 後ろを振り返るが、未だ姿は確認出来ない。

 アルフは念のため、魔力感知の網を最大限に拡張した。この世界に存在する生物は、今や例外なく魔力を僅かでも有している。そのため、魔力感知のスキルを持つ者ならば、接近する反応を捉えることが出来る。

 とは言え、アルフのそれは通常なら半径20メートル、それのみに完全に集中して50メートル程のため、視認出来ないほど遠いのならば、感知することは出来ないだろうそれでも、隠れた相手からの不意討ちを封殺するには十分すぎる。


 これでもアルフの感知能力は優れている方である。多くの者は魔力の感知すら出来ないし、有していても精々が10メートルに届かないくらいだ。

 大容量の収納魔法が使えて、家事スキルも高く、なおかつ敵の接近も感知出来る。『戦える大容量荷馬車』は伊達ではなかった。


 そんなアルフだが、実際の戦闘力はと言うと、そう突出したものではない。もし叔父であるラーノルドと比較するのならば、その実力差はかなり大きな開きがある。その辺りの魔物と戦う分には申し分無いが、ことイクリプシアと戦うとなると、まだまだ役不足である。


 仮に今の実力でイクリプシアとの戦場に赴くとなれば、彼に与えられる役割は、救援物資等の運搬や敵の察知、といった支援が精一杯だろう。


 未だ敵を発見できないアルフを他所に、リィルは既に敵を見つけたようだった。


「アルフ、10時方向、上空から来るわ!」


 つられて視線を上げたアルフだったが、やはりまだ敵の姿は視認出来ないし、その魔力も感知出来ない。しかしリィルは、既に敵の位置を完全に把握している様子で、上空の一点を見据えている。

 ともすれば、その感知の範囲は相当に広いということが窺える。

 感心しつつも、今はそれよりも──。



「……ぬう…」


 空から来ているということは、もちろんのこと、飛行能力を有した魔物ということになる。しかしアルフの得物は刀。当たり前だが、遠距離攻撃の機能を有した武器ではない。もちろん魔法で攻撃する手もあるのだが、そもそもアルフは遠距離攻撃が苦手である。出来なくはないが、まあ精々中距離程度がいいところだった。


 飛行能力のある魔物とは、あまり相性がいいとは言えない。



 そんなアルフの心の内を見抜いた──というよりもあまりに露骨に顔に出ていたアルフの内心を読み取ったリィルは、苦笑を浮かべた。


「私に任せて。刀じゃ戦い辛いだろうし」


 腰のホルスターから魔力銃を引き抜き、リィルはそう言った。

 銀と黒を基調とした、シンプルだが流麗な銃だ。

 

魔法の発達によって、この世界の銃火器は大きく遅れを取っている。

 そのせいで、ハンドガンにしろライフルにしろ、無いことはないのだが、それでも大した距離は飛ばず、威力もそう出ない。


 そんなことをするくらいなら、わざわざ火薬でもって鉛弾を飛ばすよりも、魔力でもってその辺の石を投げた方が、遥かに手っ取り早い。


 リィルのそれは、ハンドガンよりやや大きめだが、しかしよく似た形をしている。アルフも魔力銃──というか、銃を使った戦闘など初めて見る。

 これは、彼女の力量を測るにはもってこいの機会だ。



「そう? なら、任せちゃおうかな」


 一応いつでも援護できるように柄に手を掛けつつも、アルフはそう言って一歩下がった。その頃には、魔物の影もようやっと肉眼で確認出来るに至った。

 近づくに連れて、その巨体さがわかってくる。鳥型の魔物には違いないが、あのサイズは──。


「キースね」


 リィルの言葉に、アルフはああ、と短く返答する。

 鋭い鉤爪、捻れを帯びた細長い嘴を持つ2つの首、3メートルを越えそうな全長のシルエット。

 それは、キースと呼ばれる、大鷲のような魔物だ。地上の獲物を滞空しながらその鉤爪と嘴で襲い、じっくりたっぷり時間を掛けてじわじわ弱らせてから獲物を捕食するというのが特徴だ。


 ただし、そこまで強いかと言えばそうでもなく、飛行速度はそれなりに速いが、十分に戦闘経験を積んだ者ならば、およそ対処出来るだろう。

 厄介な点と言えば、言うまでもなく基本的に空を飛んでいる、ということに尽きる。


 十分な遠距離攻撃の手段を持たなければ、必然的に攻撃はカウンターがメインになってしまうからだ。逆に言えば、十分な遠距離攻撃(・・・・・・・・)の手段(・・・)を所持しているのなら、対処に困らない敵なのだった。



 刀による攻撃を主とするアルフに対し、リィルの得物は魔力そのものを発射して攻撃する魔力銃。中、遠距離を得意とする武器だ。まさしくキースは、魔力銃が真価を発揮する敵だった。


 そしてこれは、リィルの戦闘力を垣間見るチャンスでもある。任せてと言われてまででしゃばる意味はない。



 果たして、アルフ達の上空に迫ったキースは、こちらの隙を窺うように旋回を開始する。その鋭い眼光は、一歩前に出て銃を向けてくるリィルを捉えて放さない。

 リィルがただの少女であるならば、あるいはそこまでの技量を持たない者ならば、睨まれた時点で竦んでいただろう。

 だが、リィルは余裕すら感じさせる雰囲気でキースをしっかりと目で追っている。


 この分なら、特に心配ないだろうとアルフは判断して、構えを解いた。キースからすれば、それは明白な隙だったのだろう。鋭く嘶くと、キースはその進行方向をアルフに向け、勢い良く翼をはためかせる。

 その刹那──リィルの魔力銃が火を吹いた。


 射ち出された青白い軌跡は、キースに向けて直進する。逆に虚を突かれる形となったキースが、寸でのところでそれを回避するが、1発目は単なる囮であった。


 1射目の影を追うように、僅かに軌道を反らして、既に2射目は放たれていたのだ。ほぼ同時に射ち出して、その上で2射目は僅かにスピードを落として。

 要は、1射目を避けられるところまで見越して放たれた攻撃だった。


 発射音すらまるで重なって聞こえる程の見事な射撃を前に、キースは為す術もなく撃ち抜かれ、その巨大な胴体に風穴を穿たれる。

 確実にキースに致命的なダメージを与えられるだろう箇所に、寸分の狂いもなく穿たれた一撃。


 それだけでも、見事と言わざるを得ない華麗な攻撃だった。そう、だった(・・・)のだ。


 巨体が力を失い、揺らいだその刹那、飛行していたキースよりも上空から、青白い閃光がキースの頭部を通過した。

 その正体は、ヒットせずに通過した、囮の一撃と思われた1発目だ。キースを通り過ぎた1発目の魔力は、幾度が屈折しながら進行方向を切り替え、そしてキースの頭部を貫いた。



 開いた口が塞がらないとは、まさしくこの事だろう。


 収納魔法等の特殊な魔法を除くと、魔法は大きく分けて2種類に分かれる。法術(ほうじゅつ)法撃(ほうげき)だ。



 法術は、掌等から直接放つ魔法のことを指し、自由度が高い反面、軌道予測演算と呼ばれる特殊な技能を必要とする。その名の通りではあるが、放つ魔法の軌道を決めるためのものだ。


 魔法はその線を辿るように放たれるのだが、この予測線は飛距離が上がれば上がる程に、そして扱う魔法が高度である程に、その難易度も跳ね上がる。

 しかも、飽くまでも予測(・・)線であるため、空気抵抗などの様々な要因によって、放つ魔法は予測線を逸れることになりがちである。


 従って法術の実力とは、如何に遠くまで飛ばすことが出来るか、どこまで予測線通りに放てるか、ないし逸れることを想定して放てるか、という側面が強い。



 対して、法撃は、この軌道予測演算を必要としないためその分の余力を威力等に回せる他、媒介に付与された特性を上乗せ出来るため扱いやすい。


だが、反面ワンクッション間に入ることによって制御が甘くなり、飛距離が伸びるほど魔力が拡散しやすく、またあまり細やかな軌道を制御出来ない。

 精々方向性を付けて飛ばすことや、緩やかなカーブを描く程度である。


 つまるところ、扱いやすさと威力の法撃か、細やかな制御が可能でより遠くまで飛ばすことが出来る法術か。これが大きな違いであるわけだった。



 だからこそ、リィルの攻撃は驚嘆に値する。

 魔力銃によって射出する以上、それは法撃に当たるのだが、拡散しやすいという特性など感じさせないほど安定した魔力、そして細やかな制御が出来ないはずの法撃でありながら、複雑な方向転換を起こしたそれは、則ちリィルの実力がどれ程高いのかを裏付けるに足るものだった。


 ……と言うか、アルフの知る限り、法撃をここまで柔軟に扱える者などいなかった。

 どう控え目に見積もっても、彼女の実力は喉から手が出るほどのものだ。



 故に、不可解でもある。これ程の実力を持ちながらあそこまで傷ついていたのは、余程とんでもない敵を相手取ったとしか考えられない。

 それこそ、イクリプシアと交戦したのではないかと思わせる程だ。


 それに、これ程の使い手の名が知れ渡っていないということも腑に落ちない。まず間違いなく、リィルの実力はイクリプシア戦線の最前線にいても、通用するのではないか。

 そうであれば、それなりに他の街にもその名声を轟かせていて然るべきだ。だが、アルフにはリィル・フリックリアという名に、やはり聞き覚えがない。


 ──彼女は本当に、何者なのだろうか。


 そう思ったところで、記憶を無くした当人にそれを問うても無意味ではあるのだが。



 何にしても、アルフが言葉を失って呆けていたのには変わらない。地面に落ち絶命したキースを流し見しつつ、ホルスターに銃を戻したリィルは、そんなアルフの様子に小首を傾げながら照れ気味に微笑んだ。


 記憶が無いせいなのか天然なのか、リィルは自分の力量が一般的な騎士やハンターを軽く凌駕していることを認識していないようだった。あるいは、記憶を無くす以前は余程の実力者に囲まれていたのだろうか。


 疑問は後を絶たないが、それはひとまず棚上げするとして──。

 行く宛が無ければ是非ともレーヴェティアの騎士団に所属して欲しい。いや、行く宛があっても是非とも考えて欲しい。というか──。


(オレのパーティに入ってくれないかな…)


 ようやく現実に回帰しつつ、アルフはそう思っていた。



 その後も幾度か魔物の襲撃はありつつも、近距離をアルフが、遠距離をリィルが担当することで、まるで苦戦することもなく順調に帰路を進み行くアルフ達。勿論、アルフの持つ大容量の収納のお陰で、倒した魔物は根こそぎ余すことなく取得でき、しかも素早く効率よく倒せるために収穫は大量だった。

 実にほくほくである。


 そんなこんなで快調に歩を進めたアルフ達は、想定通り森を出て3日後の夕方には、レーヴェティアへと到着したのだった。

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