アンデッド図鑑!進化先!
翌日。
まあ、一日くらいはゆっくりしようと、俺はじいちゃんが集めたという死霊術の資料を読みながら、ごろごろする。
じいちゃんなりに、俺のことを理解しようとしてくれていたということだろう。
資料は随分と古いものが多く、伝聞や言い伝えを纏めたものや、その昔、世に表れた死霊術士がどのように打ち倒されたかなど、魔導書に書かれる内容とは全く違う。
遥かな昔から、死者の声を伝える者として死霊術士は利用されていたという話もあれば、世を怨む死霊術士が国に反旗を翻したという話、効果の怪しいまじないが載っていたり、モンスターとしてのアンデッドをどう倒すかなどが載っていたりする。
まさしく雑多な資料という感じだ。
ひとつだけ面白いものがあった。
死霊術によって縛られた魂を悼む歌として、人工霊魂の作り方が載っていた。
もちろん、『サルガタナス』のものと違う。
魔法陣も微妙に違う。
歌で作り方を示唆しているから、魔法陣が簡略化されているような気がするし、大きさも指示がないので、正答率は望めない。
これ発動するのかな?
青龍の水が深い谷底に湧き出る水とされていたり、蒼のスライムとあるのは水スライムだけを指すのかも不明だ。
ただ、何度か試せば成功しそうな辺りが、やはり興味深い。
ちょっと実験したくなる。
そんな風に俺はゴロゴロしているのだが、その頃、アルは、久しぶりにじいちゃんと話し込んでいるようだった。
アステルは気になる本を見つけたとかで、割当てられた部屋に篭っている。
ちなみに母さんはまだ帰っていない。
じいちゃんの説明によると、母さんは弟子のセプテンが『飛行』の紋章魔術を見つけた場所、『フツルー』の街の遺跡に行くという手紙をもらったそうだ。
実際にその遺跡に描かれていた紋章を自分で見て、インスピレーションを得るというのは、紋章魔術研究においては良くあることだ。
そうして、太古の遺跡などから発掘、復元された紋章魔術というのも珍しくない。
そこまでしなければならない理由というのも、じいちゃんから教えてもらった。
セプテンがその紋章魔術を見つけ、パトロンになってくれている『ソウルヘイ』の領主に報告する時に、思いっきり大言壮語を吐いた。
それを鵜呑みにした『ソウルヘイ』の領主は、その大言壮語をそのまま国王に伝えてしまった。
なにしろ『飛行』魔術だ。
国の在り方すら変わってしまうような魔術として、国王から何としても実用化するよう命令が下った。
『飛行』魔術などと言われれば、自由自在に空を飛び、移動に掛かる時間が短縮、物流に革命が起きるようなものを見つけたんだ、と思われても仕方がない。
だが、セプテンが復元した『飛行』魔術は、空にちょっと浮かぶ程度の魔術でしかなかった。
当代随一の錬金技師レイル・ウォアムの弟子として名前を売っているセプテンが、『飛行』魔術を復元したら、空にちょっと浮かぶ程度の魔術でしたでは、済まないくらい話が大きくなっていたのだ。
セプテンは腕は良いけど、ちょっとビッグマウスの癖があるから、仕方ないのかもしれないけれど、母さんの名前が使われてしまったのが問題だった。
まあ、『ソウルヘイ』の領主も、セプテンが母さんの弟子だからこそパトロンになったという経緯がある以上、母さんとしても見捨てるわけにいかなくなったというのが真相らしい。
ちゃんと『飛行』魔術が完成しないと、セプテンの尻拭いは終わらないところまで来ちゃっているというのが、どうにもならない所だな。
そんな訳で、母さんはいつ帰るか分からないということになっているらしい。
『飛行』魔術は、『サルガタナス』にある色と数字を表す紋章とかなり類似しているので、折を見てこちらでも実験。
上手く『飛行』魔術を復元できるか試すというのも、やりたい事のひとつに入っていたな、と俺はゴロゴロしながら、ふと思い出していた。
コンコンと扉が叩かれる。
「ご主人様、お茶をお持ちしました!」
誰かと思えばアルファだった。
とりあえず、扉を開ける。
「アルと一緒にじいちゃんのところじゃないのか?」
アルファは姿を現した状態で、お盆にお茶を載せて運んでくる。
ポルターガイスト能力だから、手で運んでいる訳じゃない。
「はい、そのアルちゃんから頼まれまして、カーネル様とご主人様、アステルにお茶をお持ちするようにと……」
今、アルファには特に命令を出していない。
強いて言うなら、アルの相手をしてやってくれ、という程度のものだ。
今はじいちゃんも家にいるし、俺のガードの必要もないからな。
そんな訳でアルファはある程度、自由に動けるから、問題はない。
特にそれがアルの頼みとなれば、アルの相手をしている範疇ということだろう。
「ああ、ありがとう」
「ご主人様は、他にご用命はありますか?」
「それも、アルに聞けって言われたのか?」
もし、そうだとしたら、アルにアルファを便利使いするな、くらいは言っておかないとと聞くと、アルファは顔を真っ赤にして、焦ったように言葉を紡ぐ。
「あ、いえ、私で何かご主人様のお役に立てることはないか、と思ったものですから……あの、出すぎた真似でしたら、申し訳ございません……」
うお!自分の意志なのか!
俺は少し驚く。いや、契約があるから、俺の命令は絶対だし、変なことはできないはずだが、まさか自分から俺の命令を聞こうとしてくるとは思わなかった。
打算でやっているようにも見えない。
「あー、いや、なんだ……その、ありがとう……用がある時は俺から言うから、今は大丈夫、だぞ……」
「はい……申し訳ございませんでした……」
しょんぼりと赤い髪のかわいい女の子アルファが俯く。
あれ?命令ないの、嫌なのか?
考えてみればアルファも結構、謎だよな。
『サルガタナス』が言うには、たまたまアルの身体に入り込んでしまった雑霊という話だったけど、鎧に短槍を背負った姿だから元冒険者なのか?
でも、鎧の意匠が今っぽくないんだよな……。
ととっ、いかん、今はそれどころじゃないな。
俺は何となく寺子屋に来ていた年下の子にやるように頭を撫でようとして、腕がすり抜ける。
あ、霊体じゃん。失念してしまった。ちくせう。
「あのな、アルファ。
俺の役に立とうとしてくれるのは、すごく嬉しいんだ。
ただ、今は本当にやってもらいたいことがなくてだな……。
明日!明日からは、研究所の整理やら、新しい進化先の選定やら、場合によっては、また冒険に出るかもしれないし、やることがいっぱいある!
だから、今日のところはアルファもしっかり休んでおいてくれ。
休んでおくのも重要だぞ!
ほら、俺を見てみろ。今日はだらだらすると決めたら、何にもしないで、本を読んでるだけだろう!
今日は気持ちだけもらっておく。ありがとうな!」
なんだか必死にフォローしてしまう。
だって、アルファにしょんぼりした顔は似合わないからな。
その甲斐あってか、アルファは俺の空を切った腕沿いに、顔を見上げるようにして、力強く頷いた。
「はい、かしこまりました!頑張ります!」
ちゃんとフォローできた自信は全くないが、アルファがキラキラと瞳を輝かせているので、まあ、良しとしておこう。
「お茶、ありがとうな!」
去り際のアルファにもう一度、声を掛けておく。
振り向いたアルファはなんとも可愛らしく照れていたので、俺も笑顔になってしまった。
せっかくだからと、アルファが去ってから、お茶を口にする。
お茶が美味い!
アルもアルファもいないのをいいことに、一人ニマニマする。
やっぱり、ウチの子は最高だわ!
普段はご主人様としての威厳があるからな。
あまり親馬鹿ちっくに手放しでデレついたりしないけど、今ならいいだろう。
ああ、でも、たまにはアルファにもご主人様らしい度量を見せてやるべきだろうか?
まあ、その内、何か考えるか……。
アルファの淹れたお茶を堪能しつつ、資料には目を通してしまったので、『アンデッド図鑑』をパラパラと流し読みする。
うん、流石に『黄昏のメーゼ』が使う図鑑だな。
『黄昏のメーゼ』は四人。
四人分の知識の集大成だ。
もしかすると、昔から『ウリエルの書』が他の魔導書の主を取り込むということを繰り返していたとしたら、もっとか……とにかく、情報量が多い。
まさしく俺が求めていた本だと言える。
索引を引けば、ゴースト系やゾンビ系などの系統ごとに調べることもできるし、下級アンデッド、中級アンデッドといった分類ごとのまとめもある。
希少な部類のアンデッドは挿絵までついていて、非常にわかりやすい。
これはいい物をパクった……じゃなくて、もらったぞ!
それぞれのアンデッドに対する対処法や弱点なんかも、かなり細かく書いてあって、アンデッド使役時の気をつけるべき点もタメになる。
特殊な系統という分類がある。
半霊半肉と言うべきか、ゴースト系とゾンビ系の中間のような存在らしい。
吸血鬼、いわゆるヴァンパイアもここに含まれるらしい。
最終目標はヴァンパイアから『月夜鬼譚〜流転抄〜』を使ってアルを人間に戻すことだ。
そのヴァンパイアに至る道程は複数存在する。
『サルガタナス』にあるのは陰鬼〈※〉からの進化だが、この米印がポイントだ。
米印がある場合、陰鬼以外にも、代わりとなるアンデッドがあるという意味だからだ。
その代わりとなるアンデッドを見つけるには、『サルガタナス』をきっちりと読み込まなければならない。
あるアンデッドの説明文には、〈シャドウの同位体と呼ばれる〉とか〈ゾンビの変異体〉とか〈陰鬼の特殊個体〉などと書かれている。この場合、それぞれシャドウ、ゾンビ、陰鬼として使えるということなのだ。
ただし、書かれているのは暗号で、というパターンが多い。
『サルガタナス』は本当に厄介な魔導書で、読み解くだけでかなりの時間が掛かる。
その中でも、俺が目をつけていたのが〈陰鬼の特殊個体〉と書かれていた、ルガト=ククチというアンデッドだ。
ファントムから直接進化でき、生前のような肉体を持つ吸血鬼と『サルガタナス』にある。
陰鬼の特殊個体というくらいなので、吸血鬼といえど、ヴァンパイアの格落ちというイメージが強い。
それでも、そうは言っても、吸血鬼なのだ。
吸血鬼にも色々ある。
血を吸う性質を持つ鬼は全て『吸血鬼』という括りに入るから、仕方がない。
まあ、一般的に言えば、吸血鬼といえば、やはりヴァンパイアを指す言葉として認識されるものだけど。
そうじゃない吸血鬼というのもかなりの数がいるのだ。
ただ、やはり、……じゃない方の吸血鬼の情報というのは少ない。
どんな能力があるのか?弱点は?本当に姿形に変化はないのか?など、知らなければ怖くて進化できない。
存在するだけで、辺りに死の呪いを振りまくようなアンデッドもいるのだ。
そんな能力持ちにアルを進化させる訳にはいかない。
そこで『アンデッド図鑑』の出番だ。
ルガト=ククチは『不老不死』『吸血』『肉体化』『霊体化』『能力継承』といった能力があるらしい。
『不老不死』は全てのアンデッドが持つ、能力というよりも呪いのことで、魂が輪廻しなくなるというものだ。
身体がぐちゃぐちゃになろうと、精神がぶっ壊れようと、魂が欠けて自身の認識すらなくなっても、次の輪廻はない。
これは再生力を持つこととは別らしい。
『アンデッド図鑑』によれば、スケルトンなどの粉々になっても時間を掛ければスケルトンとして規定された外形に戻るという能力は『規定外形』という名前に設定されている。
『吸血』は生体から吸血することで、オド補充、肉体回復といったことができる。
『肉体化』は霊体を肉体へと変化させる。
『霊体化』は肉体を霊体へと変化させることで、物理無効の能力、浮遊能力が得られる。
『能力継承』はほとんどのアンデッドが持っている能力で、前段階で得た能力を継承するというものだ。
アルの場合で言うと、『ポルターガイスト』『不眠不休』がこれに当たる。
アルファは、アルの肉体に入り込んでいた時に、ゾンビ、スケルトン、オーブと経験しているので、噛み付いて殺した相手をゾンビ化する『ゾンビの呪い』、欠損した部位などが時間経過で元の外形に戻る『規定外形』、オーブとファントム時の『ポルターガイスト』『不眠不休』なんかが継承されるはずだ。
ルガト=ククチの弱点は狼型モンスターで、これに噛まれると魂が削れるらしい。
もちろん聖別武器なんかも気をつけなければならない。
あとは魔術攻撃もだな。
魔術攻撃には性質の違うオドとオドのぶつかり合いという側面があるから、弱点というのは微妙だが、アンデッドのオドを削れば、当然、能力が弱体化する。
オドは生命力というべきもので、アンデッドはこれを補充するために他者を襲う性質があるらしい。
ウチのアンデッドたち、俺の命令で他者を襲わないように躾ているけど大丈夫なのか?
本来、ルガト=ククチには聖別武器に対する弱点はないらしいが、『能力継承』は弱点も継承するらしい。
だとすると、アルファとか陽の光の下では能力減衰してるのか……。
ゾンビ、スケルトンは陽光による能力減衰という弱点があると『アンデッド図鑑』にはあった。
『黄昏のメーゼ』のところで、骨執事のアランが陽光を浴びるのを躊躇ったのはこれか、と納得する。
ある意味、アルはいきなりファントムからスタートしたから、アルファより弱点が少ないのは不幸中の幸いなのかもしれない。
『アンデッド図鑑』を読んだ結果、進化先はルガト=ククチで問題なさそうだ。
それに、アンデッドに対する理解も深まった気がする。
明日からは、また忙しくなりそうだ。
そう思いながら、俺はベッドに潜り込むのだった。