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茶番!ヤバい話……


「変だけど、いい人だよね……」


アルが俺の近くで、日課の素振りをしながら呟く。


「ああ、さっきの茶番劇か……確かに変なやつだよな」


「変なやつ、ね……」


「なんか、含みがある言い方だな、アル……」


「ううん、べっつに〜」


俺はボス部屋でリザードマンたちを集めていた。

このパーティー、と言っても『ディープパープル』の異名持ちクーシャと荷物持ちの俺の二人だけだが、決定権はクーシャにある。

何しろ戦闘をこなすのも、探索をこなすのも、俺を後輩としてフォローする義務があるのもクーシャだ。

俺は後に着いて荷物持ちをするだけで、依頼人もクーシャなのだから、クーシャがいらないと決めた物は持っていく訳にはいかない。

だから、十階層のボス部屋で倒したリザードマンをクーシャが放置すると決めた以上、放置するのが正しい。


しかし、クーシャは俺が惜しそうに魔石の話をしたので、こっそり魔石回収していいよという旨の茶番劇を演じてくれたのだ。

別に素直に魔石の回収を許すと言っても、二人しかいない状態では問題など出ないが、ここで表面的に俺を甘やかして、荷物持ちにこれくらいの権利はあると思わせる言動に、俺が当たり前だと思ってしまうことを危惧したのだろう。


まあ、建前が大事な場面というのはあるので、素直に乗せられておくのが正解だろう。


リザードマンは、キング、ガード、メイジ、ソルジャーといった特殊個体ばかりで、三十八体。

首がほとんど飛んでいて、キングは特徴的だから分かるが、後はどれがどれやら……。


「解体、手伝おうか?」


アルが変わらず素振りをしながら言うのに、俺は軽く手を挙げて、いらないと応える。


何しろ、解体しないからな。


俺は腰のガンベルトの弾帯部分から『取り寄せ』魔法陣を抜く。

俺の研究所から取り寄せるのは、作り置きしてあるゾンビパウダーだ。

クズ魔晶石を魔法陣のオド吸収口に当てると、十数本の【ゾンビパウダー】が現れる。


五、六本あればいけるかな?と目算して、リザードマンの死体に掛けていく。

次々に起き上がる首なしリザードマン・ゾンビたちに俺は小さく命令する。


「止まれ……」


三十八体の首なしリザードマン・ゾンビが体育座りで待機している姿は、とてもシュールだ。


「みんな、自分の首をつけて……」


俺は子供たちに算術を教えるじいちゃんの気分で言う。

三々五々、それぞれが自分の身体に首を載せる。

【ゾンビパウダー】効果で、くっつく予定だが、上手くいかないやつらが数体出てくる。


《粉が足りておらんな……》


とても久しぶりに『サルガタナス』が声を掛けてくる。


「なるほど……」


俺は【ゾンビパウダー】をひと瓶追加する。

上手く首が繋がらないやつらに優先的に粉を追加してやる。

そうしてから、恒例の契約タイムだ。


「契約する。お、お前らの血を一滴ずつ飲ませろ……」


リザードマンに髪の毛はないし、鱗とか出されても三十八枚も飲み込める気がしない。俺の腹が中からズタズタになりそうだし。

契約する、と言った瞬間に胴体を両断された個体が臓物を引っ張り出そうとするのが見えて、ヤバいと判断した。

慌てて、こちらから指定してやる。


リザードマン・キング・ゾンビが前に来る。

その首を取り外して、俺の前に捧げるように出した。

あ、取り外せるんだ……。

まだ、新鮮な死体だから、首から血が滴っている。

それを掬いとるようにして、舐める。

うぇっ……生臭い……。

でも、我慢して飲み込む。

それから、胸元に俺の血で署名する。

これ、三十八体分やるのか……。


「ちょ……ベル、何してんの!?」


それを見たアルが素っ頓狂な声を出す。

俺は声のした方に向けて、指で静かに、と示す。

クーシャが起き出してきたら、説明のしようがない。


「ご主人様は新しい下僕しもべたちと契約されているんです……」


アルファが気をきかせて、アルに説明してくれる。


「契約?」


死霊術士ネクロマンサーは死霊の一部を体内に取り込み、ああして血の署名をすることで、強固な絆を結ぶんです。

あれをしておかなければ、怨念や本能に突き動かされた死霊にとり殺されてしまいますから……」


「え、そうなの?」


「アルさんは、稀にご主人様を狂おしい程に求めてしまう時はございませんか?」


「え?ええ!?……な、ないよ。ないない……」


「そうですか……珍しいですね……。

わたくしなどは、ふいにご主人様の全てを食べ尽くしたい、全てが欲しいという衝動に駆られる時があるのですが……そういう時に契約が歯止めになって、踏み止まることができるのです……」


「ええっ!アルファちゃん、そんな時があるの!?」


「ええ、生者を身近に感じる時なども、命の熱を感じたい、殺したいと思うのですが、ご主人様から契約によって止められているからしないでいられるのです……」


「あー……そうなんだ……だとすると、私の場合、いつも……あれ?いやいや……そういうことじゃなくて……でも……」


「あの、アルさん?アル?か、帰ってきてくださーい!」


ごほんっ!と咳払いをしてから、俺は声の方を睨んで人差し指を口元に当てる。


「あ、も、申し訳ございません……」


アルファが黙る。

アルはブツブツと何やら悩んでいるようだが、そこまでうるさくなくなったので、とりあえず放置だ。

知恵熱出さなきゃいいけどな……。


俺は契約を続ける。

最後の一体の血を飲んで、署名が終わると、全体にいつもの俺の、命令があるまで勝手に生き物を襲わないことというのを伝えて、研究所の空き部屋に繋がる『取り寄せ』の魔法陣を新たに開いた。

これでリザードマン・ゾンビ三十八体が俺の支配下に治まった。

今後の研究材料が一気に増えたな。

帰ってからになるけど。


それから、水を生み出す魔導具を使って、血の汚れを落とす。


「ねえ、ベル……」


後始末をあれこれしていると、アルが唐突に話しかけてくる。


「な、なんだよ……」


「あのさ……わたしってベルと契約してるの?」


結構、唐突に来たな。まあ、復活前後はアルの記憶も曖昧みたいだし、いい機会だから説明しておこう。


「してないよ」


「な、なんで……?わたしってモンスターなんでしょ?

今はなんでか、その、ベルを求めたり……とか、食べちゃいたい……とか、ないって言うか、ない訳じゃないけど……まだ、早いって言うか……その……そうじゃなくて、あ、危ないじゃない?」


「ん?良く分からんけど、俺を殺したくなったりするのか?」


「いや、もうちょっと馬鹿になれとは思うけど、殺すとか異常者じゃないから!」


ほおう……馬鹿になれ、とか思ってんのか……。

ちょっと、俺は冷たい眼差しをアルに送る。

いや、見えてないからなんとなくの方向だけだけど。


「……契約したら、アルは俺の命令に逆らえなくなるぞ。

俺はアルはアルだと思ってる。

理不尽かますところとか、無駄に暴力振るうところ含めて……な。

それで、俺は契約したアンデッドに、俺の命令なく他者を襲うなって命令してる。

事故が起きたら怖いからな。

アルと契約したら、お前、ストレスで悪霊化するだろ?

だから、契約してないんだが?」


「うっ……」


アルは図星を刺されたのか、ひと言呻き声を上げて黙る。

まあ、半分は本当だ。

残りの半分は、アルが望むなら、いつでも俺を殺せるようにというのがある。

それは俺の救済措置だ。

アルは俺のせいで死んだ。なら、多少は俺を恨んでいるかもしれない。

アルが俺を生かしておく限りは、俺は許されているのだと、自分に言い聞かせることができる。

そういうセコい仕掛けを作ってしまう辺り、アルが俺に、馬鹿になれ、と思うのも間違いではないのだろう。

言わないけどな。ムカつくし……。


「んで、アルは契約して、俺の言いなりになるのが望みか?

正直、生き返った時、契約が解消されるかも分からないんだが?」


「……ぐぬぬ」


「まあ、なるべくなら、襲わないでくれよ。

理性があるから、大丈夫だろ!」


「……う、ん」


まあ、アルは頭弱い子だから、これが俺の謝罪だとは気付かないだろ。

まあ、半分嫌味も混じってるしな。


「お、そろそろ時間だから、戻るか……」


俺はアルとアルファに静かにするよう示して、玉座の裏にある扉を開け、階段の踊り場で器用に眠るクーシャを起こす。


「交代だよ」


「……ん、ああ、ヴェイルくん。

そう言えば、解体の練習はできたかな?」


俺はわざとらしく自分の荷物をチラと見て、答える。

まるで回収した魔石はちゃんと隠せているな、と確認するような仕草だ。


「ああ、問題ない。

ついでに死体も掃除しといたけど、大丈夫だよな?」


「え、ああ、問題ないよ。

ただ、確かに今、鱗の需要は高まってるけど、もっと下にいいものあるからね。

あと、明日は海底遺跡の二階層まで行くつもりだよ!大丈夫?」


ああ、まだクーシャは茶番劇を続けているつもりなのか。

死体の掃除、というのを鱗の剥ぎ取りの隠語だと思っている。


俺は少し笑って、言ってやる。


「ああ、文字通りの掃除だから、問題ない!

ちょっとした魔術の訓練に使っただけだから!」


「なるほど、それなら大丈夫だね!」


そんな会話をしてから、俺は仮眠を取る。

よっぽど疲れていたのか、目を閉じると、すとんと俺は意識を失った。


目覚めはかなりシュールだった。


「ヴェイルくん!ヴェイルくん!まさか、死んでないよね!?

ヴェイルくん!頼む!起きてくれっ!」


「……んあ……ぬぅ……起きて……る……」


「寝ないで、ヴェイルくん!」


あまりに必死な声に目覚めると、クーシャの顔がすぐ近くにあった。

なんとなく、嫌だったので手で押す。


「ふぇいふくん……」


クーシャの顔が歪んで、まともに喋れていない。

ちょっと面白い。

えーと、なんだっけ?あ、そうそう、『フオーン』ダンジョンを抜けて行く途中だっけ?


「ぷふっ……お、おはよう……」


俺は身体をようやく起こす。


「な、なんで熟睡してんの!?

ダンジョン内だよ?

揺すっても叩いても起きないし、知らぬ間に毒でも食らったのかと心配したよ……」


「ああ、悪い。

疲れと安心で、完全に意識なくしてたっぽい……」


素直に白状する。なにしろ『ディープパープル』の見張りだ。

そりゃ安心する。クーシャは根本的に真面目だしな。


「うっ……あ、安心したら、ダメだよ……」


褐色の肌が赤みを増して、クーシャはふい、と顔を逸らした。

なんか変なやつだな。


「今日は少し強行軍になるよ……」


「お、おう……頑張るぜ……」


「ちょっと遅くなったからね……」


クーシャの目線は消えた松明に向けられていた。

その目線を追えば、三本目が燃え尽きようとしていた。

松明は一本、二時間……あれ?

三時間の仮眠の予定が、六時間……。

三時間の寝坊かよ……。

クーシャは「ちょっと」と言ったが、ちょっとじゃなかった。

というか、三時間あれば無理矢理起こそうと思えば、いくら疲れていたって、普通は起きるよな……事実、三時間待って起こしたら起きた訳だし……じゃあ、その三時間、クーシャは俺を慮って待ってたってことか……。

これはさすがに悪いことをした気がする。


「なあ、ここだけの秘密にしてくれって言ったら、守れるか?」


唐突に俺はそう言った。


「え?うん。な、何かヤバい話?」


「まあ、俺にとってはヤバい話だな……。

だけど、依頼を受ける時に言ったように、俺は……今からだと五日後だな……五日後の船に乗る。

だから、遅れる訳にはいかない」


「ああ、そ、そういう話だったよね……。

で、でも、余裕は見てあるから、三時間くらいなら……」


雰囲気を感じ取ったからなのか、クーシャの口調がすっかり本来の吃り口調になっている。


クーシャ本人曰く、普段は『ディープパープル』を演じているという意識でいるらしい。

そして、『ディープパープル』でいる間は、他人との会話が苦にならないそうだ。

耳障りの良い、余裕のある口調と態度、それが『ディープパープル』だ。

気を抜くと、つまり、本来のクーシャとして、他人と会話しようとすると、言うべきことが分からなくなってしまうらしい。というのは、俺が返事も出来ずに黙々と歩いていた間にクーシャが語っていた。


吃りまくってるってことは、今は本来のクーシャとして、俺の言葉に耳を傾けようとしてくれているのだろう。


俺はそれに安心しながら、ちゃんと伝えるべきことを伝える。


「それに甘えたら、ダメだろ?

俺が無駄にした時間は、俺が取り返す!

それが筋だろ!」


「そ、それは……でも、ヴェイルくんは頑張ってくれてたし、と、と、友達だから……」


クーシャは俺を友達認定している。

ぼっち仲間的な連帯感からなんだろうけど、俺は未だに何も言っていなかった。


「ああ……そのだな……親しいやつらは、俺のことベルって呼ぶんだ……」


「ベル……うん、ベルくん。とにかく時間のことは、き、気にしなくていいから……」


ぽん、とアルが肩を叩いてくる。

だから、友達できて良かったね、じゃねーんだよ!


「クーシャ、俺は今から、俺にしか使えない魔術を使おうと思う。

これは俺しか知らない魔術で、俺はこの魔術を広めるつもりはない。

バレたら、たぶん、俺の身がヤバい……。

だけど、これくらいしか時間短縮の方法が思いつかない。

秘密、守ってもらえるか……?」


「いや、だ、だから……」


なおも気にするなという旨の話をしようとしたクーシャの言葉が止まる。

その視線は、俺を試すような、見通そうとするかのような真面目なもので、それは『クーシャ』でも『クシャーロ』でもなく、紛れもなく超級冒険者『ディープパープル』のものだ。


「分かった……ディープパープルの名に掛けて、秘密は守ると誓う……」


「うん、よろしく頼む!」


そう言って、俺は腰のガンベルトから『取り寄せ』の魔法陣を抜く。


「今日、使う物以外の荷物を全てまとめてくれ」


俺の言葉にクーシャは素直に従う。

懐から、俺は慣れた仕草でクズ魔晶石、いわゆる魔瘴石を取り出す。


小さな魔法陣の上に、荷物を置く。

はみ出していても、荷物は研究所の中の対になる部屋に行くことになるので、問題はない。

大きな背負い袋がふたつ。

一時的に研究所に置いておく。同じ魔法陣を使えば、取り寄せはできるが、何度も使えばその回数分のクズ魔晶石を消費することになるので、余程のことがない限り、再使用は『海底遺跡』二階層に着いてからだ。


オドの吸い込み口にクズ魔晶石をあてがうと、荷物は消える。

俺とクーシャはお互いに小さな背負い袋をひとつだけ持った、本来、深層に潜るには有り得ない軽装になった。


「…………。」


クーシャは驚きに目を丸くして、でも、何も言えずにいる。


「基本的に目的地までは、これで行く。

昨日より休憩は少なくて済むし、移動速度も上がるはずだ。

どうしてもって時は、荷物をもう一度呼び出すことは可能だ。代価は必要だけどな……」


輝きを失ったクズ魔晶石を俺は捨てる。


「こ、こんなの……ヤバいどころじゃ……」


「まあ、荷物持ちとしては失格かもしれないけどな……」


クーシャはおもちゃのヤジロベーみたいに首をぷるぷると振り続けた。


「あ、あ、か、隠しておかなきゃ……な、なんで、こんな魔術……」


見たら理解せざるを得ないよな。

クーシャが『海底遺跡』に二週間は篭もれるだけの食料が、消えた訳だし。


「悪いな……最初から教えていれば、もっと荷物増やしたかっただろうけど……」


「う、ううん……こんな魔術のこと知ってたら、あんな安値でベルくんを雇うなんて、できなかったし……」


安値……六十ジンは決して安い金額じゃない。

というか、本来なら俺の荷物持ちとしての相場は高くて二十ジンなので、破格の高待遇なんだが……。

さらにリザードマンをボーナスで貰ってるし。


超級冒険者ってどんだけ稼ぐんだよ……。


「ま、まあ、とにかく行こうぜ!

遅れを取り戻さないと……」


足取り軽く、俺たちは出発するのだった。

さすがに、俺の頑固さを知っているアルからデコピンの嵐は来なかった。

まあ、俺の責任だしな。


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