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Avalon Rain ~終焉の雨と彼女の願い~  作者: 音無 一九三
第一章【凶変の召喚魔法】
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03 遥か彼方の浮遊大陸

「…うん……あれ、そっか。眠っちゃってたのか」


 意識を覚ましたアルフは、日の光に目を細める。やはり焚き火をしていたこの場所は、木々の陰りが幾分かマシなため、陽光が差すようだ。小鳥の囀りが耳に響き、アルフは上体を起こして伸びをする。

 そして、一度頭を振って意識を覚醒させると、眠る直前の事を思い出して青ざめた。

 そうだった、回復しかけの女の子を他所に、眠ってしまったのだった。


「やっば! あの子は!?」


 慌てて立ち上がり辺りを見回すが、それらしき人影はない。立ち上がった拍子に落ちた毛布は、昨日アルフが少女に掛けたものだ。

 傷ついて、あまつさえ記憶喪失になった女の子を放置して寝てしまい、しかもその上女の子を見失ったなど、何と報告すればいいのだろう。

 ぼんやりと考えていた休日計画が瓦解する幻聴まで聞こえる始末だった。


「あ、起きたのね。おはよう」


 いよいよもって言い訳を考え始めたアルフに、声が掛かる。勢い良く振り返ったアルフは、そこにいた人物を見て本当に安心した。

 肩に掛かる程度で切り揃えられた綺麗な黒髪。雪のように白い肌に、深い蒼色の瞳。年の頃はアルフと同じくらいだろう。それは、昨日アルフが助けた少女──リィルだった。

 彼女の顔を見て、脱力感を感じたアルフは、小さくため息をつく。


 もうすっかり怪我はいいらしい。恐らく、自分でも回復魔法を掛けて回復したのだろう。昨日と比べ明るい表情の彼女は、とても可愛らしい少女だった。


「ごめん、寝ちゃったみたいだね」


「ううん、助けてくれただけでも十分なくらいだもの。私の方は傷ももう大丈夫だし、いっぱい寝たから元気よ?」


「そっか、良かった」


 そう言って笑ったリィルに内心元気付けられつつ、アルフは彼女が見当たらなかった理由を尋ねることにした。……お手洗いとか、答えられないものじゃないといいな、と思いながら。


「それはそうと、どこ行ってたの?」


 アルフの言葉に、リィルは苦笑を浮かべる。


「何か食べられるものがないかと思ってちょっと回って見たんだけれど、良いものは見つからなかったわ」


 彼女の手には、食べることの出来そうな野草や木の実が僅かだが握られていた。しかし、確かにこの森では食料を調達するのは難しいだろう。

 栄養土や肥料になる材料は豊富だが、食用の植物には恵まれていない。そのため、野生の草食動物は限りなく少ない。

 魔物の肉も物によっては絶品だが、それでもこの辺りに出現するオークの肉なんかは、実に美味しくない。……取れない以上、選り好みは出来ないのも確かだが。


「なるほど。けど、食べ物の心配なら大丈夫だよ。オレが持ってる」


 アルフは答えると、中空に掌を突き出した。すると、その手の前に青白い光が集まり、次いで空間に揺らぎが発生する。

 果たして現れたのは、漆黒の空間の穴だった。そこに手を突っ込んだアルフは、あれやこれやとしばらくまさぐった後、幾つかの食材を取り出した。


「あ、収納魔法が使えるんだ」


「まあね。昨日の魔物も、素材にばらすの面倒だったから、そのまま入れちゃってるんだよね。…っと、うーん…これかなぁ…」


「……凄い…容量…ね……」


 言葉も出ないリィルだった。

 収納魔法とは、読んで字の如く、物を収納する魔法だ。


 魔法と呼ばれる力は、一般的には2系統6属性に分類される。

 系統は魔法の運用方法を指すもので、掌や身体から直接放つ方法を法術(ほうじゅつ)、剣や杖などの媒介を用いて発動する法撃(ほうげき)と呼称する。

 そして属性はそのままの意味で、無、炎、風、水、氷、雷の6属性がある。


 この2系統6属性が基本型ではあるが、その他に、そのあまりの異質さにこの系統、属性の例外とされる魔法もある。


 その1つに該当するのが、この収納魔法だ。経年劣化が発生しない異次元の空間に対して物の出し入れや保管を行うことの出来るそれは、実際扱えるだけでも比較的珍しい魔法だ。

 それに、人によって空間の保有容量が異なるため、同じ収納魔法を扱える人間でも、そこにしまっておける容量には差が生じてくる。とは言え、大抵はちょっとした穴蔵程度か、相当に大きくても6畳間程度かである。


 故に、リィルの驚愕は尤もだった。

 全うに考えれば、収納には予備の武器や、野宿に必要な道具、それから食料などを予め容れておくだろう。つまり、普通だったら、それだけでも割かしいっぱいになる筈だ。


 そこに2メートルを雄に越えるサイズの魔物をまるごとひょいっと気軽に突っ込んでおけるとくれば、そんなサイズの収納力など、相当に重宝される代物なのは間違いない。


 とりわけアルフは、この収納魔法に異様に恵まれており、自身でもその許容量を把握できていない程だった。そのため、周囲からは羨望の眼差しを受けると共に、『戦える大容量荷馬車』などとこっそり呼称されている。



 アルフがいるだけで、普段なら諦めて帰るだろう筈の素材も回収出来るのだから、採集効率は飛躍的に高まるし、物品の運搬であれば大容量を一度に、かつ安全に運搬可能だ。

 何せ彼は、馬鹿みたいな容量の収納魔法が使えるだけでなく、戦うことも出来る。


 例えば、依頼主が商人で、別の街まで物資の売買をしに行こうとなれば、通常であれば、荷馬車に積むことが出来るものは限られるし、かつ、その荷馬車の数に比例して、護衛の者が必要になる。


 だが、もしアルフならば、彼1人でお釣りがくるのだ。収納魔法でしまってしまえば、荷馬車も必要ない。せいぜい、足になる馬がいればいいくらいだ。護衛だって、アルフで十分。その分、経費も圧倒的に浮くのだから、万々歳である。

 まあ、その反面、2人の仲間のせいで、同時に厄介事まで運んでくる、などと言われてはいるが。



 この他にも幾つかの例外とされる魔法は存在し、中には時を操るものまであると、言われている。



 閑話休題──。



 すっかり消えてしまった薪はそのままに、収納から取り出されたのは、幅広の長く平たい石の板だった。石板に魔力を込めると、石板が熱を放ち始める。そして、その石板の上に調理器具を置くアルフ。


 器具が十分に温まったところで、そこへ、肉やら何やらを入れててきぱきと調理していく。ものの十数分で、森の真っ只中とは思えない食事が用意された。リィルは、ただただ驚いていた。いや、若干引いていたくらいだ。



 アルフ少年、収納魔法による運搬能力だけでなく、家事スキルも抜群な模様だった。まさしく一家に一台──もとい、一家に一人欲しい人材だった。



 食事を摂りながら、アルフは彼の住まう街──レーヴェティアに向かうことを話すが、リィルはの表情は芳しくなかった。しかし、熱心な説得の末──ほとんど無理矢理頷かせたようなものだが──リィルは折れて着いていくこととなった。


 そうして、森の中を出るために歩くこと約4時間。闇雲に魔物を探していた時とは違い、明確に森から抜けるための道を歩いていたためにさすがに半日かかる、などということはなかったが、それでも4時間だ。大きな森であることが改めて認識される。


 森から抜けたときには既に日は高く昇っており、真上からやや西に傾き始めていた。その太陽の真円から少し外れるように、黒い影がポツリと青い空を黒く染めている。

 それは、遥か上空に浮かぶ巨大な大陸の影だ。あまりにも高度が高い故に小さく見えるが、その大きさはこの世界に存在する大陸の中では最大級のものである。

 その浮遊大陸は、エリアルグランデと呼ばれている。人類の敵、イクリプシアが住まう大陸だ。


 浮遊大陸(エリアルグランデ)を含め、この世界には5つの大陸な存在している。その中でアルフ達のいるのは、ギリア大陸と呼ばれている。浮遊大陸(エリアルグランデ)を除けば最大級の面積を誇る大陸だ。世界地図で見れば、地上全土の半分程を締めるだろう広さを誇る。


 アルフ達の目指すレーヴェティアの街は、この大陸の中央からやや東側に位置する街で、大陸でも1、2を争う程の力を持った街でもある。魔導科学の発展も目覚ましく、住みやすさで言えば世界一かもしれない。


 だが、このギリア大陸は、実際のところイクリプシアとの抗争が最も苛烈な大陸でもあるのだった。何故かと言えば、件の浮遊大陸(エリアルグランデ)との唯一の接点となる門が、その上空の大陸へと到る機関が、この大陸の最東端に存在しているからだ。


 だからこそ、レーヴェティアは発展したとも言える。このイクリプシアからの脅威に対抗すべく、それこそ死に物狂いの勢いで。広大な大陸であることや、その他幾つかの理由から、このレーヴェティア近辺にイクリプシアが現れるということは滅多にないのだが、それでも全くないという訳でもない。

 絶対安全かと問われれば微妙なところではあるが、少なからずこの大陸内では一番安全ではあるだろう。



 上空の大陸を眺めながらも森から北の方角に歩を進めていたアルフとリィルだったが、ふとアルフが足を止めた。


「どうかしたの?」


 アルフが立ち止まったことでやや一歩前に出る形となったリィルがやや後方を振り返りながらそうアルフに問う。


「あ、いや、ちょっと連絡が入った」


 そう言ってアルフがポケットから取り出したのは、魔力によって連絡を取り合うことの出来る端末──魔導式情報端末(テレサ)だった。今回は通話ではなく、メッセージのようだ。

 画面を確認したアルフだったが、その内容を読んで凍りついた。表情の固まったアルフを心配そうに覗き込むリィルに、アルフは声を固くしながら言葉を口にした。


「……レーヴェティア付近に、イクリプシアが現れたらしい」


 リィルの表情が、一気に強張った。それは、この近くにイクリプシアが出現する可能性があると言っているのと同義だ。

 この世界に住まう以上、イクリプシアがどれ程強大な存在なのかは、嫌でも認識している。見たことがないとしても、その力の雄大さは親から子に語られる。


 曰く──一般的な騎士が複数人いても、イクリプシアたった1体に勝つことも難しい、と。


 曰く──彼等の操る力は、天災そのものである、と。


 アルフはイクリプシアを見たことはないが、もちろんその謂れは知っている。そして、リィルの反応はアルフ以上に顕著だった。

 失われた記憶の中で、もしかしたらイクリプシアに襲われたことがあるのかもしれない。そしてそれが、記憶を無くしてさえも潜在的な恐怖として染み付いているのかもしれない。


 アルフはそう判断して、思わず引き吊りそうになりながらも笑みを浮かべると、

「まあ、大丈夫だよ。現れたのは街の北東方向らしいし、オレ達の順路とはむしろ真逆に近い方角だよ。街に近いって言っても、それでも徒歩で5日は掛かる場所あたりらしいから。用心するに越したことはないけど、きっと出くわすことはないよ。それに、レーヴェティアにはとんでもなく強い騎士がいっぱいいるしね」

 と、そう言ってポケットに端末を戻す。


 楽観的ではあるが、それでもレーヴェティアを目指すことに変わりはない。なら、必要以上に不安がって体力や精神力を浪費するよりは、気を付けつつもいつも通りに進んだ方が心の持ち用としても健全だ。

 努めて明るく言おうとしたアルフだったが、それでも表情の固さが残っていたのか、リィルの表情もまたぎこちないものだった。


「そう…ね」


 それでも、困ったような笑みを浮かべてくれるだけの効果は得られたようだ。街までは、休憩や仮眠を取りながら進めば、あと3日は掛かるだろう。2人は再び、歩を進め始めた。



(……やっぱり歩いて帰るとなると、結構掛かるよね…。一概にあいつ等のことを、無下にも出来ないね…)


 本来ならば共に行動する2人の仲間達。彼等と行動する時の移動手段は、並みの人間なら青ざめる代物だ。アルフ自身も、そのことに呆れつつもあったのだが、いや、しかし楽なのも確かだなぁ…などと思う。


 尤も、その移動手段はアルフ1人では到底出来ないし、仮に出来たとしても、いきなりリィルをそれに巻き込むのは忍びない。


 そんなわけで、広大な大地に続く道を、ひたすらに北を目指して歩くのだった。

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