幻の『スッシー』?『神のかまってちゃん』?
ちょっと短めです。
昨日はゆっくりと寝て、朝。
朝食代わりに俺は屋台で『スードン』を食べる。
この街を離れる前に、どうしても食べておきたかったのだ。
『ケーツネ・スードン』と『タヌッキ・スードン』。
屋台は朝早くからやっている。早朝に船を出した漁師たちが温かくて旨い汁物、『スードン』を求めてくるからだ。
ちょうど混み合う時間に当たってしまったが、俺は何度となく『スードン』の屋台に並ぶ。
「おっちゃん!スードンくれ!」
「あいよ!……って、また兄ちゃんか!?
まだ食うのか?」
「ケーツネとタヌッキが俺を呼んでるからな!」
「ははは、こいつが十一杯目だ。どっちでいく?」
「両方くれ!」
「あいよ!」
屋台のおっちゃんは、ぺらぺらしたケーツネと黄色いつぶつぶのタヌッキをスードンに載せる。同時に湯掻いた緑の葉物野菜と縁が紅く真っ白な半月状のぺらぺらを二枚。
「その白いのは?」
「魚のすり身を固めたカマッコってやつだ。
これがウチのスードンの完成形だ」
といってもワゼン国の受け売りだけどな、とおっさんが苦笑しながら渡してくる。
ずるっ……吸い込んだ瞬間に分かる油のコク。
はぐっ……カマッコから出る魚の旨味がさらなるスードンの奥深さを教えてくれる。
タヌッキは最初、カリッと新しい食感を与えてくれたが、すぐにスードンと馴染んでスープの広がりを見せる。
そして、ケーツネ。
口に含んだ瞬間から、じゅわりと沁み出す黄金のスープは、ただスープを飲んだ以上の甘みを纏って、一瞬で喉の奥へと消えた。
「おっちゃん!」
「あいよ!」
既に「おかわり」の言葉も、トッピングの注文もなく、俺が「おっちゃん!」と言えばフル装備のケーツネ・タヌッキ・スードンが出てくる。
心ゆくまで堪能した。
おっさんが「すまねえ、これで今日の分は終わりだ!」と言うまで俺は啜るのをやめられなかった。
「まさか、店開けて二時間で店じまいとはな……」
「美味かった……満足だ……」
俺はツーカーの仲になったおっさんに礼を言って、宿に戻る。
アステルが起き出してきたので、軽く朝食を取って、宿をチェックアウトする。
「船、楽しみだな」
「わたくしも寄港しているのを遠目に眺めただけですけど、随分と大きかったですよ」
そんな話をしながら、アステルと『スプー冒険者互助会』に行って、一度分かれる。
受付で【冒険者バッヂ】を提示して俺は資料室へと入る。
お目当ての『スッシー』に関する本はすぐに見つかった。
『ダンジョン冒険者互助会』のように、本が出しっぱなしということもなくて良かった。
『スッシー』というのはスプー湖の主、古代竜のことを言うらしい。
丸みのある涙滴型の胴体、首は前面ではなく中程に付いていて短い、目だけが細長く首の中に埋まっているらしい。
これだけでも随分と変な形だが、尾鰭が回転して進むらしい。
口は胴体の前面で大きく、身体の横に子供が埋め込むように棲んでいて、その子供の突撃が強烈で、遭遇した船が爆発四散したという伝説もある。
子供で攻撃するなんてあるのか?
鳴き声は「コーン、コーン」と言うらしい。
クジラとキツネの合の子みたいなモンスターだろうか?
外殻は相当に固いらしく冒険者の投げ打った銛が弾かれたという逸話もある。
ただ、この『スッシー』は伝説、逸話全て百年単位のお話だった。
おくづけにはいつ編纂したものとも書かれていないので、今から百年の昔……と書かれていても、まったくいつの話かは分からない。
「古代竜かぁ……倒せたらいきなり異名持ちの冒険者になれたりして?」
資料室に人がいないのをいいことに、アルがまた頭が弱そうなことを言う。
「いや、無理だろ……そもそもアル、【冒険者バッヂ】ないじゃん……」
「べ、別にそんなのベルがやっつけたことにすればいいじゃん!」
「うわぁ……興味ねー……それにもし、そうなったとしても色の異名持ちになんかなれるはずねーわ」
つい、本音が漏れる。
俺は冒険者という職業にある程度の楽しみ、実践することで補強される知識や不思議な景色を体験すること、魔術の実体験などを、楽しみとして見出しているが、手軽にどこでも稼げる金稼ぎの手段以上のことは望んでいないのが現状だ。
本腰を入れて冒険者をやるつもりは正直ない。
ロマンサーになりたいとか、マゾヒスティックなアルには理解できないかもしれないけどな。
「そんなの倒してみなくちゃ分からないじゃん。
だって、古代竜だよ!」
怖っ!?怖いわ、この子……。
そもそも古代竜と言われる存在に挑もうと思える精神構造が怖い。
さらに倒せる前提で話が進んでいるのも怖い。
あと、『ディープパープル』と身近に接してきたからか、もう手が届くぐらいに思っている節がある。
さすが、アルだな。頭が弱すぎ……。
「あのな、クーシャ見ただろ?
俺にあんなこと出来ると思うか?
しかも、色の異名持ちになったら超級冒険者だぞ?俺に世界の危機に立ち向かえって?
死ぬわ、そんなもん!」
超級冒険者には、国からの依頼が名指しで来ることもある。
そして、それに対する拒否権はない。
エンシェントドラゴンやらグレーターデーモンやらが何かのはずみでこの世界に仇なす時、それに立ち向かうのが超級冒険者の義務とされている。
基本、ダンジョンの奥地に隔離されている、それこそ超級モンスターと呼ばれるやつらは、外に出ることは少ない。
だが、皆無という訳でもないのだ。
人里離れた場所にダンジョンができてしまった場合、最初は弱いモンスターが近隣地域に沸く。
だが、誰も気づかなければ沸くモンスターはどんどん強くなり、広範囲に沸くことになる。
それでも『神の試練』に気づかなければ、ボスクラスのモンスターも沸くのだ。
これを『神の怒り(ダンジョンイベント)』と呼んだりする。
別名『神のかまってちゃん』と揶揄したのは、超級冒険者『スカーレット』だったかな?たぶん、じいちゃんより年上なはずだが、未だに現役の超級冒険者だ。
『神の怒り(ダンジョンイベント)』は最深部にあるコアを打ち砕くことで、ダンジョン自体を消し去ることができるのだが、近隣地域に沸いたボスクラスモンスターは好き勝手に暴れて、人間の住む地まで来ることがある。
確かに『神のかまってちゃん』は言い得て妙かもしれない。
五十年ほど前に、この国では『神の怒り』が起きている。
当時、じいちゃんは宮廷魔導士の一員として、これを体験しているはずだが、詳しいことは聞いたことがない。
文献では、強大な悪魔が現れたとされているが、やはり詳しいことは載っていない。
まあ、そもそも古代竜『スッシー』は昔からこの地にあり、たまに人と争いが起きたりはするが、『神の怒り(ダンジョンイベント)』とは別口だと考えられているらしい。
それらを踏まえて、そろそろアルを黙らせることにしよう。
「アルがこういうの好きそうなのは分かるけどな……。
『スッシー』がまだ生きているかも分からないし、最近じゃすっかり幻扱いだろ?
戦う、戦わない、勝てる、勝てないの話の前に、会えないんだから、机上の空論、想像力の無駄だな」
「ぐぬぬ……」
だから、唸るなって……。
「さて、そろそろ時間だから行くぞ」
そう言って、俺は立ち上がるのだった。
座ったままでいたら、暴力が飛んできそうで、ちょっとだけ足早になるんだけども。