たぶん、嫉妬だな。ダンジョン卿
『フオーン』ダンジョンはこれで終わりだった。
フオーン・ジャイアント・ドラゴリザードが動き回るのに充分な広い空間。
壁は石組みでできているが、一部にはその奥の土壁が露出していたり、石組みの一部が高温に晒されガラス化している部分もある。
きっと、数多の冒険者が激闘を繰り広げた跡なんだろう。
俺にはフオーン・ジャイアント・ドラゴリザードの強さはまったく実感できなかったけど……。
そんな超級冒険者『ディープパープル』に一撃で屠られたフオーン・ジャイアント・ドラゴリザードの死体の奥。
何故かそこだけ一点の曇りもなく均一な石組みが並べられた穴がある。
ボス部屋の天井には太陽の絵が描かれ、そこから光が降って来ている。
原理的には、魔法の光なのだろう。
調べれば紋章魔術に落とし込むこともできるだろうが、既に『光』の紋章魔術は研究され尽くしている。
あまり、食指が動くことはない。
それよりも、穴だ。
あれが『海底遺跡』へと続く道なのだろう。
「海底遺跡はある意味、特別なダンジョンなんだ。難易度もそうだけど、見たらびっくりすると思う。
なんでそんな作りになっているのかとか、どうやってそれが起きるのかとか、不思議なんだけどさ……」
クーシャが一所懸命に語っているが、どうも要領を得ない。
わざと具体的な話を避けているようにも感じる。
俺は機械的にウンウンと頷きながら、クーシャと共に穴へ進む。
穴の中は暗い。
灯りを用意しようとすると、クーシャに止められる。
「灯りは点けたらダメなんだ。
最初、灯りを持って入ったら、入り口まで一日かかった。
暗闇の中を歩けば十分で着く。
灯りを持つと、何故か道が延びるんだ」
「なんだそりゃ?」
「不思議だよね……僕らはこれを暗闇の試練って呼んでる」
仕方がないので、クーシャの言う通り、暗闇の中を歩く。
「壁に手をついて歩けばいいよ。ここは一本道だから……」
真っ暗なのかと思えば、完全な暗闇という訳でもないようで、ぼんやりとクーシャの真っ白な服装が見える。
歩くこと十分。
唐突に目の前に青く浮かび上がるように扉が見える。
「ねっ、すぐ着いたでしょ!
ようこそ!『海底遺跡』へ!」
クーシャが大仰に身振り手振りを交えて、青い扉を開く。
青い扉を背にすることで動きは見えるようになっているが、大仰に動くことで影絵の芝居でも見せられているような気分になる。
罠などないと確信しているのか、その動きは淀みない。
清浄なる蒼の洞窟。
目前に拡がるのはそんなダンジョンだった。
天井に青いクリスタルが埋め込まれ、そのクリスタルは青いラインで次のクリスタルと繋がっている。
そのクリスタルから放たれるのは湖底を思わせる揺蕩う蒼い光。
「すげえ……」
思わず言葉が漏れる。
自然洞窟のように見えて、天井のクリスタルだけが異質な雰囲気を漂わせている。
「この先にもっと面白いところがあるよ!」
スルリとクーシャが前を歩き出す。
真っ白な服が波紋を描く蒼の光と同化していく。
「保護色みたいなもんか……」
「ああ、そうだ、これ被っておいて……」
クーシャが差し出すのは真っ白なマントだ。
少しひんやりとした洞窟内では、マントが丁度いい。
「つまり、こちらを視認して向かって来るモンスターが多い訳か……」
なんとなく予想を口にすると、クーシャはにっこり笑って頷く。
「まあ、気休め程度だけど、着ておいた方がいいよ……」
なるほど、それならばと、俺はいつでも『光』の芋ん章魔術を抜けるようにしておく。
本来なら『煙』があれば便利そうだけど、『煙』はアステルに貸し出し中だ。
ふと気配のようなものを感じて、視線を上にあげる。
「クリスタル……?」
蒼い曲面を持って天井にあるソレはゆらゆらと光を放っているが、何かおかしい。
あ、青いラインがないのか!
俺がそれに思い至った瞬間、クーシャが鋭く声を発する。
「避けて!」
クーシャは抜剣と同時に飛び上がるようにソレに斬りつける。
ぐにゃり、とクリスタルっぽく硬質に見えたソレが歪む。
俺は何かに身体を引かれる。
たぶん、アルファのポルターガイスト能力だ。アルだとこんな柔らかい使い方はできない。
俺の居た場所、足元の土が小さく、ジュジュッ、と音を立てる。
溶解液!?スライムか!
天井から真っ二つになったスライムが落ちる。
「ごめん、大丈夫だった?」
「あ、ああ……」
「スプー・アビス・スライム。
たまに天井のクリスタルに擬態してるんだ。
地面の光を見ると、そこだけ波紋の揺らめきがないから、気をつけてね!
ほら、あそことか……」
言われた辺りの地面を見れば、たしかにそこだけ揺らめいていない。
わかりづれーわ!
「ごめん……ちょっと浮かれて、見落としてたよ……」
「ん?久しぶりの『海底遺跡』だったりするのか?」
「あ、ううん……いや、友達と来るなんて思ってなかったから……」
「お、おう、そうか……」
コメントしずれーな。
確かに『ディープパープル』はズレてるところはあるし、変な奴だから、俺としても少なからず共感できる部分はある。
クーシャが俺を友達として扱ってくれること自体はありがたいが、面と向かって言われると「うん、そうだね」とは言いづらい。
《ベル……お主、男色もイケルくちじゃったか?
やはりな……》
やけに納得したような口振りで『サルガタナス』が、俺の脳内に語りかけて来る。
駄本〜〜〜っ!!!
とても言い返したい!言い返したいが、クーシャもアルもいる。
一瞬、俺の歩みが止まる。
すると、クーシャも歩みを止めた。
「疲れた?」
クーシャが聞いてくる。
俺は少し考えてから答える。
「……たぶん、嫉妬だな」
「え?」
俺が言ったのは『サルガタナス』のことだ。
《なっ……そ、そんなわけあるか!》
『サルガタナス』が敏感に感じとったのか、否定する。
俺はニヤリと笑ってから、クーシャに言う。
「いや、クーシャってまだ、二十代半ばくらいだろ。
それなのに、色の異名持ちで、上級者向けダンジョンを自分の庭みたいに歩いている……」
「いや、さすがに庭だなんて言うほど図々しくはないつもりだけど……」
「いや、緑ひとつの俺から見たら、そう見えるのさ。
そのくせ、緑ひとつの俺と友達になろうとする度量の広さがある。
どうにも、俺の中でモヤッとしてな……なんだろうかと考えていたんだ……」
「それが、嫉妬?」
「ああ、とりあえずそういうことにしとく……」
「いや、ベルくんだって少ししたら、すぐ異名持ちになれるよ!
ほら、荷物のアレとかさ……」
「いや、アレは公にするつもりはないからな……。
それに、俺は魔導士の冒険者だからな。
厳しいのは理解してる。
まあ、それは置いておくにしてもだ。フオーン・ジャイアント・ドラゴリザードも一撃だし、罠の有無の判断も的確で素早いだろ?やっぱり差を感じてしまうのは仕方ないよな……」
最初は『サルガタナス』に言い返してやろうと発した嫌味だが、その後はクーシャに対する本心だ。
実際、クーシャを羨ましく思う部分もある。
アルが死んだ時、俺にクーシャの十分の一くらいの観察眼があれば、そもそもアルが死ぬことはなかったかもしれない。
知識だけでは埋められない実践力みたいなものを感じている。
「うーん……そうかな?
僕も冒険者になったばかりの頃は何度も死にそうになったよ。
たぶん、ベルくんみたいな事前情報を仕入れるなんてこともしてなかったから、最底辺よりももっと下みたいな冒険者として見られてたはずなんだ……。
色の異名だって、互助会の無茶振りに逆らえずにいたら、知らぬ間に取れちゃっただけだし……。
あ、『ディープパープル』の前、僕がなんて呼ばれてたか知ってる?」
「『ディープパープル』の前?」
「そう、良くも悪くも目立つ冒険者ってのはあだ名がつけられる。
僕は目立ちたかった訳じゃないけど、基本一人で、周りから浮いてたから、ついたあだ名が『ダンジョン卿』」
「かっこいいじゃないか!」
「違う、違う……僕も最初は喜んだんだけどね……裏の意味があるのさ……ダンジョン狂いのダンジョンにしか居場所がない奴、だから『ダンジョン狂』……確かに一年の半分以上をダンジョンで過ごしてたからね……僕は好きでそうしてたんだけど、たまたま噂話が聞こえてきちゃってさ。
ショックで二年間くらい、ダンジョンに引きこもったよ。
おかげでますます孤立が深まって、でもダンジョンで生き抜くノウハウだけは貯まったから、それを元に長期間拘束されるような依頼を互助会から振られまくってね。それを受けてたら、いつの間にか『ディープパープル』って呼ばれるようになってたんだ……」
「ダンジョンに引きこもるってなんだよ……」
「いや、不可能じゃないんだよ。
食べられる植物系モンスターと、動物系モンスター、あと強い光を放つような部屋を持つダンジョンなら、なんとかなるよ!
まあ、食べ物の味が単調になるのは問題だけど……」
水……は魔導具を持ち込めばなんとかなるのか。
塩分取らないと死ぬんじゃなかったっけ?
「塩分は?」
「えーと……あ、これとかかな?」
クーシャは蒼い洞窟の中、落ちている小石を拾うと、ペロリと舐める。
「うん、塩気がある……。
たまに自然洞窟っぽいダンジョンだと落ちてるんだよね。
あとは、月一回、ポーションを飲む。
中級ダンジョンの奥の方なら、宝箱開けまくるとたまに出るからさ、ポーション。
アレ、甘みがあって美味しいんだよ!」
「ワイルドすぎんだろ……」
でも、そうか……クーシャの奴、引きこもり体質か。
どうりでなんとなく共感がある訳だ。
「どう?まだ僕のこと羨ましいと思う?」
「あ〜……うーん……確かに、羨ましいとは思わないかもな……ただ、普通にすげーとは思うけど……」
あけすけな意見だなと自分でも思う。
でも、俺の言葉を元に、クーシャが語った話を無理矢理褒めたりしても、クーシャは喜ばないだろうことは分かった。
実際、クーシャは気を悪くした様子はない。
「……なんか、ごめんな。
俺のせいで重い話させちまって……」
「ううん。こういうのって独りで抱えているのも、辛いからさ。
逆に聞いてもらえて良かったよ」
「そっか……。
じゃあ、俺のひどいあだ名の話もしてやろうか?」
「え?うん。聞くよ!」
「ここに来る途中でキャラメリエ村ってところがあってさ……」
俺たちは何となく歩きながら、会話を続けていく。
俺の『奈落大王』という、冒険者とまったく関係ないところでつけられたあだ名話はクーシャを驚かせ、笑わせる。
俺としては充分にひどいあだ名だと思って話したんだが……。
途中、クーシャが罠やモンスターの対処をしながら、それでも俺たちの会話は続いた。
お互いに語りたいことを語るというよりも、相手の話に興味を持ってなされる会話。
クーシャが『クリムゾン』と会って、オーラソードを会得した話や、俺が好きな本の話。
ここに来て、俺たちは本当の意味でお互いを友達だと認め合った気がする。
ただ、なんとなく共感を得る部分があるからというだけではなく、お互いの違いを認め合って、それでも繋がりを持とうとする。
同志とはまた別種の関係。
これが友ってやつか。
そうして、俺たちは『海底遺跡』を進んで行くのだった。