クーシャの部屋?手を拭え!
ホバーパイルの魔法の検分が終わり、ついに俺たちはこの二層の中で一際高い建物。
『ディープパープル』の目的地であるモンスタールームへと近づく。
建物自体は半分崩れかけの塔といった見た目をしている。
クーシャによれば、この建物の出入口は東西南の三ヶ所で、中は高い天井のひとつの大きな部屋らしい。
この二層の主なモンスターは、空飛ぶ魚ことホバーパイル、お化け貝ラッシュシェル、スライムの亜種と言われるクラゲ型スライム、触手肉団子という見た目のテンタクルグリッド、たまにカニ型モンスターことカニモンも出るらしい。
俺が詠唱魔術でなんとかしようか、とクーシャに提案したところ、無差別攻撃だと置いてきた生活用品がダメになるから、と却下された。
いや、モンスタールームになってる時点でダメになっていると思うんだが……。
モンスタールーム。
何故、多種多様なモンスターが一ヶ所に集まり、殺し合うこともなく、まるで同居人のようにそこに集まるのか。何故、ほとんどのモンスターがそこを出ることなく留まり続けるのか。
その答えは『神の試練』だからというしかない。
俺たちは建物の入口脇に身を伏せて、こっそりと中の様子を探る。
建物の中は天井が一部崩落しているためか、外のクリスタルが放つ蒼い光を取り込んでいて、まるで深海の中を覗き見ているような気になる。
「あった!」
クーシャがそっと指さした先には取り残されてしまった生活用品がある。
ベッド、机、倒れた椅子、棚から飛び散った食器類、立て掛けられた盾、手製のラックに並べられていただろう数本の長柄武器、剣や弓はモンスターにぶつかられたのか、あちこちに飛び散っている。
「部屋……?」
「コツコツ運び込んだんだけど、食器類はもうダメかな……」
「完全に住んでたじゃん!」
「いや、ほら、ダンジョンにいる時間が長いから……ああいうのがあると便利かなって……」
もっと、テントと予備武器が幾つかあるだけの簡素な生活用品かと思ってた。
引きこもり度が高い!
そりゃ、もったいないと思うのも納得だ。
だって、完全にクーシャの生活スペースだもの。
家具とかどうやって運ぶんだよ……しかも、ちょっと高級品っぽい。
俺が奇特な物を見る目でクーシャを見る。
「ちょっと散らかっちゃってるから、恥ずかしいね……」
いや、照れるなよ。まあ、男の部屋ならこんなもんだろみたいなセリフを言う気はないぞ。
それと、ここダンジョンなんだが……。
「それで、これだけのモンスター、どうするんだ?」
回遊魚よろしくモンスターたちのほとんどがこの巨大な部屋の上空を泳ぎ回っている。
床に置かれた生活用品が未だ多少の損害で済んでいるのは、モンスターたちがほとんど浮遊しているからだ。
「まだ、オーラソードってまずいかな?」
「ああ、いや、そろそろ身体に入れたオドは馴染んでいるはずだ。もう吐き気とかないだろ?」
「うん、大丈夫」
ん?待てよ……。もしかして、この二百はいるだろうモンスターを剣だけで殲滅するつもりか?
「お、おい、クーシャ。
もしかして、この数のモンスターとまともにやり合うつもりか?」
「え、そうだけど?」
「バカなのか?いや、クーシャも頭弱いタイプか……」
「ええっ!それ酷いなあ……」
「せめて、何匹かずつ誘き出して戦うとか、あるだろ?」
「んー、時間掛かるし、ここのは雑魚だから、たぶん平気だよ」
「『ディープパープル』を信じない訳じゃないが、さすがにあの数はないだろ?」
「いや、平気だよ。危ないから、ベルくんはここで待機ね。
それじゃ、ちょっと行ってくる!」
クーシャは荷物を置くと、普通の足取りで建物へと入っていく。
俺たちが潜んでいたのは南側の入口で、クーシャが入っていったのも南側の入口だ。
「さあ、来い!」
無防備すぎる!
当然、南側入口に近いところにいたモンスターから反応がある。
なん……で……そう、なる?
クーシャの身体がブレたと思うと、モンスターがどんどん切り裂かれていく。
十匹、二十匹……クーシャの半径一メートルほどを残して、床にモンスターの死骸が積み重なっていく。
コンパクトに動いて、南側の出入口にモンスターを近づけないようにしている。
ただ、クーシャの技量がどれだけ素晴らしくても、武器にモンスターの体液がつくのは防げず、どれだけ武器が優れていようとも、限界はある。
「ありゃ……よっ!はっ!……おっと!おわっ……」
モンスターの血液だか体液だか分からないが、次第にクーシャは汚れていく。
「クーシャ!俺は離れておくから、気にせず動け!」
どうも俺が足枷になっている節が窺えたので、俺は南側入口から離れる。
といっても、ただ東側入口に向かうだけだ。
クーシャの生活用品は東側入口近くに置いてあった。
今、モンスターは一斉にクーシャに殺到しているようなので、こっそりとなら予備武器を拾ってクーシャに投げてから逃げ出すくらいは出来そうだと思ったのだ。
「ごめん、ベルくん!」
俺のフォローができないことというよりも、俺に気を遣わせてしまったことに対する謝罪という雰囲気が強いクーシャの声。
まあ、確かに剣を握る手が滑ったり、一撃でとどめを刺せなかったり、ミスがボロボロ出ているが、この二層のモンスター相手にそれでも圧倒しているので、本来ならば気遣い無用でも問題はないのかもしれない。
だが、それでも事故が起きる時は起きるものだ。
そんな事故でクーシャに死なれでもしたら、寝覚めが悪いではすまない。
やれることはやっておかないとな。
俺は考えていることを軽くアルとアルファに説明しながら進む。
クーシャが戦闘を開始したことで、近くのモンスターは全てモンスタールームに突入したのか、俺は敵と出くわすこともなく東側入口まで来ることができた。
チラと覗く。
クーシャはモンスターの死骸の壁を飛び越えて、部屋の北側で戦っていた。
じりじりと部屋の東側、つまりこちらに移動しながら戦っているので、やはり狙いは床に散らばった予備武器だろう。
モンスターたちは案の定、揃ってクーシャに狙いを定めている。
あ、クーシャと目が合った。
何故?って感じで目を剥いていた。
俺はモンスターの注意をひかないように、武器を指差し、それを投げる動作をしたりして意思を伝える。
コレヲ、ソッチニ、ナゲル、オレ、ソレカラニゲル、オマエ、コイツラ、ヒキツケロ!
クーシャはコクコクと頷くと、こちらに背中を見せて西側に大きく動く。
モンスターたちは見事に誘導されて、クーシャを逃がすまいと追い縋る。
よし、今だ!
俺はコソコソとモンスタールームへ突入、いや、潜入する。
狙うのは入口近くに転がる槍と剣の二本と決めて、それを手にする。
「ギョエエエエエエー!」
あ、上の方のホバーパイルに見つかった!
ホバーパイルがその六つ目に俺を捉えていた。
俺は身体を捻って、せめてこれだけ、と剣を投げる。
その後は槍を捨てる余裕もなく、防御はアルとアルファに完全に任せた状態で、脱兎と化して逃げ出す。
「オーラソード!」
クーシャのオーラソードが俺を追うホバーパイルを両断した。
俺はその隙に東側入口脇に身を隠す。
「来てるよ!」
「アル、頼む!」
俺はアルの剣を鞘ごと放る。
アルの剣は空中でピタリと止まると、その剣を抜いた。
数匹のこちらに向かっていたテンタクルグリッドとクラゲ型スライムは両断されて散った。
俺はその間に、自分の荷物を漁って、手ぬぐいを取り出す。
持ってきてしまった槍に結びつける。
クーシャは予備武器を拾って、さらに戦い続けている。
だが、そもそも垂れてきた血液やら体液で手がぬめっているので、せっかく武器を持ち替えても思うようには戦えていない。
今、クーシャは西の入口付近まで押し込まれている。
俺の力で槍を投げても届かない。そもそも投擲用の槍って訳でもないしな。
「アルファ、補助頼む!」
「はい、ご主人様!」
俺が槍の前の方を持って、アルファは後ろの方をポルターガイスト能力で支えている。
方向を俺が決めて、アルファの能力で飛ばす形だ。
良く見れば、多少違和感があるのが分かるだろうが、クーシャは戦闘中で、そこまで気にする余裕はないはずだ。
「クーシャ!これを使え!」
ぶんっ!
俺の方向を示した槍がかなりのパワーで飛ぶ。
あぶねっ!引っ張られて転ぶかと思った……。
槍はクーシャのすぐ横の壁に突き立った。
一瞬、クーシャは驚いた顔でこちらを見るが、すぐに意図に気づいたようだ。
俺はそれを確認したら、入口脇に身を隠す。
「助かるっ!」
クーシャは手ぬぐいに汚れをこすりつけて、槍を手にする。
クーシャの槍は突いて、斬って、叩いて、回して、また突いてと縦横無尽に繰り出される。
持ち手が安定した為か、先程までの押され具合が嘘のような無双ぶりだ。
だが、槍を投げたことでモンスターたちに俺の存在は完全に気付かれた。
アルの剣が獅子奮迅の活躍を見せるものの、数が数だ。
時折、クーシャのオーラソード、いや、この場合オーラスピアーか、飛ぶ刺突が数匹まとめて貫いてアルの剣を援護するが、それでも一匹、二匹は抜けてくる。
俺は『火』の芋ん章魔術で応戦を開始する。
クラゲ型スライムには『火』は効きづらいものの、他は効果抜群だ。
アルファもポルターガイスト能力で上手く打撃を飛ばすので、安定してくる。
次第に数は減り、モンスターは後十匹程度だ。
アル、強くなったなあ……と俺は素直に感心する。
ただ、ちょっと楽しくなっているのか、すっごい剣が飛び回っている。
これ、後でクーシャに言い訳しないとな……。
「そいつを頼む!」
最後の一匹、ラッシュシェルの固い貝殻を石突で割ると、蹴り飛ばすようにアルの剣の前へ。
アルは無言のまま、割れた部分に剣を突き入れた。
「やるね!」
クーシャはその動きを楽しむように見ていた。
「も、戻れ!」
俺が手を出すと、アルは血振りをして剣を鞘に戻し、俺の手に剣を渡した。
「ベルくんの魔術はまるで魔法だね!
次から次に奇想天外なものが出てきて、飽きないよ!」
「お、おう、そうだろ……」
辺りは惨憺たる光景が広がっている。
そんな中、クーシャは倒れた椅子を立てて、疲れたという風に座る。
「さすがに、ここで寝るのは厳しいね……」
クーシャを手伝う形で俺たちは生活用品を運び出す。
少し離れた屋根付きの遺跡、その一室は出入口がひとつしかなく、神殿のような雰囲気がある。
「前の方がわかり易かったけど、こっちの方がモンスターが来ないから……」
というのが、クーシャがここを自分の部屋と定めた理由らしい。
こうして俺たちはひとまずの休息を取るのだった。