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出航!巡る乙女たち……。


アステルと合流して、俺たちは予約してある船へと向かう。

『スプー冒険者互助会』から出る時は、たくさんの冒険者や職員から「元気でな!」「教えたこと、忘れるんじゃねえぞ!」「寂しくなったら戻ってきなね!」と声が飛んだ。アステルに。


うん、アステルの隣を歩くのは、なんだか居心地悪かった。

なんかアステルは人気者になってるようだな。

俺がクーシャとダンジョンに潜っている間、ほんの二回仕事しただけだよね?

分からん……。


そう思いつつも、主な出来事はひと通り聞いているはずなので、それ以上突っ込んで話を聞くのもどうかと思い、船まで来てしまった。


「定期連絡船、『スプーシルバー号』まもなく出航でーす!

お乗りの方はお早めに願いまーす!」


快活な女性の呼び込みにそちらへと向かう。


「一等客室一〇三号室、二名様ですね。

デッキへ上がりまして、紺色の帽子の者へチケットをお見せ下さい」


「え?同じへゃ……」


何かの間違いかと俺が話を聞こうとした瞬間、アステルに両肩を掴まれて進むように促される。

ちょっと有無を言わさない膂力が篭っていた。


大きな船だ。

三百?船員を含めれば四百人は乗れるだろうか?

まるで町だな。

アステルから、チケットがそれしかなかったのだと説明をされつつ背中を押されるが、その背後では女性の呼び込みによる「チケットにはまだ少々の余裕がございまーす!」という声が響いていた。


まあ、アステルはお嬢様だからな。

一等客室以外で船に乗るという考えがないのかもしれない。


紺色の帽子の船員にチケットを見せて、客室の場所を聞く。

超巨大帆船『スプーシルバー号』の中央前寄りに部屋がある。

普通の宿屋二部屋分くらいのスペースがある。

ここ、高かったんじゃないだろうか?


そうは思うが、それを聞いてもアステルは「そうでもないですよ」と言い、俺は六十ジンと聞いていたので、それを払った。

ふたつあるベッドは柔らかく、生活魔導具がフル装備、伝声管を使ってルームサービスも受けられるらしい。

俺は部屋で寛ぐと同時に、本を取り出す。

これはアステルも同じだった。


広い部屋、俺はベッドで、アステルは机で、お互いに何を話すでもなく本を読む。


途中、アルが「なんか疲れた……」と零す。


「いやいや、疲れることしてねーだろ……」


俺は本から目を離さぬままに、呟く。


「はあ……気疲れってやつよ……馬鹿だわ、私……」


部屋はアルの誰へともいえない呟きだけが空しく響く。

ああ、アステルも読書に入ってしまったしな。

基本、俺と居る時は俺が本を読んでいようとお構いなしに話し掛けてくるアルだが、アステルまで読書に入ったから遠慮したのだろう。

これは悪いことをしたかも。

ただ、さすがに発言は流せなかったので、俺は本から目を上げる。


「な、何よ……」


俺は声の方向を頼りに、アルを震える目で見つめて言う。


「ようやく馬鹿だって自覚が芽生えたんだな……」


バチンッ!


「いっ……!!!」


分かるだろうか?いつもの、ビシッ!ではなく、バチンッ!である。


へへっ……信じられるか?

これ、平手打ちじゃなくて、デコピンの音なんたぜ……。


俺はたぶん、ベッドの上で一回転したんじゃないだろうか。

悶絶した俺はベッドで転げ回る。

アステルもさすがに本から目を離して、すごい顔でこちらを見ている。

これってどうなってんの?

いや、たぶんアルのポルターガイスト能力が強くなっている、もしくは適正能力を発揮できるようになってきているということだろうか?


アルファはポルターガイスト能力で人間の固い頭骨を破裂させるほどの力を持っている。

アルが同じだけの力を持っているのが普通だ。


それを俺に向けられても困るけど……。


とにかく、今まで生きていた頃と同程度の力しか出せなかったアルのポルターガイスト能力が強まっている。これは普段からやっている特訓の成果が出てきたということなのかもしれない。

ただし、やったな、アル!みたいなことは絶対言わない。


「ア……ル……洒落になってない……ぞ……」


俺は怒りを込めたつもりだが、ちょっと涙声になってしまい締まらない。


「あ、ご、ごめん、ベル……」


「お前、いつの間にこんな……」


「あ、あの、クーシャとサイコキネシスの話してたでしょ……。

それで、人間でもそういうことできるんだって思ったら……」


なるほど……精神的な作用が原因か。それと、たぶん、アルとアルファの特訓。


「ごめんね、ベル。こんな力が出るとは思ってなくて……」


「次はコントロールの特訓もしろよな……」


「あ、う、うん……」


俺はアルの返事を聞かずに枕に顔を埋める。

ギュッと目を瞑ると熱いものが流れ出す。

アステルが「ちょっとアルさんたちと、外の風に当たってきます」と言うので、小さく頷いた。

泣くまいと我慢する俺の姿はさぞや、いたたまれないだろう。


俺は痛みに耐えて、うぅぅぅ、うぅぅぅと呻いた。

かっこ悪い。ちくせう……。


船はすでに出航している。

基本は帆船だが、魔導具的な推進力も積んでいるらしいので、結構進んでいるかもしれない。

透明度の高くない窓からは西日が射し込んでいた。


暫くして、痛みが引いて、俺は顔を洗う。


「飯でも食いに行くか……」


さすがに読書を続行する気分にはなれない。

一等と二等客室の客だけが使えるレストランがあると聞いていたので、俺はそちらに向かうことにする。

客室を出て、レストランに向かう途中でアステルと会う。


「ベルさん、もう大丈夫ですか?」


「ああ。アルたちは?」


「……いるよ」


答えるのはアルの声だ。

少し反省したような声音なので、俺は納得する。

ちなみに、アルにしても、俺にしても、謝らない。

この十年くらい、こんなことばかりやっている間柄なので、いちいち謝罪を言葉にする必要はない。

代わりに、いつもと変わらぬ声で普通に話す。


「腹減った。ごはん食べに行こうぜ!」


「バカ食いしないでよ!」


「はんっ!船の上なんて食糧が限られてる時にそんな真似しねーわ!

俺、アルと違って、馬鹿じゃねーし!」


「ベ〜ル〜!」


あ、また一言多かった。

ビシッ!普通のデコピンいただきました!俺の両腕クロスガードの中からな。


「くそっ!また、俺は……」


だから、防御姿勢とか意味ねーって、学習しろ、俺!

と、普段通りのやりとりをするのだ。


「ふふっ……仲良しですね……」


アステルが楽しげに笑うのだった。




二日目、昼。

旅はこの上なく順調だ。

レストランは思ったより高価たかくて狭かったが、ここが船の上だと考えれば、かなり頑張っていると評価してもよかった。

モンスターに襲われることもない。というのも、船が大きすぎて甲板まで上がって来られるモンスターはかなり数が限られるし、護衛の冒険者もかなり乗っている。

この船は、巨大なスプー湖を渡るものだが、何も真ん中を横断しようという訳ではない。

基本は岸に沿って航行している。

明日の朝には、小さな漁村で軽く補給なんかをして、その日の夜には『オドブル』の領地に入れる。


まさに順風満帆というやつだ。

天気は快晴で、今は気持ちの良い風を浴びながら甲板でアステルから借りた本を読んでいる。

ちなみに今、荷物の大半はアステルの分も含めて『取り寄せ』魔術で研究所へと送ってある。

もうアステルに『取り寄せ』魔術は見せたし、クーシャとの冒険でモンスタールームを潰し、アホみたいに魔瘴石を貰ったので、コストを気にしなくてよくなったのだ。


俺もアステルも冒険用の格好はしているが、後はそれぞれが読みたい本を一冊と着替えが少し、お小遣い少々という、本当に旅人?みたいな優雅な旅装に切り換えた。

身軽って素晴らしいとおもう。

まあ、『オドブル』まであと少しということで、気が大きくなっているということは否定しない。


今、読んでいるのはアステル一推しの『神話を巡る乙女たち』というこの世界の神々と縁を結んだ乙女の物語を集めた本だ。

元が神話なので荒唐無稽な話が多いが、意外と面白い。


神様というのは、実在していてもまず会うことはなく、ただ強大で人が畏れ敬うものとしてあるので、その性格などはあまり伝わっていない。

まあ、人間の尺度で見ることが間違いという話もある。


俺に手紙を送ってきた『副神』もあの手紙というか本を読む限りだとヤンチャ好きな策謀家という印象があるが、そんな神が熱血遊戯冒険譚『ゲームキング』の著者と言われると、イメージ違うなぁ、とか思ってしまう。


そんな神々の性格の一端を覗き見るような『神話を巡る乙女たち』は、世界に散らばる神々の逸話を丹念に拾い集めて、厳選したある意味、英雄譚に近い本だ。


雄々しい大地の神は破天荒な巫女に振り回され、四苦八苦していたり、苛烈なる焔の神と厳格なる炎の神のライバル関係がとても人間臭かったり、奔放な風の神と親友になった少女の話など、色とりどりのオムニバスな話が載っている。


ただ、この世界の主神格である『世界の神』の話だけは、破綻しているのが気になった。


巫女に正義の剣なるものを与えて人間こそ神に連なる至高の存在と言ったかと思えば、別の話では全ては自由であり人もモンスターも優劣はないとモンスターのメスに語ったり……モンスターのメスがまともな思考してるのかとか、メスも神を巡る乙女ってこと?とか言いたいこともあるが、とにかく一貫性がない。


この世界の主神格が性格破綻者にしか見えないとか、とても不安になるな……。

まあ、別の神の逸話が主神格である『世界の神』の話として収録されてしまった可能性もあるけど……。


何しろ、この『世界の神様』、しょっちゅう下界に降りて死んでいる。

そんなにぽこぽこ死ぬ?っていうくらい、神様が死ぬ話が多い。

人間の女性に恋をして、神様が人間になって、それに嫉妬した焔の神様に焼かれて冥界に行くとか、女騎士を気に入った『世界の神』が彼女の冒険を助けるために人間になって、一緒に冒険していたら、神だとバレてその女騎士に殺されたり……意味分からん……仲間じゃないのかよ?神だとバレて殺されるって何?みたいな、破綻した話が多い。


この著者、たぶん真面目なタイプなんだろうな。

学者タイプというか……。

物語の一貫性よりも、こういう逸話もある、みたいな部分を重視して編纂したんだろうけど、『世界の神』の話は別にして欲しかった……。

それ以外はそれなりに面白いんだけどな。


そんな感想を持ちながら、ふと本から目線を上げる。

なんか周りが騒がしい。


「下がれ!下がるんだ!」

「騒いで刺激する方が危険だ!下がってくれ!」


この船の護衛だろう冒険者が左舷に集まる人々を解散させようと声を上げる。

乗客たちは「なんだあのデカい影は……」「ちょっと押さないで!」とかザワついている。


「なんでしょうか?」


隣で本を読んでいたアステルも不審に思ったのか、本から目を上げている。


「ご、ご主人様……」「ベル、あれ見て……」


たぶん、騒動に気づいていち早く見に行ったのだろうアルファとアルが呟いている。

俺とアステルが居る船首側の甲板は一等客室専用で人が少ない。

アルやアルファが多少声を出しても問題はないが、アルはともかく、アルファまで自発的に声を出すのは珍しいな。


俺とアステルは左舷側に言って、騒ぎの元凶を見る。


大きな影。たぶん、波間に揺らめいてよく見えないが、この船より大きいかもしれない。

水中にソレが見える。

ソレはこの『スプーシルバー号』の真横からこちらに向けて直進して来ている。

距離はまだあるが、何やらヤバいのではないだろうか?

魚影の群れなら、ああいう風にも見えるのかな?というのは希望的観測か……。


ん?影の中央辺りから黒い棒のようなものが……それが、キラリと光を反射して眩しい。


「まさか……」「スッシー……?」


乗客の誰かだろうか、それとも護衛の冒険者か、とにかく呟くように発せられたそのひと言が、左舷に集まる人々の耳朶を打つ。


「スッシーだ!!!」


「キャーーーーーっ!!!」「助けてくれーーー!!!」


一瞬でパニックだった。

まるで、その音に反応したようにスッシーの太い首があらわになる。

太い!目が細い!なんだ、あの光沢……。

スッシーのカタツムリのようなひとつ目。あれが古代竜!?


俺はその未知の何かを見つめて、身動きが取れなくなるのだった。


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