リザードマン・キング!秘剣・フォーチュンソード!
重い……。
荷物が重い……。
俺はぜえはあ、と喘ぐように呼吸しながら歩く。
クーシャは俺と同じ重さの荷物を背負って、飛び回り、駆け抜け、モンスターを斬り捨てていく。
依頼の受領から、すぐに出られる?と聞かれたので、問題ないと答えて数刻、そろそろ外は夕方くらいだろうか。
まだ、俺の『光の芋ん章魔術』一枚目の間にすでに三階まで来ている。
これは六時間とかからず一層、二層を突破したということだ。
クーシャの動きには迷いがない。
構造変化が無いという特性故か、地図を見ることなく進んで行く。
ちょっとせかせかしている印象があるが、見るべきところは見ているようで、モンスターの発見は早い、殲滅も早い、罠はすでに大きく『罠』と書かれているので、引っかかることはないのだが、素早く事前報告してくる。
俺の調子も細かく確認しているようで、こまめに休憩を入れてくれるのだが、如何せん俺の基礎体力が無いので迷惑を掛けている印象はある。
こっそりアルファに手伝ってもらおうかと思ったら、アルから無言でデコピンの雨が降ったので、泣く泣く諦めた。
「ここが例のアレね」
ショートカットルートというやつか。
俺は喋るのも億劫なので、無言で頷く。
「ところで、携帯食で言ったらヴェイルくんは何が好きかな?
僕のお気に入りはフオーンエレメントディアの干し肉なんだ……」
クーシャは何かと話しかけてくる。
しかも、話す内容はほぼ雑談だ。
最初こそ相手をしていたが、戦闘中、これはクーシャのみで俺の休憩時間になっている、だろうが、探索中だろうが、お構いなしに話しかけてくる。
かと言ってミスする訳でもないので、注意もしにくい。
二階層を過ぎたくらいから、俺は疲れで返事もままならないにも関わらず、クーシャの雑談は止まらない。
ぼっちにありがちな、相手の返事を求めているようで求めていないひとり言の延長みたいな会話だ。
一応、頷くくらいはするが、正直、それすらも億劫になってきている。
「ここでゆっくり休憩もいいんだけど、せめて十階層は突破しておきたいんだ。大丈夫かな?」
ショートカットルート内でそんなことを言われる。
「このショートカットルート内はダンジョンの外って扱いらしくて、モンスターは基本的に入って来ないから、休憩にはぴったりなんだけどね!」
俺のせいで歩みを止めさせる訳にはいかないから、俺は無言で歩く。
「……まあ、そうは言っても、安全地帯と何が違うのかは分かってなくてさ。
あくまでも、このダンジョンを中心にしている冒険者たちの体感の話なんだけどね!」
なんとなく理屈は分からなくもない。
基本的にモンスターはダンジョンから出てこない。
いや、正しくはダンジョンから直接出てくることはないというのが正解だろうか?
例えば、テイサイートの『ケイク』ダンジョン。
あそこと『フクラシ湖』は対の存在だという話がある。
『ケイク』に出るモンスターは『フクラシ湖』にも出る。
『ケイク』のモンスターが増えすぎると、『フクラシ湖』のモンスターが増える。
同じように『ゼリ』ダンジョンと家の南の森『騒がしの森』もおそらく対になっていると思われる。
ダンジョンは人を呼び込むため、近場にモンスターを放つというのは、昔から言われていることだ。
だが、その放ち方はダンジョン入り口からモンスターが出てくる訳ではない。
知らぬ間に湧いて出るという感じらしい。
なので、ショートカットルートが外だとしたら、モンスターたちはそこには入らない。
あるとすれば、ダンジョンに人を呼び込むために湧く可能性だが、『フオーン』ダンジョンは観光地になるくらい冒険者が良く入るダンジョンだ。
モンスターが減らされていれば、ショートカットルートにモンスターが湧くことはないだろうと思われる。
そこまで考えておきながら、俺の答えは、小さく頷くのみだ。
そうして、その日の内に俺たちは十階層に降り立った。
『フオーン』ダンジョン十階層、エリアボス、フオーン・リザードマン・キング。
多数のリザードマンを従えて現れるボスは、個体としての強さは『赤よっつ』冒険者パーティーなら倒せる程度だが、数をどう減らすかが鍵となる。
モンスタールーム専用冒険者とも言える俺とは、非常に相性がいいボスだ。
ショートカットルートの出口はボス部屋のすぐ近くに繋がっているらしく、クーシャの案内で俺たちは一度、安全地帯に入る。
荷物を置いて、暫しの休憩。
「他のパーティーがボスを倒した直後とかなら、ボス戦なしで十一階層。そこで今日は終わりの予定だけど、もしボス戦ありなら少し待って貰わなきゃならないかな?
『緑ひとつ』だと、まだボス戦は見たことないよね?
いい機会だから、ボスが残っているなら見学する?
あんまり疲れているようなら、ここで休憩しててくれてもいいけど?」
さすがにこれは俺の返事が必要だからか、クーシャは言葉を止めて待っている。
俺は水袋からぬるくなっている水を飲み、さらに頭から水を被る。
「俺は……魔導士だ。
数が多いボス戦なら、ある程度貢献できると思う……」
「いや、そんなに多くないし、ここのは問題ないから大丈夫だよ!
それだけ喋れるなら、見学くらいはできそうだね!
じゃあ、行ってみようか!」
クーシャは元気よく立ち上がる。
荷物は背負ったままだ。
俺とクーシャが背負う荷物は、ほとんどがクーシャの携帯食糧の山だ。
干し肉、干し魚、日持ちする乾燥野菜に豆、生鮮野菜もある程度持ち込んでいる。
これらでひと月ほどクーシャは『海底遺跡』に籠るらしい。
「荷物、ここに置いて行くんじゃないのか?」
たぶん、重さでいったら成人男性一人分くらいはある。
いくら超級冒険者でもボス戦まで荷物を背負ったままやるとは思えない。
「安全地帯は、あんまり安全じゃないからね……」
クーシャ曰く、安全地帯に置いた荷物は他の冒険者に荒らされる可能性があるらしい。
『海底遺跡』なら、潜る冒険者が少なく、そこまで潜れる冒険者は全員顔見知りなので、それほど心配することもないが、『フオーン』ダンジョンは初級から中級冒険者、沢山の人が出入りするため、安全地帯はモンスターが来ない場所という以上の効果はあまりないらしい。
じゃあ、ボス部屋に置いて戦うことになるのか……それはそれで、置いてる余裕があるのか、とか、戦闘に巻き込まれたら危険じゃないのか、とか思うところはあるが、クーシャは『ディープパープル』と異名を取る超級冒険者だ。
結界のとても高価な魔導具とか持っているのかもしれない。
俺に荷物だけ守っておいて、とか無茶ぶりされることはないだろうと信じたい……。
無理だから。
安全地帯を出れば、すぐにボス部屋だ。
ここのボスは一日程度で再度湧く、結構早いボスらしい。
ダンジョンによっては、またはボスの種類によっては、再度湧く(リポップ)までにもっと時間が掛かる場所もあるらしいが、一日程度というのはかなり早い。
俺が拾い読みした互助会の資料室にあった文献によると、構造変化に掛かるダンジョンパワーを捨てたために、ボスの再度湧き(リポップ)の速度が上がっているのではないか、という研究資料があった。
ダンジョンパワーってなんだよ!というツッコミを入れて資料を閉じた記憶がある。
「ああ、一番になっちゃったね。
他の人が倒した後だったら、素通りできて良かったんだけど、まあ、ヴェイルくんの経験にはなるか……」
クーシャが何も考えずに、もしかしたら本人なりに考えたのかも知れないが、俺から見ると実に無造作に扉を開ける。
中は、まるで王宮の謁見の間だ。
中央奥に石の玉座があり、そこに座るのは恐らくフオーン・リザードマン・キングだろう。
青カビみたいな色の鱗に包まれた人型トカゲ。
頭頂部に先端が丸く瘤になった突起がいくつも生えていて、王冠に見えなくもない。
マント状のスライムを肩から羽織っている。
あのスライムは赤いから水スライムから派生した亜種スライム・ベクター、通称スライム・ベクだろう。
キングの周囲には手製の槍を持つリザードマンや鱗が大きくて鎧のように見えるリザードマン、捻くれた棒を持ち、青い水スライムマントを羽織るリザードマンも見える。
それらが、ずらりと並んでいる。
脇には鍾乳石の柱がいくつか立っていて、左右の手前には扉の絵が描かれている。線がぐねっているのは、石壁に刻まれているからだろう。
不思議なのは、その扉の絵から溶け出すように新しいリザードマンが室内に増えていくところで、魔法かとも思うが、魔法陣が見えず、まさに溶け出してきたようにリザードマンが増える光景だった。
水の中に落とした絵の具が渦巻き、何かの形を作るようにしてリザードマンが生まれる。
モンスターが湧くところ、初めて見た。
魔法や魔術とは、大系が全く違うのだろう。
規則性もなさそうだし、まさしく神の御業という感じだ。
『神の試練』とはまさにコレか、と思わされる。
「やあ、珍しい光景が見れたね!」
にっこり笑うクーシャに気負いは感じられない。
前にも見たという感じか。
ちなみにリザードマンたちは「ギシャ!」「ギシュー!」「シュシュギー……」と言葉になっていない言葉でこちらに警告を発しているような威嚇音を立てている。
杖を持つリザードマンは「ギシュギシュ……」呟くと眼前に一瞬だけ光の魔法陣を生み出す。
あ、水系魔法陣ってことは高圧水流弾とかかな……。
三条、四条と水流の光線のようなものが飛んで来る。
あれ?魔法ってこんなに発動早いのか!
って、これまずくないか……。
「ア、アルファ……」
俺がアルファに防御を頼もうとした直前、白い影が踊る。
「あー、ダメダメ、君らの脅威は僕だよ!」
高圧水流の光線をクーシャが剣圧で両断していく。
剣の振りでカマイタチでも生み出しているのか、水流が剣閃に弾かれ、辺りに飛沫が舞う。
トンッ!
一足飛びにリザードマンの群れに飛び込んだと思うと、次々とリザードマンの首が飛ぶ。
「早い……」
ぽろりと零れるようにアルが呟いた。
確かに早い。電光石火と言うのだろうか、見えたり見えなかったりだが、クーシャが見えたと思った時にはリザードマンの首が飛ぶ。
動く、止まる、首が飛ぶ。
リザードマンたちは、クーシャの動きに翻弄され、いいようにあしらわれている。
唯一、フオーン・リザードマン・キングのみ、何かを感じたのか、リザードマンの戦士の腕を掴んで引き寄せる。
「ギシュッ……」
リザードマンの戦士の胴体半ばまで、クーシャの剣がめりこんでいた。
「おや、いい勘してるね!……でも、悪い奴だねっ!」
クーシャが膂力任せに剣を振り切る。
リザードマンの戦士の胴体が両断された。早さだけじゃないという感じだ。
同時にキングも玉座から飛び退っている。
あのまま玉座に座っていれば、首が飛んだかどうかは分からないが、それなりのダメージにはなっただろう。
赤いスライム・ベクのマントがはためく。
キングは首を無くし、くず折れたリザードマンが手にしていた槍を拾い上げる。
クーシャはまた見えなくなった。
早さ、というのもあるだろう。だが、肝心なのは虚実の使い分けなんだろうと思う。
静と動。
『ダークナイト・外典』のロストワルド卿が得意とする『秘剣・フォーチュンソード』がそれだ。
あ、ちょっと今のクーシャの動きとか、それっぽい。
片手で剣の柄を眼前に持ち上げ、キングを睨む。
「紡ぎ……クロートー……」
俺は呟く。ロストワルド卿の愛剣アールガートは磨き抜かれた鏡のように周囲に舞い散る血河を写し取る。
これによって、ロストワルド卿は相手を見ながらにして、別の相手に狙いを定めている。
フェイントなのだ。
クーシャが消える。たぶん、右かな?と視線を移せば、やはり居た。剣がブレて湾曲して見えるほどの剣閃。
杖を持つリザードマンの首が飛ぶ。
「割り当て……ラケシス……」
当てたら割れるというか、断たれるというか、ますますもってロストワルド卿っぽい。
「不可避……アトロポス……」
最後は『残心』というやつだ。これが完全にピタリと止まると、静と動の静謐という雰囲気になる。
ここで言う『不可避』とは、攻撃は『不可避』だった、ということなのだ。
「邪魔……」
アルに怒られた。俺はいつのまにか『残心』の格好をしていた。
熱中してセリフを言いながら、身体まで動いていたか……。
剣は手にしていないけど……。
「お、おう……すまん……」
気恥ずかしさを感じて、つい謝ってしまう。
どうやら、アルはアルで熱心に見取り稽古をしていたらしいと気付いたのは、随分後になって分かるのだった。
そうして、クーシャが一人で敵を片付けてしまう。
十階層のボス戦で、パーティーでの攻略法がある程度広まっているため、『赤よっつ』冒険者パーティーが挑むのにちょうどいいと資料にあった、フオーン・リザードマン・キング。
周囲のリザードマンは三十匹以上だったのに、楽勝という感じだ。
あ……クーシャ、荷物背負ったままじゃん……。
「もしかして、まだ全力じゃない?」
「いや、そんなことないよ。
荷物の負荷が掛かって、ちょうどいいくらいだね!」
負荷込みの話かよ……。
『ディープパープル』の異名は伊達じゃないって感じだな。
クーシャは、さすがに少し疲れたよ、と言うが、それってじんわり汗出てきた、みたいなもんだろ?
ようやく身体が温まってきたってか……俺は歩くだけでいっぱいいっぱいだけどな。
そのままクーシャが玉座の裏にある扉に手を掛けるので、俺は慌てて止める。
「おい、せめて魔石くらい持っていかないのか?」
「ああ、荷物になるし、いいかな……たぶん、海底遺跡の方が稼げるし……」
マジか……。超級冒険者ヤバいな……。
これだけ魔石あれば、『紋章魔術』一発分くらいになるんだが……。
「それより、怪我とか大丈夫?
何かあったら言ってね、ヴェイルくん」
「いや、怪我する暇なかったよ……」
「今日はここの階段でお休みにしよう!
疲れたでしょ!」
「あ、ああ……」
クーシャは先輩冒険者なので、あれこれと説明してくれる。
今日は外が暗くなっている時間帯だから、他の冒険者はまず来ないだろうとか、ボス部屋は血臭が凄いから仮眠には向かないが、再度湧くまでは安全地帯と同じようになるということ、ボス部屋の階段というのも似たようなもので、安全地帯とは言わないまでも、滅多にモンスターが来ない穴場だということ、但し、普通の階段はオススメじゃないらしい、そういったダンジョン深部あるあるみたいな話は、俺にはありがたかった。
階段で夜営というか仮眠の準備を進める。
超級冒険者の夜営セットは魔導具もしっかりしていて、便利だな、と思わせられる。
それと俺の『芋ん章魔術』は相変わらず、他人の興味を引く。
「それは随分珍しい魔導具だね!」
「皿とかあると、人間の食い物って感じがするだろ?」
「そうだよね!海底遺跡で探索基地にしてる安全地帯まで行けば、食器なんかも揃えているけど、移動途中はなかなかね……」
少し俺は誇らしげに胸を張る。
「そっちが『光』で、それは『皿』か、その腰に着けているのは?」
「『炎』だな……。攻撃用の魔術だよ。
さっきのリザードマン・メイジの高圧水流魔法くらいのダメージは出せるぞ!」
「そんなのがあるんだ!
僕、一年の大半はダンジョンの中だからさ。
どうも、世間に疎くて……。
時代は進むんだね……」
「いや、まだテイサイートで試験的に使われ始めたところだから……。
これから広まるかもしれないけどな……」
なにせ国王の近衛兵たちに制式採用される予定だしな。
「へえ、きっと広まるのはすぐだと思うよ!便利だし!」
そんな話をしながら晩飯を取る。
「さて、仮眠なんだけど……こればっかりは仕事なしとは言えないね。
何しろ僕達だけだから……」
クーシャがそう切り出す。
まあ、見張りは必要だよな。
「とは、言っても、フオーンは難しいモンスターは出ないから、何かしててくれても問題ないんだけどね!」
そう言ってクーシャは階段の降り口に鳴子を仕掛ける。
「ああ、そうなのか……」
「例えば、上の部屋でモンスター解体の練習とかね……ほら、気をつけるべきは夜中の時間帯に動いている冒険者って話もあるし……」
パチパチとクーシャはウインクして見せる。
これは、アレだ。
俺が魔石を惜しがったから、クーシャは要らないと判断したけど、ボーナスを取るなら今だよ、と言っている訳か……。
「あ、ああ、そうだな……上の部屋で見張りをしつつ、少し冒険者として解体なんかも慣れておいた方がいいよな……」
「そうだね。僕は先に寝てるから、三時間くらいで起こしてくれればいいから……」
お互いに頷き合う茶番劇を催して、俺は勧められるがまま、全滅したリザードマンのボス部屋へと向かうのだった。