エインヘリアル!ベルセルク!
「どけ!邪魔するな!ひかえーい!ひかえおろう!」
俺は今、アルファに引き摺られながら、アホの子みたいに同じような文言を繰り返している。
いや、頑張ってる。頑張ってるんだよ。
ちょっと、思念の会話で体力使いすぎて歩く気力がなくなっただけで。
『黄昏のメーゼ』たち本人は俺を追ってこない。
まあ、体力派じゃないもんなあいつら。
その代わり、骨だ。あと、たまにゴースト。
それも、どこにこんなにいたの?って量の骨に追われて屋敷の中を右往左往している。
そう、屋敷の中だ。
屋敷は表から見れば普通の屋敷だが、中は光の差さない暗闇の世界だ。
たぶん、最初に入った時に方向感覚を狂わせる魔術か、アンデッドモンスターの魔法を掛けられていたっぽい。
じゃなきゃ、俺が方向を見失った理由がつけられない。
「どけ、どけ、どけーい。どけ、どけーい……」
いい加減、休みたい。
『光』の芋ん章魔術で視界は確保してあるし、点眼薬でゴーストにも対応できている。
ただ、体力の限界で、お腹減ったし、喉が乾いたし、休みたい。
「止まれ……動くな……回れ右……疲れた……下がれ……壁に張り付け……」
「アステル、こっち!ぽるた!」
俺は疲れて頭が回らないので、アルが先導を務めている。
アルが使うのはゴースト系アンデッドの基本能力、ポルターガイストだ。
群がる骨共を一撃粉砕する強烈な能力。ただし、ノーコン。
ただ、今回は距離が近かったのが幸いしたようで、鉄製の大きめな扉を直撃した。
バン!と扉を開けて、アル、アルファとそれに引き摺られる俺、アステルが飛び込む。
アルはすぐさま扉に飛びついて、それを閉める。
ガシャガシャと、骨と金属がぶつかる音が響く。
「くうぅ……重い、ですね……」
アステルも扉を閉めようと奮闘している。
「さ……が……れ……ぐふっ……さ、がれー!」
掠れた声でなんとか叫ぶ。
骨たちが退いて、扉が閉まる。
アルファがどこからか、火かき棒を持ってきて扉の錠代わりにする。
「なにか重いもの!」「楔になるものとか!」
アステルとアルが精力的に探しまわる。
なんだか、やけに広い部屋のようだった。
俺も何かしなければと、這いずるように身体を動かす。
光源は俺とアステルの『光』の魔術符しかない。
アルとアルファは暗闇でも見えているようなので、それで充分とも言えるが、追われている状況でこれは、なんとも心許ない。
ヒィ、ヒィと耳障りな音がする。
あ、俺の呼吸音か。
ヤバい、本格的に疲弊してきてるぞ。
ん?俺の鼻が何かの匂いを捉えた。
んん?身体をそちらに向け、ずりずりと動かす。
んんん?なんだ、この匂い?懐かしいような……。
「え……なん、で……」
俺の『光』の魔術符に照らされて見えたのは、部屋の隅に置かれたテーブルで、その上には茶色い塊。
まさかと思いつつも、俺の身体は上体を起こし、膝を摺るように進む。
夢、かな?
その茶色い塊は、豚の丸焼きに見える。
……豚の丸焼き!!
テーブルの上には、豚の丸焼き、グラス、水差し、ナイフとフォークも用意されている。
さらには猪が曳く戦車の置物もあるが、今はそれどころじゃない。
水差しからグラスへと液体を注ぎ、ひと息に喉へと流し込む。
「んぐ……んぐ……ぶほっ!うげ……酒だ……った……」
だけど、少しでも喉が潤ったなら、こっちのものだ。
大きめのナイフとフォークで、豚の丸焼きに取り掛かる。
「ふぐっ……はぐはぐ……んぐ……がふっ……」
ぶ・た・の・ま・る・や・きーーーっ!!!
「ベルさん!……えっ!?何ですか、これは!?」
「……ふ、は、の、はるはきー……んぐっ……」
アステルが俺に気付いて、近づいて驚愕の声を挙げる。
俺は食べなからアステルの質問に答えようとして、喉に詰まった。
ヤバい!呼吸!マズい!いや、肉はウマイ!……じゃなくて、苦しい!
胸を叩く。フォークを落として、テーブルの上のグラスを手で探る。
あ、なんかぶつかった。
「た、大変!ベルさん!」
アステルが、俺が手をぶつけて倒した水差しを取る。
「えっ!これ、お酒……でも……」
アステルが俺の口元に水差しを持ってくる。
されるがままに口にする。
喉の隙間を酒が流れて、俺は噎せた。
「ぐっ……ごはっ!ぐえ!げほっ!げほっ!」
「大丈夫ですか!」
アステルが介抱してくれる。
俺は噎せた拍子に、喉に詰まっていた肉を吐き出していた。
「げほっ……はぁ……はぁ……た、助かっ……げほっ……」
「お、お水!お水を!」
アステルは慌てて自分の背負い袋を下ろすと、中から湧水の魔導具を取り出し、急いで魔石をセットする。
転がるグラスを取って、そこに水を注ぎ、飲ませてくれる。
「んぐ……んぐ……はあー、すまない、た、助かった……」
ようやくひと心地。
どんっ!どんっ!と入口の扉を叩く音に混じって、何かがジャラリと鳴った。
その異質な音に、俺とアステルが振り向く。
「ぐるるるるっ……ぐるルラあああァァァー!」
「うわっ!鎧が動いたっ!」
アルが驚く。
獣のような声と鎖を引く音、外からは相変わらず扉を叩く音が響いている。
今、扉はアルファがポルターガイスト能力でなんとか抑えている状況だ。
同時に、壁に火線が走って、壁に備え付けられていたランプに次々と明かりが灯っていく。
どこからともなく声。
「くっくっくっ……よりにもよってこの部屋に逃げ込むとはな!」
この声は壮年男性の『黄昏のメーゼ』か。
「お前がメーゼとならないのならば、ここで死ぬのも致し方ないな。
すぐに拾い上げてやれば従順なゴーストになるだろうよ。
メーゼはお前をメーゼにしなくてもいいと思っているしな!」
メ、メーゼ、メーゼうるせぇ……。
ガシャンッ!
「ぐるあああがあああー!」
全身甲冑と言えばいいのだろうか。
金属の塊にも見えるが、引き締まった筋肉が中に詰まっているだろうことは想像できる。
ただ、なんかちっちゃい?
身長で言ったら百五十センチくらいか?
ただ細身に見える。
四肢を鎖に繋がれ、こちらまでは来られないようだが、俺に向かって怒りの叫びを挙げていることは分かる。
「こ、この人は……」
アステルが拳を向けて迎撃の構えを取る。
いや、もう分かるだろ!と思いつつも、アステルの疑問には答えておくか。
「はひんへりぁる……」
「せめて、飲み込んでから喋りなさいよっ!」
アルに突っ込まれてしまった。
仕方ないじゃないか、優先順位があるんだから。
肉をなんとか飲み込んで、アステルが用意してくれた水でひと息吐いてから改めて言う。
「エインヘリアル。調教中」
「えっ?」
「たぶん、あの男のメーゼがどこかから見てる……」
「ああ、もちろんだとも!
メーゼは見ている。お前の知識を一番に得るためにな!」
「ええと……あの人、こちらまで来られないようですけど……」
「くくくっ……もう少し待て……」
「ふごっ?」
待つ?何を待つ?
そう言えば、鎧が動かなくなって……なんだ?
赤黒い霧?
鎧の隙間から赤黒い霧が出ていた。
そして、赤い光の文字?知らない言語だ。
「クルルロロローっ!」
「さあ、エインヘリアルにしてベルセルク!
奴らを殺せ!」
ベルセルク?それはモンスター名なのだろうか。
だとしたら、超絶脳筋戦士アンデッドなだけじゃなくて、更に危険な存在かもしれな……。
「ベルさん!」
俺はアステルに蹴りつけられて、転がる。
転がりながら見た。
エインヘリアルを拘束している鎖。その鎖は壁の中に繋がっているが、そこから鎖が送り出されている。
そして、エインヘリアルが跳ぶ。
俺とアステルは左右に転がっていた。
エインヘリアルはテーブルに突っ込んで派手な音と共にテーブルが爆発した。
がらんがらん……と俺の横に豚の丸焼きが飾ってあったお盆が落ちた。
俺が転がった先には大きな暖炉が備え付けてあった。
ああ、アルファはここから火かき棒を見つけたのか。
そんな益体もない考えが頭を過ぎる。
全身甲冑が、ゆらりと立ち上がる。
それから、俺の方へと向き直る。
「あ……にく……」
全身甲冑はその左手に三分の一ほど俺が食べた豚の丸焼きを手にしていた。
右手で兜を外す。中から現れたのはつんつん頭の金髪男子で、年の頃は俺と変わらないくらいだろうか。
十五歳、もしかしたら成人前かもしれない。
美少年と呼んでも差支えないくらい整った顔立ちをしている。
でも、その美少年は残った豚の丸焼きに手摑みで齧り付いた。
顎の力で毟りとるように肉を裂き、咀嚼する。
俺は唯一残った右手のフォーク、蹴り飛ばされても離さずにいた最後のひと切れを、名残惜しいと思いながら口に入れた。
美少年は嘲笑った。
俺を見ながら、この肉は自分の物だと誇示するように齧りつつ、嘲笑った。
なんだろう……イライラする。
俺はフォークを投げ捨てると、芋ん章魔術を用意する。
反対の手で美少年を指さす。
「お前、俺を怒らせたいのか……」
美少年は表面の香ばしく焼き上げられた部分だけを、ガツガツと齧り取ると、残りを投げ捨てた。
頬を肉で膨らませて、舌先を出して、指に付いた脂を舐めとる。
空いた手をこちらに出して、指先だけ折り曲げて、かかってこい、というポーズを決めた。
ムカッ!俺の怒りに火が点いた。
いつでも芋ん章魔術を使えるようにしたのに、それを使うことすら意識から飛んでいた。
「食い物を粗末にするなー!」
俺は駆け出した。
もちろん、捨てられた肉に向かってだ。
やる気満々の美少年は、躍りかかる俺をぶちのめしてやろうと拳を握ったまま、その横を通り抜けていく俺を見送っていた。
口をぽかんと開けていたかもしれない。
その間に俺は肉を確保する。
両手で抱えるようにして肉を保護して、美少年を睨みつける。
美少年は、そこでようやく我にかえったのか、目に怒りを抱えて俺をぶちのめすべく、駆け出す。
と、その瞬間、アステル渾身の両手での掌底が美少年の脇腹を撃つ。
「ぶぼっ!」
美少年は口から咀嚼途中の肉を吐き出しつつ、身体をくの字に折った。
美少年の身体が少し浮き上がり、女座りのような体勢で屑折れた。
「やらせません!」
アステルが倒れた美少年に向かって、構えをとる。
「グククッ……オノレ……」
美少年がアステルを睨みながら、立ち上がる。
喋れるらしい。
俺は美少年に絡む鎖に巻き込まれないように、移動しつつ今度こそ『炎』の魔術符を用意する。
肉は左腕で抱えられるほどの重さになっていた。悲しい。
また、美少年の身体から赤黒い霧が立ち昇る。
アステルが一歩近付くと、美少年が拳を繰り出す。
アステルはその拳を捕まえると、関節を捻りながら身体を捌いた。
「アガガッ……」
アステルは美少年の足を蹴り払うと、美少年は膝立ちにさせられて、更に腕の関節が極まる。
「グゥゥゥゥ……」
「アンデッドでも、痛みを感じるようですね……それなら、なんとでもなります!」
アステルが力強く言い放つ。
か、かっこいい……。
「えっ!?」
「ゥゥゥ……ゥガアッ!」
「きゃっ!」
美少年はどうやらその膂力だけで無理矢理、関節技を外そうとして、その試みは成功しそうである。
「アステル、離れろ!」
俺の言葉にアステルが飛び退く。
俺の『炎』の魔術符は臨界を迎えて、火球が放たれる。
ボンッ!と音を立てて、美少年が火だるまになる。
「よし!」
と叫んだのがいけなかったのか、美少年が震える。
炎の赤が、瞬間、赤黒い霧に取って代わられる。
炎がかき消すようになくなった。なんだそりゃ!
「ぽるた!」
アルが移動して、美少年の正面から至近距離でポルターガイスト能力をぶち込む。
美少年の全身甲冑、その胸部が凹むと、美少年は甲冑のあちこちの隙間から血を噴き出して、ガクリと倒れる。
うわー、えげつねえモノを見た……。
だが、甲冑の各部に例の赤い光の文字が浮かぶ。
美少年が血みどろのまま立ち上がる。
動きがぎこちないのは、あちこちの骨が折れているからだろうか。
「ベル、これどういうこと?」
アルが聞いてくるが、俺は棒立ちになって見ているしかない。
分からない……。なんだアレ?不死身かよ?
赤黒い霧と甲冑に浮かぶ赤い光の文字、これが問題だ。
美少年は体勢を低くすると、獣のように動く。
その動きも、おかしなものだった。
やはり、全身の骨があちこち折れているのだろう、足が不自然に曲がる、それを支えようとした腕も肩の辺りが変な膨らみ方をしている。
口からは大量の血を吐いている。
アルもアステルも、その異様な光景に動くのを忘れて見送るしかできない。
美少年だったモノは俺たちの誰かを狙うものではなく、壊れたテーブルへと向かう。
美少年が変な角度で手にしたのは、酒の入った水差しだ。
その水差しに直接、口をつけると中の酒を嚥下する。
ごくごく……ごくごく……ごくごく……。
いや、おかしいだろ。水差しに入っている酒の量だ。
ごくごく……ごくごく……ごくごく……。
ようやく、口を放したと思うと、全身から赤黒い霧が出る。
「グオ……ガ……アガ……グ……ァァァアアアッ!!!」
大量に放出された赤黒い霧が晴れると、そこには怒りで目を炯々と光らせる美少年が、ダメージを回復して立っていた。
美少年は手にしている水差しを腰帯に手挟むと、素早く落ちている置物を拾い上げた。
猪が曳く戦車の置物だ。
それを小脇に抱えると、空いた手で猪部分の背を撫ぜる。
「ぴぎーっ!」
猪の霊が飛び出したと思うと、それは置物サイズから全長二メートル程まで大きくなり、実体化した。
駆ける猪が俺に迫る。
「ベル!」
慌てて俺は避けようとしたが、猪の牙が服の裾を引っ掛けて、吹っ飛んだ。
直撃のダメージはなかったが空中に投げ出されてしまう。
「ご主人様!!」
空中で俺を掴む手のようなものに受け止められる。
それから、ストンと地面に落ちた。
どうやら、アルファが今、この時だけポルターガイスト能力で受け止めてくれたらしい。
どんっ!と扉が鳴って、危うく開きそうになる。
アルファがすぐに扉を抑える方にポルターガイスト能力を戻したので、ギリギリ助かったような形だ。
猪は実体を持ったまま、部屋の中を走り回る。
部屋が広いから、まだ逃げる余地があるが、かなり危険だ。
「ぴぎーっ!」
声にそちらを見る。
二匹目だ。二匹目がアステルに向かう。
「破っ!」
アステルは掛け声と共に、猪をいなして、その側面に体当たりを食らわせる。
猪は進路をずらされて、壁に体当たりを敢行した。
大きな音がして、猪が壁で止まり、それから、ふらふらと蛇行して倒れた。
「こんのっ!ぽるた!」
アルが美少年に近づいてポルターガイスト能力の衝撃波を見舞う。
美少年は体を捌いて、それを避ける。いや、避けきれない。
ばんっ!と音がして美少年の腕が千切れ飛んだ。
どうも目測を誤ったのと、四肢に繋がる鎖が邪魔をしたようだった。
美少年は抱えていた置物を下に落として、アルと対峙する。
美少年の残った腕に赤黒い霧がまとわりつく。
「ガアアッ!」
何かヤバそうだ。
俺の中の直感のようなものが囁く。
「ダメだっ!」
俺は美少年の腕に繋がる鎖に跳びついた。
体重を掛けて引く。引き摺られる。
離さない!
だが、無情にも鎖は美少年の動きに合わせて動き、俺の身体ごと動かそうとする。
ふざけんな!
俺は手に力を込めて、さらに引く。
美少年の拳がアルを襲う。
アルはそれを躱すべく、身体を逸らす。
ーーーチリっーーー
拳自体は空を切ったが、赤黒い霧がアルの右肩に僅かながら触れる。
「……ああああああっ!」
アルが数歩、後ずさる。右肩部分の霊体がぽっかりと無くなっていた。
「アル!」
俺は無我夢中で走って、美少年に飛びかかった。
タックルで美少年を押し潰すように倒すと馬乗りに、頭を掴んで何度も何度も床に叩きつける。
「よくもっ!よくもっ!よくもっ!よくもっ!てめえっ!このっ!よくもっ!……」
美少年が俺を振り払おうと、残った手を伸ばす。
俺はその手に噛み付く。
口の中にコイツの血の味が広がる。
美少年が足をバタつかせて、膝で俺の背中を蹴る。
無理な体勢のはずなのに、異常に痛い。
それでも、堪えて、俺はさらに美少年の頭を床に打ち付ける。
許さない!許さない!許さない!許さない!許さない!許さない!…………。
「ベル!……ベルっ!」
「ベルさん!」
アステルが俺の肩を引いていた。
気付けば、背中を蹴られることもなく、美少年の腕はだらりと落ちていて、美少年は顔を血で真っ赤にした状態で痙攣していた。
「ベル……私は大丈夫だから……」
言われてアルを見る。
右肩の霊体は薄く、アルは辛そうにしているが、とりあえずは落ち着いているように見える。
俺の口の中に違和感がある。ぶっ、と吐き出すと赤いものが出てきた。うえっ……美少年の肉だ。
でも、今はそれどころじゃない。
「サルガタナース!アルは?アルは大丈夫なのか?」
俺は大声で聞く。
《ふむ、大丈夫と言いたいが、魂が弱っておる。
後で人工霊魂を補充した方がいいかの……あちらの霊体も能力の酷使しすぎじゃの……》
言われてアルファを見る。
アルファは今も一人、頑張っている。
俺は腰のガンベルトから『取り寄せ』魔法陣を二枚出す。
懐から魔瘴石を取り出そうとして、痛みに気付く。
「いてっ……なんじゃこらあああっ!」
俺の両手は皮がズル剥けていて、真っ赤だった。
あ、鎖を引っ張って、あの時か。無我夢中で気づかなかった……。
「ああっ!た、大変です!ちょっと待って下さい……」
アステルがポーションを取り出すと俺の手に掛けてくれる。
しゅうしゅうと音を立てて、掌の痛みが消えていく。
薄皮が見る間にできて、癒されていくのが分かる。
「ごめん……」
「いえいえ、『スプー』の神殿長様が冒険者になるならばと分けて下さったものですから」
痛みが引いたので、俺は魔瘴石を取り出して『取り寄せ』魔術を発動する。
一枚は人工霊魂の残りを取り寄せる。
もう一枚は、離れた場所で、リザードマンズをお呼出だ。
総数三十二体のリザードマンゾンビたちに扉を死守させる。
「なんだ、その魔術はっ……!」
壮年のメーゼの声。
ああ、まだ見てたのか。
アステルも驚いているが、前にポロとサンリのゾンビを見ているから、驚きは少ない。
「今からいいもの見せてやるよ!」
俺は『光』の魔術符を二枚抜くと、一枚をアステルに渡す。
魔術符からは光の玉が浮かび上がって、アステルと二人、頷き合う。
部屋はランプの灯りである程度見通しが効くが、『光』の魔術符の光量の方が強い。
「くくくっ……やはり、お前は殺さなくては……いいぞ……ゴーストにした時が楽しみだ……」
「簡単に殺れると思うなよっ!」
アステルと二人、『光』の魔術符を掲げる、と同時にそれを引き裂いた。
もちろん、俺もアステルも目をぎゅっと瞑っている。
カッ!と光量が一時的に増したのが瞼の奥でも分かる。
「ぎゃあっ!目が……目がぁ……」
うん、いい声で鳴くな。アホメーゼ。
見逃すまいと、きっと目を皿のようにして注視してくれたことだろう。
でも、見せないけどな。
俺は未だ痙攣する美少年の所に行く。
首の辺りに署名する。コイツの血は俺の口の中に拡がっているから、そのまま飲み込んでしまう。
「大丈夫だよな?」
《うむ、契約はしかと働いておるの……》
「あの、何がですか?」
アステルが聞いてくる。
「ああ、今、この美少年くんを俺の支配下に置いたとこ。
死霊術士として、これは放置できないし……あ、今のやり方は秘密ね!」
「あ、はい。大丈夫ですよ」
さすが同志アステル。すぐに理解を示してくれる。
もっとも、相手の一部を自身に取り込む必要があるって部分は分からないだろうけど。説明する必要もないしね。
「さて、アステル。手伝ってくれる?」
「はい、いいですけど、何を?」
そう、ここからは二人がかりで、竹筒から人工霊魂をひたすら引っ張り出すという、それはそれは地味〜な作業が待っているのだ。