挑戦?餓鬼!
俺は『サルガタナス』を自室で読んでいる。
『餓鬼』の作成の項目を改めて調べていた。
レシピは次の通りだ。
ゾンビ︰一体
瘴炎石︰拳大
アイアンヘッジホッグの棘︰二十本
瘴鉄石︰拳大
枯れたイラガの枝︰二又に別れた物一本
腐った果実の搾り汁︰二百ミリリットル
いきなり難易度が上がった。
ゾンビ一体、これはアルを元にするから問題ない。
瘴炎石、これはクズ炎晶石のことだと思うが、母さんの工房にあったはず。
問題になるのはここからだ。
アイアンヘッジホッグは羊ほどにデカい針ネズミで、針が鉄のように硬い。
さらに針を飛ばして来るモンスターだ。
倒すには『赤ふたつ』ほどの実力があれば何とかなると言われている。
『赤ふたつ』というのは冒険者の実力表示のようなものだ。
モンスターの素材採取・採集依頼を八つ達成すると『赤ひとつ』。冒険者バッヂの太陽に薄赤い色がつく。
『赤ふたつ』になるにはそこから十六回、依頼を達成するとなれる。
『赤みっつ』になるには、更に三十二回、依頼達成が必要らしい。
『緑ひとつ』は護衛依頼を八つ達成。こちらは冒険者バッヂの星のところが薄緑になる。『緑ふたつ』は更に十六回。『緑みっつ』は更に三十二回達成でなれるらしい。
『青ひとつ』は特別依頼。冒険者バッヂでいう月に色がつく。
特別依頼は依頼者が冒険者互助会に金を積むことで付く依頼で、期限が短いとか、危険が大きいとか、そういった依頼を達成した証になる。
それぞれ『みっつ』から『よっつ』になる時と『むっつ』から『ななつ』になる時、『ここのつ』より上になる時は特別な試験があるらしい。
『ここのつ』より上になると通称で呼ばれるようになる。
有名どころだと『深紅』とか『ディープパープル』とか『真緑』とかは誰でも一度は聞いたことがある通り名だ。
そして、俺の冒険者としての実績は『無色』だ。
つまりは新人冒険者ということになる。
『赤ふたつ』なら倒せると言われるモンスターなど荷が重い。
そして、次に瘴鉄石。
クズ鉄晶石ということだが、硬い皮膚を持っているモンスターが稀に持っている。
炎晶石も鉄晶石も希少価値が高い。というか属性持ち魔晶石はある程度、年経たモンスターしか持っていないと言われている。
中でも鉄晶石は希少で、アイアンヘッジホッグが稀に持っている可能性はあるが、それ以外だともっと難易度が高いモンスターになってしまう。
枯れたイラガの枝。
これは家の塔の南の森に生えている広葉樹で、今の季節なら甘味の強い紫色の実をつけているはずだ。
ついでに実も取れれば、最後の腐った果実も得られるだろう。
要はアイアンヘッジホッグを狩りまくるのが問題なのだ。
とてもできるとは思えない。
そうなると、『冒険者互助会』に依頼を出すことになる。
お金が必要だ……。
でも、お金はない。
ど、ど、どうしよう……。
最低限のお金は、じいちゃんと母さんが出掛ける前に置いていってくれているが、これは二ヶ月分の生活費だ。
しかも、俺は引きこもり生活で日がな一日、本を読むだけなので、ほとんどお金を使わないと思われているから、お金はギリギリしか置いていってもらっていない。
そんなことを考えて、『サルガタナス』を一度閉じて、深くため息をつく。
「お金かぁ……」
視線が自然と落ちる。落ちた先には『サルガタナス』。
本は売れない。『サルガタナス』はじいちゃんが封印してたくらいだから、誰のものでもないってことで勝手に自分のものだという認識をしているけど、この塔にある本はじいちゃんの物だ。
それに売りたくないし。こっちが本音か。
母さんの工房にある物を使って、魔導具を作って売る。
まあ、母さんは俺が少しくらい素材を使ったところで、怒りはしない。
昔から、工房の素材は俺のおもちゃ代わりだ。
ただ、怒るとしたら、俺の未熟な腕で作った魔導具を売るという行為そのものに対してだろう。
母さんの弟子たちはそれで相当怒られている。
職人気質なのだ。
アルにプレゼントした魔導具類は売り物じゃない上に、アルが、俺が作った物が欲しいと言ったからお許しが出たが、売るとなったら、母さんは許さないだろう出来だ。
また、深いため息をついて、『サルガタナス』に視線が落ちる。
あ、そういえば、『サルガタナス』に書かれているのは『羊の飼い方』という名のアンデッド生成、使役術だけじゃなかったな。
姿隠し、転移、鍵開け、千里眼みたいな魔術が収められて……。
ど、ど、どうろぼう……!
これ、完全に泥棒のためにあるような魔術じゃん!
って、ダメダメ!何を考えてるんだ俺は!
いや、応用範囲の広い素晴らしい魔術だと思うけど、悪用したらひどいこと出来ちゃう……。
うん、封印される訳だわ。
羊の飼い方に手を出してる俺が、何を今さら、とは思うけど、泥棒になるのはダメだ。
うむむ……他に何か、お金になりそうなものって言うと……。
ベッドに座り込んでいた俺はそのままゴロリと身体を倒す。
俺の部屋には乱雑に物が置かれている。
読み途中の本、これから読む予定の本、遊びで作った魔導具、アルに頼まれて作り途中の魔導具、芋ん章魔術の元版やら、それを収める箱の試作品。
そうか、『芋ん章魔術』は売れるかもしれない。
オドの純度が高いのは血だが、もっと手軽な手段でオドの供給が出来れば、売り物になりそうな気がする。
そもそも、じいちゃんが王都に出向いたのも『芋ん章魔術』を新しい魔術体系として紹介するためだ。
じいちゃんは俺の『芋ん章魔術』で王宮魔導士の地位を変えてやるんじゃー!と意気込んでいたから、使用実績を作ることでじいちゃんの援護にもなるかもしれない。
手軽な手段でのオド供給。それが解決すれば売れると思う。
悩みながらベッドの上で転がろうとすると、お腹の辺りで何かが当たる。
頭を働かせながら、ポケットをまさぐって、当たる何かを取り出す。
「あ、ゾンビパウダー……」
アルに使ったゾンビパウダーの残りが入った小瓶だった。
それを眺めていると、俺ははたと気がついた。
ゾンビパウダーが灰色にキラキラと輝いている。
このキラキラはクズ魔晶石の光だろう。
世界の常識では、魔石や魔晶石、宝晶石、魔宝石というのは大きいものほど価値が高いし、含まれているオドの量が多いため長持ちするので、砕いて使うという考え方がない。
石になるとオドは光を発する。
粉末になっても光を発しているということは、オドが残っているということだろう。
これをインクに混ぜてみたら……。
もちろん、ゾンビパウダーを混ぜる訳ではない。
俺は母さんの工房に行って、それぞれ四種類の粉末を作ってくる。
お試しなので、なるべく小さい石を使った。
ちなみに宝晶石や魔宝石をそのまま売れば、結構な値段になるのだが、さすがにそれをやったら母さんにぶっ叩かれるので、やれない。
使う分には怒られることはない。
威力の検証をするための実験に取り掛かる。
と、その前に、働かざる者、生き返るべからずだ。
「アル、家の南の森は分かる?」
アルが頷く。
「イラガの実と二又に分かれた枝を取ってきて欲しいんだけど?」
アルが首を傾げる。
さすがに命令が複雑すぎたか……。
「イラガの実は分かる?」
これには頷く。
俺は適当な大きさの袋を持って来て、アルに渡す。
「この袋に入るだけ、イラガの実を取ってきて。」
アルは頷くと袋を持って歩いていく。
と、俺の部屋のドアにぶつかった。そのまま、ゴツン、ゴツンとドアにぶつかり続ける。
「と、止まれ!」
アルが止まる。えっと……今のアルって何ができるんだ?
「と、とりあえず待機で!」
アルは袋を持ったまま、体育座りする。
だから、なんで淋しそうな感じなの?待機姿勢!
仕方ないので、淋しそうなアルを背後に感じながら、作業を開始する。
アルにも何かできることあればいいんだけど……。