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Avalon Rain ~終焉の雨と彼女の願い~  作者: 音無 一九三
第一章【凶変の召喚魔法】
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09 不穏な動き2

 アルフとグレイが男性用の浴場を掃除していた頃、ロッティとリィルも女性用の浴場を掃除していた。

 やはり戦闘職ともなると男性の割合が大きくなるため、女性用の浴場は男性用のそれに比べると小さくなる。と言っても、それでも十二分な広さがあるわけで、それを2人で掃除するのは中々骨が折れる作業ではある。


 さて、アルフとグレイが生真面目に──グレイの場合生真面目と言うのは些か疑問が残るが──デッキブラシで床を擦っているのに対して、ロッティは存分に魔法を使用していた。風属性と水属性と火属性の魔法を組み合わせ、タイル張りの床を磨いていく。

 風属性の魔法で汚れを削ぎ落とし、水属性の魔法で洗い流し、そして火属性の魔法で乾かす。


 決してタイルそのものを傷つけず、手早く、その上で上の空でありながらその作業を完遂するロッティのそれは、真面目に掃除している側が馬鹿らしくなるほどの御手前だ。


「……」


 実際、真面目にゴシゴシとブラシで床を擦ろうとしていたリィルは、口を開けてただ呆然としていた。



 魔法という存在が確立され一般的になってから、まだ数百年程度しか経っていない。魔力と呼ばれる力の扱い方が普及し、その運用方法や技術体系は発展し続けているが、それでも『そもそも魔力とは何なのか』とか、『その原理はどのようなものか』と言ったことはまるでわかっていない。


 確かに人は魔力と呼ばれる力を利用し、魔法と呼ばれる技術を行使しているが、それは『右と左が区別出来る』とか、『手を使ったり唾を飲んだりしなくても耳抜きができる』、というような非常に感覚的なものであり、ただ使えるというだけだ。要は、どうして使えるのか、どんな力なのか、どうやって使うのかを具体的に説明するには、あまりに感覚的過ぎるのだ。


 よって、魔力の運用とは実はふんわりとしたものであり、理屈のわかっていない力であるだけに、このような細かな芸当には本来不向きであり、それでもやろうとするならば、相当な集中力が必要となる。


 それをもののついでのような感覚で行い、あまつさえ3属性を同時に扱ってなおテキトーにやって上手くいくなど、それこそ度を越した魔力制御能力が必要だ。最早努力では決して到達し得ない、天賦の才の部類である。



「……ああ~もうめんどくさっ! グレイの馬鹿! アホ! すっとこどっこい!」


 ──ロッティは、大層ご立腹だった。

 まあ、わからない話ではない。2時間も正座させられて単純作業──それも本来ならかなり高度な作業──をさせられ、ようやく解放されたと思いきや、ひたすらトイレ掃除をさせられて今に至る。

 そりゃあ腹も立つだろう。今回の件は完全にロッティは関係ないのだし、もう1時間もすれば夜も明ける時間帯だ。勘弁して欲しいものだ。


 まあ尤も、それはロッティに言えたセリフではないのだが。それを言うことが出来るのは、いつもいつも巻き込まれに巻き込まれるアルフやラーノルドくらいだ。



「ご、ごめんね、私がやり過ぎちゃったから…」


 グレイのせいでこうなっている。だが、確かにそこにはリィルによる責任も含まれている。ドアを破壊したのも、廊下をかち割ったのもリィルだ。なまじ責任感の強いリィルは、謝罪の言葉を口にする。


 そんな申し訳なさそうに眼を伏せるリィルに、ロッティは慌ててブンブンと頭を横に振った。もちろん、そうしながらも手は──というか手から放つ魔力は──仕事を止めない。

 やる時はやる子なのだ。


「リィルちゃんのせいじゃないよ! あいつが悪いんだから、あいつが! あたしだったらもっと徹底的にやってるし」


「あはは…。それはそれで問題な気も…」


 ドアと廊下でこれなのだ。もしこれ以上やらかしていたら、一体今頃解散どうなっているか定かではない。

 早くもレーレの恐ろしさを垣間見るリィルだった。



 リィルとロッティは、ここまででかなり打ち解けていた。ロッティは人懐っこい方だったし、何より2人はアルフとグレイのように手分けしてトイレ掃除をしたのではなく、一緒に掃除をしていた。

 手分けするのもそうだが、同一箇所を分担して集中的に行うのも、作業の進め方としては大有りだ。後半になるに差し掛かり、面倒臭がったロッティが魔法を使い始めたこともあり、幾分アルフ達より早く浴場に到達した2人だった。


 そんなわけで、ここまでで色々な話をしていた。リィルの記憶喪失のこととか、アルフ達『勝利の御旗(フューリアス)』のこととか、お互いの戦闘スタイルのこととか。気づけば趣味や得意なこと、好きなもののことなど、話題は尽きなかった。


 ロッティにとっては、年代の近い女の子の友達というのは、実は希少だった。だから、嬉しすぎて内心はしゃいでいることもあり、同時にリィルが早くレーヴェティアに慣れることが出来るように気を回している面もある。


 そうしてこの浴場に来るまでは、比較的和気藹々(わきあいあい)としていた。まあ、後半になるにつれて、面倒臭さにヘソを曲げ始めたのだが。

 そんなわけで、浴場に来てようやっと会話が途切れるに至ったのだが、そうなってリィルはふと疑問に思ったことがあった。


「そう言えば、ロッティちゃん達はパーティなのに、何でアルフだけあの森にいたの?」


「ああー…」


 もちろん、別個に依頼を受けることがないとは言わない。だが、今回のアルフのように、何件も一気に引き受けて、それを1人で黙々とこなしていくのも、何だか変に感じたのだ。

 それこそ、遠征するならパーティで行った方が、仮眠も取りやすい。というか、比べるまでもなく安全だ。


 ならば何故、アルフは1人で森にいたのか。



「えっと…その……。うん、グレイのせいだよ! グレイの! ……あとちょっと…いや少し…割りと……半分くらいあたしの…せいです……」


 ロッティとグレイのせいだった。

 この2人、アルフが街を出る前にもやらかしまくっていたのである。その結果、ロッティとグレイは、壊した物の修繕や復元、あるいは負傷させてしまった依頼人の代わりに仕事をしたりしていて、とてもじゃないが街の外に出ることが出来る状況ではなかった。

 なかったのだが──いくら取り繕おうと、また借金が増えたのも事実だった。


 そんなわけで、アルフは素材を沢山入手出来そうな討伐依頼を幾つも一気に引き受け、返済するため稼ぎに出たのだった。

 アルフの収納魔法があれば、素材になる部分は全て持ち帰ることが出来るし、道中でも草木の採取、木々の伐採などを行うことで、依頼内容を遥かに凌駕した働きが出来る。


 もう、何故アルフがこのパーティを辞めないのか、何故この2人を見放さないのかがわからなくなるレベルだ。時々同情した他の騎士達が、アルフに差し入れをあげたりしているくらいだ。

 尤も、それでもアルフの代わりをする気は誰もないのだが。


「アルフも大変だね…」


「うぅ…それを言われると耳が痛いよ…」


 ポツリと呟いたリィルだったが、彼女はちゃんと気づいていなかった。自分もその『勝利の御旗(フューリアス)』もとい、『苛烈なる問題児(フューリアス)』の一員になるということは、自分もそれに巻き込まれるということだと。



「さて! あとは水を入れてお湯を沸かせばおしまい!」


 そうこうしている間にロッティの魔法によって掃除は終わり、そのままロッティが水属性の魔法で浴槽を満たしていく。真似て、リィルももう1つの浴槽に、同じように水を注いでいく。


 水を入れ終わった2人は浴場から出て、脱衣場から浴場へと繋がるスライドドアの近くにしゃがみ込んだ。そこには、赤と緑の2つのボタンがあった。


「緑を押したら稼動ーっと」


 ポチっとボタンを押すロッティ。

 それは、浴場の湯沸し器のスイッチだ。このボタンを押すことで、焔石と呼ばれる、蓄えた魔力分だけ熱を放つ性質を持つ魔石の力を使って、水を温める仕組みだ。


「終わったー! お疲れ様リィルちゃん!」


「お疲れ様、ロッティちゃん」


 笑い合って、2人は脱衣場を後にする。

 暖簾を潜って、使用時間が過ぎたために消灯された暗い廊下に出ると、隣の男性用浴場の暖簾の向こうから掃除の音とアルフ達の声が聞こえてきた。どうやらまだしばらく掛かりそうだ。


 先に戻って休んでいようか、とロッティが言い掛けたその時だった。リィルは、訝しげに眉を潜めた。


(何……この匂い…?)


 ふと漂ってきた、鼻腔を擽る甘ったるい空気。その香りが、思考に(もや)を広げようとした。


「まさか…!」


 瞬間、リィルは唇を強く噛んだ。鉄の味が広がり、口の端から赤い雫が僅かに零れる。だが、それにより、リィルの頭に掛かりかけたくぐもった感覚は無くなり、思考が研ぎ澄まされる。


 ──間違いない、眠り薬だ。

 余程強力なものが撒かれているらしく、僅かに呼気として取り込んだだけでも意識が刈り取られ兼ねないレベルだ。


 慌てて口と鼻を服の袖で塞ぎ、この甘ったるい空気を吸わないように努めるが、それでも徐々に、痛みにより覚醒させた意識は微睡みの沼へと沈んでいく。


 リィルの中の危機感は警鐘を鳴らし続ける。これは異常事態だ。小さい街のそれなら話は別だが、資源も人材も豊富なレーヴェティアの騎士団は、24時間依頼を受け付けている。

 その騎士団で、眠り薬が散布される──?

 そんな馬鹿げた話があってたまるか。


 明らかにこれは、何らかの異常事態に違いない。


 そんな考えとは裏腹に、足腰は力が入らなくなっていき、意志に反して瞼が持ち上がらなくなっていく。力無く膝を着き、意識がまさしく手放されようとしたその時だった。



 それは、浅い眠りに落ちようとした頭が見せた夢なのだろう。夢は、記憶の奥底に秘められたものを引き出すことがある。例えそれが、思い出せなくなった記憶であろうとも。

 リィルの頭に、ある言葉が過る。



『──お前に死ぬことは許されねぇ。たとえ手足をもがれようと、目の前の障害を排除しろ。肉を削がれ、筋を断たれようとも殺せ。それが出来ねぇなら、お前に価値はねぇ。』




「──っ!」


 パキ、と小気味良い音が反響する。見れば、リィルは自身の右手の小指をあらぬ方向に捻っていた。骨が折れる音だ。


 口の端を噛む程度の痛覚では、すぐに眠気に負けてしまう。そう判断したリィルは、ほぼ無意識にその行動を取っていた。

 まるで氾濫した川の濁流が木々を薙ぎ倒すかのような激痛がリィルの小指から駆け巡り、今まさに眠りに落ちようとしていたリィルの意識を揺り起こした。


 ──状況は?


「……」


 あまりの痛みに涙の滲む視界ですぐ隣を見れば、既にロッティは床に突っ伏して眠っていた。危なかった。これでリィルまで落ちてしまっていたら、2人揃って無防備になっていたところだ。


 リィルは魔力感知の能力を全開にする。展開された感知の網に、幾つもの弱々しい反応がある。恐らくこの眠り薬にやられた騎士達だろう。

 しかし、その中で明らかに顕著な反応が2つ程存在していた。恐らく、この反応がこの眠り薬を撒いた連中の筈だ。


 反応は、この2階を移動して、何故なのかこの浴場の方へと迫ってきていた。移動スピードからしても、明らかに眠り薬の影響は受けていないようだ。

 しかし、何故ここに向かってくるのか──。



 眠気を痛覚で無理矢理払ったと言っても、それと眠り薬の効力が抜けることはイコールではない。吸い込んでしまった成分は、今も身体の中で眠気を引き出そうとしている。

 そのせいで、リィルの思考は通常時のように定まっていない。それだけでなく、眠り薬の成分には身体機能を低下させる成分まであるのか、リィルは思うように身体が動かないことを自覚する。


(……どうする。銃は部屋だし、眠り薬のせいで身体は動かしにくいし…。この状況で、2人はキツいな…)


 この状況を招いたのが、こちらに向かってくる2つの反応だとするならば、リィルはこの凄まじい眠気と動かしにくい身体のままで、武器もなく健常に動き回る2人の敵と交戦しなくてはならないだろう。


 その2つの反応を追い掛けてくる反応もあるようだが、それでもこの場には間に合わない。第一、それが本当に味方かもわからない。


 ──けれど。


「ここで私が逃げたら、ロッティちゃんが危ない…もんね」


 出会ってまだ半日と経っていない。素性も知れない、そんな自分に沢山話しかけてくれたこの少女を、そんな心優しい子を、危険に晒して逃げ出せるのか。

 そうだ、逃げるわけにはいかない。やるしかない。



 そんな決意をしたまさにそのタイミングで、長い廊下の曲がり角を曲がって、2つの影が視界に躍り出た。その影達は、膝を着きながらも地に伏さずに堪えているリィルの姿を捉えるなり徐々に速度を落としていき、そしてリィルの前で停止する。


 暗いせいで視認しづらいが、この暗闇に溶け込むためか、頭から爪先まで黒い装束に身を包み、口元もマスクで覆っている。


「おい、何で起きている奴がいるんだよ!」


「オレが知るわけないだろう! 薬が効いてないのか? ……いや、そうか、こいつ自分の骨を折って無理矢理…。何にしても、目撃者はマズイぞ。──消すか?」


「そうするしかねぇだろ! これじゃ足が付いちまうかもしれねぇ!」


 男達の会話を聞いていたリィルは、やはりか、とそう考えながら何とか立ち上がった。


「…ろくに立てない女の子1人相手に…2人がかりっていうのは…どうなのかな……って思うん…だけど…ね」


 敢えて挑発するように、リィルはそう言って嗤った。嘲るようなその言葉に、男の1人が苛立った口調で反論する。


「こいつ…! 小娘の癖に生意気な…!」


「よせ、馬鹿が。どのみち強がったところでこいつは大して戦えやしない。挑発に乗るな」


「…ワリィ。けど、どのみち見つかった以上は殺るしかねぇ。なら、さっさと殺っちまおうぜ」


「……だな」



 男達が、得物を握る。あるいは剣を。あるいは槍を。

 対してリィルは完全な丸腰だ。薬のせいで、身体も上手く動かせない。圧倒的に不利な状況だ。


(でも実際…どうする? 武器はない。薬のせいで、身体もろくに動かないし魔力も上手く扱えそうにない。…やるしか…けど……)


 いざ戦うと言っても、ろくに戦える状態ではないリィルにとって、この状況は如何ともし難いものだった。


 どうする…どうする──。


 いくら悩んでも回答はない。否、本当はわかりきっている。けれど、それは認められない。

 痛みと堪えている眠気、そして現状の焦りから、リィルの頬をつつ、と一筋の汗が流れる。


 せめて、せめて時間を稼がなければ。

 そう考えたリィルは、ふとあることに気がついた。


(…おかしい…。いくらこんな時間だとは言え、数が少なすぎる…)


 自身の感知の網に掛かる反応の数。その絶対数が、明らかに少ないように思えた。掃除がてら、各所を案内されていたリィルは、おおよそこの建物の2階にどんな施設があるか把握している。

 浴場に始まり食堂、リラクゼーションルームや談話室、資料室。


 基本的には、確かにこの時間帯の利用者は殆どいないだろうから、人気が少ないのは頷ける。だが、明らかに少なすぎる。

 そこまで考えて、リィルは現状にある回答を導き出した。


「あなた達、まさかレーヴェティアの…騎士に所属する人達じゃ…」


「なっ…!」


「…何故そう思う?」


 最早その2人の態度が明白に物語っているのだが、それでも敢えてリィルは指摘する。


「…わざわざ…眠り薬を撒いた…理由は何? 『確実に殺す』ためか、単に『障害を排除する』ためか。前者なら…この場にはそぐわないわ。…こんな街のど真ん中…で、派手な襲撃を起こして……。でも、それにしては、人数が少なすぎるわ」


 レーヴェティアは、地上で随一を誇る程の力を持つ街だ。そんな街に、たった2人で襲撃を掛けることができる程なら、そもそもの話、わざわざ薬を撒くまでもなく魔法でもぶっ放した方が話は早い。

 それに、感知した弱々しい点在した反応は、明らかに眠っている者のそれだ。レーヴェティアを潰す気ならば、反応は消えているだろう。則ち、殺されている筈だ。


「あなた達には…この騎士団本部を襲う程の…力は無い。なのに、たった2人でこんなことを仕出かしている」


 明らかに悪目立ちする行為を、大した力も無いのに実行する。

 必然、その動機や人物像は限られてくる。出口ではなく、この浴場に向かってきていることも、その予想を裏付けるに十分足るものだ。


 予め逃走のための手順が用意出来ているのではないか。

 そして、そんなことが事前に出来るとすればそれは、内部犯である筈だ。


「…あなた達はレーヴェティアの人間で……、襲撃以外の理由で…今こうしている。目的は…そう、その手の木箱ね…」


 男の1人が抱えている小さな木箱。入っているものまではわからないが、つまり──


「何かを盗むため…。でしょう?」


「…そこまで気付かれちゃ、やっぱり生かしておけねぇな。おい!」


「わかってる。殺るぞ」


 男達が、小さく腰を落とした。既に会話の意思はなく、数秒の後にリィルはその凶刃に晒されるだろう。

 そして、まさに男達が飛び出そうとしたタイミングで、リィルは右手を突き出した。話しながらも、魔力を練り上げていたのだ。

 この男達が感知の出来ない者達で助かった。

 だが……。


「くっ…!」


 法術を放とうとするが、不発──。御しきれず、それでも絞り出された魔力は、リィルの突き出した右手の前で霧散する。


「脅かしやがって!」


 たたらを踏んだ男達であったが、今度こそ、2人同時に飛びかかる。

 不発に終わった魔法。それは確かに、僅かではあったが、しかし確実に男達の隙に繋がった。そして、その僅かな時間のゆとりが、リィルを救った。



「がっ…!」


「ぐあっ!」


 片方は突進の勢いを反射されたように投げ飛ばされ、もう片方は顔面に拳を食らい、元来た道を帰るように弾かれる。


 唖然とするリィルを庇うように立つ2つの影。


「─いや、実際ホントに情けねぇよなぁ。こんな状況で武器まで使うのかよ」


「うーん…まあ背に腹は変えられないしなぁ…。そんなもんじゃないか?」


「たはは。そりゃま、そうか。ときにリィル、無事か?」


 飛び出してきた影は、今しがた男性用の浴場を掃除していた筈の、アルフとグレイだった。グレイにそう声を掛けられたリィルは、

「え、あ…うん」

 と、やや戸惑いながらそう答える。


「無事で良かったよ、リィル……って思ったけど、無傷ってわけじゃないか。思いきったことをするよなぁ」


 リィルのあらぬ方向に曲がった小指を見て、アルフはそう嘆息する。

 いくら回復魔法があるとはいえ、まさか眠気を醒ますために自分の小指をへし折るとは。

 肝っ玉が据わっていると言うか何と言うか…。


 呆れるアルフは、グレイより一歩下がってリィルの目の前に移動する。薬の影響がないとは言え、アルフも愛刀は部屋に置いてきている。丸腰には違いない。


 こういう場面は、グレイに任せるに限る。


「おいサボんなよ。ほれ」


 ホイッと投げ渡されたのは、黒装束の男の片割れが持っていた剣だ。投げ飛ばす際に奪い取っていたようだ。


「ええー、オレ両刃の剣って好きくないんだけど。しかもこれ、刃こぼれ凄いし錆び付いてるし、ナマクラもいいところだよ…」


「無いよりゃマシだろ。ほれキリキリ働け!」


「お前に言われるのだけは釈然としないね、その言葉」


 軽口を叩きながらも、内心では確かにグレイの言うとおり、武器があることを頼もしく思うアルフだった。

 ようやく我に返った男達は、眼を見開いてアルフ達を見る。


「ゲッ…何でお前等が…」


「馬鹿野郎…!」


 アルフとグレイを見た男が口にした言葉。それは、アルフとグレイのことを知っていると存外に語るものだった。則ちそれは、レーヴェティアに所属しているものだあると語っているようなものだ。


「…へぇ、そういうことか。なるほどなるほど」


 アルフは何か納得したように、うんうんと頷く。


「とりあえずは、常套句を、と。今すぐ投降してその木箱を手放せ」


 剣を構えながら、アルフがそう言ってスッと目を細める。男達は、思わず生唾を呑み込んだ。だが、投降しろと言われたところでそうするわけにはいかない。ここで捕まってしまえば、それこそ全てがおしまいだ。


「くそっ…何だってこんなところにこいつ等がいるんだよ…!」


 思わず溢れたその言葉。

 普通の相手であれば、用意していた浴場近くの逃走経路から問題なく逃げ仰せることが出来た筈だ。浴場の掃除をしている者になど、単なる掃除係りだろうし、ならば大した戦闘力は無い。なのに、よりにもよって何て厄介な連中に出くわしたものか。


アルフ達『勝利の御旗(フューリアス)』の名声は、とにかくレーヴェティアでは有名だ。厄介事と問題に事欠かない連中である。そんな連中に、こんなシビアなタイミングで出くわすなど、笑い話にもしたくない。



 ろくに戦えない少女1人対2人であった状況は、2対2へと遷移し、おまけに片方は武器を奪われてしまっている。

 長引けば、他の者にも嗅ぎ付けられ、逃げることすら叶わなくなる。

 男達に残された手段は、玉砕覚悟で突撃することくらいだ。


 ──と、まさに男達がその行動を取ろうとしたその時だ。

 廊下の窓ガラス、その1つが、大きな破砕音をあげて粉々に砕け散った。

 窓を突き破り、飛来する何か。それは、風属性の魔力で出来た球体だ。


「おっと」


 剣に魔力を流し、振り向き様に振り抜かれた剣が、魔力を引き裂き、その効力を打ち消す。だが、同時に金属音をあげ、剣は根本からばっきりと折れてしまった。


「だぁあぁああ! やっぱりとんだナマクラじゃんかこの剣!」


 アルフが魔力の球体を弾いたところで、今度はグレイ目掛けてガラスの無くなった窓を通過して、同様の法術が放たれる。対してグレイは、後ろ手に魔力を纏った拳で弾き、そのまま窓の外へ打ち返す。


 2人が魔力を弾く方に──新たなる敵影へと意識を割いたその瞬間に、男達は走り出し、割られた窓から飛び出した。あの魔力球は、2人を逃がすためのものだった。



 しばらくして構えを解いたアルフが、ふう、と息を吐く。とりあえずはロッティとリィルが先か、と後ろを振り返る。


「……さて、立てるか、リィル」


「えと、ちょっと今は厳しいかな…。それより、逃がしちゃったわね…。ごめんなさい、私がちゃんと動けたら……」


「いやいや、しょうがないってこれは。それに、逃がしちゃった(・・・・・・・)んじゃなくて、逃がした(・・・・)んだよ」


「えっ?」


「まあ、あと数時間もすればわかるよ。とりあえず今は、休むことを考えよう。リィルの手も治療しないとだしね」


 折れた剣を収納魔法でしまい、アルフは小さく満足そうな寝息を立てるロッティを担ぎ上げる。もうしばらくは起きそうにない。

 呆然としていたリィルは、グレイに肩を貸してもらう形で立ち上がる。


「さ、部屋に戻ろう」


 リィルに笑いかけながらそう言ったアルフだったが、内心ではため息をつきたい気分だった。ああ、まだ眠れそうにない、と。

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