スッシー!提督?
メキメキメキメキッ!
ギュゴーーッ!
木材と金属がぶつかり合うような、嫌な音が振動と共に上がる。
『スッシー』と『スプーシルバー号』の激突は簡単に『スプーシルバー号』が折れ砕けることで決着する。
「ベルさんっ!」
そんなアステルの叫びを聞きながら、俺は水中に投げ出された。
「ごばごぼごぼっ……」
落とされた瞬間は焦ったものの、考えてみれば俺って普通に泳げるんだよな。
……って、おわっ!
目の前に瓦礫の固まりが落ちてきた。
俺は距離を取るべく泳ぎ出す。
ローブが体に絡んで、とても泳ぎにくい。
しかも、水中では確かに「コーーン!コーーン!」と古代竜の声がする。
いや、声か、これ?
水中で鍛冶でもしているような音。
しかも、この音には乱れがない。喉の奥で唸っているだけだとしても、高くもならず低くもならず、ずっと一定の感覚で鳴っている。
必死に泳ぎながらも、水中で『スッシー』へと顔を向ける。
金属のような滑らかな皮膚。というか金属では?
腹鰭もとても生物だとは思えない。
そして、その首筋には梯子のように足を掛けられる出っ張りがついている。
「……ぶはっ!」
「ベル!」「ご主人様!」
呼吸が辛くなって、水面から顔を出すとすぐに声を掛けられる。
「はぁ、はぁ……アルファ。あいつの首筋まで引っ張れるか?」
胴体が真っ二つになった『スプーシルバー号』からは脱出艇が下ろされ、避難が進んでいる。
アルファのポルターガイスト能力で引き摺られるように俺は『スッシー』へと近づいている。
なんだか気になるんだよな、『スッシー』。
「アル。アステルは?」
「あっちの小舟に拾われてたよ!」
「そうか、良かった。とりあえずは無事なんだな」
俺たちの旅は、よくよく乗り物を壊される運命なんだろうか?
『スッシー』の目はキョロキョロと辺りを見回している。
「ベル、あれ、荷物!」
プカプカと流れてくるのは、俺が船から落ちる時に手放してしまった荷物だ。
「アル!」
「はいはい……」
パチャパチャ、と水面に足跡が浮かんでは消えていく。
アル……飛べねえのかよ……。
いや、また精神的な作用ってやつか。地面にいる時は飛んでるよな?ジャンプした時の高さくらいだけど。
まあ、進化したらあんまり関係なくなるかもだけどな。
アルが俺の荷物を拾ってくる。
ありがたい。これで魔術が使える。魔石関係はひとまとめに荷物の中だったからな。
上手い具合に空気を含んで沈まずに済んでいたようだ。
芋ん章魔術は、残念ながら水中に落ちた段階で絶望的だ。
滲んでしまって、判子が意味なくなっているだろう。
ごんっ!
「あいたっ!」
「あ、も、申し訳ございません、ご主人様……」
それが、『スッシー』の表皮に辿り着いた証だった。
ちょっと考え事をしていたら、もう着いた。
頭、打ちすぎじゃないか、俺……。
と、思いつつも、『スッシー』に大きな動きは見られない。
カタツムリのひとつ目はまだ動かしているのか、うぃぃぃぃん、うぃぃぃぃん、という音がしている。
やっぱり、生物的な感じじゃないな……。
表皮は金属だな。しかも、未知の魔法金属っぽい。
首の横、胴体部分に立ってみる。
見上げれば、ひとつ目。でも、ここは死角なのか見えていないんじゃないだろうか?
梯子的な出っ張りを触る。
上はコルクより弾力のあるザラザラしたモノが張り付けてあるようなイメージだ。
どう考えても登る時の補助、みたいなイメージがある。
……うーん。登ってみるか。
俺が出っ張りに手を掛けると、アルが言う。
「え?行くの?」
「なんだろう?呼ばれているような気がする……」
口にしてしまえば、とてもしっくりと心に馴染んだ。
そうか、呼ばれてるのか。
「ちょっと、ベル……」
俺はその梯子を登る。
「危ないぞー!逃げろー!」
「ベルさーん!」
首の上、そこは平べったい部屋くらいある板って感じだった。
「何もない……」
いや、端の方に目をが乗った棒が延びているけど、それ以外は何もない。
「くそっ!助けてくる!」「やめろ!どうなるか分からんぞ!」「弓矢も通らないのに、どうするつもりだ!」
ああ、離れたところに救助艇が待機している。
俺はそちらに向けて、大丈夫という意味で片手を挙げる。
真っ二つになった『スプーシルバー号』は段々と水中へ泡立ちながら沈んでいっている。
なんとなく、首の上、いや頭の上なのかな?とにかく、そこに座り込んだ。
やっぱり、金属だな……。
頭の上を手で撫でてみる。
と、一瞬、手形模様の光が見える。
金属を透かして、光が浮かび上がった。
「これか?」
なんとなく、手形があると、そこに手を合わせてみたくなるよな。
「いてっ!」
手形模様の光が俺の手の下で光ったと思うと、そこから小さな針が出ていた。
罠かよ!あ、もしかして毒針とかか……。
そう思った瞬間、足元の板が少し沈んで、ぽっかりと足元の板が消えていた。
「うおっ!」
落ちた。三メートルくらい。尾てい骨打った。ちょっと痛みに耐える。
上を見ると、天井がある。
ヤバい……食われたらしい……。いや、天井?
辺りを見回す。金属で出来た部屋?
なにやら複雑な金属同士の組み合わせで出来た部屋だ。
オレンジ色の光が四方に埋め込まれていて、部屋を照らしている。
少し、魔導回路に似ている気がする。
だが、そうして辺りを詳しく調べる余裕もないままに、四方八方から温風が吹き荒ぶ。
「なんっ……あ、る……あ、る、ふぁ……」
必死にアルとアルファを呼ぶ。
「大丈夫!?」
俺の顔周りの風が少しだけ和らいだのは、アルとアルファが盾になってくれているらしい。
かなりの暴風で、息ができなくなるところだ。
助かった。
暫くして、唐突に暴風が止んだかと思うと、四方にあったオレンジ色の光が緑色になって、「ポーン!」と音がする。
それから、床の隅に穴が開いて、また梯子がついていた。
慎重に進む。
それでも、アルたちには無謀に見えているのか、ちょいちょい制止の声が掛かるが、入り口に使った頭の上は天井で塞がれたんだから、進むしかない。
狭い通路、感覚的には途中でまた梯子を使って戻ったりしているから、胴体の真ん中からそんなにズレてないはず。
と、行き止まりだ。
「これだけ?」
アルが拍子抜けしたという感じに呟く。
「どっか見落としたかな?」
「それは無いと思いますけど……」
だよな。アルファの返事に頷く。
だとしたら、隠し扉みたいな……。
うぃぃぃぃん。
通路の行き止まり、そこが開いた。しかも、勝手に。
やっぱり、呼ばれてるのか……。
俺たちは意を決して、そこに踏み込む。
星の部屋。あちこちに無数の光点が明滅している。
ピッ、と音がして灯りが着く。
広めの空間、座席ですと言わんばかりの椅子が地面に半ば埋もれるように四方に配置され、部屋の中央には少し豪華な座席。
玉座と言ってもいいかもしれない。
その玉座の前には金属の枝に金属の葉が付いたような樹形図みたいなオブジェクトがある。
「これ、どう考えても生物じゃねーよな……」
とりあえず、玉座に近づく。
そこには骨があった。高い身分の者が着るのだろう華やかさがある騎士服みたいなモノに、ロングコート、頭に被る帽子も、たぶん揃いのものなんだろう。
コートの胸にはたくさんのバッヂ。旗章かな?
どこかの国の偉い将軍といった風情で、玉座で朽ちていた。
つまり、『スッシー』は乗り物だ。
もしかして、超古代魔導文明の産物とかそういう類のモノかも……。
ピコピコ、ピコピコ!と樹形図の葉の部分、その前に半透明な光の板が浮かぶ。
さらにその光の板には図形?記号?
恐らく、俺の知らない古代文字が現れては消えていく。
魔導黒板とでも言えばいいのか?
読めないものは仕方ない。
俺はふい、と目を逸らす。
「え、いいの!?」
「意味が全く分からん!」
「そんな、ベルが興味を示さないなんて……」
アルが、戦慄したように言うが、人をなんだと思っているのか……。
それよりも、この骨だろ。
俺は荷物からチョークを取り出す。
金属の床は微妙にざらついていて書きにくいが、まあ、なんとか書いていく。
「ご主人様、それは?」
「取り寄せ魔術だな……」
「あの、持っているのでは……?」
アルファが理解していないようなので、腰のガンベルトから、使いたい魔法陣の書かれた紙を抜いて、その場に拡げてやる。
べちょり、と置かれた紙は滲んでしまって役に立たない。
いいとこ正答率二割ってとこだ。
「もしかして、必要な魔法陣は全て覚えてらっしゃるんですか?」
「アルファ。こいつは必要じゃない魔法陣も覚えてるのよ……」
「え……」
アルが飽きれたように言うのに、アルファが絶句する。
そんな難しいことじゃない。基本の紋章の組み合わせで出来ているのが紋章魔術で、『取り寄せ』魔術は少し変化はあるものの、形としては紋章魔術の応用でしかない。
問題になるのは、例の色と数字を表す紋章だが、それだってもう覚えている。
あとは縮尺だが、それだって基本さえ身体に刷り込まれていれば、フリーハンドでもそれほど問題ではない。
俺は書き上げた『取り寄せ』魔術を確認する。
一箇所ずつ、長さ、大きさ、形を確認していく。
辺りの星は目まぐるしく明滅しているが、とりあえず無視だ。
どれぐらい時間が経っただろうか。
たぶん、救助艇は目的地の小さな漁村に向かっているだろう。
アステルも俺が手を挙げたことで騒がなくなっていたから、素直に救助艇に乗っているだろう。
さすがに『取り寄せ』魔術は書くのが難しかった。
「よし、これでいける!」
額に浮かぶ汗を拭う。
クズ魔晶石、所謂、魔瘴石を置いてやる。
魔法陣が魔瘴石のオドを吸って、発光する。
取り寄せるのはもちろんゾンビパウダーだ。
一本取ったら、あとはまた魔瘴石を使い潰して戻しておく。
帰ったら、また補充しとかないとな。
ゾンビパウダーの瓶をサラサラと玉座に座る骨に掛けていく。
この骨、かなり古いみたいだけど大丈夫かな?と考えたのが杞憂だとすぐに分かった。
カタカタ……カタ……。たぶん、服の中で骨が魔法的に繋がりを作っているのだろう。
骨が動き出す。
具体的には頭が動いて、その虚ろな眼窩が俺を見た。
下顎がわななくように震えて開かれる。
「動くな!」
立ち上がりそうな仕草を見て、命令する。
古代人って俺の言葉、理解できるのか、と不安になったが、魔法的な繋がりがあるからか、骨はその動きを止めた。
「契約する!」
俺はそう宣言して、自分の血で骨の額、帽子をずらしてソコに署名する。
「お前の一部を、俺に!」
うーん。いつもながら、これがネックだ。
骨、食べるのか。きっついな……。
そう思っていると、骨はロングコートに付いているバッヂの中で一際輝く、銀細工に蒼い宝石が嵌め込まれたブローチを自分の胸元から外した。
「な、なんだ?」
そのブローチは龍を意匠化した物らしい。
まさか、それを食えって……。
骨は器用にそのブローチを俺の胸元に取り付けた。
その瞬間、この骨と通じた感覚がある。
心の中に言葉が浮かんでくる。それは『提督』という言葉だ。
「え?食べなくていいのか?」
骨を食べなくて済んだのはいいが、これで問題ないのだろうか?
でも、確かに今迄契約してきたアンデッドと同じような繋がりは感じるし……まあ、あとで『サルガタナス』に聞いてみることにしよう。
それよりも、まずはアステルたちが向かったであろう漁村に行くのが先決だろう。
「これは乗り物だよな?」
骨に聞くと、こくり、と頷く。
「動かせるか?」
やはり、骨は頷いて、その骨の指で魔導黒板に触れる。
魔導黒板には丸が描かれ、その丸の中を一本の針が回っている。
その針が回ると外縁部に線が描かれる。
見ていると、その線はどうやら地形を表しているようだった。
それが、ゆっくりと中心から離れていく。
それから、骨が別の魔導黒板に触れて操作すると、映像が浮かび上がる。
遠くに山?いや、陸地か!
これ、たぶん、外の景色か。
総合すると、今は陸地から離れるように『スッシー』は動いているということだ。
俺は骨こと『提督』にいつもの基本的な約束事を命じて、それからアステルが向かったであろう漁村へと『スッシー』を向けてもらうのだった。