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オドブルの街!製紙魔術!

リアルが急に忙しくなりまして、申し訳ない。



『スッシー』の入り口。

見れば、ちゃんと梯子があって、そこから外に出られた。

『スッシー』の頭の上に立つ。

漁村の脇、岸壁に隠れるような位置から、水中に身を投じる。


「ぶあっ!しくじった!暗い!陸地はどこだ?

アルファ、分かるか?」


提督が気をきかせて『スッシー』から灯りを投げ掛けてくれていた。

その灯りは、『スッシー』の外壁の一部が指向性をもって光るというもので、俺が飛び込んだら灯りを消して、身を隠すように命じていたためすぐに消え、突然の暗闇に半ばパニックを起こしそうになる。

今、『光』の芋ん章魔術が使えないというのも、その一因だったりする。


「アルちゃん、ご主人様のことお願いします!」


「大丈夫!ベルの一人くらい、今の私なら軽々運べるから!

いくよー。ぽるた!」


ざぼんっ!


俺の脇の水が爆発した……。


「ふざけんな!殺す気か!」


「あれー?また、ズレた……」


「ズレなきゃ、死んでるわっ!」


「ごめん、ごめん……普通に運ぶね!」


ファントム的には普通じゃないけどな、というツッコミは封印する。

アルファに言わせると、アルがやっている自分の霊体に均一に膜を張るようなポルターガイスト能力の使用は相当に難しいらしい。

だが、俺はおそらく襟首を掴まれて、アルが水上歩行するのに合わせて引き摺られる。


せっかく乾いたのに、また濡れるというのもかなり気落ちさせられるが、『スッシー』に吐き出されて、流されてきたという設定でいくつもりなので、仕方ない。


本当の事を言ったら、『スプー』の冒険者互助会どころか、コウス王国、下手したら大陸全てから狙われかねないからな。


それだけ、摩訶不思議な遺物なのだ。

全てが謎に包まれ、ただ実在だけが囁かれる超古代文明というやつはなかなかに取り扱い注意だ。




それから五日後。

俺たちは『オドブル』領の街『オドブル』に足を踏み入れた。


漁村で拾われ、アステルと合流、船が無くなったので馬車を待つこと三日、『スプー』の冒険者たちに『スッシー』について散々聞かれ、それを「記憶にない、分からない」と躱して裏でアステルに説明、そこから『オドブル』行きの馬車に揺られること二日、その間、何事もなく着けて良かった。


『オドブル』の街はなかなかに栄えている。

白く塗られた家々の壁、色とりどりの屋根は見応えがある。

街全体が裕福な印象だ。


「わあ!きれいな街だね、ベル!」


「勝手にどこか行くなよ、アル」


「わかってるわよ」


「だといいけどな……」


「あ、ベル!ねえ、あのお店、なに?

なんか面白そうっ!」


「聞いちゃいねえ……」


隣でアステルがクスクスと笑う。

いい加減、アルを静かにさせないとマズいと思う。

なにしろアルはゴースト系モンスター『ファントム』で、今は姿が見えないが、その姿が見えないというのが問題なのだ。

このまま自由に喋らせておけば、俺かアステルが謎の腹話術師として街の話題になるかもしれない。

まあ、異国情緒溢れる風景、この場合は異領地情緒溢れる風景に興奮するのは分からなくもないけどな。


どうにかアルを宥めて、宿を決める。

どうやら『オドブル』の街では、貴族が使うような高い宿か、大部屋に雑魚寝するような安い宿がほとんどで、宿探しは少し難儀してしまう。


冒険者互助会は小さいし、活気がない。

良さそうな宿情報を求めて行ったのは正解だった。

なにしろ職員は暇人が多くて、懇切丁寧に色々と教えてくれたからだ。

曰く、俺たちが求めるような宿は領主館の近くに数軒あるという話だった。

ただし、冒険者用というよりは一攫千金を求めてやってきた中小の商人たち用ということらしい。


『オドブル』は領主の住まう地であると同時に、『黄昏のメーゼ』が住まう地でもある。

そして、より重要なのが『黄昏のメーゼ』だ。

国家公認死霊術士『黄昏のメーゼ』の力を頼りにたくさんの貴族の別館が建てられている。

そして、貴族の別館が多いことで、貴族同士の調停の場という性格があるらしい。

継承問題や隣接する領地同士の折衝、死者の言葉を伝える『黄昏のメーゼ』によって解決することは多岐に渡る。

そうして、貴族たちが頻繁に訪れる地には金が溢れる。

それを求めて人が集う。


『オドブル』にはダンジョンがひとつ。

『ブルスケータ』と呼ばれるそこは、アンデッドの巣窟である。

このダンジョンは人気がない。

アンデッドは厄介で、実入りがほとんど無い。

冒険者互助会が寂れるのも無理はない。

ちなみにダンジョンに出るモンスターなどの資料も読ませてもらったが、上位個体や特殊個体と思われる情報は皆無。

冒険者が入れるのも地下八階層程度らしい。

まだ、更に下へとダンジョンが続いているらしいが、冒険者たちは基本立ち入らないらしい。


何故なら、採算が取れない。


『ブルスケータ』で採取できるのは、極希にアンデッドが持っている冥府石、死者の毒爪、獄使の牙。

たまに落ちている魔石や錆びた死者の装備、瘴気草、血沼の泥といった物で、それなりの値段で取引されているらしいが、これらの入手には対アンデッド装備と言えるようなものが必要となる。

武器、防具の聖別化、聖水、聖塩、聖豆……使い捨ての道具や高価な装備を手に入れれば手元にはほとんど残らない。

さらには八階層より下に行っても、手に入る物がほとんど変わらない。


そして、ここでも『黄昏のメーゼ』だ。

地下九階層より下は『黄昏のメーゼ』専用という訳でもないのだが、実質そのような位置付けにあるらしい。

その『黄昏のメーゼ』にしても、たまに『神の怒り』、通称『神のかまってちゃん』を避けるために神殿の戦士を引き連れて踏破距離を更新するという程度のことしかしないらしい。

だが、これをしないと街に大きな被害が出るという。


何故なら、街の隣には『ブルスケータ』ダンジョンと繋がっているであろう『墓場の森』が広がっている。

『黄昏のメーゼ』がこの地に留まる前は『神の怒り(ダンジョンイベント)』が頻発する土地柄だったのだ。

土着の民はそのせいで貧困層が大半だったりする。


そのような事情があるため、この『オドブル』は富裕層と落ちぶれた貧民が多く、中間層が少ない。

その中間層というのが、貴族のお溢れ目当てで入植する中小商人たちというわけだ。

まあ、それもすぐに富裕層か貧困層に分かれてしまうらしいけど。


そのようにあれこれと情報を集めてから、宿を決めたのだが、近場にあった領主館は意外と小さい。

富豪のお貴族様ってイメージだったのだが、そうでもないのか?


『オドブル』の西側、中間層らしき人が多い区画は、街の入り口側のような派手さがない。

『黄昏のメーゼ』は街の東側に居を構えているらしい。

もしかして、派手派手なんだろうか?


領主館を見てしまったからか、なんとなく想像するのは、この街は『黄昏のメーゼ』の街という印象が強い。

貴族が集まるのも、ダンジョンを抑えておけるのも、メーゼがいるからだ。

本当にアンデッド図鑑があるとして、百万ジンで足りるかな?

メーゼにとっては百万ジンがはした金程度って可能性もある。

まあ、今日は宿を決めるまでで夜になってしまったから、会うとしたら明日だな……。

悩んだところで、当たってみなくちゃ何も分からないし。

せいぜい英気を養っておくぐらいしかできないな。


宛てがわれた部屋を出る。

すぐ向かいのアステルの部屋をノックする。


「はい、なんでしょう?」


「俺だ。アルだけど、ちょっといいかな?」


「あ、はい、少々お待ちを……」


アステルはすぐ応えてくれた。

まだ読書タイムに入ってなかったらしい。


「お、お待たせしました……」


部屋の扉を開いたアステルの髪からは、水の滴が垂れていた。

身体を拭いていたのか。間が悪かったな。

メガネもない。だからなのか、ちょっと顔が近い。

綺麗な瞳。


「あ、取り込み中だったか……悪い……出直す」


「あ、いえ、大丈夫です……」


そう言ったアステルの首筋を伝って、一滴の水が鎖骨の窪みに貯まる。

慌てていたのか、ローブを被っただけのように見える。


「とりあえず、ど、どうぞ……」


そう言って姿勢を質したアステルだったが、俺は思わず顔を逸らした。

ローブが濡れた肌に張り付いたように、その、色々と露わに見えてしまった。


「あ、その……悪い、ちょっと出直す……」


俺はそのまま、回れ右して、自分の部屋へと向かう。


「え?あの……きゃっ!」


俺の反応で気が付いたようで、ローブの裾がはためく音がする。しゃがんだのかな。

俺はギクシャクと身体を動かして、自分の部屋の扉を開ける。


「あ、後で……後でお伺いします……」


「あ、う、うん……」


俺は言葉だけでそう答えると、自分の部屋へと逃げ込んだ。

ベッドに座って、ゆっくりと息を吐く。


「変態……」


頭上からアルの声。


「なっ!ち、違っ……」


「ご主人様のえっち!」


「じ、事故だろ!」


そう言いながらも、頭の中で俺は先ほどの光景を反芻してしまう。

ぺったりと肢体に張り付くローブは、アステルの身体のラインをしっかりと教えてくれていた。

膨らみ、内側へのカーブ、そして膨らみ、スラリと伸びていく線、ローブに垂れた滴の跡、胸にあった中心のぽっ……


「変態……」


びくり、と俺の全身が跳ねる。


「いや、ちゃんと見てないし!」


「ちゃ・ん・と、見てない?」


「少しは見てたってことですか!?」


「いや……その……しょ、しょーがねーだろ!?

は、配慮はしたけど……み、見えてしまった部分については……」


「変態……」


また、びくり、と跳ねる。

え~~~~~~……理不尽じゃね?


「制裁!」


びしっ!とデコピン。


「いっっつぅぅー!」


俺は額を抑えて、必要以上に痛がって見せる。

ここ最近のアルのデコピンの中では最小威力かもしれない。

だが、このやけに熱く感じる頬を隠すにはベッドに蹲るのが都合が良かった。


「はぁ……反省しときなさい、ベル」


「夜に女性の部屋を訪れるのは感心できませんね、ご主人様」


「ヴン……ズマヌ……」


布団に顔を埋めたまま、答えておく。


暫くして、コンコンと扉が叩かれる。


「ど、どうぞ……」


なんとか気を持ち直して、椅子に腰掛け、応える。

アステルはメガネを掛けて、すっかり普段通りだ。


「あの、先ほどはお見苦しいものをお見せしてしまって……」


「あ、いや、夜にいきなり訪ねてしまって、こちらこそ申し訳なく……」


「コホン……」


アルの咳払い。

ああ、そうだな。これはありがたい。空気が変わる。

俺はさっそく本題に入ることにする。


「実はその……アステルに頼みたいことがあって……」


「は、はい!」


「これなんだけど……」


俺はガンベルトに挟まっていた元『取り寄せ』魔法陣を見せる。

水を吸って、インクが滲み、それが乾いてクシャクシャになっている。


「ちょっとよろしいですか……」


アステルは元『取り寄せ』魔法陣を手にして、厚みや材質などを確認していた。


「この紙、どうにか手に入らないかな?

できれば、この街で買いたいんだけど……」


アステルは『ルフロ・ハロ製紙魔導院』の娘だ。

俺が使っているのは上質で簡単に手に入る物ではない。

『塔』に帰れば予備があるが、今、手元にはない。

だが、欲しいのは今だ。

アステルならこの紙を取り扱う商人を知っている可能性が高い。

手札が減っている状態というのは、何とも心許ないものだ。

『取り寄せ』魔術は手書きで作ることもできるが、魔導具化してすぐに使える状態にあるというのがこの魔術の有意性だと思う。

ちなみに『芋ん章魔術』に関しては、すでに復元できている。魔術符は使い捨てだから、予備はたくさん用意してあるし、箱を鍵を使って、手順通りに開けて水分を取り除くだけなので、そう手間でもない。


アステルは暫く紙を眺めていたが、おもむろに顔を上げて俺を見た。


「この紙は買えません。この紙は特別なので……」


「え?」


「もしかして、ベルさん、知らずに使ってました?」


「いや、家にあったから……」


「質、耐久性、滑らかさで同等のものなら、買えると思いますが、この紙は大魔導士アークウィザードカーネル様のたっての希望でお作りしている魔導書用の魔導伝導率を高めたものです……」


「そ、そうなの!?」


「ええ、でも、すぐに欲しいということですよね?」


「ああ、ソレはダメになっちゃったから……」


「雨に濡れるくらいは大丈夫なくらいの耐水性もあるんですが、さすがに水没となると厳しいですね……」


「あ、いや、アステルの家の批判とかじゃなくて……」


「大丈夫ですよ。意図は伝わってますから」


アステルはニコリと笑って俺を安心させるように頷く。

イカン、イカン、嫌味を言ったつもりはないけれど、嫌味とも取れる言葉になってしまった。反省。


「じゃあ、すぐに取り掛かりますね!」


そう言って、アステルは栗色の髪を纏めて結く。


「え?」


取り掛かるって、何を?もしかして、このクシャクシャの紙を元通りにする裏技とかがあったり?

そんな俺の想像に反して、アステルは腰のポーチから魔導士御用達のチョークを取り出す。


「アルちゃん、アルファちゃん、このベッド動かせますか?」


「どこに?」


アステルの声にアルが反応する。


「できれば壁に寄せて、立て掛ける感じで」


「はーい!」「かしこまりました!」


ベッドがひとりでに浮いて動いていくように見える。

アステルはアステルで机を動かしていた。


「あ、て、手伝う!」


よく分からないながらも、俺は椅子から立ち上がる。


「ベルさんはそっちの端に避けてもらえますか?」


部屋の隅を指定されるので、そちらに動く。

まあ、手にしているのがチョークなのだから、何らかの紋章魔術を使うということなのだろう。


「少し、時間が掛かると思いますが……」


魔法陣の縮小化って初めてなもので、と恥ずかしそうにアステルは言った。


「もっと大きい場所が必要なら……」


場所を変えようか、と声を掛けようとする途中で、アステルから止められる。


「すいません……一応、家伝の秘技なので……」


もしかして、この場で製紙魔術を使おうとしているのか?

いやいや、それはマズイだろ。

家伝でしょ?秘技でしょ?


「あ、さすがにそれはマズイな……出てるよ……」


「いいですよ!」


「え?」


「ベルさんならいいです。同志ですから……それに、アドバイスも頂きたいので……見ててもらえますか?」


アドバイス?製紙魔術とかまったく分からんけど。


だが、何かを言う暇もなくアステルは俺の進路を塞ぐように魔法陣を描き始めてしまった。

しかも、細かい。

これ、線を踏む訳にもいかないから、俺動けないんだが……。


部屋ギリギリの大きさで描かれた魔法陣。

うわ、知らない紋章がいっぱいある……しかも、紋章によってチョークを使い分けている?かなり特殊な構造だな。

『強化』『植物』『水』『渇化』『網』くらいは分かる。

『断斬』『崩壊』『強固』辺りは変化形っぽい。

よく分からないが『%』こんな形の紋章が各所に出てくる。

興味深い……とと、家伝の秘技だ、まじまじと見るのはさすがに失礼だろ。

ただ、アステルがアドバイスが欲しいと言った意味が分かった。

たぶん、縮尺がちゃんとできていない。

身体が覚えている紋章を描きながら調整しているのだろうと思うが、頭の中に設計図がちゃんと浮かんでいないという印象だ。


「アステル、一度全体を見た方がいい」


「あ、はい!」


俺の言葉にアステルが立ち上がって、描いた線を踏まないように足を運んで、俺とは別の部屋の隅に立つ。


「俺の知らない紋章については、アドバイスできないが、そこの『植物』とおそらく『崩壊』の変化形は少しいびつに見える」


俺が指さす紋章をアステルが目で追う。


「あ!」


「他に自分で気づくことは?」


「あれとそこと……あ、そっちも……」


なるほど、やはりアステルも一般的な魔導士と同じく、紋章をまるごと覚え込ませているということだろう。

つまり、紋章ごとの役割を体系的に理解している訳ではない。

まあ、俺が知らない紋章もあるから、俺とて全て体系的に理解しているとは言えない訳だが、そこはそれ、アステルよりは理解している。

その内、そういうことを教えたら、じいちゃんの弟子たち並の魔導士になれる可能性は充分にある。

アステルが興味があれば、という注釈がつくが。


アステルは慎重な足運びで、部分部分を直しては、全体を見てという作業を繰り返していく。


それから暫くして、ようやく満足いく形になったのか、続きを描き上げた。


「『特級魔導上質紙』完成です」


月は中天を指している。かなりの時間が掛かった。

アステルは大粒の汗を浮かべていたが、満足そうな顔をしていた。

俺も立ちっぱなしで足が震えているが、不思議とまだ平気な気がする。

製紙魔術の魔法陣に興味が持っていかれていたからだろう。

楽しい時間というのは経つのが早い。


「アル、アルファ、魔法陣の中に入るなよ!」


「「はーい」」


二人とも分かっているだろうが、念のためだ。


「アステル、オドは?」


「魔法陣の大きさで変わるんですよね?」


「いや、物による。特に製紙魔術は物質生成、永久固定化の魔術だろ?

しかも、かなり特殊な部類だと思う……元の大きさでも対応できるくらいのオドを握り込んだ方がいいと思う」


例えば土の壁を生み出す魔術。

一番負担が少ないのは、物質移動、永久固定化の魔術だ。

これは土の壁を作ると同時に穴を掘る魔術だ。

『塹壕』魔術とか呼ばれて戦争時によく使われる。

永久固定化と言っても、これで土の壁が崩されなくなる訳ではなく、土の壁は土の壁でしかない。


次に負担が少ないのは、物質移動、一時固定化の魔術だ。

周辺の大地に広く作用して、一時的に土の壁を作る。

どこかしらの土が減っているはずだが、人間では感知できないほど微量に土を集めているらしい。

『瞬間盾』魔術と呼ばれて、昔、ドラゴンのブレスへの対抗策として生み出されたらしい。

一定時間で土の壁は消える。おそらく元の場所に戻っているのだろう。

『塹壕』魔術との違いは、壁が消えた直後に突撃ができるということだ。


これらの魔術と逆に物質生成魔術は永久固定化と一時固定化の場合は負担が逆転する。

物質生成の場合、オドを変換してその物質の性質を与えているようで、変換されたオドは一定の時間で霧散してしまう。

オドを土の壁に変換した場合、その性質を維持するためにさらにオドで覆うことが必要になるからではないかというのが、じいちゃんが立てた仮説だ。


変換したオドを雪玉、変換前のオドを水として考えるとわかり易いかもしれない。

ただの雪玉では、簡単に崩れてしまうが、少しの水を含ませてやると崩れにくくなる。

どうもそういうことらしい。


「そうなると、魔宝石でよっつですね」


アステルが腰のポーチから魔宝石を取り出す。

ひとつが小指の先ほどあって、純度が高そうだ。

内包されているオドは相当なものだろう。

俺がじいちゃんからもらった魔宝石と同等か、それ以上かもしれない。


「いきます!顕現せよ『特級魔導上質紙』!」


アステルが魔法陣に触れると、魔法陣から光が溢れる。

魔法陣の中をオドが巡っているのが分かる。

一部、光らずに暗いままの部分、微妙に点滅している部分も見える。

正答率は八割二分といったところだろうか。

初めて縮小した魔法陣を描いたにしては上出来だと言えるだろう。


光が収まったあと、そこには雪のように白い紙束が置かれていた。


「ああっ!?」


アステルがその紙束を手に声を挙げる。


「どうした?」


「失敗しました……」


「いや、成功してるじゃん?」


「いえ、コレなんです……」


アステルが抱える紙束の右端の角、ほんの少しの凹みがある。丸く少し大きめの凹みがひとつとその周りにみっつ……。


「あ、にゃんこの足あと!」


アルが嬉しそうに声を挙げる。


「それだけじゃなくて……」


紙面全体に薄灰色の罫線が浮き出てしまっていた。

一枚、手にして触ってみる。

アル曰く、にゃんこの足あとは凹んでいるが、位置的に邪魔になるものではない。

問題は浮き出た罫線……と思うが、触る限りではつるりとしていて、魔法陣を描く邪魔にはならなそうだ。

そうなると、残るは魔法陣で描いた線とこの罫線が干渉し合うようなものなのか、に絞られる。

アステルに許しを得て、紙に魔法陣を描き上げる。

あ、罫線が規則正しく並んでいるから、縮尺があっても描き易い。


「早い……」


そうかな?描き慣れてる魔法陣ならこんなものだろ、とアステルの言葉に俺は首をひとつ傾げる。それから、魔瘴石を置いて……。


「いでよ!食料庫!」


『取り寄せ』るのは、俺の食料庫だ。

魔法陣が光って、問題なく大きな箱が現れる。


「おお、干渉なしか!まあ、一応品質に変化がないか調べてみよう」


干し肉をひとつ出して、ムグムグと食べる。


「美味い!さすが、バイエルさんに頼んだだけはある!このあと引く辛味はイターツの実かな……」


もうひとつ、品質チェックを……と手を伸ばすとアルに叩かれた。


「非常食でしょ!」


「お、あ、うん……」


そんな光景に笑いたいけれども、自分の失敗から目を背けるべきではないと、アステルが複雑な表情をしている。


「あー、アステル」


「は、はい!」


「この紙、全部買い取らせてくれ。

ワンポイントのにゃんこの足あとも気にならないし、この罫線がある方が魔法陣を描くのに都合が良い。

あと大きさ的にもこのまま使えて便利だ。

簡単に言えば求めていた以上の紙だと思う!」


つい、親指を立ててアステルに見せていた。


「え、あの、失敗作ですけど……」


「そんなことない。もう一度言うけど、求めていた以上の紙だ!

ぜひ、売って欲しい!」


アステルは泣きそうに笑って、小さく「……はい」と言った。


アステルの魔法陣で失敗していた部分は覚えている。

もう少し突き詰めれば方眼の線を残したりもできるかもしれない。

たぶん『網』の紋章だと思うけど……あそこが点滅していたから、罫線の焼き付きができたのではないかと思う。

今度、許されるなら研究したいな。

そう思いながら、俺は『取り寄せ』魔術を復活させたのだった。


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