11 彼女達の料理
ガイル・ノルタム、ウルド・グラスタの両名が、重要文書保管室への侵入を試みた日の夜のことだ。何かと事があったためにすっかり後回しにしていたのだが、依頼の完了報告がまだだった。せっかく何日も遠征して素材を集めたのに、それを忘れてしまう等、何のために遠征しに行ったのかと問いたくなってしまう。
実に大量の、それこそ換金所の担当が悲鳴をあげて逃げたくなる程の量の素材を引き渡し、大量の報酬を受け取ったアルフは、その内から街に帰るまでの期間で手に入れた分の報酬をリィルに半ば無理矢理渡し、そして借金を精算。
全部で大金貨7枚分の報酬だったのだが、これは一般の者が3ヶ月半は十分に暮らしていける額である。10日で稼いだと考えれば、相当に破格の稼ぎなのだが、如何せん『勝利の御旗』には借金がある。
リィルに金貨5枚──金貨10枚で大金貨1枚に相当──を渡したため、残るは大金貨6枚と金貨5枚。そこから大金貨6枚を借金に当てた結果、アルフの手元に来る10日間の稼ぎはリィルに渡した分と同額だ。
あれだけ頑張ったのに、金貨5枚である。5枚もあれば、節約すれば10日は余裕で暮らせるが、それにしたって嘆きたくなる稼ぎだ。
しかも、それだけやってもまだまだ借金の山は崩せない。今回の返済額ですら、砂の山を幼子がほじくる程度なのだ。
今日の返済を全てリィルの壊した物の修繕費と考えると、あと12回ないし13回、同じだけ稼げば、リィルの負債は無くなることになる。
……泣きたい。率直な感想だった。
今度の依頼、件の捕縛依頼は、まず達成時の報酬で大金貨5枚が約束されている。これだけでもかなりの額だが、当然それで終わらせる気は毛頭ない。行き帰りで採取しまくって、さらに稼ぐ予定だ。
というか、それくらいしなければ、どんどん借金が増えていくのだ。
何せアルフの仲間達は、愛すべき馬鹿野郎共だ。次から次へと問題を起こしてくれる。頼まなくても借金が鰻登りに増えていく。
おまけに、ストッパーとして活躍してくれるだろうと密かに期待していたリィルですら、グレイのせいとはいえ、その躊躇の無い行動によって街に来て1時間もしない内に借金を背負ったのだ。
え、この3人、オレが面倒見るの?
そう泣き言を溢したとて誰も責めはしないだろう。どころか、換金しているところで、話を聞いた先輩騎士がアルフの肩に手を置き、
「お前はよくやっているよ…。オレならとっくに逃げ出してるぞ。まあ、その……頑張れ」
等と言って同情し、労ってくるレベルだ。
同情するくらいなら替わってくれと言いたいところだが、そんなことを言っても何も変わらない。既にあの愛すべき馬鹿野郎共については、ある種の悟りの域に達しているアルフだった。
さて、その当事者であるリィルとロッティ、グレイだが、現在アルフの部屋に集合していた。
「っはははは! あー可笑しい! 死ぬ! 笑い死ぬ!」
腹を抱えて大笑いのグレイに対して、残る2人の反応はまた色が違っていた。
「……」
言葉も無く真っ赤になって俯くリィルと、
「きーっ! 何さ何さ! グレイだって人の事言えないじゃんっ!」
と違う意味で顔を赤くするロッティ。
そんな3人を置いて、台所に立つアルフはキリキリと手を動かしている。リズミカルに包丁がまな板を打つ音が部屋に響いている。
時を巻き戻すことおよそ1時間。それは、アルフが素材の換金を終え、ひとっ風呂済ませた後のことだ。すっきりとした気分で浴場を出て自室の前に辿り着いたアルフ。さて今日の晩御飯はどうするかと、そう考えながらちらりと流し見たのは、リィル、ロッティの部屋だ。
既にアルフの左隣のリィルの部屋、そして、正面のロッティの部屋のドアは、新品の物が取り付け直されている。
そう、リィルのインパクトが強かったために半ば忘れられていたが、ロッティもロッティで、リィルの件の前に部屋をふっ飛ばしているのだ。ロッティに関しては、これで何回目なのかと言いたくなる。
廊下は流石に取り替えれば済む訳ではないので、未だにぱっかりと口を開いているが。
何が言いたいのかと言えば、高価なドア2枚分プラスαの負債が新たに加わった、ということだ。
そんな真新しいドアの1つ、アルフの部屋の左隣の部屋のドアが、小さな音をあげて開かれる。そこから顔を覗かせたのは、雪のように白い肌と、鴉の濡羽色の艶やかな髪の少女──リィルだった。リィルの部屋のドアなのだから当たり前だが。
「やあリィル。どこかお出掛け?」
日中にリィルとグレイに街中を色々と案内してもらったらしいリィル。アルフが渡した金貨もあることだし、仮にアルフと出会った時に一文無しだったとしても、今なら買い物をするに困らないはずだ。
アルフ達には慣れ親しんだ街でも、リィルにとっては真新しさの連続だ。街中を歩いてみたくなっても、別段不思議はない。
そう思っての言葉だったが、柔らかく笑うリィルは首を横に振った。
「ううん、ロッティちゃんが晩御飯をご馳走してくれるって、部屋に来るよう呼ばれたの」
「……は?」
何だろう、疲れているのかな。やっぱりまだ疲れが抜けきっていないんだ、そうに違いない! 絶対そうだ!
そう自分に言い聞かせたくなる程、リィルの言葉はアルフにとって信じたくないものだった。
「え、えっ? なんて? もう1回言って? ロッティが何だって?」
思わずガッとリィルの両肩を掴んだアルフが、リィルをガクガクと揺すりながらアルフはそう言った。いきなり女の子にそんな事をするのは、という意見があるだろうが、そんな事に構っていられない。
「え、ええ…。ロッティちゃんがご馳走するから部屋に来てって──」
「──ロッティィイイィイイイッ!!」
人の部屋? 女の子の部屋? そんな事知るか。勢いよくドアを開けたアルフは、そのままズカズカとロッティの部屋に入っていく。昨夜の爆心地のような惨状から見事に回復した──勿論掃除したのはアルフである──ロッティの部屋。その台所に、ロッティは立っていた。
目の前には、魔導式のコンロ。その上に鍋が置かれ、今まさに点火しようとしているところだった。
「やめい!」
「あうっ!」
拳骨を落として、アルフはロッティを台所から引き剥がす。危なかった…。危うく、また部屋が爆心地と化すところであった。
「何するのさアルフ! あたし何もしてないよ!」
「今まさにしようとしてるだろ! 何を考えてるんだ!」
「何って、料理! リィルちゃんに美味しいご飯を振る舞うんだから!」
えっへん、と薄い胸を張るロッティが、再び台所に向かおうとするのを頭を掴んで阻止するアルフ。
というか、いつの間に元通りになったんだ、この台所は。確か原型を留めない程に滅茶苦茶になっていた筈だが…。
「お前、昨日の今日だって言うのにまるで懲りてないのか!?」
「大丈夫だよー今度は成功するってー! アルフは心配性だなぁ」
「……そう言ってロッティが部屋を爆破したのは、昨日で何回目だっけ?」
「えーっと、確か13回目だね! おおー不吉な数字」
「……なんでそれだけやらかしといてその自信なんだよ…」
気持ちはわからなくない。アルフとロッティは、共に同じ孤児院の出身だ。アルフは小さい頃から、ロッティがどう過ごして来たのか、どんな想いを抱いて来たのかをよく知っている。ロッティにとって、同姓の友達は本当に希少なのだ。
だから、思わずはしゃいでしまうのもわかる。よくわかる。
が、それとこれとは話が別だ。
「えっと…ロッティちゃんって料理苦手なの?」
後から「お邪魔します…」と部屋に入ってきたリィルが、そう口にする。グワッと、そう音が聞こえてきそうな勢いで振り返ったアルフが、
「リィル、君が昨日この部屋に来たとき、この部屋がどうだったか覚えてる?」
と問う。
「……ドアが無くなってて、それから部屋の中も煤だらけで、窓も無くなってて…」
「…それが答えだよ……」
「あー…」
合点が行った様子のリィルが何とも居たたまれないような表情でロッティを見つめる。あの惨状を作り出すような料理の腕前によって、一体何が作れるというのか。精々、ダークマターと言って差し支えないだろう、真っ黒な炭が出来るのが関の山だろう。
そも、炭すら出来上がるか定かではない。
もしアルフが止めに入っていなかったら、リィルは何を食わされていたのか。うすら寒い話だ。
「だーいじょうぶったら大丈夫なの! 今度は大丈夫だし! 絶対上手くいくもん! もう火薬の量間違えないもん!」
「だからこのコンロのどこに火薬が必要なんだよ…」
浴場のように、基本的にレーヴェティアのキッチンや浴槽は、焔石と呼ばれる、蓄えた魔力の分だけ熱を放つ魔石を利用している。よって、その魔石の寿命に至るまでは、自分で魔力を注ぎ込む事で問題なく使用できるわけで、詰まるところ、火薬等、登場する謂れは無いのだ。
根底から間違っているロッティにそれを何度言い聞かせようとも、何故か毎回火薬を用いる。何がロッティをそこまで駆り立てるのか、熱ではなく直火によって作りたい等という拘りでもあるのか。
とにかく、真っ当に考えるならば、そんな出来て当たり前の事をロッティは出来ない。レーレのお仕置きによって課されれば出来るのに、そうでない時は掃除ですら掃除前以上の惨状を作り出す。
器用だったり不器用だったり、ある時は出来るのにある時は出来なかったり。その壊滅的な家事スキルが、レーレのお仕置きの時のみ真っ当に作用するその仕組みに納得のいかないアルフだった。
(……単に下手打ったら余計にお仕置きされるからなんだろうけど。え、つまり今は失敗してもいいってことか? 人を招いておいて?)
ロッティと一緒に煤にまみれていたか、あるいはゲテモノを食わされていたであろうリィルに同情する。何にせよ、間に合って良かったというものだ。幼少期、ロッティとやったおままごとで爆発に巻き込まれたり、黒炭を食わされた事のあるアルフは、その懐かしき記憶が甦り顔をしかめる。
そんな時だった。未だ喚くロッティと、それを宥めるアルフに遠慮がちな声が掛かった。
「あの、じゃあ私が作ろうか?」
おずおずとリィルはそう言って、アルフとロッティの顔色を窺う。
「え、リィルが?」
「ええ。迷惑じゃなければ、アルフもどうかしら?」
まあ、このまま放っておくわけにもいかないか。今居なくなったら、またぞろロッティが暴走するやもしれない。それなら、リィルのお手並みを拝見出来るという意味でも、お言葉に甘えるのはありだろう。
何より、ちょうど晩御飯をどうしようかと思っていたところだった。自分で作らなくていいなら楽だし、何より可愛い女の子の手料理。
男としても魅力的な提案だ。
「じゃあ、御相伴に預かろうかな」
「ええ。ロッティちゃん、お台所借りるね」
「あう、ごめんねリィルちゃん」
「ううん、何だかお世話になりっぱなしだし、任せて! 2人は座って待っていて!」
張り切るリィルは、早速台所に向かう。
そんなリィルを目にしながら、なんだ自棄にあっさり引いたな、と隣の椅子に座ったロッティを見れば、既にロッティは目をキラキラと輝かせて、台所に向き合うリィルの瀬名かを眺めていた。
……さっきまでのあの頑ななまでの気持ちは何処へ行った。
半ば釈然としないが、しかしロッティが料理をしなくなるならそれに越した事はない。
というか、17歳にもなって未だに玉子焼きすら、満足に作ることが出来ないこの子の将来は大丈夫なのか。
「あー、楽しみだなぁリィルちゃんの料理! きっと美味しいよー! あたし今から凄く楽しみだよー!」
「爪の垢を煎じて飲ませて貰うといいよ」
「ぶーぶー、大丈夫だもん。アルフいるし」
「おい」
アルフを宛にしていた。
実際の話、アルフもアルフで、過剰なまでにロッティに対して過保護過ぎる面があるので、逆に言えばそのせいで1人立ち出来ないと言えばそれもまた然りなのだが、その事にアルフが気付くのは、もっと後になっての事だ。
さて、そんなアルフとロッティはひとまず置いておいて、リィルは何を作るか悩んだ後、収納魔法を展開した。
「へぇ、リィルも使えたんだ、収納魔法」
「私のは少ししか入らないけどね」
取り出されたのは、ちょうど野菜の漬け物を作るのに使用するくらいの1つの壺だった。もしかしたら、本当に漬け物かもしれない。
「今朝バラしておいたんだけど、用意しておいて良かったわ」
(うん、漬け物じゃないな。肉とかかな?)
バラしておいた等という不吉なワードに若干の不安感を覚えながらも、壺の中身が少なくとも漬け物ではないと確信するアルフ。
収納魔法は、異なる空間への入り口を開き、そこから物の出し入れを行う特殊魔法だ。しかしながら、収納魔法はただでさえ感覚的にしかわからない魔法の中でも、特によくわかっていない魔法だ。
そもそも何処へ繋がっているのか、どういう原理で物の出し入れが行われるのか、何故人によって使えたり使えなかったり、あるいはその収納容量に差があるのか、等、考え出せばキリがない。
それ以前に、時間が経過しない、というのも定かではないのだ。これは、実際に何十年越しに取り出された肉が、今朝捌いたかのような鮮度だったが故にそう思われているだけで、もしかしたら、極々ゆっくりと時間が経過しているのかもしれない。
つまりは、完全なるブラックボックスなのだった。わからない、だが使えるしとても便利。そんな魔法だ。
だから、少なくとも今朝壺の中に入れたのなら、収納から取り出すのはおかしいのだ。もし本当に漬けているなら、自室に置いてあり、それを部屋に取りに行く、というのが妥当な筈だ。
そして、結論から言おう。それは漬け物ではなかった。
徐に壺の中に手を突っ込んだリィルが壺から取り出したもの。それは──
「……う」
「ひぃぃいぃいいぃぃいいいいっ!!」
──漬け物どころか、食べ物とすら形容したくなかった。
いや、わかっている。それが偏見であることも、そしてそれを食す文化もあるということも。わかっている。わかっているが、だからって、それを自分もやりたいかと言われれば、絶対に御免被りたい。
「あれ、どうしたの2人とも?」
「……えっと、リィルさん…それは?」
「アルフに助けられた森で採っておいたの。すぐに収納にしまったから、鮮度も問題ないわ」
「……さいですか」
それだけ言うのがやっとだった。
フリーズする2人を置いて、リィルは笑顔でフライパンに油を敷き、それらをぶち込む。瞬間、ロッティが圧し殺したような悲鳴をあげる。だが、今まさに香ばしい音をあげて炒め物の真っ最中のリィルに、その声は届かない。
流石にこれには同情するアルフだった。
(あれはオレでも嫌だなぁ…)
自分の調理器具であれが展開されると考えると、それだけで苦虫を噛み潰したようなアンニュイな表情になるアルフ。
そして、それは皿に盛り付けられ──ここでもまた悲鳴があがる──、アルフ達の前のテーブルへと置かれた。炭ではない。ちゃんと原型も留めているし、焼き色も申し分無い。それが肉や魚であったなら。
「はい、どうぞ召し上がれ! 私の得意料理だし、しかも今日のは自信作よ!」
満面の笑み。そう言って、テーブルを挟んで向かい側の椅子に腰掛けるリィル。
ロッティが、ゆっくりとテーブルに置かれた皿に視線を落とし、そしてゆっくりと、アルフを見つめる。
「あれ、おかしいな…。あたしの見間違い…だよね? じゃなきゃ夢だよ。夢だって言ってよアルフぅぅううぅううう!!」
「……これが現実だよ、ロッティ。現実なんだ…」
「えぐ…ぐす……。きっと…きっと罰が当たったんだよね。あたしがいっつも食材を無駄にするから…問題ばっかり起こすから…罰が当たったんだよね…?」
笑いながらガチ泣きするロッティ。やめろそんな目でこっちを見るな。
「えーっと……」
アルフ達の何とも言えない雰囲気に、ようやっとリィルも笑みを消していく。と、そこで何かに気付いたように手を打ち鳴らすと、
「あ、そっか。ごめんなさい、気が利かなくて。普段はこのままだったから」
そう言って、新たに収納から取り出された小瓶。そこから、パラパラと粉が皿の上に振り掛けられる。
「ふぐっ…!」
「ぎゃぁあぁああぁああ!!」
その瞬間、鼻を摘まみたくなるような悪臭が立ち込める。
「そのままじゃ味気ないものね。うん、これでバッチリ!」
まるでこの臭いが苦ではないかのように嗤うリィル。対してアルフは──
「どこがじゃぁあぁあああッ!!」
──我慢の限界だった。
思わずテーブルをひっくり返し兼ねない勢いで、アルフは立ち上がって絶叫する。大急ぎで窓を開けて換気をし、アルフはテーブル上の、皿に乗せられたそれを、収納から取り出した空の木箱にしまって密閉。収納に戻す。
皿の上には、言葉通りバラバラにされ、こんがりと焼かれた虫の死骸が山積みにされていた。『あばら毒蛾』と呼ばれる魔物の幼虫だ。掌大の、紫色をしたこの幼虫は、成虫になるとあばら骨が浮き出たような模様が羽に現れ、強力な毒を持つようになるのだが、幼虫の間は無毒である。
ただ、腐敗土を好んで生息するからじめじめしていて暗いところに生息しているし、虫型の魔物だしで、とてもではないが一般的に食べたいとは思えない類いのものだ。
まだ普通の虫なら何とかなるが、如何せん色からして食欲を失う代物だ。
確かにオークの肉等、魔物の肉でも食べるものはあるが、よりによって何故このチョイスなのか。あの森にもオークはいただろう。
まさかとは思うが、この娘、記憶を失う前は普段からこのような食生活を送っていたのか。そう言えば、リィルを助けてから街に戻るまで、常にアルフがご飯を作っていたから、まるで思い至らなかった。
というか、得意料理と言うわりに、やったことはバラバラにした幼虫をフライパンにぶち込んで加熱しただけという、『男の料理』というのも憚られる類いのものだった。
そして、極めつけは最後に振り掛けられた謎の粉。肥溜めを連想させるような不快極まりないこの臭い。まだロッティの炭料理の方が食べられる。……いや、どちらにせよ食べたくはないのだが。
何故街に戻ってまで、こんなどうしても食材が無い時のような、極めて悪辣な食事をせねばならんのか、と。
「えっ、え…? どうかしたの?」
何がアルフを絶叫させるのかわからないリィルが、慌てたようにアルフと皿を交互に見る。
「どうかしたって……。いや、リィル、ちなみに他に作れるものは?」
幾分訊くのが怖くなってきたが、訊かない訳にはいかない。
「んー、後は、野草の炒め物と、昆虫と野草の炒め物…それから食土の炒めも──」
「あ、もう大丈夫です」
思わず敬語になってしまうアルフ。どうやら、『勝利の御旗』での食事当番は常にアルフになるようだった。
詰まるところ、リィルは虫か、草か、或いは土しか調理出来ないということか。いや、単に火を通すだけのそれを果たして調理と呼んでいいのかは定かではないが。
そして、時は現在に至る。
明らかに料理が出来ない女性陣に絶望したアルフが、仕方なしに料理を作っているのだった。
「だははは! まさかリィルまで料理出来ねぇなんてな! こりゃうちのパーティの食事情は完全にアルフ頼りだな!」
「そう言うお前も出来ないだろ、グレイ。というか、いつの間に来たんだよ本当に…」
「アルフの飯が食えそうな気がしたからな、飛んで来たぜ!」
「何だかなぁ…。何でレシピは知ってる癖に作れないんだろうな、お前は」
「作り方を知ってるのと、実際に出来るのかは別問題、知識と技術は別次元ってこったな」
「……何だかなぁ」
喋りながらも、次から次へと収納から食材を取り出し、手早く調理していくアルフ。そんなアルフの調理スキルは、主にあまりに料理が出来ないロッティと、作れない癖に何故か次から次へと聞いたこともないようなレシピを教えてくるグレイによるものだ。
このパーティから抜けることは出来なさそうだ、と密かにそう思うアルフであった。
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アルフ達がそんな愉快な晩餐を送ろうとしていた頃、場所は変わってレーヴェティア騎士団が本部。『団長室』と書かれたプレートが取り付けられた室内、ラーノルドは真剣な面持ちで魔導式情報端末を耳元に当てていた。
部屋には他の人影は無い。
「──それで、あのふざけた連絡は何のつもりだ、クラノス・ローラテイズ」
『そのままだ。一応は連携してやろうと思ってな。テメェの街の近辺だ。無いよりは有る方がいいだろう?』
「よく言ったものだな。あれでは『出現した』ということ以上に何もわからないだろう」
『十分だろう。テメェ等がそれ以上を知る必要はねぇ』
「──なるほど、やはりどうしても自分達の手で捕まえたいらしいな、そのイクリプシアを」
『ふん。それがわかっているなら、大人しくしておけ』
「何か秘密でも握られたか、クラノス?」
『こちらもこちらで色々とある。テメェが今、裏切り者を炙り出しているようにな』
「貴様──」
その言葉は、レーヴェティアの情報がヴァスタードに筒抜けであることを示していた。
前々からわかっていたことではある。この街に、ヴァスタードと繋がる者が紛れ込んでいることは。それを炙り出そうとしたのもあったのだが、明朝の件はクラノスとは関係ないようだ。
いや、そんなことはわかりきっていることだ。クラノスなら、あんな杜撰な真似はしないだろう。
だからこそ余計に腹立たしい。裏切り者の尻尾が、まるで掴めない。
「どうやら貴様の密偵は優秀なようだな」
『はっ、テメェの詰めが甘いだけだ』
そんなラーノルドの気持ちを見透かしたように、クラノスは言う。
『器じゃねぇんだよ、テメェはな。騎士団の団長になんぞ、なるべきじゃねぇのさ。人に対して優しすぎる。戦線のテメェは、もっと苛烈で冷酷で、魅力的だったぜ、ラーノルドよォ』
「……貴様が何を言おうと、私のすることは変わらん。この街は、私が護る。裏切り者も、必ず捕らえてやる」
『はて、いつまで続くやら、見物だな。気が変わったらいつでも連絡するといい。待ってるぜ?』
その言葉を残して、一方的に通話は切られた。クラノスとの会話で得られたのは、苛立ちだけだった。
嘆息し、すっかり冷めてしまったコーヒーを乱暴に流し込む。乾燥した口に広がるその味は、いつにも増して苦く感じた。
「……何故、そんな風になってしまったんだ…クラノス」
ポツリと、悲しげな言葉が団長室に静かに響いた。