14 帰り道はゆっくりと?
ガイルとウルド以外を収納にしまって、リィルと合流した後、頃合いを見てやってきた『朝霧の牙』の面々に奪っておいたコーザル、ロイの魔導式情報端末を渡し、その後ラーノルドに任務完了の一報を入れた。
ちなみに、ガイルとウルドも収納にいれてしまえばと、アルフが収納にしまおうとしたのだが、2人が抵抗は絶対にしないからそれだけは許してくれと泣きついたため、収納にはしまわず、かといって縛るでもなく、そのままの状態だった。
そんな2人は、言葉通り抵抗しなかった。あれだけの人数を無傷で全員捕縛するような連中だ。ガイル達が今さら抵抗したところで、それこそ軽く捻られて終わりだろう。
勿論、逃げ出そうとすれば今度こそ収納行きだ。
何だかんだと『勝利の御旗』にイチャモンを付けていた2人だったが、こうして実際にアルフ達の実力を見るのは今回が初めてであり、改めてその実力差を痛感するに至った。
『ともあれご苦労だった。『どこまでやっていいか』等と訊くものだから、建物を丸々収納してみせるくらいやるかと思ったが、いや、特に問題無く終わって良かった』
「まあ個人的にはやっても良かったんだけど。何だかそこまでの相手じゃなかったからなぁ…。そうするまでもなかったっていうか…」
『ふむ……。どうにも腑に落ちんな』
音声拡張モードで対話機能が呼び出されたアルフの端末からは、耳から端末を離していてもラーノルドの声が聞こえてくる。
「確かにそれはあるなぁ…」
「ん? 何で?」
「ほら、『召喚魔法の書』なんて大それた物を盗み出そうとっていうのに、盗みに入ったのはそこの2人だし」
「「う……」」
「そんな代物、簡単に盗めるわけないのに、偽物だと疑いすらしない奴等だったし。何より、レーヴェティアに悪さをしようっていうのに、あの程度の奴等が30人ちょっとっていうのも、違和感があるんだよねぇ」
アルフの言葉に、ロッティが「ああー」と声をあげてガイル達の方を振り返ると、
「あんた達、何か知らないの?」
と小首を傾げる。それに対しウルドが、
「……知らない。オレ達は盗み出す仕事を依頼されただけだ」
と回答。
「ふーん、使えないね!」
満面の笑みでロッティがそう言い、何とも言えない表情の2人から視線を移す。
「軽ーく尋問すりゃ、あのコーザルって奴なら色々教えてくれんじゃねぇか? こう、手足をパキッとへし折ってやりゃ」
「それはもう尋問じゃなくて拷問だよ…」
『……まあ、それはこちらで何とかしよう。そうだな……帰りは急がなくていいから、ゆっくり戻ってくるといい』
「……なるほど。了解、叔父さん。オレとしてもちょうどいいし」
『……あんまりやり過ぎて換金所の者を泣かすなよ? それと、叔父さんではなく団長な」
いつもの軽口を最後に、ラーノルドとの通話は終わった。
「ゆっくりってことは、あれでは帰らないで普通に行く、ということよね?」
リィルがあれと称したのは、ここに来るために取った移動方法だ。エアリアル・レイドと呼ばれる、魔力のリングを通過した物体を加速する法術によって、高速でここまで移動してきたわけだが、それは本来壊れてもいい物に対して使用する魔法であって、人を加速するものではない。
そんな方法で移動するのは、出来れば御免被りたい。というか、御免だった。
別に急いで戻らなければならないわけではないし、しかもラーノルドからゆっくり戻ってこいと言われているのだ、そんなことをする必要はないわけだ。
「うん、帰りは普通に歩いて戻るよ。歩きだと1週間もあれば戻れるかな」
「えー、あれで帰ってさっさとゆっくりしようぜ? 別に街で待ってても問題ねぇだろ? むしろ、その方が早く尋問を任せられるし、情報も手に入るんじゃね?」
グレイの言う待つとは、主に敵方の動きを待つ、ということだ。コーザル達からいつまで経っても連絡がなければ、その背後の者達に何らかの動きが出るだろう。少なくとも彼等の魔導式情報端末に連絡が入るだろうし、もしかしたらこの廃墟に偵察が来るかもしれない。
それを見張るために、『朝霧の牙』はしばらくこの辺りに滞在することとなっている。
「そーだよー、あたしお風呂入りたいー」
「ぶーぶー、アルフの守銭奴め!」
「守銭奴めー!」
楽しげにケタケタと笑うグレイとロッティに、
「──ほっほう…」
と、その顔面をアイアンクローで締め付けるアルフ。
「いだだだだだだだ!!」
「うぉおおぉおお頭が割れるぅぅうぅうううう!!」
「誰のせいでこうなってると思ってる誰の」
「ぁぁあぁあああたし達のせいです!!」
「悪かった! 悪かったから! ちゃんと働くから!」
「……」
ようやく解放されたロッティとグレイが頭を押さえながら蹲《うずくま》る。その2人をジト目で睨みながら、
「わかればよろしい。とにかく、帰りがてら、魔物狩りと採取でお金を稼ぎます。誰かさん達のお陰で、借金はまだまだあるし、今回の報酬だけじゃ全然足りないんだから」
「「「……はい」」」
そう、仮にこのガイル、ウルド、及びその依頼主達を捕らえて持ち帰ったところで、それで得られる報酬だけでは、借金の山は大して崩れない。今後も増えるのだろうから、稼げる時には大量に稼がねばならない。ただでさえ、直近でもリィルが壊したドアやら廊下やらの修繕費が追加されたばかりなのだ。
ゆっくり戻ってきていいということは、それだけお金を稼ぐ時間があるということだ。そんなチャンスを逃してそそくさと帰るなど、笑止千万である。
幸いにも、アルフの収納に食糧はたんまりと入っているため、食事に困ることはない。
そんなわけで、レーヴェティアへの長い道のりを、魔物狩りをしながら帰ることになったアルフ達だった。
まあ、とは言えそれは明日からのことだ。既に時刻はもうすぐ日付を跨ごうというところだ。今から早速魔物狩りと洒落込む気はアルフにも無かった。
とりあえず拓けた場所を探し、収納から取り出した焔石のプレートに魔力を込め、熱を放ち始めたそれに鍋、フライパンを乗せ、予めカットしておいた食材を調理するアルフ。
アルフが料理をしている間に、薪を拾ってきたグレイが焚き火を起こし、アルフの収納から取り出されたテント──1つで大の大人が5人ほど横になれるか、と言ったサイズ──を2つ、ロッティとリィルが組み上げていく。
周りには建物がいくつもあるが、長年使用されていないその屋内は埃が積もっていて、とてもその中で休む気にはなれなかった。少し覗き見ただけでくしゃみが止まらなくなりそうだ。
というか、そんなことをするまでもなく、アルフがいればテントも出てくるし、さらに言うならば、アルフはその収納にそこそこの大きさの平屋を収納している。もっと大人数なら、そちらを出したくらいだ。つまり、わざわざ埃臭いところで寝泊まりする必要は皆無だった。
実際、リィルと出会った後も、最初こそいきなりテントに放り込むわけにもいかなかったから洞穴で休んでもらったのだが、レーヴェティアへの帰路ではテントで悠々自適な生活を送っていた。『勝利の御旗』で不祥事を起こすのはロッティとグレイだが、ある意味一番非常識なのはアルフだった。
そんなこんなで、ガイルとウルドが半ば呆然としている間に、ものの数十分後にはとても遠征中のものとは思えない、しっかりとした食事が出来上がった。今回のメニューは、シチューとピラフだ。
風下にいたガイルとウルドの鼻孔を、非常に食指をそそる匂いが擽る。思い返せばこの数日、まともな食事を摂れていなかった。ただでさえ空腹なのに、この匂い。最早殺人的だ。腹の虫が大きな悲鳴をあげ、ガイルとウルドが気まずそうに視線を落とす。
「……そんな顔しなくたって、ちゃんとあげるよ」
いくら捕虜の身とはいえ、流石に目の前で自分達だけ食事をするのも抵抗があるし、アルフは元々この2人にも食事を提供するつもりだった。苦笑しながらそう言ったアルフに、ガイルが目を見開いた。
「い、いいのか!」
「多目に作ったしね。別にオレ達は、あんた達を捕まえに来ただけで、それ以外にどうこうするつもりはないし。抵抗しないんなら、食べ物くらいあげるよ」
器にシチューをよそいながら、アルフはそう言った。まあ尤も、本来なら貴重な食糧を犯罪者に分け与えるというのは、抵抗のある話だ。街に居るわけではないのだから、食材は自分達で何とかしなくてはならない。
となれば、自分達の食い扶持を確保することが最優先だ。
どこにいても質の高い調理が出来て、かつそれを分け隔てなく与えられるのも、規格外の容量を誇る収納があればこそだ。
言うなれば、ガイルとウルドは非常に運が良いと言える。こうして捕らえにやって来たのがアルフ達でなければ、今頃ひもじい思いをしていたことだろう。アルフからシチューとピラフを受け取ったガイルとウルドは、何度も感謝の言葉を口にした。
数日ぶりに食べるちゃんとした食事は、身に染み渡るようだった。ほう、と思わず出る溜め息は、その満足感の表れだ。犯罪者である自分達に、しかも常日頃から何かと喧嘩を売ってきたにも拘わらず、アルフ達はこうして冷遇することなく接してくれる。
それに引き替え、自分達は何なのか。何かと文句を言いまくり、罪を犯して、20以上も年下の子供達に温情を掛けられている。
惨めと言う他に無い。何故あんなことをしてしまったのか。何故、思い留まれなかったのか。金に目が眩んだと言えばそれまでだが、それでも自分が情けなくて仕方なくて、ガイルとウルドは、無言で食べ続けた。
食事を摂り終わって、食休みを挟んだ後のことである。
「オレ達は、今回の1件のしばらく前に、物資調達の依頼で遠征に出ていた。その時に、あのロイってやつから、今回の依頼を受けた」
「そこで多少の前金も貰ってよォ。何でそれが必要なのか、オレ達は特に気にしなかった。訊いても教えてくれそうな雰囲気じゃなかったしよ。知ったところで、ってのもあったけどな」
「じゃあ、やっぱり細かい事は何も知らないんだ?」
「ああ…。オレ達は、単にあれを盗むよう言われただけだ。持ってきたら残りの報酬と、街を追われた場合の住処を用意してくれると。本当に、今にして思えば何であんな依頼受けてしまったのか、という話だが…」
「いくらあんた達2人があんぽんたんでも、なんかしっくり来ないよねー、それ」
「う……その通りだけどよォ…。容赦ねぇな相変わらず」
ロッティの言葉に、ガイルが呻く。これまでなら食って掛かっていただろうが、事この状況に至ってはそんな気など起こらなかった。
「しかし、宝貨300枚かぁ。それだけあれば、さすがに借金も余裕で完済出来るな」
アルフが何気なく溢した言葉にギョッとしたのはリィルだった。
「え…そんなに借金があるの?」
「うん……」
宝貨300枚と言えば、大金貨3000枚に相当する。一般的な者が1月で大金貨2枚を稼ぐ事を考えると、それは1500ヶ月、実に125年分に相当する。それだけあってようやくとは、考えるだに恐ろしい額だ。ちなみに、リィルが壊した部屋の扉だけでも宝貨8枚分だ。驚いているが、君も大概だからね、とアルフは心の中でツッコミを入れる。
まあ、さらに言ってしまえば、ロッティはその扉を12回もふっ飛ばしているのだが。
今回の捕縛依頼は、まず達成報酬で大金貨5枚が入ってくると言われているが、それは最低報酬であり、その全員を生け捕りにし、特に問題無く終わっている現状から鑑みれば、宝貨2、3枚程度は貰えるだろう。
だが、それでは全然足りないのだ。以前アルフが1人で遠征に出掛けた時、それだけでも10日で大金貨7枚稼いだのだが、やはり1人では限界があるし、確かに普通に考えればかなりの稼ぎだが、それは一般的な尺度で測った場合だ。
それでは間に合わない。何故なら、アルフ達は『苛烈なる問題児』なのだから。
「……ウルド、オレ達の借金なんか、可愛く思えてくるな、こりゃ…」
「……ああ」
「まあ、それは置いておいて」
置いておける話なのかそれは、とリィル、ガイル、ウルドは思ったが……いや、何も言うまい。もう、額があまりにも大きすぎて考えるのも嫌になってきた。
「どっちにしても、宝貨300枚なんて報酬、あんまりにも大きすぎて、現実味がないよなぁ。あからさまに怪しいし……。もしかして、精神支配の魔法でも開発されたのかな?」
いくら禁書を盗み出す仕事とは言え、いくら何でも宝貨300枚は大きすぎる。実際にそれだけの価値があると考えても、一個人に支払うような金額ではない。そうなれば、逆に疑心が高まるだけである。にも拘わらず、この2人はそれを疑わなかった。
だからアルフは、こう考えたのだ。『何らかの魔法によって意志を改竄され、疑わないようにされていた』のではないか、と。
しかし、その考えにはすぐに否定の言葉が投げ掛けられた。
「それはないと思うわ。魔法じゃ人の心は動かせないわよ。イクリプシアの言霊結でも、それは無理なくらいだし」
言霊結とは、イクリプシアが行使する特別な能力だ。想力と呼ばれる力により、言霊によって物を自在に操るそれは、例えば地盤を持ち上げたり、建物を瓦礫の山に変えて飛ばしたり、武器を変形させたりと、単純な話、そこに物が有るならば、その使用方法は数限りない。
一方で魔法は、己が持つ魔力を6属性に変質させ、例えば物を燃やしたり凍らせたりと、副次的に物に影響を及ぼすものである。より具体的に言えば、燃やす性質を持った魔力が、結果的に物体を燃やすだけだ。魔力自体が物をどうこうしているわけではないのだ。
端的に言えば、『魔法』とは、魔力を用いて『何らかの物に干渉する作用を持ったエネルギーを放つこと、そしてその結果』を指すものであり、『言霊結』とは、想力を用いて『物の道理をねじ曲げて自身の望む姿に変えるもの』である。
だから、イクリプシアの扱う言霊結のように、剣を槍に作り替えるような真似は、魔力では叶わない。物理的な損傷を与えて引き伸ばすことは出来るが…。
そして、魔法に比べて自由度や強制力の高い言霊結でさえも、その効果の適用にはある制約が掛かってくる。それは、『明確な意志を有する物に対して、直接の干渉は出来ない』、というものだ。
ざっくばらんに言ってしまえば、人体を直接的に変形させるような真似は出来ない、ということだ。まして、人の心を操作するような──催眠に掛けるようなことは出来ない。
そして、言霊結ですら出来ないのだ、勿論魔法でもそんな芸当は不可能だ。
というか、もしいずれでもそんなことが可能であれば、既に人類は敗北を喫している。イクリプシアは、魔法も言霊結も、両方とも使えるのだから。
勿論、アルフもそう言われることはわかっていた。だから、
「だよなぁ……」
と唸る。言ってみただけだった。
「とは言え、そうでもないと説明がつかないんだよなぁ…。グレイ、新しい特殊魔法が作られたとか、イクリプシアの言霊結が強力になったとか、そういう情報はない?」
困ったときのグレイである。変態で問題児でどうしようもない男だが、しかしこういう時に頼れる男でもある。が、グレイは頭を横に振る。
「いんにゃ、そんな情報はねぇな。つーか、そんな魔法あるならオレが使いたいわ! 目指せハーレム!」
「グレイ、ほとんど自爆紛いの魔法しか使えないじゃんー」
「そうでした」
グレイの夢は早くも砕け散った。
「んー、グレイも知らないとなると、尚更わかんないなぁ。もう、ホントにこの2人がお馬鹿さんだったとしか説明出来ない」
「うーん、流石に私もそれしかないと思うわ…」
結論、やはりガイルとウルドがどうしようもなく馬鹿だった。弁解の余地は無い。
泣きたくなる2人を置いて、結局話はそこで終わり、話題は別の、他愛もないものへと移っていった。
その後、ローテーションで見張りをしながら休みを摂ることとなったアルフ達。警戒するのは、魔物の襲撃は勿論だが、野盗や、コーザル達の仲間に備える意味もある。ローテーションは、アルフ、ロッティ、グレイ、リィルの順だ。
最初の見張りであるアルフは、焚き火の近くに座り込んでいた。その手に持つのは、彼がいつも首に掛けている、闇夜のように黒く、見事な彫り込みが施されたロザリオだ。
磨き布でそれを拭いていたアルフは、掃除を終えると最後にそれを夜空に掲げる。
やや曇り模様の空だが、雲の端々からは真っ黒なキャンバスに散りばめたような星の輝きが見てとれる。月明かりを受けて、ロザリオはキラリと輝いた。
「うにー…眠い」
「ほら、コーヒー」
「ミルクは?」
「たっぷり」
「あいー」
寝ぼけ眼でフラフラと近づいてきたロッティにカップを手渡すと、ロッティはアルフの隣に座り込んで、それをチビチビと飲み込んでいく。しばらくして、ようやく眠気が覚めたのか、うーんと伸びをして、
「おはよ、アルフ。交代だよー」
と、ニッコリと笑い掛けてくる。
「綺麗になったー?」
アルフの手に握られたロザリオを見て、ロッティがそう疑問を呈してくる。それは、もう様式美と呼べそうな程に繰り返されてきたやり取りだ。
「うん、ばっちりだよ」
アルフはそう言いながら、大事そうにそのロザリオを首に掛け直す。アルフには、5歳より前の記憶が無い。気がついたときには、ラーノルドに保護され、レーヴェティアにいた。
アルフに現存する最初の記憶。それは、断片的で、かつ絵画に水を溢したようにぼやけてしまっている。まるで自分を庇うように立つ、一組の男女。それが自分の両親であると、何となくだが、アルフはそう感じていた。
そんな、最早顔すら思い出せない両親との最後の絆こそが、このロザリオだった。アルフにとって、ただ1つの両親との繋がりであり、今は亡き両親の形見だ。
これを磨くことは、もうアルフにとっては日課にも近しい。
「そっかー」
焚き火に木の枝をくべながら、ロッティはそう、嬉しそうに言った。
「アルフはさー、やっぱり家族がいなくって、寂しい?」
「そうだなぁ…寂しくないって言えば、嘘になるかな。急にどうしたのさ?」
思えばロッティとこんな話をするのはいつ以来だったかな、等と考えながらアルフがそう尋ねると、ロッティは
「ほら、リィルちゃんって、時々凄く悲しそうな表情をするでしょ? だから、同じ記憶喪失のアルフなら気持ちわかるのかなーって…」
と、やや気まずそうにそう返答した。
確かに、リィルはふとした時にとても悲痛な表情をする。それをアルフ達に悟られまいと、いつもすぐに笑顔を作るが、その端々に寂しさを感じるのも確かだった。
「……うーん…。オレが記憶を無くしたのも随分前のことになるし、そう言った意味じゃ、今まさに記憶を無くしたところのリィルの気持ちを正確には推し測れないかな」
「うー、そうだよねー…」
「逆にお前はどうなんだよ? ロッティは、寂しい?」
「んー、あたしはよくわかんないかなー」
赤々と燃える焚き火の光を眺めながら、ロッティは苦笑する。ロッティは、彼女が赤子の頃に両親を失った。アルフと同じように、そしてアルフよりも早く、ラーノルドによってレーヴェティアへと連れられた。
ラーノルドは、レーヴェティア騎士団の団長を務めているわけだが、その裏では親を失った子供達を育てる孤児院の経営も行っている。アルフもロッティも、ラーノルドによって拾われ、ラーノルドによって育てられたようなものだ。
記憶喪失ではないと言っても、ロッティの置かれた状況はアルフとそう違わないのだし、頼る宛の無い今のリィルの気持ちも多少なりとも理解出来る筈だ。
ロッティはしばらく考えた後、焚き火を見たまま口を開いた。
「あたしにとっては団長がお父さんみたいなものだし、両親がどんなかもわかんないし。でもでも、あたしは、幸せだよ? アルフがいるし、団長やレーレさんとかもいるし、リィルちゃんともお友達になれたし。……まあ、グレイもいれてあげてもいいかな。とにかく、皆がいるもん」
「……そっか」
「うぎゃぁああっ!」
ロッティの頭に手を置き、その鮮やかな赤髪をわしゃわしゃと手櫛で乱し、アルフは立ち上がった。
「うー、何するのさアルフー!」
乱れた髪を整えながら睨んでくるロッティの視線を背に、アルフはテントに向かって歩き出して、そしてその途中で立ち止まって──。
「──オレも、お前や皆がいるから、大丈夫だよ」
(お前がオレを、救ってくれたから)
思い出すのは、遠い日の記憶。それは、全てを失い、心を塞ぎ込んだ少年と、その少年を救った紅い髪の女の子の記憶。
ロッティがいたからこそ、今の自分がある。だから、きっとお前なら──
「うん?」
「何でもないよ。……お前やオレがそうだったように、オレ達がリィルの力になってあげれば──あの子を支えてあげれば、きっと大丈夫だよ」
そう言い残して、アルフは再び歩き出した。
残されたロッティは、しばらくぽけーっとしていたが、やがて
「……そうだよね、アルフ」
と呟いて、再び焚き火の光に目を移した。
廃墟と化した街を出てから早5日。あと1日もあれば、レーヴェティアへ到着するだろうという頃には、アルフの収納にはそれはもう大量の魔物がしまわれていた。今回は、この前の1人遠征など目ではないくらいの稼ぎになりそうだ。
「……そろそろ換金所の人達が本気で逃げ出しそうだぜ、こりゃ」
「うー、あたしだったらアルフが来た時点で帰るね」
「……私もきっと泣きたくなるかなぁ、これは…」
「……流石にやり過ぎた感は否めないなぁ」
「「……」」
5日間の間ひたすら魔物を倒し続けていたわけだが、最初はあまり乗り気ではなかったロッティとグレイも、
「ただ魔物を倒すのも難だし、新しい魔法でも開発しようぜ!」
などとグレイが言い出した辺りから積極的になり、その討伐効率はグッと増した。というか、頼んでもないのにグレイが目立つ魔法をぶっ放して、魔物を呼びつけ始めたのだ。
まあ、アルフとしても稼ぎたかったからむしろもっとやれと囃し立てたのだが。その勢いは、最早周囲の魔物を殲滅させん程のものだった。
この5日間、アルフ達と共にいたガイルとウルドは、もう何か言う気もしなかった。だってそうだろう、自分達が必死に討伐して回ったって、足元にも及ばないくらいしか倒せないだろうし、アルフのように、その全てを持ち帰ることなど出来ないのだから。
そもそも、捕まえに来た時点で規格外、夜営をしようものなら、最早野宿とは思えない程に恵まれた環境が飛び出すのだ。もう驚くことさえ疲れてきたくらいだ。
今しがた倒した魔物を収納にしまっているところで、アルフの魔導式情報端末が音をあげた。
「うん?」
端末を取り出してみると、メッセージが1件届いていた。ラーノルドからだ。魔導式情報端末の反応から、そろそろアルフ達が街にだいぶ近づいただろうことを悟って、頃合いを見計らったのだろう。
「叔父さんからだ。えっと何々……。うん、向こうの準備も終わったみたいだね」
「やっぱり、何かしら対策を講じてたのね」
「あからさまに怪しいからね」
「へぇ、どうやら団長も相当警戒してるみてぇだな」
「結界魔法まで使うんだー」
アルフの端末を覗き込んだグレイとロッティが、そう言って眉間に皺を寄せた。結界魔法──特殊魔法の一つで、その名の通り、何らかを遮断する膜を作り出す魔法だ。レーヴェティアの街にも、街を囲む壁の上端からドーム型に、上空を覆うように結界魔法が展開されている。
この結界によって、飛行タイプの魔物の襲来を阻んでいるのだ。勿論、その維持には莫大な魔力と人手を有する。
今のところコーザル達の魔導式情報端末には反応はなく、また廃墟にも特に新たな影は見られないとのことだった。なればこそ、訝しむべきはやはりアルフの収納に捕らえられたあの捕虜達の存在そのものである。
何故あの程度の戦力でレーヴェティアに悪事を働いたのか、何故本来であれば歯も立たないだろうガイルとウルドに依頼が出たのか、何故捕らえられたというのにその背後にいるだろう存在に動きがないのか。
考えれば考えるほどに、現状は怪しかった。故に、その結論はある一点に収束する。つまり、『レーヴェティアの街中に捕虜として入り込むこと自体が目的である』、ということだ。果たして本当にそうなのか、はたまた侵入したところで何があるのかはわからない。
だが、そう予想が立った以上、黙って連れ入るなど以ての他だ。
──というラーノルドの予想を知らないアルフ達は、
「場所はここからレーヴェティアまでの中間地点辺りだ。そこを目指すよ」
端末をポケットにしまいながら、アルフがそう口にした。それに対し、3人は首を縦に振った。それを確認するなり、アルフは収納から行きに使った船を取り出した。もう素材も十二分に集まったし、向こうの準備が整ったのにちんたらする意味はないからだ。
そう、エアリアル・レイドを用いた高速移動の出番だった。
「え……」
移動準備に入るアルフとロッティを前に、リィルが表情を強張らせた。そして、そのリィルの表情を盗み見て、何が何やらと疑問符を顔に浮かべるガイルとウルド。
「ほーら乗った乗った」
「うぉおっ!?」
「うごっ…!」
グレイが2人を担ぎ、船に投げやった。アルフとロッティの後ろに受け身も取れずに投げ出された2人が悲鳴をあげるが、それを気にする者はいなかった。
「ま、待って! 乗るから! 自分で乗るからーっ!」
「3、2、1、はい時間切れねー」
「きゃぁあっ!」
最後にリィルを担ぎ上げたグレイが、リィルを担いでいない左手で船を持ち上げて──
「ほいじゃ、出発!」
「あいよー! そりゃっ!!」
「「うぎゃぁああぁああああぁあああーっ!!」」
「まだ心の準備が──いやぁぁぁああぁあああっ!!」
魔力で強化されたグレイの腕が船をぶん投げ、そして3つの悲鳴がだだっ広い草原に木霊した。