海底遺跡!俺って変?
『海底遺跡』一層の終わりは坂道だった。
さすがにボス部屋はなかった。
「これが二層か……」
坂道の終わり。俺は感慨深いものを感じて呟く。
何故か二層は石造りの遺跡が広がっていた。
かなり背の高い建物なんかもある。
そして、二層の天井は全面蒼いクリスタルに覆われている。
空よりも濃い蒼で、湖底に見える。
一層が自然洞窟という雰囲気だったので、洞窟を抜けた先はまさに海底遺跡だったみたいな気分になる。
「圧巻だよね!」
クーシャも遺跡を見渡しながら言う。
太古の昔に滅びた都市の一部がスプー湖に沈んだような光景は確かに圧巻だ。
「それにしても、本当に二日で『フオーン』ダンジョンを踏破して、『海底遺跡』二層まで、来られるものなんだな……」
「まあ、ショートカットルートが見つかったおかげだけどね!」
正直、身体は疲れているが、俺はわくわくしていた。
俺が見たことあるのは、『海底遺跡』以外だと、テイサイートの『ケイク』と『ゼリ』、ここスプーの『フオーン』の三つだけだ。
石造りの暗い迷路『ケイク』と『フオーン』、自然洞窟のような作りの『ゼリ』、まあ、『ケイク』も『ゼリ』も二階層までしか知らないが、ダンジョンの基本は迷路か自然洞窟しか知らなかったのだから、ここのダンジョンにわくわくするのも仕方がないと思う。
今ならクーシャのダンジョンに潜る理由「先が見たいから……」というのも、分からなくはない。
ちなみに知識だけなら、創作物も含めて、数多のダンジョンを知っている。
空中に浮かぶ巨石ダンジョンとか、壁が透明でひとつの部屋にしか見えないダンジョンとか、茨の迷宮、水路の迷宮、多種多様なダンジョンの話だけは知っているが、実際に見るとやはり知識だけでは得られない感動があるな……。
「あの一際高い建物、あそこが目指す『モンスタールーム』だよ」
台形ピラミッドのような建物をクーシャが指さす。
まだ、結構距離があるな。
台形ピラミッドの上空では巨鳥のようなモンスターが三匹、旋回していて……鳥?いや、魚?そもそも、結構な距離があるのに、シルエットが分かるって……。
それもそのはず、その空飛ぶ魚たちは大きさもさることながら、徐々にこちらに近づいて来ていた。
嘴のように尖った口、腹鰭は大きく棘だらけ、身体の色は光沢のある赤と黒、目が六つで黄色く濁っている。
腹鰭が、ばっさばっさという感じで動いていてコミカルだが、それが余計に不気味さを強調している。
「ベルくん、そこの建物の陰へ!」
クーシャの指示に、俺は素直に建物の陰へと隠れる。
「クーシャ!オーラソードはまだ使うなよ!」
「え!?」
「まだ、お前の中に入れたオドはお前のじゃない……って、説明は後だ。とにかく使うな!」
「分かった!
じゃあ、やり方を考えないと……」
言って、クーシャも同じように反対側の建物の陰へと隠れる。
俺の雑な説明に、なんの躊躇もなく従ってくれるのか、ありがたい。
「あいつらに火って効くのか?」
空飛ぶ魚は、その身体をテカテカと光る粘液みたいなもので覆っている。
倒せないまでも、俺の『火』の芋ん章魔術で牽制を、と考える。
「ああ、火の魔術が使えるんだっけ。
やれるなら、ぜひ頼むよ。ばっちり効くから!」
よし!俺は『火』の芋ん章魔術を用意する。
建物の陰から、チラと相手を確認する。
空、泳いでる……身体全体をうねうねとくねらせながら、まっすぐこちらに向かって来ている。
「いきなり最大火力!」
叫んで、ぺったんした魔術符を抜く、狙う、破く。
一番前の巨魚が豪炎の火球に包まれる。
魚のくせに怪鳥のような声を挙げて、こんがりと焼き色のついた身体が、俺の潜む建物の陰の横を地滑りして通過していく。
思ったよりもデカくないな。それでも、人間くらい丸呑みできる大きさはあるが……。
身体が縦細でうねるから、余計に大きく見えていたようだ。
あと、腹鰭な。
「よし!二匹目はもらうね!」
クーシャは建物の陰から飛び出すと、俺が潜む建物を使って三角飛びを披露する。
空中で宙返りを決めて、そのまま巨魚の背に乗った。
それから、六つ目の間に剣を突き立てる。
巨魚がバランスを失って、地面に落ちる直前、サッと飛び降りる。
三匹目はかなり上空を通過してから、危険を感じたのか怪鳥の声を挙げて、逃げていった。
「やあ、今晩は豪勢な食事になるね!」
「あ、食えるんだ、そいつ」
「うん、スプー湖に出るホバーパイルってモンスターとほぼ同じやつだよ!
スプー湖のやつは空中に浮くくらいで、こんなに元気よく飛び回らないけどね」
クーシャは丸焼きになった魚に近づいて、とどめを刺す。
だが、その瞬間、腹鰭を広げて魔法陣を浮かび上がらせたホバーパイルは逃げようとしたのだろう。
俺は、目にその魔法陣を焼き付ける。
やっぱり、飛行魔術はああいう形で、ああ、くそっ!
肝心の時間表記だと思われる部分を見逃した!
なんで、モンスターの魔法陣って発動までが早いんだよっ!
「ど、どうしたの、ベルくん、怖い顔してるよ……」
「ちくせう……なんでモンスターの魔法は発動が早いんだ……ちゃんと見られなかった……」
「あ、ご、ごめ……とどめ刺しちゃったから……」
何故かクーシャがばつの悪そうな顔をする。
「あ、違う、違う!
クーシャが悪いんじゃない!俺の意識が散漫だったせいで、ちゃんと魔法陣が見られなかったから……」
俺は慌ててフォローを入れる。
「あ、うん……」
「いや、本当にクーシャは悪くないから……たまたま研究中の魔法陣に似てたから、ヒントになるかもと思ったんだけど、肝心なところを見逃したのは俺で……」
「あの!あの一瞬で魔法陣とか分かるものなの?」
クーシャがいきなり大きな声で、俺の話を遮る。
「え?あ、うん。大体は……ほら、元になってる共通した形とかは見れば分かるから、肝心なのは未知の部分で……でも、今のはその元になってる部分を確認する方に意識がいっちゃったから、未知の部分を確認する余裕がなくて……」
「共通した形?」
「ああ、紋章魔術って法則性があるだろ?つまり、火なら火、風なら風とか……」
俺は地面に指で基本になる紋章を書いていく。
ああ、見れば地面は砂地なのか。上にばっかり意識が行ってたから、気づくのが遅くなったな。
「ちょ、ちょっと待って!
ベルくん、君はあの一瞬でモンスターが使う魔法陣を理解して、それを覚えようとしたのかい?」
「え、うん、何か変だったか?」
「いや、そもそも、ベルくんて幾つ魔術が使えるの?」
「うん?それは紋章魔術?詠唱魔術?それとも芋ん章魔術?」
「さ、三系統……」
何故かクーシャが黙る。
まあ、戦力的な意味で知りたいってことかな。だとしたらある程度、ちゃんと使えるものに限定した方がいいか。
「えーと、紋章魔術なら実用的なのは十二、三種類……詠唱魔術が三十二、あ、いや言い換えで効果が出るとなると、二十種類ってとこかな……芋ん章魔術は五種類作ったけど、『煙』はアステルに貸してるから四種類だけど『皿』は戦闘に向かないし、『氷結』はスライムくらいにしか効かないし、『光』は目潰しになるけど、直接的な戦力にはならないかな……『火』は多少使えるか……えーと、そんなもんかな?」
「ご、ごめん……もし、画期的な方法とか見つかって、魔術の概念自体が僕の知っているものと切り替わっていたりしたら、アレなんだけど……普通、魔導士って一系統、一種類、多くて二つか、三つ使えたら冒険者になんてならない、と思ってたんだけど……」
「あ……」
やらかした。秘密って訳でもないからいいんだが……。
「あー……あんまり、おおっぴらにしたい話でもないんだけど……フルネームで言うと俺は『ヴェイル・ウォアム』。
『知識の塔』って分かる?」
「『知識の塔』?元・宮廷魔導士、偉大なる大魔導士カーネル・ウォアム様が居られる魔導の礎……ウォアム……ベルくん、君は……」
「カーネル・ウォアムは俺のじいちゃん。まあ、俺は魔導士としてはまだ半人前。なにしろ、じいちゃんから認可を貰ってないから……弟子としてちゃんと指導を受けた訳でもないしね……」
「え、いや、半人前?」
「うん。冒険者として魔導士を名乗る分には問題ないけど、認可は受けてないからね」
「ああ、驚いたな……」
「すまん。ただ、じいちゃんや母さんの七光りの目で見られるのは、あんまり好きじゃないんだ……」
「あ、驚いたのは出自じゃなくて、その異常な知識量だよ!」
「いや、じいちゃんには及ばないから……」
「うん。……うん、そうか。
ベルくん、君の場合、比較対象はおじい様なんだね……。
たぶん、ベルくんは常識知らずに育てられてしまったんだね……」
納得したから悲しいみたいな顔でクーシャが俺を気の毒そうに見る。
「え……」
「分からないかな?」
「俺、家の中じゃかなり常識人だぞ。
じいちゃんみたいな、紋章魔術描きながら、詠唱魔術を唱えるとか分けわからんことしないし、母さんみたいに魔導具に落とし込んだ紋章魔術の出来映えが九割五分超えてないと魔導具じゃない、みたいなこと言わないし……」
「錬金……そうか、お母様は高名な錬金技師レイル様だっけ……」
「まあ、多少、頭でっかちになってしまったかもって部分は認めるけど……」
「そこだよ!」
クーシャが急に指摘する。
「頭でっかち?」
「うん、頭でっかちというよりも、その知識量と記憶力だね」
「はあ?」
「異常だよ、ベルくんのソレ」
「いや、ひどくない?」
常識知らずとか、異常とか、かなり散々な言い方だな。
「なによりもね、ベルくんはそれが普通だと思ってる……何十という魔術が使える。モンスターの一瞬しか見えない魔法を読み解く、ソレはね、異常って言うんだよ……」
「いや、そりゃ子供の頃から魔術が当たり前にある環境で、じいちゃんの弟子も母さんの弟子もみんな魔法陣を解体したり、呪文を研究したりしてるんだぞ、その環境で育ったら、それが普通になるだろ?」
「うん、その環境が異常だったが故に、ベルくんは常識知らずに育ってるんだけど、分からないかな?
カーネル様も、そのお弟子さんも、みんなモンスターが魔法を使う瞬間に一瞬だけ見える魔法陣を記憶したり、判別したりできるの?」
「うっ……」
そう言われてしまうと、多々、多々々、思い当たる節はある。
俺って変なのか?
半引きこもりのクーシャに異常と呼ばれてしまうくらいに?
意味もなく辺りを見回してしまう。
「だからさ、ベルくん。
ベルくんは誇っていいよ!」
「誇る?」
「たぶん、ベルくんが持ってる力は特別な力だよ。
それも世界を変えてしまうくらいの」
「は?いやいやいや……大げさ過ぎだろ……あ、魔術界に革新をもたらすとか?それはまあ、じいちゃんが動いたから制式採用になってとか……色々あるけど……俺が、っていうより結果的にはじいちゃんが歴史を塗り替えたって感じでまとまると思う訳で……」
うん、確かに『異門召魔術』は魔術界の革新みたいな扱いをされるだろうけど、蓋を開けてしまえば『紋章魔術』の縮小版で、錬金術の簡易版みたいなもんだから、持て囃されるのは秘密がバレるまでの期間限定だ。
ちょっとクーシャは間違ってるな。
「ああ、上手く伝わらないかもね、今は……。
でも、これだけは覚えておいて……」
薄く微笑みながらクーシャが諦念を漂わせるが、少し間を置いてから、クーシャがちょっと真面目な顔になる。
「僕は君の友達だ。困っている時は絶対に助ける!
それが、し、親友ってや、やつだと思うから……」
最後は吃るのかよ!
まあ、そう言ってくれるのはありがたい。
「お、おう、あ、ありがとう……俺も……クーシャが困ってたら助けるよ!冒険じゃ荷物持ちくらいしかできないけどな……」
何故か握手を交わす。
いてて、痛いよ!クーシャ、力入りすぎ!
それから、俺たちはクーシャの案内で、比較的安全な建物で一日の疲れを癒すのだった。
と、終われば良かったのだが。
いや、ホバーパイルをがっつり食べて、仮眠もしっかり取った。
だが、三日目、クーシャはなかなか目的地へと向かわなかった。
遺跡の建物の間を抜けて、右へ左へ。
特に罠がある訳でもなく、モンスターにも出くわさない。
あの一番高い建物だよな、目的地。
クーシャは何かを探している感じだ。
いや、目的地はもうすぐそこじゃん。
さすがに焦れてきて、俺は説明を求めようと口を開く。
「クーシャ、何か探して……」
「シッ!……いたよ」
俺はクーシャに促されるまま、口を閉ざしてそちらを見る。
あ、ホバーパイル。半分、地面の砂に埋まって……寝てんのか?
もしかして、俺が昨日、悔しがってたからわざわざ探してくれたのか。
「見てて……」
クーシャは小声で伝えると、静かに遺跡の陰から出て、ホバーパイルの近くへ。
それから、両手を広げて、こちらにアイコンタクトを送ってくる。
俺は無言で肯いて、今は畳まれている大きな腹鰭の辺りを見る。
パンッ!
クーシャが手を叩く。
ホバーパイルの六つ目が、焦点が定まっていなかったそれが、急に忙しなく動く。
腹鰭が大きく開く。
怪鳥の鳴き声を挙げて、ホバーパイルが魔法を使う。
腹鰭の辺りに一瞬だけ、光の魔法陣が現出する。
他は確認済みだからいい。俺の意識が魔法陣の中で未確認だった部分へと向かう。
「『明青五』と『暗藍六』!いや、それの変形紋章か!」
『サルガタナス』に載っている取り寄せ魔法陣の変異型紋章。
その中の五番目を『明青五』、十三番目を『暗藍六』と呼んでいる。
だが、ホバーパイルが使う浮遊魔法に使われる紋章は『サルガタナス』のものと微妙に形が違う。
そして、全体に使われている魔法陣、これは母さんの弟子セプテンが解読した飛行魔術に似ていた。
俺の中で取り寄せ魔法陣の十四の型。これは数字であり、色であるという仮定が成り立っている。
当初、直感的に断じていた飛行魔術の未解明部分。ここに数字を表すような紋章が入るのではないかと仮説を立てていたが、今回の事でかなり確信に近づいた。
そんなことを考えていると、ホバーパイルはクーシャを丸呑みにしようというのか、浮き上がってループを描くように飛んで地表スレスレを突進してくる。
「クーシャ!」
クーシャが心配になって、つい声を挙げてしまったが、クーシャはホバーパイルの鋭く尖った嘴状の顎をヒラリと躱し、余裕の笑顔を見せた。
暫くして、見事にクーシャはホバーパイルを剣で両断。
半身だけ担いで、戻ってきた。
「どうだった?」
俺は頷く。
「ありがとう。かなりちゃんと見られたよ!
モンスターの魔法と人間が使う紋章魔術は、そもそも微妙に規格が違うから、これで研究が完成とはいかないけど、かなり確信に近づくことができたと思う。
クーシャのおかげだ!」
あ、すんなり俺の口からお礼の言葉が出た。
クーシャは「役に立てたなら、良かったよ!」と、ニッコリ笑うのだった。