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Avalon Rain ~終焉の雨と彼女の願い~  作者: 音無 一九三
第一章【凶変の召喚魔法】
14/53

13 『勝利の御旗』の実力

「お前等…何でここに……」


 ウルドが驚いたように、アルフの背中に問い掛ける。ガイルは未だ首を落とされそうになった恐怖から立ち上がっていない。


「何でって、あんた達を取っ捕まえに遠路遥々やって来たんだけど」


「どうしてここが…」


「えっ、なに、追われてないとでも思ってたの?」


「……」


 言葉を失うウルドに、むしろ言葉を失いたくなったのはこちらの方だ、と思うアルフ。本当に泳がされていたことに気づいていなかったのか。いや、確かにその前提で動いてはいたのだが。



「何だ貴様等は!?」


 恰幅の男が、そう怒鳴り付けてくる。それを合図に、その背後に控えていた者達が、アルフ達を取り囲むように動き始める。

 それには目もくれず、アルフは恰幅の男を見返して口を開いた。


「オレ達は、レーヴェティア所属の騎士、『勝利の御旗(フューリアス)』だ。レーヴェティア騎士団長の命により、お前達を拘束しに来た。意味がないと思うけど一応言っておく。無駄な抵抗はせずに投降した方が身のためだよ?」


「ちっ…。だが、たかが3人で何が出来ると言うのだ? 『勝利の御旗(フューリアス)』、情報では確か、不祥事ばかり起こすCランク騎士が3人のチームだったな。そんな者達に任せるとは、余程レーヴェティアは余裕がないようだな」


「どうやら、オレ達の事は知ってるみたいだね。で、投降は?」


「馬鹿が、こちらにはBランクの者が何人もいるのだ。むしろそっくりそのまま返してやろう。『無駄な抵抗はせずに投降した方が身のため』だぞ? 今なら命までは取らんぞ?」


勝利の御旗(フューリアス)』3人に対して、ロイを含めたこちら側の戦力は33人。数の上では圧倒的優位にある。男の顔に、再び嫌らしい笑みが浮かぶ。

 真っ当に考えるならば、確かに男の言う通りだ。これだけの人数差で、しかもランクで上回る者が何人もいるとなれば、恐るるに足りない。


「投降する意志は無いみたいだね。それじゃ、後悔させてやる」


「そこの2人、動いたらどうなるか、わかってるよねー?」


 細剣を鞘から抜きながらにっこりと笑うロッティに、ようやくショックから立ち直ったガイルを含め、2人は青ざめながら、まるで壊れた玩具のようにこくこくと頷いた。


 たかが小娘の言葉に、何をそこまで恐怖するのか。こんなガキ共のチームが何だというのだ。

 ガイル達を怪訝に思いながらも、男がハンドシグナルで合図を出す。それを待っていたかのように、6つの影が一斉に飛び出した。アルフ達に向かって、6方向から攻め入る形だ。単純な話、1人に対して2人向かって来ている、ということになる。


「あっ……」


 ガイルが声を洩らすが、もう遅い。

 Cランクのガキ風情、ベテランの騎士が2人もいれば事足りる。むしろ、お釣りが来るだろう。男はそう思っていたし、実際普通ならばその通りだった。そう、普通(・・)だったなら。


 刹那、しなやかな銀閃が円を描くように空を舞う。攻め込んだ6人は何をされたのかもわからぬまま、或いは腕から、或いは胸から飛び出た赤い液体に目を見開いた。次いで、強烈な打撃を受けた6人が、今まさに進んできた道を辿るように吹っ飛ばされ、石畳を転がった。


 カキキキ、と金属音をあげて、幾つかに分裂していた刃が、元の細剣の形に戻る。(さき)の一閃、最初の一撃は、ロッティによるものだ。

 ロッティの得物である細剣は、正確には剣ではない。幾つもの刃に分断された刀身を持つ、ブレードウィップと呼ばれる代物だ。


 高い魔力制御が要求されるそれは、魔力のワイヤーによって刃と刃を繋ぎ合わせ、広範囲を攻撃する鞭となる。男達を斬り裂いたのは、ブレードウィップによる鞭撃だ。


 その一撃で怯んだ騎士達を、アルフとグレイが3人ずつ、アルフは翻した刀の峰で、グレイはその拳で、弾き返したのだ。

 レーヴェティア広しと言えども、そんなピーキーな得物を扱えるのはロッティとあと数人いるか、くらいのものだろう。



 呆気なく終わると思っていた恰幅の男は、逆の意味で呆気なく終わったその光景を目の当たりにし、呆然とした。

 何だこれは、どうなっている。相手はたかだかガキが3人ではないか。それに倍する人数で一挙に攻めて、何もさせてもらえぬまま弾き返されるとは、どういうことだ。



 アルフに向かって真っ直ぐに突っ込んできた騎士の1人。弾き返され、石畳を転げたせいか、頭を強く打ったのか気を失っている。

 その騎士の元へと、まるで囲まれている事など意に介さず歩み寄ったアルフが、しゃがみ込んで、仰向けに倒れて白目を剥くその騎士の肩に、ポン、と手を置いた。

 次の瞬間、真っ黒な空間が、騎士を呑み込んだ(・・・・・)。その闇が消えた頃には、そこには誰もいなかった。


「なっ……」


「はぁっ!?」


「人を…収納しやがった……」


 それまで押し黙っていた騎士達が、悲鳴のような声をあげる。



 収納魔法──魔法の中でも、特にそのメカニズムがまるでわかっていない、2系統6属性から分け隔てられた、特殊魔法の一種。

 その作用内容は、半径50センチ以内の直接、或いは間接的に触れている物体を異なった空間へと飛ばす、或いはしまった物を取り出す、というものだ。


 人によってその収納可能容量は違っており、しかし大概は相当に大きくても6畳程度だ。

 これ以上入れたらまずい、という限界値は感覚的に把握することが可能で、そしてその収納スペースがしまいすぎによって不足した場合、1番古い物から順に上書きされ、抹消されるようだということが判明している。

 ちなみに、そもそも収納可能な容量を越える体積の物を収納しようとすると、その物体は完全に消えてしまう。下手をすると、失敗した魔法が暴走し、自分も巻き込まれてしまう。


 また、どういう理屈だかは定かではないが、どうにもしまう対象が生きている場合、その体積以上の容量を食い、さらに意識がある場合はそもそも収納することが出来ない。



 閑話休題──。

 ではそんな収納魔法を人に掛けるとどうなるか。そんなこと、怖くて出来るわけがなかった。


 生物の場合、体積以上の容量を食うし、それが収納容量を越えた場合、その人物は消えてしまう。最悪の場合、術者も巻き添えだ。

 さらに言えば、未だ解明されていないということは、そもそもしまった物が必ず、どんな場合でも取り出すことが出来るのか、また、しまった時の状態から変動は無いか、ということは、まるで保証されていない。

 確かに実際にはそんな情報は無いが、だからと言ってそれは絶対を約束してはくれない。



 そんな魔法をおいそれと人に対して使うなど、仮に余程馬鹿げた収納容量を有していても、並大抵の人には出来ないことだ。


 だが、アルフは騎士を収納にしまって見せた。それは「消えちゃったらそれまでだよね、ドンマイ」と言っているようなものだ。


 それに、彼は言った。「拘束しに来た」と。それは実際に、『ここにいる全員をしまい込むことが出来るような、およそ非現実的な容量の収納を持っている』ということを意味している。

 さらに言えば、ここにいる全員を、収納にしまって捕らえよう、ということだと考えて間違いないということだ。

 消えて無くなるかもしれない、収納に。


 気絶したが最後、もしかしたら自分は消されるかもしれない。それは、死の宣告に等しい恐怖だった。否──そもそも人として扱われてないのではないか。こいつは、ここにいる者達を物とでも認識しているのではないか。



 その恐怖に駆られたか、アルフ達を取り囲む男の1人が弾かれたようにアルフに斬りかかったが、恐怖によって強張った剣閃は綺麗に受け流され、勢い余って地団駄を踏む男の首筋にアルフの手刀が入り、パタリと地面へと伏せる。そして、再びアルフの収納が口を開いた。



「お、お前達、何をしている! 相手はたかだかCランクの若造が3人ではないか!」


 激昂する恰幅の男に視線を移し、

「何だ、オレ達の事は知っているんじゃなかったのか?」

 と、アルフが問う。

 それに返答したのは、対峙する男ではなく、グレイだった。


「どうせ不祥事ばかり起こすCランクのガキんちょなんぞ、目じゃないとでも思ってたんだろ。こっちとしちゃ、ありがてぇ話だけどよ」


 まさしくその通りであった。

 事前にマークしていたのは、レーヴェティアの中でもBランク以上の者がばかりであった。だから、アルフ達の事など、要員とランク程度の表面的な情報しか仕入れていなかった。



「お、おい! どういうことなのだ!」


 混乱する男が、ガイルとウルドに対して悲鳴のような声色でそう問い掛ける。それに答えたのは、苦虫を噛み潰したような表情のウルドだった。


「……そいつ等は、『不祥事ばかり起こすCランク』なんかじゃない…。『不祥事ばかり起こすから(・・)Cランク』なんだ…!」


 そもそも、前提が間違っているのだ。Cランクのガキが3人? 馬鹿を言え、コイツ等は──。


「実力だけなら、Bランク上位……いや、Aランクになっていても不思議じゃねぇ…! でなけりゃ、あの浴場前の時だって、助けられる前に逃げられたんだ!」


 ウルドの言葉を引き継いで、ガイルがそう言った。


 Aランク──それは、ハンターで言えば最上位、騎士で言っても、対イクリプシアの戦力としては直接換算されこそしないものの──直接的に戦力としてカウントされるのは、Sランク以上──、場合によってはその補佐を任されるレベルだ。

 ならば何故、それ程の実力がありながらアルフ達はCランクなのか。言わずもがな、問題ばかり起こすからだ。


 要は、実力や功績を打ち消してしまう程やらかしまくっている、ということだった。Cランクであって、Cランクに非ず。そしてこういう場合、Cランクという位付けは、絶好の隠れ蓑として機能する。


 だからこそ、この依頼はアルフ達が選ばれたのだ。

 圧倒的な速度を以て先行する標的に追い付くことが出来る移動能力、多人数を一挙に捕らえ連行出来る捕縛能力、そして、並大抵の敵ならば問題のない戦闘能力。

 しかも、ランクが実力と直結しないがために、レーヴェティアの人間でなければ警戒されにくいと来ている。


 まさしく、うってつけの人材だった。


「ぐぅっ…!」


 恰幅の男は僅かに後ずさった。逃げ出そうとしたのだ。この場は何とか部下達に時間を稼がせ、この『召喚魔法の書』だけでも持ち出そう、という腹だ。何せ目的はこの書物だ。何を置いてもこれだけは持ち帰らねばならない。

 部下達も、それは理解していた。だから、男の後退する動きに合わせ、重心がやや前方へと動く。


 その刹那だった。


 一歩。たった一歩である。逃げ出そうと後ずさったその脚に、鋭い痛みが走る。たまらず男は悲鳴をあげて石畳を転げ回った。見れば、右太腿は赤く濡れていた。そしてそこには、何かに穿たれたような跡が残っている。


 男の脚を貫いたのは、青白い魔力の閃光だ。それは、1人この場にいない、リィルによる狙撃だった。



「いや、最近の話なんだけどさ。どうにもうちのパーティは猪突猛進というか、遠距離に弱かったんだけど、数日前にちょうどいい子が加入してね。あんた達は、常に狙われていると思ってくれていいよ」


 そう、確かにアルフ達のパーティ、『勝利の御旗(フューリアス)』は、その戦力が近接戦闘に大きく傾いていた。辛うじて遠距離攻撃を有するロッティさえも、接近してドンパチする方が好きだったし、グレイに至っては近距離攻撃しか持ち合わせがない。


 そこに加わったリィルの存在は、非常に大きかった。今の『勝利の御旗(フューリアス)』は、近距離戦にも遠距離戦にも対応出来る。

 ただでさえBランクを越える実力を有していると明かされた上に、その弱点さえも今は消え失せている。


 これでは、逃げように逃げられず、撃ち破ろうに撃ち破れない。



 苦痛に顔を歪め、脚を押さえてのたうち回る男。激痛のせいで、その両手は大事そうに抱えていた木箱から離れ、木箱は男の近くに無造作に投げ出されていた。


 その木箱を、男の脚を撃ち抜いた時と同じように、グレイの空けた壁面の大穴から、今度は紅蓮の閃光が貫いた。すると、木箱は一挙に火に包まれ、数刻の後に灰と化した。


「ああっ…!!」


 あまりのショックに、男は痛みすら忘れて呆然とその木箱であった灰を見る。箱どころか、中にあった筈の『召喚魔法の書』も無くなっていた。


「ばばばば馬鹿野郎ッ! 何てことしやがったんだ!! 封印指定の──重要な本だぞ!? いくら何でも問題が過ぎるだろう!!」


 ウルドのその声色は、それはもう、恐慌状態に近しいレベルのものだった。ガイルに至っては、もう言葉を発する気力すら失っているに等しかった。

 ……いや、まあそれを盗み出そうとした者の言葉ではないのだが。


 とは言え、確かにそれは問題行動が過ぎる。いくら『勝利の御旗(フューリアス)』が問題児のパーティとは言え、非常に重要な、2つと無いが書物を消し炭にするなど、流石に許されることではない。

 そう、それが本当に本物であったなら。



「偽物だよー、それ」


「「……は?」」


 ロッティの言葉に、ガイルとウルドが揃って疑問符を浮かべる。

 そんな2人に追い討ちをかけるように、グレイが言葉を投げ掛ける。


「本物なわけねぇだろ? じゃなきゃこんなあっさり盗めねぇって。え、微塵も疑ってなかったのか?」


「じゃ、じゃあ、あの箱の面倒くせぇ細工は何なんだってんだよ!? 意味ねぇじゃねぇか! 何だって偽物をあんな厳重に守ってんだよ!」


「あー…あれね。あれはほら、レーレさんの趣味だよ」


 アルフはそう言いながら、ふと以前受けたレーレからのお仕置きを思い出していた。勿論、ロッティとグレイのとばっちりを受けたわけなのだが、お仕置きの内容が木箱を開ける、という、字面だけ見ればお仕置きでも何でもないものだった。

 だが、それを開くのは容易ではなかった。いったい何ステップあるのか、ギミックに次ぐギミックの果てにようやく箱を開けたアルフ達が目にしたのは、また木箱だった。


 木箱の中に木箱。勿論、中から出てきた箱も細工箱である。細工箱の入れ子人形(マトリョーシカ)だった。

 最終的に、アルフ達が最後の箱を開けた時には、取り掛かってから半日が経過していた。なお、出てきたのは、『お疲れ様』と書かれた紙切れ1枚。


 どうせあの木箱も、同じように幾重にも入れ子になっていたことだろう。その果てに偽物であったと知るよりは、幾分マシではなかろうか、とアルフは思った。


 まあ尤も、偽物を掴まされ、泳がされ、追跡され、そして今、こうして捕らえられるガイルとウルドには、若干同情しなくもない。というか、素直に可哀想だった。

 この期に及んでなお偽物だと気づかなかったということは、上手く出し抜けた、とでも思っていたのだろうから。


「ぐ、くぞぅ……!」


 痛みのあまり濁った声で呻く男に、グレイが口角を吊り上げる。


「お前等もお前等だよな。そう簡単に禁書指定の代物を盗めると思ったのかー? レーヴェティア舐めすぎ」


 レーヴェティアは、この地上で、かのヴァスタードと並び立つ実力を誇る街だ。たかだかEランクの騎士が2人程度で、そんな大それた物を盗める筈がないのだ。そんなことは、ガキでもわかる話だ。

 つまり、それを見抜けない時点で、この場に居合わせる30人を越える者達も、たかが知れているということだ。



「さて、もう1回言うぞ? 無駄な抵抗はしないで、投降した方が身のためだよ」




 そこからは、激しい混戦──になったのなら、多少なりともマシだっただろう。そう嘆きたくなる程に、戦闘はあまりに一方的であった。

 法術を放てば相殺され、接近すれ打ちのめされ、逃げ出そうとすれば脚を撃ち抜かれる。

 碌な抵抗をさせてもらえず、1人、また1人とアルフの収納の中へと消えていく。気付けば、恰幅の男とロイを含めても、もう6人しかいなかった。


 ロイは、男が引き連れる騎士達の中で最も強い騎士だ。そのロイでさえも、剣の腕では遥かにアルフに劣り、魔法ではロッティに抗うことさえ出来ず、肉弾戦でもグレイに捻られる。

 たったの3人だ。その3人を相手に、28人の騎士が敗れ、アルフの収納に捕らえられた。いくらBランク上位の実力を持つと言っても、これは異常だ。何なんだコイツ等は。

 誰もがそう思った。これは悪い夢かと。だが、無情にもそれは現実で、目の前のそれが、自分達がまな板の上の鯉であることを嫌でも認識させてくる。


 ロッティの手から放たれる青白い魔力のワイヤーが、気絶した者を次から次へと絡めとり、アルフの前にポイポイと投げ出される。

 魔女の銀糸(メーガス・ライン)と呼ばれる、ラーノルド直伝の魔法だ。法術としても法撃としても使用出来るのだが、どちらにせよ凄まじい魔力制御力を要する。

 時には万物を切り裂く刃と化し、時には何物をも逃がさない戒めの鎖と化す、至高の魔法だ。


 そんな魔女の銀糸(メーガス・ライン)で、また1人、騎士がその自由を奪われる。そして、

「あい」

 ぽいッとグレイの方へと放り出される。


「29人目!」


 渦を巻く深緑の魔力を纏ったグレイの掌底に鳩尾を打ち付けられた騎士が、石畳を転げながら今度はアルフに向かってぶっ飛ばされる。

 その衝撃で気を失った騎士は、抵抗なく闇の中へと吸い込まれる。

 とうとう、残すは僅かに5人のみ。未だ人数だけを見れば優位だが、勝ち目がないことは皆理解していた。



「くっ…! コーザル様…」


「……ああ…」


 恰幅の男──コーザルは、忌々しく思いながら、しかし決断する。


「……投降…する」


 コーザルの言葉に、ロイを含めた騎士達が得物を捨て、両手を挙げた。最早、この状況はどうにもならない。逃げることさえ叶わない。

 いや、よしんばここで逃げられたとしても、偽物の『召喚魔法の書』を掴まされ、大量の捕虜を捕られたとあっては、むしろ戻った時こそ命が無いだろう。

 レーヴェティアならば、殺されることはない筈だ。これがヴァスタードであったなら、酷い拷問の末、惨めな死を遂げることになるだろうが。

 どのみち抵抗しても勝てないし逃げられないのだ。これ以上悪戯に負傷者を増やすより、投降して大人しく捕まった方が、ずっといい。



「うん、賢明だね。そちらに抵抗の意思が無ければ、こちらも気絶させるくらいしかしないよ」


「……」


 それは、少なくとも1発は痛い目に遭う、ということで、そしてあの本当に無事で済むのかわからない収納の中にしまわれる、という意味なのだが、それでも幾分マシだろう。


 ともあれ、こうしてアルフ達の仕事は、特段問題無く終了したのだった。







 ************************


「……ふう」


 そこは、アルフ達のいる所から200メートル程離れた場所にある建物の屋根の上。魔力感知の最大射程ギリギリからの遠距離狙撃を行っていたリィルは、敵側が投降したのを確認すると、短く息を吐き出した。


(まさか、本当に全員捕らえてしまうなんて……)


 誰も殺さず、しかも致命的な怪我を負わさずに全員を捕らえるには、それを可能にするだけの実力差が必要だ。つまり、手加減してなお打ち倒せるだけの実力が必要ということで、仮にこの場に自分がいなくても、彼等は勝っていただろうことが容易く想像出来る。


 それは、リィルに安心感と、それに勝る不安感を抱かせた。



「私は……どうするべきなのかな…」


 ポツリ、と呟かれたその言葉に、答える者はいない。嫌に鮮やかな月明かりに照らされた廃墟と化した街並みに、彼女の小さな溜め息が、もう一度響いた。

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