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Avalon Rain ~終焉の雨と彼女の願い~  作者: 音無 一九三
第一章【凶変の召喚魔法】
17/53

16 解き放たれる災厄 1

 

 太陽が大きく西に傾き、空には赤と紫のグラデーションが鮮やかに広がっている。そう時を待たずして、太陽は地平線に姿を隠し、夜の帳が下りるだろう。

 レーヴェティアの街から歩いて半日──。だだっ広い平原に、幻想的な夕暮れの風景にあまりに似つかわしくない、明らかに自然物でも人工物でもない大きな三角錘の影があった。

 青白くうっすらと輝くそれは、しかし中の様子を窺うことが出来ない。


 外からは中の様子を窺い知ることはできないが、逆に中からは外の様子が透けて見える。その三角錘の中に、およそ40人ほどの人影がある。そのほとんどは中央に固まっている。



「──目が覚めたようだな」


 中央に固まった影は36。縄で手足を縛られた状態で座らされている者が34人。あとの2人はラーノルドとレーレだ。

 ラーノルドは言葉を発しながら、拘束されている者達に歩み寄る。その眼は、恰幅の良い、身なりの良さそうな服に身を包んだ男に向けられている。

 男──コーザルは、未だ霞の掛かる思考に戸惑いながらも、顔を上げた。


「ここは……」


 徐々に鮮明になっていく意識が、この場に至るまでの出来事を回想していく。そして、完全に覚醒した頃、同じく完全に思い出すに至った。

 捕らえられた後、眠り薬を使われ、意識を失ったのだった。


 顔を上げたコーザルの視界にまず真っ先に目に入った、こちらを見る男女。ちらりと目を走らせれば、自分の周囲には、自分と同じように拘束された者達がいた。彼が率いていた騎士達だ。


 コーザルはしばらく黙りこくった後、前方に立つ者を見て、

「……まさか、騎士団長自ら御出座しとは。それに、隣のご令嬢はレーレ・キャンベリア氏ではないか」

 と、そう口にした。


「自己紹介の必要はなさそうだな」


「あらあら、団長はともかく、私のことまで存じ上げているのですか。私も有名になったものですね」


「世迷い言を…。『鬼姫』とまで呼ばれている人物を、よもや知らぬ筈がないだろう」


「嫌ですね。その名はあまり好きではありませんのに…」


 苦笑を浮かべながら、レーレは頭を振る。それに対し、ラーノルドはため息をつきながら、

「自業自得だ。私としては、今のお前が信じられないくらいの話だ」

 と、半眼でレーレを見遣る。


「もう、昔のことは水に流してくださってもいいでしょうに。私だって、多少後悔はしていますの。それよりも、今はこちらでしょう?」


「そうだな」


 ため息混じりに言葉を吐きながら、再度視線を移してきたラーノルドに、コーザルが問う。


「……しかしここはレーヴェティアではないようだね?」


 辺りを見回してみれば、何やら青白い光がこの一帯を覆っている。光の壁は透けていて、その向こうの青白い光を通してではあるが、夕焼けに染まった景色を窺うことができた。

 と言っても、あるのはただの平原だけ。見渡す限り、青白い光の壁越しの、黄昏に染まる大平原。近くにはほとんど木も無く、草と土があるだけだ。


 ここがレーヴェティアであるならば、少なからず何らかの建物が遠くにでも見えて然るべきなのに、特にそういった建造物も見当たらない。これでここがレーヴェティアだと言われても信じることは出来ないだろう。



「しかもこれは……結界魔法か」


 よく見れば、中央の自分達からかなり離れた所にも3箇所、人影があった。等間隔に離れたそれらは、1箇所につき2人。

 3組の人影は、正三角形を描くように離れている。彼等が結界を張っているのだろうことは、疑うべくもない。たった6人。いや──。

 2人のうち片方は、もう1人を護るように立っているだけだ。どうやら、2人でローテーションを組み、片方が結界魔法を発動している間、もう片方はいざという時のバックアップ、及び非常時に結界魔法発動者を護る役目としているようだ。


 結界魔法の発動者同士の距離は、目算で見積もっても50メートルは離れている。つまり、これだけ長大な範囲を、たったの3人で賄っているということだ。

 6人でも馬鹿げた話であるのに、その半分。コーザル以外に目を覚ました者達は、その事に気がつくなり言葉を失った。


 ただ1人呆けることのなかったコーザルは、しかしふと気づく。結界発動者の前には、腰の高さほどの円柱状の台座があった。その上に、何やら球体のうっすらと光を放つ水晶玉が置かれている。その水晶玉に手をかざす形の騎士達を見て、コーザルはそれを口にする。


「あれがこの結界を維持するためのカラクリのようだな。あの水晶玉に予め大量の魔力を蓄えている…といったところか」


「ご名答。あれは『アウラノグラス』。お前達も知っているだろう、騎士やハンターの命綱、魔力回復に用いる『アウラノ結晶』を基に作成したものだ」


 目だけを自身の後方の水晶に向けながら、ラーノルドはそう回答する。『アウラノ結晶』──。それは、鉱石中に含まれる、僅かながら魔力を蓄えることが出来る結晶体だ。

 光を放つ『輝石』や熱を放つ『焔石』といった魔石の類いが、溜め込んだ魔力の分だけそれらの反応が起こすのは、この『アウラノ結晶』に魔力の貯蔵の産物だ。

 大抵の場合、この『アウラノ結晶』は鉱石中から取り出して、特殊な方法を用いて小石程度の大きさに加工される。


 なるほど、確かに莫大な魔力を必要とする結界魔法に使用されるのは、的を射た用法だと言える。発動者本人で賄いきれないのであれば、他からそれを取得するというのは、誰しもが考え得る方法だ。

 しかし──。


「──しかしあれの魔力貯蔵量など、微々たるものの筈だ」


 『アウラノ結晶』は、魔力を貯蔵出来る。だがそうは言っても、雀の涙程とは言わないが、その貯蔵容量は大したことはない。『輝石』や『焔石』が長時間効果を発動するのは、単にその作用に使用する魔力の量が少量であるためだ。

 確かに、『アウラノ結晶』は騎士やハンターにとっては必需品であることはまず間違いない。戦いの最中の魔力切れは、それ自体が死を意味するようなものなのだ。僅かでも回復するのであれば、脅威から逃げることがで出来るかもしれない。


 だが、それでも僅かなのだ。この規模の結界魔法を展開しようとすれば、まず魔力満タンの状態の要員が10人は必要となる。それだけの人員を掛けてさえ、5秒持てば御の字なのだ。

 せいぜい結界魔法は、通常なら緊急時に仲間を護るために、ごく短い時間で使用するような切り札なのだ。仮にあの水晶玉が相当にレベルの高いものであっても、持って数分、十数分維持できれば脱帽ものだ。


 つまり、もしラーノルド言うとおり、『アウラノ結晶』を用いたものを使ってこの結界魔法を維持しているのであれば、この場には山のような『アウラノ結晶』の加工品がなくては到底説明がつかない筈なのだ。



 だが、今度こそコーザルは目を剥くこととなった。


「ああ、結界の展開時間を気にしているのならば、心配には及ばん。あと半日は問題無いだろうよ」


「なっ……!!」



 レーヴェティアが特に優れているとされるのは、『アウラノ結晶』や『魔導式情報端末(テレサ)』といった幾多もの魔道具を開発した魔導科学もさることながら、その最たる部分は、『結界魔法の常時展開』というおよそ現実味の無い不可能を実現したことだ。


 俗に『特殊魔法』と呼ばれる代物は、2系統6属性の分類から外された、ある種の特殊性を秘めた魔法だ。例外とされる理由はそれぞれ異なるのだが、比較的に全体を通して言えるのは、まず『汎用的ではない』ということだ。要は、誰しもが使えるものではないということである。


 結界魔法は、この『特殊魔法』に分類される。収納魔法よりもさらに使用者の限られた魔法であるこの魔法は、一定の空間を隔てる魔力の壁を作り出し、その内外に対して一定のものを遮断する特性を持つ。そして、その展開、維持にも莫大な量の魔力を求められる。

 確かに結界魔法は強力だ。いつ何時魔物やイクリプシアに襲われるとも限らない人類にとって、自身を護ってくれる結界魔法は、まさしく磐石の楯、神の加護をすら思わせる程に、渇望して止まない代物だ。



 レーヴェティアは、その結界魔法を常時展開する術を──その礎となる『アウラノ結晶』開発し、そして結界魔法を常時展開することに成功した、最初の街だ。

 レーヴェティアはこの『アウラノ結晶』とそしてその生成方法の提供を惜し気もなく他の街にも展開した。人類が生き残る道は、一丸となって魔物、イクリプシアと立ち向かうしかないと考えたからだ。


 ある街は、膨大な『アウラノ結晶』を用意することで、結界魔法の常時展開を可能とした。

 ある街は、街を囲む防壁自体に『アウラノ結晶』を埋め込み、またそれに対して魔力を供給・抽出する機構を作ることで、それを可能とした。

 人類が未だ滅亡していないのも、この『アウラノ結晶』の普及が一役買っているのは言うに及ばない。



 コーザルは、戦闘職ではなく、研究職だ。結界魔法がどれ程の人の命を救う結果になっているか、また、それを可能とした『アウラノ結晶』がどれ程のものであるか、よく理解している。

 そして、それを編み出すに至ったレーヴェティアの魔導科学がどれ程のものか、痛いほど認識している。

 あんな小さなもので──たったこれだけの要員で、あと半日。それがどれだけ荒唐無稽な話か、身に染みてわかる。


 今、コーザルの目の前には、そのレーヴェティアの魔導科学の粋とでも言うべきものが映っている。

 『召喚魔法の書』の盗み出しを企てた彼らだが、この『アウラノグラス』の技術も、正しく喉から手が出る程に欲しい代物だ。



「──呆けているところ悪いが、街に潜り込んでいたお前達の手の者は、余さず捕らえている。やはり『召喚魔法の書』の強奪があってしばらくして動きがあったからな」


 ラーノルドの背中越しに、目が飛び出るほどに『アウラノグラス』を見つめるコーザルに、ラーノルドはその視線を遮るように身体を動かす。ラーノルドを苦々しく睨むコーザルに、今度は別の声が掛かる。


「それと、この結界ですけれど、外からの物理的侵入・魔法的介入・視認の阻害を行う三重結界です。外からの助けは期待しない方がいいですよ?」


「くっ……」


「お前達が誰に喧嘩を吹っ掛けたのか、よく理解出来たか?」


 それが無条件降伏を促すものであるということを理解出来ない者は、この場にはいなかった。

 わかっていたことだ。レーヴェティアの魔導科学が優れていることなど。だが、よもやこれ程のものであると、いったい誰が想像出来ただろうか。いったい誰が、自分達の街との魔導科学の水準の差を、予め正しく予測出来ただろうか。


 盗み出した書物は偽物で、抵抗らしい抵抗も出来ずに捕らえられ、挙げ句に街中に潜入させていた者も無力化され、しまいには救援も望めぬ状況に陥れられ。



「フ……フフ………フハハハハハ!」


 最早笑うしかない。コーザルは、ただただ笑い続けた。そして、しばらく笑った後に──


「──全く、ほとほと腹立たしい街だよ、レーヴェティアという街は」


 そう言って再びラーノルドを睨み付ける。


「お誉め戴き、光栄だな」


 売り言葉に対して、ラーノルドはそう答えた。

 半ば予想通りの反応を受け、コーザルは努めて平静に、口を開く。


「……して、我々をどうするつもりかね? こんな場所に結界を張って。よもや、魔物を中に招き入れて、魔物の餌にでもするつもりかね?」


 対してラーノルドは、今度は驚いたように僅かに目を開いた。


「ほう、その考えは無かったな。そうされるのが望みなら、やぶさかではないが」


「……」


「それならこんな広い結界は必要ないだろう? まあ尤も、お前達の口を割るのだって、こんな広い結界は不要だがな」


「……我々を捕らえたあのガキ共はどうしたのだね? この場にはいないようだが」


「アルフ達ならとっくに帰らせたさ。ここからは、純粋なあいつ等には見せたくないものになるかもしれんからな」


 ゴクリ、と誰かの喉がなったのを、コーザルは耳にした。それが部下の騎士のものか、或いは自分の喉が鳴らしたものか、コーザルにはわからなかった。

 ただ、明白なことがある。これから自分達が、地獄を見るのだということだ。



「益体の無い話はここまでだ」


 フーッと、ラーノルドがそう言って、息を吐き出した。

 数秒の、嫌に重苦しい沈黙。まるで、判決を言い渡される咎人のような緊張を覚え、コーザルの額に脂汗が浮かぶ。そして、その沈黙が破られた時、コーザルは強い後悔を覚えた。


「──何が目当てだ?」


 これまでのものより数段低く、重い声色で、ラーノルドはそう問い掛けた。それを聞いたコーザル達は、まるで剣山を押し付けられたような──否、そんなもの生ぬるい。まさしく全身を剣で貫かれたような、そんな痛みすらも錯覚させる程の恐怖を刻み込まれた。ラーノルドの眼は、それだけで人を殺せそうな程に鋭く、そこから発される殺気は、それだけで失禁しそうな程に強烈だった。

 空気が歪む。そう認識してしまうまでの、圧し潰されそうな程の重圧感(プレッシャー)。いや、本当に歪んでいるのではないか? まさに今、自分達の身体は捻じ切られようとしているのではないか。

 そう思う程に、ただの殺気だけで身体の節々が悲鳴をあげているようだった。


 脂汗が浮かぶ──? 今やコーザルの顔は滝のように流れる汗で塗れていた。



 これが、レーヴェティア騎士団が団長──ラーノルド・トゥーレリア。SSSランクの、イクリプシアとすらとも対等に戦い合う実力の、人間が辿り着いた極限。全人類の中でも5本指に入る実力を持った、男の殺気。



 緊張のあまり、砂漠に出来た水溜まりのように、口の中の水分はその僅かな量すらも瞬く間に無くなり、代わりに全身からは、豪雨のように汗が噴き出す。



 まるで発声の仕方を忘れたかのように、声は出ない。だが、そんなコーザル達に、再度ラーノルドの声が掛かる。


「もう一度言う。何が目当てだ。『召喚魔法の書』が目的ではないことはわかっている。……いや、『召喚魔法の書』もあわよくば、と言うのが正しいか。どちらにしろ、正直に答えるならば地獄を見ずに済むぞ──?」







 ************************


「うーん……」


 歩きながら、アルフは頭を捻っていた。没し掛けた太陽のオレンジの光を背中に受け、長くなった影が進み行く道を黒く染めている。


「何唸ってんだよアルフ。晩飯何にしようか考えてんのか?」


「もうだいぶ街に近づいたもんねー。あたしカレーがいい!」


「え、うんこ味の? それともカレー味のうん──」


「普通のに決まってんでしょーっ!!」


「その話を思い出しちゃうとカレーは食べたくなくなるわね…」


「ホント、お前等普段どんな話してやがんだよ…」


 リィルの言葉を受けて、ガイルが唸る。この5日間ばかりアルフ達と行動を共にしたガイルとウルドだが、あまりに馬鹿馬鹿しい話だったり途方もない話だったり、そんなどうでもいいことを楽しそうに語り合うアルフ達に、呆れ半分、そして、自分達が無くしてしまった何かを感じて、寂しい気持ち半分、といった具合だった。


「だが、アルフ、お前の作るものは本当に美味いな。騎士など辞めて、飯処でも開いたらどうだ?」


「おっとそいつはいい。そうしろや! そうすりゃ、オレ達ゃ毎日でも通うってもんだ」


「ダーメ! アルフのご飯はあたし達のだもん! でもでも、美味しいのはそうだよねー! アルフ、今日は何作ってくれるの?」


 何故自分が作る前提で話が展開されているんだろう、とアルフは心の中でそう呟いた。いや、まあロッティに料理させるよりは自分が作った方が遥かにいいし、何より安全なのは間違いないが。

 また部屋を吹き飛ばされでもしたら、折角稼いで来ているのに、それも泡沫となって消えてしまう。


「ま、晩御飯のこたぁ置いといて」


 半分ほど晩御飯のメニューの方に割き掛けたアルフの意識を引き戻すように、グレイが口を開く。


「話逸らしたのはグレイじゃんかー!」


「まあまあ、どうどう。んで、アルフ。何を悩んでんだよ?」


「ああ、いや…」


 ガイルとウルドを含めたアルフ達は、アルフの収納にしまっていたコーザル等をラーノルドとレーレに引き渡し、その後街への帰路に着いていた。これで晴れてアルフ達の仕事は完了、後はラーノルド達の仕事なのだが、どうしてもアルフは釈然としない思いが拭い去れずにいた。


「やっぱり納得がいかないんだよね…。今回のこの一件」


「……確かにそうね。あれからまだ特に動きはないのよね?」


「うん。街中に潜り込んでた奴は誘き出せたらしいんだけど、あいつ等の魔導式情報端末(テレサ)には連絡無し。あの廃墟にも誰も来ない。街のやつ以外、なーんにも、動きはないんだ」


「だから団長が訝しんで、あそこまで出てきたんだろ? あいつ等が何企んでるのか聞き出すためによぉ。片棒を担いでいたオレが言うのも何だが、な」


 ウルドの言葉に、それはそうなんだけど、とアルフは言葉を続ける。


「そもそも、何で叔父さんがあんなところまで来たんだろう? 尋問をするのなら、別に街に着いてからでも良かったじゃんか」


「それは実際私も気になっているのよ。急いで確認したかったから、って言うのも、何だか変よね。急ぎだって言うのなら、私達ならすぐに戻って来れるのだし。……やりたくはないけれども」


「「……同感だ」」


 ガイルとウルドが、リィルに賛同の声をあげる。そう、急ぎだと言われれば、アルフ達にはエアリアル・レイドを用いた荒唐無稽な移動方法がある。人体が爆散しかねない、とてもほいほいと使いたくはないと一般の人間ならそう考える、高速移動法が。

 つまり、急を要するならそれだけ早く戻れるのだ。だが、実際のところ、ラーノルドはアルフ達にゆっくり(・・・・)帰ってくるように命じ、ようやく5日が過ぎた頃に行き先が指定されたくらいだ。

 それが街に忍び込んでいた者を捕らえるためだとしても、やはりどこかが引っ掛かる。



「ウルドさん、あの眠り薬はロイって人から渡されたって言ってたよね?」


「ああ、いざという時に使えと持たされたものだ。それがどうかしたのか?」


 最後に捕らえたコーザル達数名──投降したため、気絶させていない──の荷物を改めたところ、ロイの荷物から、レーヴェティアの騎士団でガイル達が使用した眠り薬が見つかった。後々引き渡しの際に収納から出してすぐ暴れられては手間だと、収納済みの者も改めて取り出して、1人1人縄で縛り、念には念をと、その薬を使ってみたのだが、改めてかなり強力なものだと窺えた。即効性は言うに及ばず、話では数時間は目を覚まさないとのことだった。


 もし、状況が変わって急いでいるのであれば、収納から引っ張り出したところで叩き起こそうとしていてもおかしくないのだ。それに意味があるかは別として。

 そして、それをするなら、人員は多い方がいい。アルフ達を先に帰らせるより、その場に残らせた方がよっぽどいいのだ。


 だが、実際のところ、収納からコーザル等を引き渡すと、早々にアルフ達は労いの言葉を貰い、帰還するように指示を受けた。

 それが意味するところは、別に時間的に余裕が無い、と言うわけではないということだろう。


「やっぱり、何か変だよ。叔父さんのことや、他の動きがないこともそうだけど、あんな強力な眠り薬を、その辺の騎士崩れや、あの程度の実力の人しか使役できない街なんかが持ってるものかな。それこそ、相当な力を持った街が──例えばヴァスタードが裏にいるとかだとしたら納得なんだけど」


「確かにヴァスタードが裏にいるってんなら、不思議じゃねぇな。けど、ヴァスタードだったらもっと上手くやると思うぜ? それこそ、本物の『召喚魔法の書』が盗み出されてただろうよ。まあ、あれは元々ヴァスタードにあったんだし、盗む意味もわかんねぇけどよ」


「そりゃそうだな。ヴァスタードと言やぁ、もしオレ達がヴァスタード所属の騎士だったら、今頃は死んでるだろうなぁ、ガイルよォ」


「そうだな……まず間違いなくその場で拷問されて殺されていただろう。レーヴェティアの騎士で本当に良かった…」


「うむうむ、団長の顔に泥を塗らないように励みたまえ!」


「わかってらぁ…。もう、二度とレーヴェティアに背くような真似はしねぇよ」


 グレイの言葉に、ガイルがぶっきらぼうながら素直にそう返答する。そのガイルの言葉を聞いて、アルフはふと思い至ったことがあった。


「──レーヴェティア。そう、レーヴェティアだ。あの人達を、街に入れたくない理由がある、っていうのはどうかな?」


「…そうね、確かにそれならあそこに団長がいたのも説明が付くわね。あの人達が何らかの脅威を秘めているなら、或いは……」


「やっぱりそれが妥当なところだよね。それなら叔父さんが出張って来る理由も説明付くし。けど、それでもただ『帰ってよし』とだけ言われたの腑に落ちないなぁ…。オレ達の仕事はそこまでって言われればそれまでなんだけど」


 悩むアルフに切り込んだ意見をぶつけたのは、ウルドであった。


「あまり言いたくはない話だが、団長もまだリィルのことを信用しきれていない、というのはあるんじゃないのか? 或いは、オレ達のせい、というところか」


「あっ……」


 リィルが息を呑む。言われてみれば、それはあるのかもしれない。確かにまだ、リィルはレーヴェティアに来て日も浅い。いくら騎士団への加入を進められていたとはいえ、そして加入を認められたとはいえ、彼女がまだその信頼を勝ち取るに至るだけの時間を積み重ねていないことは自明の理。

 すっかり『勝利の御旗(フューリアス)』に馴染んでしまっていたためにその考えが抜けていたが、それは真っ先に考えるべき点であった。


「リィル、もしくはウルドさん達が敵のスパイだって考えられているってこと?」


「ああ。お前達の実力を誰よりも知っているのは団長だろう? その団長が、お前達にすら何も説明しなかった。というより、出来なかった、と考える方がいいのではないか? オレ達は言うに及ばずだが、リィルもレーヴェティアに来て日も浅い。そして、オレが言うのも憚られるが、来た時期も時期だ。訝しんでも不思議はない」


 それは、的を射た意見だった。確かにそれなら、ラーノルドが何も言わなかった理由にも説明が付く。


「えー、それはあんまりだよー。あんだけクサイこと言っておいて『実はまだ信用してませんでしたー』なんて、いくら団長でも酷すぎるよー」


 ロッティがブーブーと反旗を掲げるが、ガイルが頭を掻きながら宥めるように言葉を口にする。


「そりゃ立場がなけりゃ、その通りだがよぉ。あの人はレーヴェティア騎士団の団長様だぜ? 有事の際にゃ、気持ちよりも正しさってもんを優先っする必要だってあらぁ。オレ達だってあんなことをしでかしたんだ。疑って掛かられても何も言えねぇさ」


 ガイルの言うとおり、反省の意を示し、赦しを得たとは言っても、ガイルとウルドのやったことが罰せられるべきものであることには変わりない。そして、それがどれ程信用を失うものであったかも。



「……そう、ね。うん、2人の言うとおりだわ。ロッティちゃん、ありがとう。でも、今は2人の意見を前提に考えましょう」


 視線を落としていたリィルだが、気丈にそう振る舞って、アルフ達に目線を向け直した。

 そう、確かにガイルとウルドの言うことは尤もだ。でも、今信頼が無いということは、これからもそうであるという意味ではない。

 信頼は、積み重ねていくものだ。だったら、ここから積み始めていけばいい。



「……わかった。ごめんね、リィル。ひとまずその前提で考えよう」


 アルフがそう言いながら、未だ納得のいかない様子のロッティの頭をちょっと乱暴にくしゃくしゃと撫でる。

 うにゃーとアルフの手を払いながらも、ひとまずは自分の中で区切りを付けたらしいロッティ。乱れた髪を整えながら、ロッティが言った。


「けどさー、どっちにしても団長があそこに来た理由はわかんないね。やっぱりあの人達に何かあるのかなー」


 リィル、ガイル、ウルドに嫌疑がかけられているとしても、ロッティの言うとおり、それはあの場にラーノルドが出てきた理由にも、そしてあそこでコーザル等を引き渡した理由にも説明がつかない。

 やはりリィルが言うように、コーザル等には何かあるのか。


「うーん、やっぱりそれが濃厚かな」


「それに、団長が私達の中にスパイがいると踏んでいるのなら、これで終わりだと考えていない、ということになるわよね? 実際、『召喚魔法の書』も手に入らなかったわけだし…」


「叔父さんがあそこまで出てきたこと、あそこでコーザル達を引き渡したことが、コーザル達に何らかの脅威があることを懸念してだとして、そしてオレ達に説明がないのも、スパイの可能性を考慮したとして…。つまり叔父さんは、まだ何かあると踏んでいる、と。これでこっち側の行動については説明がつくな。後はあっち側について、だね」


「オレが言うのも何だが、『召喚魔法の書』なんてものを盗みだそうとする連中だ、オレ達には何も知らされていなかったが、これで終わりと考えるより、次があると考える方が自然だな」


「だとすりゃ、実はコーザル達は囮で、安心したところを狙って第二波があるってのが単純なとこだな。あんなあっさり捕まるような連中だったわけだし。ともすりゃ、団長達とこっち、或いはその両方に某かあるだろうぜ?」


 ウルドの言葉にそう付け足したグレイが、促すようにアルフを見る。感知してみろ、ということだ。


「うん、そう思って実はさっき、感知魔法を試したんだけど、それらしいのは感知できなかったんだよ」


「感知できなかったっておめぇよ、魔力感知なんて20メートル先がわかれば最高クラスじゃねぇか。だったら、目で見てわかる範囲だぜ? だいたい魔力感知なんてもんは、奇襲やら夜間の警戒なんかに使うのが専らじゃねぇか」


 アルフの言葉に、ガイルがそう言って頭を振る。

 魔力感知も特殊魔法のひとつで、正確には『対外魔力感知魔法』と称されている。要するに、自分以外の周囲の魔力の反応を感知する魔法だ。

 この魔法は、潜在範囲と展開範囲と呼ばれる範囲があり、前者は特に意識せずとも感知出来る範囲、つまり意図的に感知しないようにしない限り日常的に感知できる範囲のことで、後者は意識して感知魔法を発動した際の感知可能範囲を指す。


 ガイルの言う20メートルとは、この展開範囲を指す。20メートル先までわかるなら、物陰に潜んでいても確かに感知できるので、奇襲を受ける可能性はかなり軽減出来るだろう。だが、その最大索敵範囲を伸ばそうとすればするほど、感知にリソースを割かなくてはならない。

 ごく簡単に言うと、最大範囲を感知しようとしたら、完全に足を止めて、それだけに集中するくらいでなくてはならないのだ。もし歩きながらやろうとしたら、せいぜい10~15メートルいけば文句なし、どころか賞賛ものだ。


 だから、専ら夜間の仮眠中等に見張り担当が発動したり、魔物狩りで魔物の位置を特定したりに使われるのが一般的だ。



 ガイルの言うことも尤もである。だが、それにロッティがちっちっち、と舌を鳴らす。


「アルフは全力で感知したら50メートル先くらいまでわかるんだよー!」


「ぶっ…!」


 ガイルが吹き出し、ウルドが絶句する。

 アルフの魔力感知は、潜在範囲が20メートル、展開範囲が50メートルと、規格外のそれである。

 無限と思わせる程の収納魔法を使えて、エアリアル・レイドを半日連発してもピンピンしているような馬鹿げた魔力量を持ち、広範囲の索敵が可能。

 アルフが居れば、野宿も快適、敵に襲われる心配も大幅に減る。万々歳である。


「呆れたもんだぜ…これで戦えもするんだもんなぁ」


「そうでもないよ。実際のところ、純粋な戦闘力じゃオレよりグレイやロッティ、リィルのがよっぽど頼りになるんじゃないかな。リィル、感知お願いしてもいい?」


「ええ、わかった。やってみるわね」


「やってみるって嬢ちゃんよぉ、まさかアルフ以上の範囲を索敵出来るってのか? いくらなんでもそりゃ……」


「リィルの感知範囲は、オレの比じゃないよ」


「……どのくらいなんだ?」


 ウルドの言葉に、やや恥ずかしそうにしながらリィルは回答する。


「えっと……30メートル」


「「おお……」」


 何だ、やっぱりアルフ程ではないじゃないか。安心したような、落胆したような。ともあれ、30メートルもの展開範囲を誇るなら、それは十二分な広さだ。


「全力で集中したら、200メートルくらい、かな。歩きながらだったら、140ちょっとかしら…」


「「……」」


 最早言葉も無いガイルとウルドだった。30メートルは30メートルでも、潜在範囲であった。


 収納魔法や魔力量で目を引かれがちなアルフであるが、その実アルフの実力が抜きん出て高いのかと言われると、実はそういうわけでもない。


 グレイは、一切の遠距離攻撃手段を持たないが、代わりに超至近距離の肉弾戦に於いて、非常に優れており、特に1発の威力が高い攻撃を得意としている。純粋な突破力で言えば、パーティ1だ。


 対してロッティは、法術の申し子、魔法の連発だろうが多属性の同時使用だろうがお構い無し。数多の法術を軽々と使いこなし、法術を扱わせるならばレーヴェティアでも数える程しか並ぶ者がいない。


 そしてリィルは、遠距離攻撃に於いて右に出る者はいないだろう。アルフ以上の感知能力を以て、その最大範囲からの魔力銃を用いた遠距離狙撃。しかも、別に遠距離専門というわけでもない。


 つまり、『勝利の御旗(フューリアス)』は、実力だけを見るなら、Aランクの騎士とだって渡り合えるかもしれない。或いは、イクリプシアとも──。

 そしてリィルが加入したことで、よりとんでもないパーティになっているわけだ。



「何でおめぇ等Cランクなんだよ……」


「問題ばかり起こすからだろう…」


 本当に、何故彼等がCランクなのか、それはレーヴェティアにおいても散々嘆かれていることでもある。問題行動さえなければ、もしかしたらAランクになっていてもおかしくはないのかもしれない。



 ──閑話休題。



「……っ。いるわね。私達から大体100メートルくらい離れて何人か付いて来ているわ。たぶん、4人かしら…」


 歩きながらの最大射程まで広げたリィルの感知の網に、確かに引っ掛かるものがあった。それらは、確かに自分達と同じ速さで、付かず離れずといった具合に付いてきている。


「…ありがとう、リィル。みんな、とりあえず今まで通り進もう。感知されているなんて思わないだろうけど、足を止めたら怪しまれる」


 アルフの言葉に、その場の全員が頷いた。そして、今まで通り歩きながら、会話を続ける。


「やっぱりあれで終わりじゃなかった、ってことかな。まず間違いなく、コーザル達の関係者だよね」


「んー、でもいつから付けられてたんだろ?」


「考えられるとしたら、団長達のいた結界のところから、ね。そこまではとても付けられるとは思えないし…」


「オレも同感だぜ。なら、あとはどうするか、ってことだな」


「実際に付けられている以上、どこかでオレ達は襲撃を受けることになるだろうな」


 アルフがそう言って、前方に視線を移す。街までは、歩いてあと2時間、といったところだろうか。レーヴェティアに着けば、他の騎士達もいる。となれば、たった4人であることも考えて、恐らく襲撃を受けるのは──


「ちょうど今くらいが頃合い、ってだな」


 グレイがそう言って、空を見遣る。黄昏の空は、徐々に暗闇を広げていて、ちょうどあと1時間もすれば、完全に夜の空へと移り変わる。

 黄昏時──。それは、日中の視界の良い状態と、夜襲を想定して護りが固くなる状態のちょうど中間。意識に穴の空く時間帯と言っていいだろう。


「あまり進んで提案したくねぇけどよぉ、あの移動法でさっさと帰るってのはどうだ?」


「それか戦うか、だねー」


「こちらから迎撃する、という手もある」


 示された選択肢は3つ。

 逃げるか、迎え撃つか、先制するか。


「……グレイ、どう思う?」


 やはりこういう時に意見を求められるのは、『勝利の御旗(フューリアス)』最年長のグレイだった。パーティのリーダーこそアルフだが──尤もそれはグレイとロッティが問題ばかり起こすから、とてもリーダーにはしておけない、というせいだが──、その実質的なリーダーはやはりグレイなのだった。


「決まってんだろ? やっぱ、オレ達にはオレ達に合ったやり方ってもんがある」


 グレイがそう言って、勝ち気な笑みを浮かべる。それにアルフとロッティが頷いて、そして3人が声を揃えてこう言った。


「「「売られた喧嘩は進んで買う! 相手が敵なら進んで売る! それが『勝利の御旗(フューリアス)』!」」」


「「「え……」」」


 もちろん、戸惑いの声をあげたのはリィル、ガイル、ウルドである。

 そりゃあそうである。迎撃しようという流れになるだろうことはリィル達にもわかっていた。だが、なんて物騒なことを言い出すのだ、こいつ等は、と思わずにはいられない。


「きっと取っ捕まえれば、何かわかるよ。もやもやしたまんまじゃ、気持ち悪いしね」


 アルフの言葉に、それはそうだけどね、とリィルが苦笑する。

 ともあれ、方針はアルフ達と同じだ。確かにそれが一番早い。


「お前等……ホントぶっ飛んでなぁ。敵がどの程度の実力かもわからねぇってのによぉ」


「普通なら、応援を要請して、どこかに誘き出す、とかそういうところだろう」


 そうは言っても、ガイルもウルドも止める気はないようだった。こうなるだろうとは思っていたし、それを行うだけの実力があろうことは、もう嫌という程わかっている2人だ。流石、『苛烈なる問題児達(フューリアス)』と揶揄されるだけはある。



「どうせこっちから迎撃すんだろ? けどよぉ、どうすんだ?」


 ガイルの言葉に、アルフが口の端を吊り上げる。


「ちょーっとばっかし過激なやり方があるんだけど、まあガイルさん達は待っててよ。もうちょいしたら、仕掛けるから。リィルはいざって時のために、支援出来るようにしておいて」


「え、ええ。でも、過激なやり方って…?」


「見てればわかるよー」


「大丈夫だって、死にゃしねぇって!」


 黄昏に(まみ)える平原に、ニヤニヤとした笑いを浮かべた問題児共。

 グレイの言葉に、誰が(・・)、と問う者は、いなかった。

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