ただいま!じいちゃんと約束できるかな?
「あ!あれ『スプー』の街じゃない!」
「上から見るとこんな形になるんですね……」
「あの、こちょこちょ動いているのって馬車か?」
「ああ、ロストワルド卿の見た守るべき世界……」
アル、アルファ、俺、アステルと口々に好き勝手な感想を述べる。
そんな俺たちを見る提督も満足そうに感じる。
「おお、ヂースからの道ってこんなに曲がりくねってたのか……」
「あ、あれってヂースのダンジョン?なんか思ってたより小さいかも……」
「そりゃ、遠くに見てるからだろ……」
『スッシー』による移動開始から数時間、西進、南下、ほんの数時間でもう『ヂース』の街が見える。
あれ、俺の四ヶ月に渡る旅路って……。
一瞬、目眩を覚えそうになるものの、視線は部屋全体に映し出される画面に釘付けだった。
目の前に夕陽が落ちていく様を眺める頃、天高く聳える『塔』が見えた。
「は、はは……もう着いちゃった……」
ふと、脳裏にこの四ヶ月の旅路がフラッシュバックする。
ああ、なんとも濃い旅だ。
それが『スッシー』の空域航行なら、ほんの半日程度……。
でも、目的はちゃんと果たした。
あ、じいちゃんと母さんへのお土産、忘れた……。
まあ、最後はお土産なんて探す余裕もなかったしな。
まあ、土産話でいいか。
やりたいことはたくさんあるけど、まずはアルの進化先を決めないとな……。
そんなことを考えていると、徐々に地上が近付いてくる。
『騒がしの森』の端っこ、昔、じいちゃんとその弟子たちが魔術の総当りをして、クレーターが出来、そこに地下水が湧いて大きな泉になっている場所がある。
『黒歴史の泉』と俺やアルは呼んでいる場所で、その昔、危ないから近づくなと言われていた。
じいちゃんたちの研究が一段落してから、アルに森の探検だ!と付き合わされて見つけた泉だ。
昔は今と違って『ゼリ』のダンジョンもなかったから、それほど危険でもなかった。
当時、森は俺たちの遊び場だったしな。
「じいちゃん、すごいよ!森がぽっかりなくなっててね、綺麗なまあるい泉があったの!」
凄い宝物を見つけたというようにアルがじいちゃんに報告したら、じいちゃんは、ふい、と視線を逸らして言った。
「……あれは、黒歴史じゃ。あ、いや、あの辺りは危ないから近づいてはイカンと言っておったじゃろぅ」
「いや、だってじいちゃんたち、もうあそこで魔術実験してないじゃん」
俺はこまっしゃくれた子供だったな。
じいちゃんたちの実験によってクレーターひとつ作った訳で、国にも領主にも無許可で大規模工事を行ったようなものだからな。本来なら内緒にしておきたかったのだろうと今なら分かる。
でも、アルはじいちゃんの言葉をしっかり聞いていて、あそこは俺たちの中で『黒歴史の泉』と呼ばれるようになった。
ちなみに、じいちゃんの言葉をしっかり聞いているアルだが、じいちゃんの注意は全く聞いていなかった。
その『黒歴史の泉』に『スッシー』を停めさせる。
「ああ、『黒歴史の泉』かぁ……懐かしいねぇ……」
『スッシー』の巨体がすっぽり入っても、まだ少し余裕があるくらいの泉。
こう考えると、じいちゃんたち、どんなヤバい実験やったんだよ、とは思うが、そこは触れぬが花というやつだろう。
当時は日常的に爆音が上がってたし、あんまり気にしたことなかったからな。
『スッシー』の舳先から地上に降り立つ。
提督に聞いたところ、俺たち以外がスッシーに乗れないようにすることができるという話だったので、そのようにしてもらう。ちなみに、提督は『スッシー』内に残るそうだ。
提督には申し訳ないが、まとまった量の魔宝石が手に入るまではここで待機してもらうことになる。
こくこく肯いて、例の髑髏の横に手を添える挨拶をしていたから、たぶん大丈夫だろう。
暗闇の中、子供時代に歩き慣れた道とはいえ、今では『ゼリ』のダンジョンの対になっている『騒がしの森』を『光』の魔術符を頼りに歩く。
「空から見た『知識の塔』は圧巻ですね!『師の言葉』に出てきた通りでした!」
「ああ、フェイブ兄の本の……まあ、あれはかなり美化されてるから、期待されても困るんだけどね……」
今は住んでる人間が少ないから掃除も行き届いてないし、本の並びも俺の趣味で結構変えちゃってるしな。
「悪の魔導士の塔っていう風格が出てきたよね!」
「アルの妄想の中のな……」
一応、じいちゃんは健全な魔導士ですよ、アルさん。
まあ、家の『塔』をダンジョンやら城に見立てて聖騎士ごっことかよくやってたからね。
俺は、残念ながら悪の魔導士と言われたら否定できないけど。
そんな会話を交わしていたら、『塔』に着いた。
扉を叩く。
「どなたじゃな?」
「ただいま、じいちゃん!」
「おお、ベルちゃんか!予定より随分と早いのぅ!」
そう言いながらも、じいちゃんは扉を開けてくれる。
「ただいま!まあ、色々とあったから、その辺りはゆっくり話すよ」
「おかえり……ふむ、少し大きくなったかの?色々と経験してきたかの?」
「まあね……」
「おや、そちらの可愛らしいお嬢さんは?」
「ああ、アステルだよ。旅の途中で会って色々と協力してもらった。
それで家の本を読んでみたいって。暫く泊まるから!」
「おお、それはそれは……家のベルちゃんがお世話になりましたな。
ぜひ、ゆっくりしていってくだされ……」
じいちゃんが頭を下げるのに、アステルは恐縮しきりといった風情だ。
「アステル・ハロと申します。不躾ながら、一度、大魔導士様の蔵書を拝読させていただけないかと、無理を言って同行させていただきました……」
「おお、ということは、ハロ家の……」
「はい、カーネル様にはいつもご贔屓にしていただき、ありがとうございます……」
なんだか固い挨拶が始まりそうなので、とっとこ話を進めることにする。
「じいちゃん、さすがに長旅から帰ったところだから、まずは休みたいんだけど……」
「おお、すまんの。アステルさんもまずはゆっくりしてくだされ……」
「ありがとうございます……」
「はいはい、アステル、とりあえず客間に案内するから、こっち!」
そう言ってアステルを連れて行く。
アステルはキョロキョロと物珍しそうに辺りを見回して、着いてくる。
「さすがの蔵書ですね!」
「ここら辺は教材とか、指導書ばっかりで、三階の辺りに物語なんかが多いかな。魔導書っていっても基本的なのは四階、後は好きに探してみてくれ。好きなもの読んでくれていいから。
もし、読みたい系統とかあるなら言ってくれれば案内するし、でも、自分の目で探すのも楽しいと思うんだ!」
「それは、楽しそうですね!」
「だろ?この塔の中なら好きにしてくれて構わないから」
「いいんですか?」
「ああ、家はじいちゃんの弟子、母さんの弟子、寺子屋の子供なんかが好き勝手するのが普通だから……今は色々あってじいちゃんと俺の二人しかいないけどね」
まあ、ある程度は旅の途中で話したから、アステルもその辺りは理解しているだろう。
「部屋はアルの部屋の隣でいいかな?」
「アルさんの部屋?」
「ああ、客間のひとつを占領して、完全にアルの部屋になってるからな」
「そう、私の部屋!じいちゃんとレイルさんから好きにしていいって言われたもん!」
「そーゆー感じで本当に家は適当だから、あんまり気を遣わないでいい。
ま、その分、お客さんにも気を遣わないけど……」
「そうそう、一歩、敷居を跨いだらみんな家族!みたいな?」
合ってる。合ってるけど、アルが言うのかよ!
俺は頷くだけに留める。
「あ、アルとアルファのこと、じいちゃんに説明するから……」
「え?だ、大丈夫かな?」
「いつまでも内緒のままって訳にはいかないだろ。
今後の相談もしたいし、あと、家のことやるのに人数いた方が分担できて楽だし……」
「うん、じいちゃんとお話できたら嬉しいけど、本当にいいのかな?ほら、今の私って、その、モンスターでしょ……」
「大丈夫、アルは昔からモンスターだし!」
「誰がモンスターよっ!」
びしっ!
「いてえ!」
久しぶりにデコピンいただきました!
ちょっと帰ってきた感じするな。
「まあ、じいちゃんなら大丈夫だよ!任せろ!」
「うん……」
アルが不安なのも分かるけどな。
『黄昏のメーゼ』と弱味を握りあった現状、じいちゃんが状況を知らないのはマズいと思う訳だ。
青年のメーゼは休戦と言ったが、それで他のメーゼを完全に納得させられるかは未知数だ。
ある日、別のメーゼが刺客を送り込んでくるとか、貴族を使って国王に注進するとか、ないとは言いきれない。
それにアステルの家に迷惑をかける可能性もあるしな。
それらの説明をするのに、アルの現状を抜きには語れない。
何しろ、俺の目的はアルの復活にあるんだからな。
ここらで先にかけられる迷惑はかけておくべきだと思う。
いきなり非道いことにならないようにする為だから。
とりあえず、アステルと分かれて俺は自室でひと休み。
じいちゃんが晩ご飯を用意すると言っていたので、そちらは任せてしまう。
荷物を置いてひと息吐いたら、いくらもしない内にじいちゃんに呼ばれる。
じいちゃん、早いなと思ったら、元から多めに作り置きをしておく予定だったらしい。
じいちゃん特製のシチューや、サラダ、サッと炙った薄切り肉やパンを盛り付け、アステルと一緒に配膳していく。
今日は食堂での食事だ。
食堂を使うのも随分と久しぶりな気がする。
じいちゃんは酒で、俺とアステルは果実を絞って薄めた飲み物で乾杯をする。
最初、ぎこちなかったアステルとじいちゃんだが、俺も含めて本好きの三人だ。
本の話になると、途端に打ち解けた。
アステルと出会ったきっかけが『ダークナイト・悪夢』でというところから始まって、俺の旅の話を挟みながら会話は進む。
「……だから、つい言ってしまったんです。今の私は暗黒卿ですって。のめり込んでいたとは言え、お恥しい話ですが……」
「いやいや、本の中に入り込んで楽しめるというのは、やはり読書の真髄じゃろうて。
ベルちゃんなんか小さい時は、一度読み始めると止まらなくてな。揺すろうが叩こうが、何にも反応せん。
終いにゃ馬車から転げ落ちても、本を読んどったからな……こりゃあ、筋金入りじゃと御者をやっとった者も飽きれておったくらいじゃ……」
「まあ、そんなことが……」
それから、幾らか当たり障りのない旅の話をしていたが、ひと段落着いた頃、じいちゃんが切り込んで来る。
「あ〜、それでベルちゃんや、目的の方はどうだったかのぅ?」
「うん。目的の物はどうにかなったんだけど、色々と問題がある……」
「ふむ……手放しで喜べる状況ではなさそうじゃな……」
俺は少し長くなると前置きをしてから、『黄昏のメーゼ』のこと、俺がじいちゃんの名前を出したこと、アステルもまた名乗っていること、また、『黄昏のメーゼ』が良からぬことを企んでいることなどを説明する。
「ふーむ……メーゼが四人に大量のスケルトンとゴーストか……」
「一応、青年のメーゼと休戦ってことになったから、余程のことがなければ、手を出してこないとは思うけどね……」
「そうじゃな……『ミカエルの書』に七人のメーゼを集めているのじゃったか……いずれにしろ碌な話じゃなさそうだのぅ……」
「それと、じいちゃん……」
俺は真剣な目でじいちゃんを見る。
じいちゃんもまた、真っ直ぐにこちらを見る。
「アルともう一人、俺が作ったと言うのが正しいかは分からないけど、ゴーストを紹介しておこうと思う……」
「……う、む。
あ〜……なんじゃな……年甲斐もなく、ちょっと緊張するのぅ……いや、死霊術士が目の前にいるから、心配はしていないんじゃが……」
じいちゃんは少し焦ったように口数が増えた。
でも、俺のことをちゃんと一介の術士として見てくれていることに感動だ。
「心配ないよ。今までだって、大丈夫だっただろ?」
「ん?今まで……?」
「そう、じいちゃんが王都から帰って来た時にはいたけど、問題なかっただろ?」
「わしが帰って来た時!?」
「うん、じいちゃんが帰って来た直後くらいかな?
アルの霊魂をゴーストにしたのは……」
「う、うむ……そうじゃったのか……」
「まあ、見てもらうのが早いよね……アル!アルファ!」
二人に声をかけて姿を現してもらう。
アルはもじもじと、アルファはしずしずと姿を現す。
「あ、あの……じいちゃん……」
「ア……アルちゃんかい?」
「うん……こんな姿でごめん……」
「いいや、大丈夫じゃよ。ベルちゃんに任せておけば、きっと上手くいく……じいちゃんもなるべく協力するでな……」
随分と動揺を見せていたじいちゃんも、アルを見た瞬間、目を見開いて、それから、じんわりと涙を貯めていた。
アルはじいちゃんから何を言われるか、かなり心配していたのだと思う。
姿を現した当初は、まともにじいちゃんの方を見られなかったが、じいちゃんの優しい言葉に、こちらも涙ぐむ。
「じいちゃん……あの、その……た、ただいま……」
「うむ……うむ……おかえり……」
「……うん!」
アルファはそんなアルの一歩後ろで、邪魔をしないようにと控えている。
「じいちゃん。こっちがアルファ。俺がネクロマンサーになって、最初にアンデッド化した魂だよ……」
「おお、君がアルファちゃんかい……随分と可愛らしいお嬢ちゃんじゃのぅ……」
視線を移したじいちゃんが、一転して柔和な笑みを見せる。
「あ、その、ヴェイル様にお仕えしています。アルファと申します……ふ、ふつつか者ですが、よろしくお願いします……」
「いや、挨拶固いぞ、アルファ。もっと気楽にしてくれて大丈夫だから……」
「あ、はい。ですが、ご主人様のお爺様であらせられますし……」
「とても、良くできた娘さんじゃな……親御さんの教育が行き届いておる。感心じゃのぅ……」
「最初、アルの身体の中に偶然入っていた魂なんだ。
今は俺のボディガード兼アルのアンデッドとしての教育係みたいなことをお願いしている」
「ほお、それはじいちゃんからも感謝しなければいけないのぅ。
アルファさん、ありがとう……」
「あ、いえ、たださまようしかなかった魂だけの私を、こうして意思を呼び覚ましていただき、また生前のように世界を感じさせていただきました!ご主人様には、感謝しかありません!」
アルファの真摯に俺を称える姿に、じいちゃんが頬を緩ませる。
チラリと俺を見たのは、『ベルちゃんの趣味かな?』という意味合いな気がするので、俺は否定のために首を振る。
「あー、まあ、とにかくだ……。
基本的に姿を見せることはないけど、俺が死霊術士になってしまった証明と、これからまた迷惑をかけますっていう謝罪をしておかなければならないと思ったわけで……じいちゃん、ごめん……」
「なんじゃ改まって……アルちゃんもアルファちゃんも、この塔の中は好きにしていいんじゃ。分からないことがあれば、このじじいに聞きなさい。もちろん、アステルさんも気兼ねなくの……。
それから、ベルちゃん。
じいちゃんはもちろん、ベルちゃんの味方じゃ。
まあ、アルちゃんを連れ帰って来た以上、もう止まれないじゃろうしの。
じいちゃんにやれることがあったら、遠慮なく言いなさい……」
「うん、ありがとう、じいちゃん……」
「あー、ところでじゃ」
じいちゃんは少し砕けた口調で、いや、好奇心に瞳をキラキラさせて聞いてくる。
「アルちゃんは見たところ、ゴーストじゃろ?
色々と疑問が残るのじゃが……」
ああ、何故アルが吸血鬼じゃないのかとか、そこら辺か。
『黄昏のメーゼ』との舌戦があった以上、どこまで説明するべきか迷うけどな。
詳しくは言えないが、ある程度の説明は必要だろう。
「うん、詳しくは言えないけど、今のアルとアルファはゴースト系中級モンスター『ファントム』だよ。
俺が『アンデッド図鑑』を欲しがったのは、俺の魔導書『サルが使えるタナトス魔術』に、アンデッドの進化方法が載っているからだ。
アルは今後、吸血鬼を目指すことになる」
「なるほどのぅ……進化か……ダンジョン内の構造変化に伴いモンスターが進化した可能性というのは、昔から言われてはいたんじゃ……冒険者の中での茶飲み話という形で、それを学術的に解いたものではないんじゃがな……だとすると、やはりあの魔導書は相当に危険なものじゃな……。
なぁ、ベルちゃんや。
ひとつだけ、じいちゃんと約束じゃ!」
「な、なにを……?」
「『サルが使えるタナトス魔術』をベルちゃん以外、誰にも見せない、触らせないこと……目的を成したら、もう一度、ちゃんと封印すること。
約束、できるかな?」
軽い約束みたいな雰囲気で言っているが、じいちゃんの目は思いのほか真剣だ。
これは、断っちゃいけないやつだな。
「……うん。約束する」
「うむ……モンスターの進化は、深化とも、真化とも言われとる。軽く考えないことじゃな……」
「深化と……真化……」
なんだか不吉な物言いだな。アンデッドの深化も、アンデッドの真化も、言葉として並べるとヤバい匂いしかしない。
確かにじいちゃんの危惧も当たり前かもな。
それからは、比較的穏やかに食事は進んだ。
俺が旅に出ていた間に、じいちゃんは幾つか死霊術の資料を集めていたり、そろそろ弟子の何人かが戻ってくるという話になっていたり、寺子屋の再開の話なんかも出ていた。
ああ、オクトに帰って来たことを伝えないといけないし、『サルガタナス』の研究も進めないとな。
明日から、また忙しくなりそうだ。