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Avalon Rain ~終焉の雨と彼女の願い~  作者: 音無 一九三
第一章【凶変の召喚魔法】
13/53

12 思い知る苛烈さ

『朝霧の牙』から連絡があったのは、2日後のことだった。おおよそ目的地が割れたとのことだ。ラーノルドから正式に依頼を受けたアルフ達は、朝の清々しい陽光を受けながら、西門から街の外に出た。うん、いい天気だ。リィルにとっては、これが『勝利の御旗(フューリアス)』での初仕事になるが、まさに門出に相応しい。



 街からしばらく歩いて拓けた場所に着くなり、アルフは今回の仕事内容についての話を始めた。


「んじゃ、今回の仕事の内容をまとめるよ。目的地はここから南西にある廃墟。恐らくそこに向かってるようだって話だよ。依頼内容は、ガイル・ノルタム、ウルド・グラスタの両名、並びに、その背後にいると想定される連中の捕縛。オッケー?」


「あいさー! 取っ捕まえてぎったんぎったんにするんだよねー! 任せといてー!」


「……間違ってはないけども…」


 苦笑するアルフ。そんなアルフに、リィルが不安そうに尋ねてくる。


「ねぇアルフ。思ってたんだけど、今からで間に合うの? 私達が着く頃には逃げられちゃうんじゃないかしら?」


「うん、その疑問はごもっともだ。それが普通。でも、全く心配ないよ。多分、あいつらが辿り着くよりオレ達の方が早いから」


「えっ?」


 2日も先に出た者達に追い付つくではなく、むしろ先に着く?

 それは当然の疑問だったが、その当然が通用しないのが、彼等『勝利の御旗(フューリアス)』が『苛烈なる問題児(フューリアス)』たる所以である。



 しかし、ロッティが渋い顔をする。


「えー、やっぱりあれやるのー? 遠いし、あたし疲れるからやなんだけどなぁ」


「おいおい、久々にいいカッコ出来るチャンスだぜー? 気張ってけよロッティ」


「えー、めんどい」


 グレイの言葉になおのこと顔をしかめるロッティの頭に手を置きながら、アルフが諭す。


「頑張ってくれたら、この仕事が終わったらお前の好きな料理沢山作ってやるから。頼むよ」


「んもーしょうがないなぁ。アルフはあたしがいないとダメなんだからー」


 頭を撫でられて、頼りにされて、ご褒美まで用意される。これでやらねば女が廃る。俄然やる気を出すロッティだった。


「……ちょろいな」


 ボソリとグレイが呟いた言葉は、しかしロッティには届かなかった。



「でもアルフ、あたしの魔力だけじゃ、多分足りないよぅ」


「ん、大丈夫。魔力はオレから持ってっていいよ」


「うい、それなら大丈夫だね!」


「よっしゃ、じゃあ行こうぜ! 目指せアトランティス!」


「どこだよ、それ。っと」


 ツッコミを入れながら、アルフは収納から木製の舟を取り出した。船頭から船尾までで、おおよそ3メートル程。横幅も、大人が2人並んで横になれるだろうやや幅広なそれは、明らかに──というか、絶対に陸地にの真っ只中には相応しくない代物だ。

 目を白黒させるリィルを他所に、アルフとロッティはそそくさと舟に乗り、そのやや前方の方に並んで座り込む。


「はいはい乗った乗ったー」


「えっ? えっ!?」


 何がなんだかわからない様子のリィルの背を押して舟に乗せると、

「行くぜー?」

 とグレイが舟の縁に手を掛ける。


「いつでもいいよー」


 そう言って、ロッティがアルフと手を繋ぐ。その手を通して、アルフの魔力がロッティに流れ込み、ロッティは潤沢な魔力に満足げに頷いた。

 そして、その準備が整ったのを見てから、グレイは船を持ち上げた(・・・・・)


「えっ、ちょっ……えっ!?」


「ほいじゃ行くぜ。せぇの、っほい!」


「──きゃぁあぁあぁああああぁああああっ!!」


 突然の浮遊感。胃が持ち上がるような、とんでもない加速。そう、舟はグレイの手によって、ぶん投げられていた。


「よいしょっと」


 絶叫して舟の縁にきつく捕まるリィルの背後に着地したグレイ。その振動を確認して、ロッティが魔法を展開した。


 高速で地面から数メートル程離れて飛行する舟のやや前方に向かって、ロッティの左手から新緑のリングが放たれる。数秒と待たずに、舟がそのリングを通過したその瞬間、舟は再度強い加速を得る。


 ロッティの得意魔法の1つ、エアリアル・レイドと呼ばれる法術だ。

 その本来の使い道は矢など飛び道具を、より早くから、より遠くへ、より高威力で飛ばす、というものだ。


 要は、輪を潜った物体に対して加速を与える風属性の法術なのだが、魔法は本来、あまり細かな制御には向かない。この魔法も例外ではなく、失敗すれば、それはそれは恐ろしいことになる。


 余程の魔力制御能力がなければ、良くて物体には少なからずの裂傷やひび割れが、最悪、粉微塵にもなりかねない。



 「物をぶつけるための魔法」であって、間違っても「人が移動するための魔法」ではない。

 「敵にぶつけて壊れてもいいものを放つための魔法」であって、トチ狂っても「壊れては困るけど速く移動するための魔法」では断じてないのだ。


 だから、間違ってもそれを自分が潜ろうとは、誰も思わない。そう、普通だったなら。


 何を血迷ったのか、グレイが、

「これで移動したらくっそ速くて楽じゃね?」

 などと言い出し、それを聞いたロッティが、

「おおー確かに! やってみよー!」

 と、アルフの制止を無視してやり始めたのが発端である。


 最終的にはロッティの魔力制御能力なら大丈夫か、と半ば諦めながらそう悟ったアルフが、せめて何かに乗って移動したいと、舟を調達して今に至る。

 つまり、このまま舟の加速が弱まったところでエアリアル・レイドで再加速を行い、目的地までぶっ飛んで行こうぜ、という荒唐無稽な方法を取ろう、というわけだった。主に『勝利の御旗(フューリアス)』のストッパーとされるアルフだが、アルフもアルフで大概だった。


 そんなぶっ飛んだ考え故に、この移動方法は、誰しもに出来るものではない。

 グレイのような馬鹿な事に真面目に取り組む度胸とぶん投げたり投げた物に追い付くだけの馬鹿力、アルフのような馬鹿みたいな収納と潤沢な魔力量、そしてロッティのような馬鹿らしくなる程の魔力制御能力が揃って、初めて──現実的かつ安全に──実行可能となる方法だ。


 無論、誰も真似しない。いや、頼まれてもやりたくない。誰も見たくはないだろう、ひしゃげたトマトや砕けた果実のようになる人間など…。



「あ、ロッティ、2時の方角にキース2体」


「あいー」


 前方にエアリアル・レイドを展開しながら、ロッティが指示された方角に、矢継ぎ早に魔法を放つ。高速で撃ち出された氷柱が、キース達の頭部を1発で捉え、絶命させる。それを、ロッティの指から放たれた青白い魔力の糸が、まるで魚でも釣り上げるように舟へと引き寄せてくる。すかさずアルフがそれを収納に格納。


 高速で移動しながら、魔物狩りも行おうという、もうどこから突っ込んでいいのかわからなくなる光景に、最早リィルは悲鳴も忘れていた。

 自分はとんでもないパーティに招かれたのでは、と、ようやっとリィルは気がついた訳だが、もう遅い。既に借金は『勝利の御旗(フューリアス)』として課せられているし、今さら抜けるなど出来ないだろう。



 そんなリィルだったが、30分も経つ頃にはその状況に慣れてきて、役割分担も出来ていた。人間は適用する生き物である。リィルが魔力銃で魔物を仕留め、ロッティが船を動かしながらそれを回収、アルフが収納する。


 ちなみにグレイは、何もしない。いや、出来ない。

 だって、収納魔法も使えなければ、遠距離魔法も使えないのだから。この場では、ただじっとしていることが仕事だった。



「そういやよ、これ真面目な話なんだけどさ…」


「ん、何?」


「うんこ味のカレーと、カレー味のうんこって、食うならどっちがマシなのかな」


「……真面目な話なのかな、これ?」


「うへぇー、どっちも食べたくない…」


「私もやだな…その選択肢は」


「いやでも実際どうよ? もしどっちか食わなきゃならねぇなら」


「そもそもそんな究極的な事態になることが間違いだよね…」


「だからもし、だってば。オレぁ断然カレー味のうんこだね。だって、うんこだって知らなきゃ幸せでいられるんだからな」


「えー、でもうんこだよ?」


「アルフはうんこ味のカレーか?」


「う…んー……。まあ…食べなきゃいけないならそっちかな。味はともかく、一応はカレーなんだし」


「けどよ、味がうんこだったらもうカレーだって思えなくね? もうそれうんこじゃね?」


「だぁー! うんこうんこうるさいなぁ! そんなうんこうんこ言ってたらうんこになるんだよー! あ、グレイはうんこ! グレイはうんこ!」


「何をぅ!」


「ぎゃー! うんこに触られた! うんこになるぅー!」


「ロッティちゃんが1番言ってるよ…」


 前言撤回。じっとしているだけな筈がなかった。

 とんでもない議題を展開し始めたグレイ。そして平然とそれに乗っかるアルフとロッティに、リィルは早くも今日2度目になる「大丈夫かなこのパーティ」という感想を抱いていた。

 それと全く同じ事を、直近でアルフもリィルに対して抱いていたとは、露程も気づかずに。



 驚くべき事に、日が暮れた頃には、アルフ達は目的地の廃墟に到着していた。全力で──魔力総動員しての全力疾走で──飛ばしたとしても普通なら3日は掛かるだろう距離を、半日と掛からずに移動したことになる。

 これが、アルフ達がこの仕事を依頼された理由の1つであり、そして悠長にのんびりとしていた理由だ。アルフ達ならば、目立つという一点に目を瞑るならば、どのパーティよりも早く目的地に到達出来る。


 そして今回の場合、廃墟の近くまでこの移動方法でやってきて、そこからは徒歩。そして、目的の人物が来るよりも先に隠れていればいい。


 夕陽によってオレンジに染まったその場所は、昔は人が住んでいただろう、棄てられた街の成れの果てだ。石造りの家はあちこちに穴が空き、長年使用されていないせいか、風化が進んでいる。



「よっこらしょ」


 収納に舟をしまったアルフ。その顔は、どこか嬉しそうだ。リィルが加わったことで、ロッティは移動と得物の収集に専念出来る。そのため、これまで以上に素材採取が捗ったのだ。空を飛ぶ魔物も、地を行く魔物も、お構いなしに乱獲出来たため、アルフの収納はほくほくだった。

 この調子で帰りも集めれば、前回の単独遠征よりも稼げそうだ。うむうむ、善きかな善きかな。



「さてと。リィル、この辺りに人の反応はある?」


 アルフの感知出来る範囲には、自分達以外の反応は無い。だが、あの2人の目的地がここなら、必ずこの場所の何処かに、クライアントとでも呼ぶべき相手が存在する筈だ。

 だって、あの2人には、盗み出した文書が本物であったとしても、手に余る代物なのだから。それに、あの2人に向上心は無い。盗み出した本の内容から考えても、必ずいる筈だ。


 アルフの言葉に、リィルは目を閉じて辺りに意識を集中する。しばらくして、

「……いいえ、この辺りじゃないわ」

 と返答する。


 移動中、お互いの能力について話し合ったお陰で、リィルの魔力感知範囲についてもわかっているアルフ達は、敵の感知はリィルに任せることにしている。


「そっか。なら、まずは反応のある所を探そう。グレイ、お前は、どの辺にいると思う?」


 こういう時は、グレイの意見が的を射ることが多い。問題行動さえなければ、頼れる兄貴分に違いはないのだ。

 グレイはうーんとしばらく考え込んで、目を閉じたまま語り出す。


「そうだな…。多分、あれの望み主は研究職だな。んで、かなり裕福で丸々太ってるな。うん間違いねぇ。本人は戦闘はまるで出来ねぇだろうな。けど、いいカッコしいで力を誇示するのが好きで、多分部下を大勢率いてるな。流石に襲撃は多少想定しているだろう奴等が、数にモノを言わせて戦える広めの場所。…うん、あれだろうな」


 そう言ってグレイが指差したのは、遥か前方にある一際大きな建物だった。


「……相変わらず、何でそんな具体的な答えが返ってくるんだか。情報じゃ、ガイル・ノルタムとウルド・グラスタのことと、もう1人の協力者らしき奴以外は無い筈だろうに…」


「勘だよ勘。まあ、ものは試しだ。行ってみようぜ。ある程度近づきゃ、リィルが感知出来るだろ」


 あっけらかんとそう言うグレイ。まあ、他に情報も無い。

『朝霧の牙』からまだ連絡が無いということは、ガイル達もまだこの場所に着いていないのだろう。

 元々待ち伏せるつもりだったのだから、当たり前だが。



「……ホントにいる…」


 さて、リィルの最大感知可能範囲は、本人の話では半径200メートル程。これは、通常あり得ない射程だ。どのくらい非現実的なものかと言えば、アルフの収納に比肩する勢いである。


 感知を相当に得意とするアルフで、感知のみに極限まで集中しておおよそ50メートルいけばいいくらいで、それでも感知能力としては非常に優秀とされる。一般での優秀とされる範囲は、半径10メートルそこらである。


 そもそも、魔力感知能力を持つ人間の絶対数はかなり少ない。実際のところ、魔法が得意なロッティも、まあ予想通りだがグレイも使えない。


 標的のガイルやウルドは勿論使えないし、20メートルも離れていれば、仮に感知タイプがいたところでまず気づかれないだろう。



 そして、実際にグレイが指差した建物から30メートル程離れた建物に身を隠したアルフ達の中で、リィルは敵の存在を感知していた。


「な、だから言ったろ?」


「グレイとリィルが鬼だったら、かくれんぼはすぐに終わりそうだね…。リィル、何人いるかわかる?」


「30人くらい、いるわね…」


 まさしくグレイの言った通り、1つの反応が前に出ており、その後ろに従えられたように展開している。ここまでドンピシャだと、もう感知するのも馬鹿らしくなってくる。

 未来予知でも出来るのか、と疑いたくなる。



「よくもまあそれだけ揃えたもんだねぇ。どこの奴等なんだか」


 半ば感心したようにアルフが呟く。グレイの予想が的中率していたことには驚かない。今に始まったことではないのだから。


「まあ、30人くらいならどうってことないだろ」


「えっ?」


「「「えっ?」」」


 アルフの言葉に疑問を浮かべるリィルと、そのリィルの反応に疑問を浮かべるアルフ達。4人は揃って疑問符を浮かべる。


「30人もいるのよ!?」


「うん、そうだね」


「そうだねって…」


 単純な話、30対4だ。敵の能力もわからないのに、それだけの人数にたった4人で挑むなど、しかも、それで依頼を達成するつもりだなど、にわかには信じがたい話だ。だから、リィルの反応は当然のものなのだが。


「応援を呼ぶとか、そうするべきじゃないの!?」


「ん、大丈夫だと思うよ。30人くらいなら」


「そーそー。30人ならへっちゃらだよー」


「どうせ大したことない連中だろうぜ。楽勝楽勝」


 アルフ達は、まるで大したことでもないと言わんばかりだった。


「……私がおかしいのかしら」


 頭が痛くなるリィル。『勝利の御旗(フューリアス)』が『苛烈なる問題児(フューリアス)』たる所以を、段々とわかってきたリィル。

 ロッティとグレイは見た通り聞いた通りだが、アルフも大概なんじゃ…。そんな感想を抱くリィルだったが、結局、強引に押し通される形で、リィルはアルフ達の言葉を信じることになった。








 ************************


 日が暮れ没してさらに2時間程が経過した頃、ガイルとウルドは、ようやっと腰を下ろせる喜びを噛み締めていた。満足に休むことも儘ならない状態で3日強の強行軍。40を過ぎた齢の2人には、辛いものがあった。


「一時はどうなることかと思ったぜ…」


「……生きた心地がしないな…」


 息も絶え絶え、そう洩らすガイルとウルド。硬い石畳がとても心地よく感じる程の疲労感に、2人は喘ぐ。

 そんな2人と同じく強行軍を行っていた、黒いマントを羽織った男は、疲れなど見せずに口を開く。浴場前で、ガイル達の倒木を手助けした者だろう。


「レーヴェティアと言えども、こんなものか」


 ガイルの持つ木箱を見た後、それから視線を移す。

 そこは、かなり拓けた空間だった。

 何のための施設だったのか、天井は高く、呟く声も広く反響する。ざっと1000人は集まっても問題ないだろう。


 その広場の中央に、目的の人物は立っていた。身なりがよく、ブクブクと太った体躯。脂ぎった顔には、実に嫌らしい笑みが張り付いている。その背後に、リィルの感知した通り、30人程の人影が控えている。


「長らくお待たせいたしました」

 と、男は抑揚の無い声でそう言った。

 それに満足げに頷いて、

「うむ、ご苦労であった。して、この者達が協力者かね?」

 と、何とも芝居がかった口調で問う。


 見ればわかるだろう、と内心で思いつつ、男は頷いた。


「はい。ガイル・ノルタム、ウルド・グラスタです」


「ふむ、そうか。して、それが『召喚魔法の書』かね?」


「…ああ、こいつがお望みの代物だ。こんなもの、何に使うんだ…」


 吐き捨てるガイルの言葉に、一瞬恰幅の男の表情がピクリと動いたが、それも一瞬だった。何とも無礼な男だが、そんなことは今はどうでもいい。


「ふむ、それは君達が知ることではない。ともあれ、大義であった」


 マントの男が、差し出された木箱を受け取り、恰幅の男の元へと持っていく。木箱を受け取ると、口の端はさらに吊り上がる。

 木箱を開けようとして、しかし──


「うむ? これは……」


 ガタガタと音を上げて、しかし木箱は開かない。形状からして上ふたがスライドするタイプだと思われるが、しかし何かにつっかえたように、木箱は小気味いい音を鳴らすだけだ。


「……細工箱か。厄介な」


 恰幅の男の眉間に、皺が浮かぶ。細工箱とは、幾つかのギミックを順に解いていかない限り、蓋が開かない構造を持った箱の事だ。

 ギミックを解く以外に開ける方法があるとすれば、それは箱を破壊することだ。

 だが、相手はレーヴェティアだ。もし無理矢理抉じ開けようものなら、中の本が燃えるような仕掛けをしていても不思議ではない。

 ギミックを解く以外に、方法は無さそうだった。


「なるほどなるほど、流石はレーヴェティア、一筋縄ではいかんか。……む? ほうほう、ここがこうなって、次はこうか?」


 カチャカチャと箱を弄る恰幅の男。ガイルたちに開け方を問うようなことはしない。意味がないとわかっているからだ。こんな明らかに下っ端そうな者達が知っている訳はない。



「さあ、約束通り持ってきたんだ。あんたも約束は守ってくれるんだろうな?」


 ガイルがそう言って、黒マントの男を睨み付ける。この仕事には、宝貨300枚という、それはもう目も眩まんばかりの報酬が約束されていた。


「おお、そうであったな。ロイ」


「──はっ」


 既にガイル達から興味を失った恰幅の男に命じられた黒いマントの男──ロイが、短く答えてガイル達の元へと戻ってくる。



 宝貨は大金貨10枚分に相当する。大金貨2枚が一般的な者の1ヶ月の稼ぎであることを考えると、2人で山分けしても一生遊んで暮らせるだろう。


 だからこそ、この話に乗ったのだ。このために、長い時間を掛けて隙を窺ってきたのだ。ようやく、その努力が実る。

 仮にレーヴェティアを追われることになっても、それだけあれば、やり直せるのだから。どうせ無名のチンピラだ。大陸中で指名手配されることもないだろう。

 仮にそうなっても、手に入れた大金でもって別の大陸にでも移り住めばいい。


 何より、ガイル達には後が無かった。年々衰えていく体力。もうそう長いこと騎士として働くのは難しいだろうに、借金も抱えている。

 このままでは、老後が危ぶまれた。

 60代にして現役の騎士もいるし、騎士を辞めてもレーヴェティアは魔導科学の発展した街だ、その鍛えた魔法を活用出来る仕事は沢山ある。

 要は、本人達の努力や素行が悪いだけの話なのだが、本人達はそれを本心では気づいていながら、それを周りのせいだと押し付けていた。そうでもしないと、不安から逃れられなかった。


 故にこれは、千載一遇のチャンスだった。この期を逃せば、自分達はおしまいだ。その思いが、宝貨300枚という甘い誘惑に惑わされることになった原因だ。



 ──宝貨300枚? 何だそれは。そんな美味い話があるわけない(・・・・・・)だろう。そんな事は、馬鹿でもわかる。火を見るより明らかだった。おめでたい奴等だ。



「ああ。約束通り、地獄へ送ってやろう」


 ようやく感情らしいモノを見せて、ロイが嗤う。


「えっ…」


「何…?」


 一気に練り上げた魔力を脚に集中させ、瞬きの間に残りの距離を詰めてガイルの目の前に躍り出る。そして、腰の鞘から剣を鞘走らせ──


「──ッ……!」


 ──その剣が、甲高い金属音をあげて、くるくると回転しながら宙を舞う。それは、一条の光だった。壁面に空いた穴を通して、青白い魔力が、今まさにガイルの首を落とさんとしていた剣を弾いたのだ。


 そして、次の瞬間、その穴の近くの壁が爆散した。ガラガラと大きな建物だった音をあげて崩落する壁。そのたった今空けられた大穴から、3つの影が躍り出る。


 1つは、ガイル達の正面に。跳びすさったロイとガイルの間に割り込むように刀を構えて。

 1つは、ガイル達の左側に、紅蓮の髪を翻し、石畳にめり込んだ右足を引き抜きつつ。

 1つは、ガイル達の右側に、壊した壁の破片を払いながら勝ち気な笑みを浮かべて。



「ふう…グレイがちょっと待とうとか言ったせいで、危うく報酬が減るところだった」


「えー、絶好のタイミングだったろ。やっぱこういうのは、ギリギリなくらいがカッコいいんだよ」


「うー、足痛い…。勢いつけすぎちゃった。それにおにぎりがのどに詰まって死ぬかと思ったよぅ…」


「うっは、馬鹿だなぁ。あんなタイミングで飯なんか食うからだろ」


「うっさい! だって遅すぎてお腹減ったんだもん!」


「……締まらないなぁ」


 愉快な仲間達に、嘆息するアルフだった。

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