赤ひとつ、緑ひとつ!アステルの漁険譚?
打ち解けてから時間が経つのは早いもので、俺たちはもう『ダンジョン冒険者互助会』まで来ていた。
「いろいろと世話になったな」
「そんな、こちらこそだよ!ベルくんは明日には船に乗るんだよね……」
「ああ、そうだな……」
名残惜しいとは思うが、いつまでもダラダラしていられない。
「余裕ができたら、遊びに行くよ!」
「分かった……基本、『塔』にいるからな。いつでも来てくれ!」
俺の差し出す手をクーシャが握る。と、その上から包み込むように、アルとアルファも手を重ねるのが、その圧力で分かる。
クーシャもアルとアルファがいるであろう辺りに目をやって、とても嬉しそうにくしゃりとした笑顔が見せる。
『ディープパープル』の爽やかな笑みではなく、クーシャの本質はこっちなのだろう。
だが、あれだけ俺とアルにからかわれて、その笑顔を出せるというのは懐が深いな、クーシャ。
まあ、悪意に敏感なクーシャはその辺りを、俺たちに悪意がないというのを感じ取ったからなのだろう。
帰り道は普段、黙っていなければならないアルとアルファにとっては大分気晴らしになったようだ。
クーシャも人通りの少ないルートをわざわざ選んでくれたようだしな。
ちなみに今回の冒険でクーシャからは先輩冒険者として満点評価を貰っている。
おかげで『赤八回、緑十一回、青二回』の経験を積んで、俺は『赤ひとつ、緑ひとつ』冒険者になった。
とてもアルに羨ましがられている。
アルは『赤ひとつ』冒険者だったから、これで馬鹿にされることはもうないだろう。
意気揚々とアステルと待ち合わせしている宿に向かう。
何しろ大きくて持ち運びに難がある魔石類を売り払って、依頼額含めれば八百ジン以上の収入だ。
宿は大通りに面した分かりやすい宿なので、迷うことはない。
そろそろ陽が傾き始める頃だ。荷物を置いて軽く温かいものをつまみながらアステルを待つとする。
野菜たっぷりシチュー、ホバーパイルの香草蒸し焼き、海藻モンスターのサラダ、『クラムーチャ』ダンジョンに出現するスピニングペッカーという鳥系モンスターの丸揚げはニワトリの三倍くらいの大きさがあるが、さっぱりした脂が染み出してきて美味い。
適当におかわりを繰り返しながら待っていると、大荷物を持ったアステルが宿に入ってくる。
「あ、ベルさん……」
「おかえり。どうしたんだ、その荷物は?」
「た、ただいま帰りました!あ、ええ、冒険に行ってきたんですが、依頼人の漁師の方に気に入られてしまいまして……アレもコレもとお土産をいただいてしまいまして……」
背負った冒険用の背負い袋はパンパンで、両手にも皮製の袋を幾つも持っている。
「断ればいいのに……」
「でも、せっかくのご好意なので、断るのもちょっと……」
「ベル、アレは?」
アルが小さく呟くのは、『取り寄せ』魔術のことだろう。
「ああ、そうするか……。
アステル、一度俺の部屋に行こう。
っと、その前にお腹は?」
「ペコペコです……」
とりあえず、荷物をその場に置かせて、アステルと食事をする。
「すごく豪勢ですね!」
「俺もさっき冒険が終わったところだからな。
携帯食糧と簡単な食事に飽きたから、たまには手の込んだものが食いたくてね」
「あ、パーティーのお仲間さんに先にご挨拶を……」
慌ててアステルが立ち上がる。
「いや、もう俺一人だけど?」
「え?ああ、もうお帰りになったんですか?」
「お帰りというか、冒険者互助会で別れてきたぞ?」
「あれ?でも、お皿の数が……それにその鳥の丸揚げはパーティープレートなのではないですか?」
「「ぶふっ!」」
アルとアルファが噴き出したであろう方向を軽く睨んでおく。気が抜けてるだろ、まったく……。
「一人で食った」
「え?二十人前くらいありますけど……」
アステルの顔色が妙なことになっている。
「ああ、食べようと思えばいくらでも入るからな。
伊達にこの腹はしてない」
「健啖なんですね……」
「ああ、ちょっと久しぶりで気が抜けてたからな……」
「そ、そうなんですか……」
それから、お互いの冒険譚を話しながら食事を再開する。
アステルは『スプー湖冒険者互助会』で『赤いつつ』パーティーに先輩をしてもらい、二回ほど冒険に行ってきたらしい。
一度目はお試し的に地引き網漁と言われる依頼を。
二度目は漁船に乗って、釣りやらモリ突きをやったらしい。
ん?冒険?
そう思っていたら、モンスターとの戦闘がかなりの頻度で起きるらしい。
一般的な魚を狙って、モンスターが船を襲ったり、網に掛かったモンスターが暴れたりと大変だったらしい。
最後には規模は小さいものの湖賊が襲ってきて、相手の船に『煙』の芋ん章魔術を投げ入れて、相手が方向を見失った隙に逃げてきたらしい。
「本当にすごいです!わたくしたちの船はあまり大きくなかったんですが、煙を気にした他の冒険者の船が沢山集まってきて、湖賊と大乱闘になって……わたくしたちが助かったのはベルさんのおかげです!」
「まあ、役に立ったなら良かったよ。
気に入ったなら、そのまま持っておけばいい」
「い、いいんですか?」
「俺は家に帰ったら、また作れば済む話だしな」
「ありがとうございます!!」
そして、食事が終わってからアステルと共に大荷物を抱えて俺の部屋へと入る。
俺は宿屋の床に魔法陣を書いていく。
「これは何の?」
アステルが知るのは製紙系魔術だけらしいので、珍しがられる。
「アレンジ版『永久凍結』魔術かな……」
本来なら半径五百メートル範囲を氷柱と化す大規模殲滅魔術で、かなりの高熱を使わないと溶けない永久凍結氷柱に敵を封じ込める魔術である。
永久といっても、本当に永久ではないのだが、下手をすると温暖な気候の中でも百年は溶けないという不思議な氷だ。
実際は魔法陣の中心にそういうエネルギー塊を生み出して、凍結効果を持続させているらしいが、詳しいことはじいちゃんたちの研究待ちという代物だ。
アレンジ版というのは、縮小させて、強化系の紋章を減らして、流すオドを少なくすることで規模と期間を減少させているからだ。
本来の『永久凍結』紋章魔術には、たくさんの強化系紋章と呼ばれるものが使われている。
その強化系紋章にもいくつもの種類があり、規模の縮小のためには、外す順番というのがある。
まあ、この順番を見つけ出すのにはじいちゃんの弟子たちの終わらない総当り実験が使われている。
紋章の書き過ぎで、スプーンひとつ満足に持てないほど指を震わせていた弟子の一人エイプルは子供たちからプルプルと呼ばれて泣いていたとか、余計な情報か。
本来なら魔宝石を十個単位で使わないと発動しないこの魔術も、部屋の中に書けるほどに縮小されている今、宝晶石ふたつ程度で発動できる。
「これで三、四ヶ月は平気かな……」
ピキピキッ!と音を立てて氷柱ができる。
一立方メートルの魚介類を内包した氷の塊の出来上がりだ。
これを『取り寄せ』魔術で、俺の研究所に送る。
重くて、下に『取り寄せ』魔法陣を置くのがひと苦労だと思っていたが、アステルとアルファが簡単に隙間を作ってくれた。
わあ、力持ち……。
「それだけ色々な魔術が使えると便利ですね……」
「いや、アステルの家だって、使える魔術はひとつ、ふたつどころじゃないだろう?」
「それはそうですけど……家で代々伝えているのは、全て製紙魔術ですからね……紙の厚さや手触りを変えるくらいで、それだってダンジョン産の紙みたいにはいきませんし……あ、でも、ベルさんからお借りした『師の教え』。
あれには目からウロコが落ちる思いがします。
家は伝えられた魔術を次代へと継承するだけで、その魔術を改変するような気概のある者はおりませんし……」
「あー……お勧めはしないけどな……家はじいちゃんを筆頭にその弟子連中も変態揃いだったから、そういうことしたけど、傍から見てるだけでも辛そうだったし……」
「は、はあ……?
でも、魔術への並々ならぬ愛があるからこその深奥を覗こうとする行為は、崇高なものだと感銘を受けましたが……」
「あー……アステルがアレを読んで、そういう風に受取ったってことはフェイブ兄の想いが、いや、思い込みか?……とにかく、気持ちが伝わるようなモノになっているってことだな。
どうも、内情を知っている身としては、素直に読めないもんで……」
俺には、さすがフェイブ兄、脳内補完が完璧すぎてぶっ飛んでるな、みたいな感想しか浮かばなかったからな。
「まあ、身内の書いたものをフラットに読むのは、確かに難しいかもしれないですね……でも、わたくしの家族には一度読んで欲しいと思える本ですよ。会いたくないですけど……」
ん?語尾が急に呟きになって、アステルが最後、なんと言ったか聴き逃した。
「ごめん、最後、なんて?」
「え?いえ、何でもないです。
それより、明日の出発は何時頃にします?」
「そうだな……出港は十二時だからゆっくりでもいいんだけど、できればスプー湖冒険者互助会で伝説の巨大魚『スッシー』の文献が読みたい……アステルが辛かったら、十一時半くらいに港で待ち合わせでもいいけど……」
「ああ、読みたいって言ってましたよね!
わたくしもお世話になった冒険者さんや互助会の方たちに挨拶もしたいですから、御一緒しますね!」
「ああ、じゃあ九時頃の出発でいいかな?」
「ええ、大丈夫ですけど、そんなにゆっくりで平気ですか?」
「問題ないよ。俺はアステルより速読力あるしな。
それに、資料本ならじっくり噛み締めるように読む本って訳でもないだろうし……」
「では、九時出発で!」
ちなみに乗船チケットはアステルがすでに買っておいてくれている。
さあ、明日、船に乗ってしまえば、いよいよ次は目的地『オドブル』だ。
アステルの部屋で遊んでくるというアルとアルファを快く見送って、俺は疲れた身体をベッドに横たえるのだった。