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白骨の豪邸!黄昏のメーゼ?


結局、『にゃんこポイント付き罫線紙』は魔宝石五つの支払いになった。

本来ならもっと払っても惜しくない出来だったが、アステルとの「差し上げます」「そうはいかない」「では、必要経費だけ」「いやいや、安売りすんな!」「同志ですから」「それとこれとは別問題だ」というような押し問答の末、無理やり手渡した報酬とも言える。


日付を跨いで翌日。

朝食後、さっそく『黄昏のメーゼ』を訪ねることにする。


白亜の豪邸……立派な門構えで、門は鉄柵になっている。

白く巨大な屋敷はやはり白く塗られていて、派手というより城塞のように立派な建物と言うべきだろう。

所々に緑の蔦が這っていて、夜に見たら雰囲気あり過ぎに見えるかもしれない。

隣接して塔が建っていて、こちらも立派だ。

塔は一本の柱のように屹立している。

まるでお姫様でも囚われていそうな感じだ。

『黄昏のメーゼ』の館は聞いていた場所にあった。


門の横には金属製の全身鎧姿の兵士が槍と盾を手に立っている。


「厳戒態勢なんでしょうか?」


「それにしちゃ、一人しかいないからな……冒険者を雇ってるとか?」


厳しい門番を遠目に見ながら、アステルとそんな話をする。

冒険者は奇異な奴が多いから、常日頃から全身鎧を着けていても不思議ではないけれど、何か違和感がある。


「でも、微動だにしませんね。置物みたいな……」


「ああ、確かに。

まあ、とりあえずメーゼに会えるか聞いてみよう」


俺たちは全身鎧に近付く。


「こちらに『黄昏のメーゼ』様はいらっしゃいますか?

自分はヴェイル・ウォアムと言います。

よろしければ死霊術についてお伺いしたいことがあって訪ねたのですが」


全身鎧がこちらを見る。機械的というか、人間じゃないような動きだ。


「…………。」


なんで、無言?怖ぇーよ。

全身鎧が槍を少し持ち上げて、石突で地を打つ。

がしゃり、と全身鎧が軋みを挙げる。

むう……じいちゃんから名前は好きに使っていいと言われているから、それで押してみるか?


そんなことを考えていると、俺の鼻がひくつく。

同時に、全身鎧と対峙して分かることがある。

関節部分が変なことになっている。

中に鎖帷子を着込んでいるようだが、妙な捻れ方をしている。

これじゃあ、まるで中身が無いような……。


豪邸の扉が開かれる。


「あ、どなたか出てくるみたいですよ……ヒッ!」


アステルの引き攣ったような声に、そちらへと目を向ける。


骨だ。

執事服を纏った骨が、優雅な仕草でこちらへと歩いてくる。

鉄柵の内側で一礼。


《どちら様でしょうか?》


「え、な、誰?

なんですか、これは?」


アステルが取り乱すのも仕方のないことかも。

骨執事が『念話』で語りかけてくる。


「アステル、大丈夫。頭に直接響いているから不思議な感じがするだろうけど、こっちの骨は話ができるみたいだから……」


そう、こっちの骨だ。全身鎧から嗅ぎとったのは腐臭の残滓。やはり、こちらも骨かな?

腐臭とか嗅ぎ慣れてしまった自分がいることが驚きだった。

あ、今は念話だ、念話。


《自分はヴェイル・ウォアムと言います……》


はあ……はぁ……ヤバい、念話キツい……。


《普通に話して下さって結構ですよ。

どういったご用件でしょうか?》


「あ、普通でいいのか……。

『黄昏のメーゼ』様にお目通りしたいのですが?」


《かしこまりました。では、こちらへ》


鉄柵が開かれて骨執事が案内してくれる。

開かれた扉の中は暗い。

骨執事が蝋燭の灯りを手に先導する。


《私は当館の執事アランと申します。

主人はまだ所用がありますので、こちらの部屋でお待ち頂けますか》


案内されたのは待合室と書かれた部屋だ。

扉を開けると、その部屋は大きな窓があり、朝の光が入ってきている。

骨執事アランが、すっ、と外光を避ける仕草をする。

先ほどは普通に外に出てきていたが、日の光は大丈夫だけど好まないという感じなのかもしれない。

アルとかアルファに聞いたことはないが、やはり同じような性質とかあるんだろうか?


《今、お茶をお持ちします》


扉が閉じる。

アステルがゆっくりと息を吐く。


「はあー、ちょっと緊張しました……」


「まさかこんなにあっさり通してくれるとは思わなかったな」


「あ、そういえば不思議ですね。『黄昏のメーゼ』様って街の名士みたいですからお忙しいでしょうし……門前払いされるかと思ってました」


「まあ、朝だからたまたま手が空いてたとかなのかな」


「そう、でしょうか……?」


扉がノックされ、骨執事アランがお茶を運んでくる。

今度は堂々と光の中に入ってくる。

お茶がふたつ。それから綿アメみたいなものがふたつ。


「人工霊魂?」


《よろしければ、どうぞ》


アルとアルファが見えてるってことか……。

もしかして、釘を刺されたってことか?


骨執事が去っていく。


「ねえ、食べていい?」


「ああ」


アルが用意された人工霊魂にさっそく取り掛かる。

ボウルのような器に人工霊魂は盛られていて、フォークが添えてある。


「それならアルちゃんたちも食べられるんですか?」


「ああ、スライムの核と魔瘴石が元になってる」


「へえ」


「ねえ、ベル。これ、おいひくない」


「ん?味とかあんの?」


考えたことなかったけど、味とかあるのか。

空中に浮いたフォークがくるくると回りながら人工霊魂の雲を引いていく様はなんとも不思議だ。

どうでもいいけど、美味しくなくても食べるのはやめないのな。


「アルファはどうだ?」


「はい、正直ごわごわしていて、口に残るというか……」


味の違いか……考えられるとしたら、スライムの種類とか、『青龍の水』の解釈が違うとか、その辺りだろうか。

栄養価というか、魂への影響も違うんだろうか。

これも、研究案件だな。


そんなことを考えていると、また扉がノックされて、骨執事アランが現れる。


《主人がお会いになるそうです。こちらへ》


案内された部屋は執務室のような部屋だ。

じいちゃんの書斎とかに近いかもしれない。

中央に机、周囲は本棚と儀式に使うような燭台やら水晶やら、魔晶石なんかも置いてある。

ひとつ違うのは、整理整頓が行き届いていることだろうか?

部屋に入った瞬間に本棚に目線が行ってしまうのは、これはもう仕方のないことだな。


「気になるかしら?」


「え?」


机に備え付けの椅子に座っていたのは、厳格な雰囲気の老婦人、足を振り回して遊ぶ少女、眠そうな目の青年、でっぷりとした壮年と四人いた。


「ねえねえ、お兄ちゃんも死霊術士ネクロマンサー?」


「後は任せて、僕は寝ててもいいかな?」


「本当に全員集まる必要があったのか?」


少女と青年と壮年が次々と発言する。

四人?


「え、と……?」


「黄昏のメーゼです」「黄昏のメーゼよ」「黄昏のメーゼ……」「黄昏のメーゼだ」


老婦人、少女、青年、壮年が次々に黄昏のメーゼを名乗る。

俺とアステルは何が何やら分からなくて、言葉を失っていた。


「ヴェイル・ウォアムというのは貴方?」


老婦人が聞く。


「え、あ、はい……」


「ウォアムというと、あのウォアムか?あの変態魔導士の家の?」


今度は壮年。

変態……こうハッキリと言われることはあまりない。

そう、じいちゃんは変態だ。

だが、名前と実績が大きくなりすぎて、普通は誰もそんな物言いができない。

ちょっと俺の中で壮年の好感度が上がった。


「カーネル・ウォアムの孫です」


家の名前を気にするのなら好都合とも言えるので、ここはじいちゃんの名前を使わせてもらう。


「お兄ちゃんのおじいちゃんが大魔導士なのね!

じゃあ、お姉ちゃんは?」


少女は意味を理解しているのか、いないのか、俺からアステルへと興味を移した。


「あ、ベルさ、ヴェイルさんの仲間で、アステル・ハロと申します……」


「なにっ?まさかルフロ・ハロ製紙魔導院か!?」


またもや壮年。まあ、ハロ家といえば魔導士的には御用達なので、すぐにピンと来るよな。


「ああ、紙屋さん!それで、そっちのお姉ちゃんたちは?」


またもや興味が映ったのか、少女が中空を見ている。

姿を消したところで点眼薬があれば見える。

それに存在自体は骨執事アランからバレてるだろうしな。

俺は二人に向けてひとつ頷いてやる。


「アルファです」「アルです」


「ゴースト系、中級……レギオン……いや、繋がっていないからファントムか、ソウルイーター……」


青年がぽつりと言った。

これは朗報。分類できるってことは、俺の求める『アンデッド図鑑』的なものを持っている可能性がある。


「中級ゴーストだと!?そんな危険なものを持ち歩いているのか!?」


壮年が驚きに叫ぶ。

壮年は好感度急降下だな。アルとアルファを『持ち歩く』?

『連れ歩く』だろ?


「アルちゃんとアルファちゃんは物じゃありません!

その言い方は撤回して下さい!」


「なんだと……」


アステルがぴしゃりと言い放つ言葉に壮年は途端、緊張した物言いをする。


「貴方はどうお考えかしら?」


老婦人が俺を見つめていた。

壮年の態度からすると、ここが分水嶺なのだろう。

俺の目的はもちろん『アンデッド図鑑』を手に入れることだ。ならば、答えなど決まっている。


「撤回して頂きたいですね」


あれ?やらかしたかも?

老婦人、少女、壮年の態度が途端に固まる。


「危険ね……」「危険だわ……」「…………。」「危険だな……」


剣呑な雰囲気。

あからさまだから、これは脅しだろうか。

ただ、青年だけが自然体というか、欠伸をして目を擦っている。

それだけに青年が一番ヤバい気がする。


「何が危険だと仰ってるんですか?」


「死霊に心を向けることは、死霊からも心を向けられるということ……死霊を物として扱えない死霊術士がどれほど危険な存在となるか、分かるかしら?」


なるほど、メーゼたちが問題にしているのは、例えば死霊たちの怨念、怨嗟などだろう。

意思持つ死霊が非業の死を遂げて、その悲しみを死霊術士に訴え、死霊術士がその想いに巻き込まれるとかありそうな話だ。

ミイラ取りがミイラになるだったかな。

つまり、メーゼたちはアンデッドの情に流されたりしないように、アンデッドを物として扱うことを推奨している訳か。


「ああ、そういうことですか。でも、契約すれば別に……」


《あ、馬鹿……》


いきなり『サルガタナス』の念話が呟きのように聞こえる。

ん?契約ってまずかったのか?


「契約?」「契約ってなーに、お兄ちゃん?」


反応したのは壮年と少女だった。

でも、俺としてはこの四人いる『黄昏のメーゼ』の前に『サルガタナス』に聞いておかなくてはと思う。


《サルガタナス……》


《むう……き、聞かなかったことにせよ……ルール違反になる》


またか。しかし、重要そうなことが逆に分かる。

契約の話はあまりしない方が良さそうだ。

でも、そうなると『黄昏のメーゼ』はどうやって骨執事なんかを使役しているのだろうという問題が出てくる。


おっと、メーゼたちが俺の反応を窺っている。

適当に誤魔化さないと。


「仕方ないな……これは俺だけの方法だから、あまり話したくないんだが……」


「いいから、教えてよ!」


少女が焦れたように聞く。


「俺の知りたいことにも答えてくれるか?」


「あら、取引をしようというの?何が望みかしら?」


老婦人が口の端を少し吊り上げた。

あれ、いきなり乗ってきた。もしかしてちょろい?


「簡単に言えば、図鑑が欲しい。

駆け出しなもんでね。アンデッドの種類やら何やら、知識の抜けを埋めたい」


「なんだ、そんなことでいいのか……」


「簡単な方法があるわよ」


「ちょっと、メーゼ……」


壮年は気が抜けたように、老婦人は微笑みを浮かべて、少女は老婦人を咎めるようにと、口々に言ってくる。


「あら、いいじゃないの、メーゼ。

遅かれ早かれ、この話に行き着くんだもの」


老婦人は少女に向けて、悪戯っ子のように言う。

お互いにメーゼって呼び合うとか、正直、不気味だな。

家族……じゃなさそうだよな。

似ているところがなさ過ぎる。


「簡単な方法?」


「貴方もメーゼになればいいのよ」


「はあ?」


老婦人の言動に俺はキョトンとしていた。


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